ヴェラット視点 自称最強の風の魔女
「おらおら、もって攻めてこいよ。ボクに勝てないんじゃ谷の魔女にも勝てないよ」
強烈な風に吹き飛ばされて、俺ことヴェラットは木の幹に打ちつけられた。
風を起こした者は谷の魔女ではない。一番強い風の魔女は自分だと思い込んでいる山の魔女だ。
「あれっ、もう降参? アイツの下僕なのに骨がないね」
「……誰が降参と言った?」
全身に風をまとい俊敏さが増す。剣を構えて地を蹴り、山の魔女との距離を一気に詰める。
渾身の一振り、だが相手は見えない風の刃で防いでみせた。
「訂正しろ、俺は奴の下僕ではない」
「アイツの匂いがしてて命令に逆らえないのに?」
「心まで奴の手に落ちたわけではない。俺は奴を殺して自由の身となるのだ」
「……ふぅん。生意気だね、人間の分際でできると思ってるの?」
長命で魔力の扱いに長けた魔女の中には、他の種族を下に見る人がいるらしい。山の魔女もそういった考えの持ち主なのだろう。
それを理解した上で、ふっと口の端をつり上げた。
「自分にできないことは人間にもできない……そう言いたいのか?」
「っ!? 訂正しなよ、ボクは大陸一の風の魔女だ」
山の魔女のまとう空気が変わる。同じ風の魔女である谷の魔女をライバル視しているようだ。
奴の目にすら入っていないだろうが。
「お前が一番のはずがなかろう。谷の魔女が生き続ける限りお前は永遠の二番手……いや、二番手になったのもつい最近のことではないか?」
「……何が言いたいのさ」
「お前より波間の魔女の方が上ということだ」
「人間風情が舐めやがって……あんなババァより下に扱うなよ!」
ボクが一番だ! と激昂した様子で襲ってきた。動きが単調で、とにかく魔力を込めて強力な魔法を放っている。
確かにそれなりに強い部類に含まれるだろうが、谷の魔女が四百年以上磨いてきた技術に勝てるはずがない。
それどころか、風が適性でない森の魔女より弱いかもしれない。
「はぁっ!」
「なにっ!?」
魔力を込めた剣で山の魔女が起こした竜巻を両断する。
霧散した風の先に驚愕した様子の山の魔女がいた。そこまで驚かれるようなことをしただろうか。
奴の魔法に比べれば規模も威力も小さく、突破するのは容易いのに。
「魔法を斬るとかおかしいだろ……」
「どうした? 最強の風の魔女ではなかったのか?」
「くっ……あぁ、そうさ。ボクこそが最強、今まではあんたを殺さないよう制限してたのさ。ボクの本気を見た奴は誰一人生きて返さないよ?」
物騒なことを言う魔女だ。谷の魔女を倒したい俺の修行をつけてくれるのではなかったのか?
まぁ、あえて怒らせたのは俺自身だが。
山の魔女が本気を出してくれなければ修行にならないし、谷の魔女と他の魔女との間にどれほど力の差があるのか確かめることもできない。
俺は後ろに下がって山の魔女の出方を窺う。
不意に山の魔女の姿が消えた。
いや、高速で動いていて目で追えないのだ。
「あははっ、この速さについていけるかな?」
素早い敵を目で捉えるのは難しい。
音、匂い、気配、風の動き、魔力の流れ……俺はカッと目を見開いて迷わず剣を右に振るった。
金属同士がぶつかる音が響く。
俺の剣と山の魔女が持つ短剣がかち合ったのだ。
防がれるとは思ってなかったのか、山の魔女の目が一瞬見開く。
すぐさま後退して俊敏な動きを再開した。
山の魔女の居場所を把握するつもりはない。攻撃に移る瞬間に位置を把握し、攻撃に対応するだけだ。
――今度は後ろから。
反転して剣を前に突き出す。またしても火花が散った。
「どうして二度も……!」
「暗殺者の真似事か? 殺気も足音も隠せていないが」
「くそっ!」
魔女が魔法でないものを武器に選んだ時点で、自分は他の魔女に勝てないと認めたようなものだが、山の魔女はまだ攻撃をしかけるつもりのようだ。
……ならねじ伏せるか。
俺は剣を上段に構えて横に一回転する。俺を中心に風の渦ができて、攻撃しようとした山の魔女を弾き飛ばした。
「あうっ」
全身に風をまとったまま、起き上がろうとする彼女の喉に剣を突きつける。
「まだ続けるか、山の魔女?」
「……いや、もういいさ。あんたに教えられることなんてないから、さっさとここを出ていってよ。どうせボクは落ちこぼれさ」
「ほぅ? 最強の魔女ではなかったのか?」
谷の魔女に森の魔女……彼女らに比べれば山の魔女など大したことないが、最強と言い張る理由がわからなかった。
「嘘だとわかってて聞いてるだろ。魔女の葬儀屋や森の魔女、波間の魔女はボクと同世代でさ。その中でボクが一番古参なのに、魔女として注目されるのも二つ名を貰うのも三人の方が先。おまけに葬儀屋と森の魔女には谷の魔女を追い詰めた過去がある」
魔女の血の濃さが同じ、つまり災厄の魔女との血族関係が同じの者を同世代と呼ぶらしい。
魔女の葬儀屋はよく知らないが、森の魔女の強さは頭一つ抜けている。
波間の魔女は特別強いわけではなかったが、国外追放されることなく最期まで故郷であるフリートベルクを護り続けた。
「それに比べてボクは谷の魔女のせいで風の魔女の頂点に立てないし、風魔法対決で森の魔女や波間の魔女に負けたことがあるし、葬儀屋には風魔法ごと燃やされて殺されかけたよ。この二つ名を手にしたのも十数年前の話。森の魔女は三十年くらい前の時点でもらってるのにさ」
山の魔女が自嘲気味に笑う。
同世代に強い魔女が複数いて、常に比べられる環境だったのだろうか。
「だから自分が落ちこぼれと舐められないように、強い魔女だと言い張ることにしたのさ。谷の魔女さえいなければボクは最強の風魔法使いになれたんだから」
「そうかもしれないな」
俺が同意すると、山の魔女が少し意外そうな顔をした。
「あんたは自分が一番って思わないの?」
「奴がいなければ、俺も魔女に勝つための強さを求めることはなかっただろうからな」
奴さえいなければ、俺は今もヘルフリートとして生きていたのだろうか。
狼の集いと共に冒険することもなく、王都やレヴィンで民や街を護り続けていたのだろうか。
そう考えたところで過去や現実が変わることはない。
だから、俺が考えるべきなのは未来のことだ。
「谷の魔女を殺す。どんな手を使ってでも」




