森の魔女視点 操りを解く方法
「うーん……これもダメだね。人間には副作用が大きすぎる」
わたし森の魔女ことエリザベートは、谷の魔女にかけられた操りの呪いを解く方法を探していた。
ヴェラットの他にも採取できた血があるから、その血にどれくらい谷の魔女の魔力が含まれているか調べる。
魔女の血だけを抽出する方法がないか、素材を調合したり魔力を流したりしている。
けれど、効果のないのがほとんどで、あっても人体に悪影響を及ぼすものばかりだ。
操りを解く方法はない。
それは魔女が誕生した千年以上前から変わらない事実。
「でも、誰も見つけてないだけで方法自体はあるはずなんだ」
操られた人の多くが危害を加えることを望んでいない。魔女の命令に逆らえず、加害者になってしまっただけだ。
それなのに魔女に味方した悪として認識されるようになり、殺される。
そんな加害者も被害者も増やしたくない。
魔女に勝てるのは魔女だけ、ならば操りの問題も魔女が解決するべきだ。
「主様、そろそろお休みになってはいかがですか? 根を詰め過ぎてもいいことはありませんよ」
スザンヌに指摘されてはっとする。
いつの間にか館は静かになっていて、起きているのはわたしとスザンヌだけだった。
「スザンヌ、特定の属性だけを放出する方法はあるけれど、特定の魔力だけ抜き出すことはできないよね?」
「残念ながら、聞いたことがございません。そもそも、体内に他者の魔力があるという状態がありえないことですから」
「……そうだよね」
エルフの族長の姪でわたしより長生きなスザンヌなら何か知っているかもと聞いてみたけれど、やはり操りを解く手立ては見つからない。
「体内にある自分の魔力と他者の魔力の見分けがつくなら意識的に動かすことができるかもしれないけれど、完全に混ざり合っているんだよね」
「それでは魔力や血を全て抜き取るしか方法はありませんね」
「……それ、死んじゃうから。冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ」
「失礼しました」
スザンヌの言った方法は極端だけれど、今のところ操り状態を解くことができるのはそれしかない。
「魔力を分解する薬草とかないのかなぁ」
「仮にあったとしても、分解されるのは被験者本人の魔力でしょうね。ありとあらゆる毒に耐性を持つ魔女に効く毒は、一つしか見つかってませんから」
「あの食獣植物かな。最近あの匂いを嗅いでも眠くならなくなったんだよね」
「……何度眠らされても分析に挑んで、ご自身で再現できるようになったのですから当然です」
当時のことを思い出したのか、スザンヌが遠い目になった。確かにあの頃は何度も起こしてもらって、迷惑をかけた自覚がある。
でも、そのおかげで誰も傷つけることなく戦闘を終わらせることができるようになったのだ。
争っても傷つくだけだから、未然に防げればそれでいい。
「魔女に効く毒が一つあるなら、他にも見つかってないだけであるかもしれないけれど……」
「たった二年で見つけることができるのですか? 魔女の血は徐々に体を蝕んでいき、操られた者は皆短命に終わります。二年の猶予があるのかさえわかりません」
魔女の血は人間にとって毒だ。
ヴェラットが二年後も理性を保っている保証はない。生きているかどうかも怪しい。
悠長に待ってられないのだ。
「それくらいわかってるよ。でも、どうすれば……」
「主様が生み出すのはいかがでしょう?」
「え?」
わたしは驚いてスザンヌを見上げる。
彼女の緑色の瞳にわたしに対する信頼が映っていた。
「天を衝く巨大なツタもありとあらゆるものを防ぐ堅牢な護りも本来存在しない植物です。様々な植物を生み出す柔軟な発想をお持ちである主様ならば、魔女の血だけを分解する植物を生み出すことが可能ではないでしょうか」
誰も成功したことのない無謀な試み。
けれど、できないと諦めてしまったら魔法は起こせない。
魔法は想像を創造するもの、術者であるわたしができると信じるのだ。
「わかった、明日から挑戦してみるよ」
「はい、わたくしもお手伝いしましょう」
「そのお手伝い、わたくしが加わってもよろしいでしょうか?」
「え?」
この部屋にはわたしとスザンヌしかいないはず。
なのに後ろから白の魔女の声がした。
「申し訳ありません。不法侵入するつもりはなかったのですが、お姉様が遺した魔法陣の転移先がこちらに指定されていたようです」
「魔法陣……封印したはずだけど、まだあったんだね」
「この森はかつてお姉様が住んでいた森ですから」
「君のお姉さんというと……更地の魔女だっけ?」
西の荒れ地で聞いた話を思い出す。
白の魔女には姉が六人いるけれど、心から姉と呼べる存在は一人しかいなかったと。
「はい。わたくしが封印される前はそのような二つ名で呼ばれていませんでしたが」
「更地の魔女と災厄の魔女が戦ったのは君が封印された後っていうこと?」
「その通りです。お兄様に聞いた話によると、お姉様はわたくしの姿をした災厄の魔女に激昂し、持てる力全てを使い果たしたそうです。それでも、災厄には敵いませんでした」
「……お兄様?」
魔女は女性しかいない。自分より年上で異性の存在などエルフ以外にありえないだろう。
「はい、孤島の賢者のことです」
「……あぁ」
「女として扱われるのが嫌だとおっしゃったので、お兄様と呼んでいます」
「そ、そうなんだ」
自分の性別に疑問を抱いて別の呼ばれ方を望む。
それは悪いことではないけれど、魔女をお兄様と呼ぶのは不思議な感じがする。
「ところで、ご存じですか? 光魔法は魔女にとって毒になりうるのですよ。光魔法による回復魔法もわたくしの子孫でない魔女だと逆効果になるかもしれません」
「そうか、魔女の始祖は闇属性だから相反する光属性は苦手なんだ。光魔法の力を植物に取り込めば……」
白の魔女の言葉で光明が差したように感じた。
思いついたことを忘れないうちに実行しようとしたら、肩に誰かの手が置かれる。
スザンヌだ。
「主様、お休みの時間だと言いましたよね?」
「でも……」
「でも、ではありません。主様の健康が第一です」
「わたくしもエマに魔法を教えているので夜遅くまで付き合うことはできません。闇の中では光も効力が落ちますから」
「わかったよ、寝ればいいんでしょ?」
そう返事してから違和感に気づく。
「……あれ、エマにはベルがついているんじゃなかったっけ?」
「魔力の制御方法を少し。それから光魔法も。今後もソフィアと一緒にいるなら災厄の魔女から身を守る手段が必要ですから。わたくしがすぐさま駆けつけることができるのが一番ですが」
「……いや、人に頼りきりだと成長できないよ。光魔法を使える可能性があるなら積極的に教えてあげてほしいな。他の魔女にはできないことだから」
「えぇ、お任せください」
魔女で唯一光を操る白の魔女と一緒に研究すれば、操りを解く方法も見つかるかもしれない。
彼女の存在は文字通り光だ。やっと暗闇が晴れた気分でわたしは眠りについた。




