エマ視点 二種類の回復魔法
「ダメダメ、それだと魔力の消費が多くて枯渇しちゃうよ」
「うーん、少ない魔力で傷を癒すのって難しいなぁ」
あたしはエマ。背の低い草花に彩られた草原で、ベルこと草原の魔女イザベルに回復魔法を教えてもらっている。
魔女は名前を明かさないとどこかで聞いたことがあるけど、ベルは呼びにくいだろうからってすぐに名前を明かして愛称で呼んでと言ってくれた。
「まだ魔力の消費が多いね。魔力がバラバラなとこにいるのがいけないんだよ。もっとぎゅーって集めて」
「ぎゅ、ぎゅー?」
「違うよ、こんな感じにぐぐぐって」
「ぐぐぐ?」
でも、困ったことにベルの伝えたいことがわからない。
もう一人の魔女、アンナさんこと高原の魔女アンネリーゼが溜め息を吐く。
「ベル、擬音語だと相手に伝わらない。ちゃんと言葉で説明して」
「んなこと言うならアンナが説明してよ。魔力の扱い方なら教えられるよね?」
「……面倒」
「じゃあ文句言わないでよ」
「……」
ベルは水魔法の使い手で、アンナさんは土魔法。
アンナさんが回復魔法を教えることはできないけれど、魔力を抑える方法なら属性は関係ない。
面倒そうな顔だけど、教える人は交代したみたい。
「魔力は体中にある。血管一本一本に魔力が流れているの想像して、魔法を発動するのに必要な分だけ片方の手の平に集めるの」
「え、えーと?」
必要な分でどれくらい? 体内の魔力なんて見えないのにどうやって判断するの? アンナさんの教え方もわかんないよー!
「ほら、そんな教え方じゃ頭がこんがらがるだけだって」
「ベルよりわかりやすいはず」
「なんだとー!」
「ちょっと、二人とも喧嘩しないでよ!」
すぐ近くに住んでいるからよっぽど仲がいいのかと思いきや、ベルとアンナさんはしょっちゅう喧嘩する。
あたしの声なんて聞こえてないのだろう。
「お二人とも、エマさんがお困りですよ」
「へ?」
「あんた誰?」
二人の間に割って入ったのは黒髪の女の人だ。
誰かに似ているような気がするけど、思い出せない。
「初めまして、白の魔女と申します」
「白……?」
「あっ、思い出した! ソフィのお母さんだ!」
黒髪に茶色の瞳、色白な肌。
谷の魔女やルドルフに襲われたとき、助けてくれた魔女だ。
「あんた、ほんとに魔女なの? ずいぶんと魔女の気配が薄いけど」
「体質のようなものですからお気になさらず。それより、お二人はどうして喧嘩していたのですか?」
「こいつがウチの教え方を否定してきてさ」
「他の人だけ悪いみたいな言い方しないで。ベルも同罪」
「何を教えていたのでしょう?」
また喧嘩が始まりそうな空気を感じたけど、白の魔女が柔らかい声音で尋ねる方が早かった。
「少ない魔力で回復魔法を使う方法だよ。この子がもっと回復魔法を磨きたいって言うからさ」
「回復魔法ならばわたくしも得意ですよ。差し支えなければお教えしましょうか?」
ベルとアンナさんが顔を見合わせる。
「私達の説明だと理解してる様子はなかった」
「……だね。じゃあ、お願いしてもいい?」
「はい、お任せください」
三人目の先生、白の魔女があたしの前に立って懐から何かを取り出す。
「魔力の流れを掴むには、実際に魔力を動かしてみるのが一番です。エマさんなら魔法の基礎は身についているでしょうから、こちらの魔石に魔力を込めてください」
白い手袋をつけた手から渡されたのは、小さな石ころみたいな魔石だった。
魔石と言われなかったらただの黒っぽい石に見えるくらい地味で小さい。
魔石に魔力を込めるのは日常的にやっているから簡単なことだ。手の平に魔力を集めて……
パァン! と魔石が破裂した。
「わっ!」
「小さい魔石はほんの少ししか魔力を受けつけません。手の平に込める魔力をもっと少なくするのです。……はい、もう一度」
差し出された魔石を掴んだ瞬間に、またしても破裂してしまう。
「手に魔力が集まりすぎていますよ。他のところに移動させてください」
「む、難しい」
結局この日は魔石が破裂するだけで日が沈んだ。
ほんの少しの魔力移動というのが本当に難しい。
「なるほど〜、小さな魔石に魔力を込めて魔力の扱い方を学ぶんだ。可視化されてわかりやすいね」
そう言いながらベルが弄んでいるのはあたしが破裂させた魔石の欠片だ。青く染まっているのは、魔力を込めるのに成功した証だろう。
あんな小さな欠片でも魔力が溢れないのがすごい。がさつそうに見えて意外と魔力操作も得意みたい。
そう思いながらベルを見ていると、不意に彼女が顔を上げた。
「今、ウチのこと意外って思ったでしょ」
「へわっ?」
「ウチさ、他の魔女と比べたら魔力が少ないんだよね。一般的な魔法使いよりやや多い程度。だから、より魔力を少なくて済むやり方を考えたのさ。回復魔法に手を出したのも攻撃魔法では太刀打ちできなかったから。こう見えてウチ、二つ名持ちの魔女の中では下から数えた方が早いレベルで弱いんだ」
あたしにはベルが弱いように見えないけど、“まじょさん”の圧倒的防御や魔女の葬儀屋の青い炎と比べたら弱く感じてしまうかもしれない。
それでも、やっぱりベルはすごいと思う。あたしも頑張ろう!
最初は破裂させてばかりいたけど、魔力が流れる線をほそーくしていったら魔力を込めてすぐに破裂というのはなくなっていった。
何日か経って、ようやく魔石が青く輝いた。
「やったあ! ねぇ、見てみて!」
「エマさん、興奮しすぎると……」
壊れることなく魔力が込められた魔石を早く見せたくて手を振っていると、パァン! ともはや聞き慣れた音がして破片が飛び散った。
「きゃあ!」
「……体内の魔力が溢れると注意したかったですが、遅かったですね」
「ううっ、成功したと思ったのにぃ……」
「エマさん、こちらへ」
涙が勝手に溢れてくる。あたしは目をこすりながら白の魔女のところへ向かった。
「破片が当たって血が出ているところがありますね。回復魔法を使ってもよろしいですか?」
「ぐすっ……うん」
「エマさんに癒しを」
白の魔女がそう唱えると、柔らかくて温かい日差しが差してきた。驚いて目を開けたら、白い光が漂っている。
「光魔法?」
誰かが呟く声が聞こえてはっとする。
これはあたしがいつも使っている水属性の回復魔法じゃない。光属性なんだ!
「すごい、光魔法なんて初めて見た!」
「ふふっ、希少性が高いですからね。魔女で操れるのはわたくし一人だけなのです」
「ほんとに!?」
初めて見る光魔法に興奮するあたしは気づかなかった、後ろにいる二人の魔女があ然としていることに。
「え……光を操る魔女って災厄を退けた魔女だけだよね?」
「でもその魔女は殺された。……谷の魔女によって」
「じゃあ、あの人は何者?」
「わからない。でも闇を感じる」
「……知らない方がいいってことだね」
誰もが知る歴史が誤りであることも。




