魔の森編第15話 火魔法の極致
「なんだ、リージじゃないか。あんたが訪ねてくるとは珍しいな」
「久し振りだね、フラ。今日は君の弟子にしてほしい子を連れて来たんだ」
葬儀屋は森の魔女をリージと呼び、森の魔女は葬儀屋をフラと呼ぶ。
森の魔女がにこにこしているのに対し葬儀屋は相変わらず仏頂面だけれど、二人の間に確かな絆を感じた。
全てを燃やす魔女の葬儀屋と全てを護る森の魔女。正反対の二人なのに不思議だ。
葬儀屋の視線が私に向いた。
「確か行商人に雇われてた魔女か?」
「ソフィでいい」
「魔女に名を明かすなと……」
「ソフィは森の魔女がつけた愛称。だから問題ない」
魔女に名前を明かすと操られるという噂は彼女から聞いた。けれど、本当に明かしてならないのは真名だろう。
森の魔女には「エリザベート・フォン・フリートベルク」という立派な名前があるのだから、フラも真名恐らく真名ではない。
「ならソフィ、ここに来たのは火魔法を学ぶためで間違いないな?」
「ん」
「何のためだ?」
「……強くなるため?」
質問の意図がわからず首を傾げる。
「私には火魔法しか使えないが、お前は土でも他の属性でも操れるかもしれない。その中で何故、他者を傷つけることしかできない火を選ぶんだ?」
朱色の瞳に葬儀屋が今まで燃やしてきた人達の姿を幻視する。
皆最後は顔を歪めて死んでいった。火魔法は痛みと苦しみをもたらす攻撃的な魔法なのだと改めて実感する。
けれど、多くの屍を築いてきたであろう葬儀屋に後悔の念は見えなかった。
火魔法以外に自らの身を護る術がないからなのか、人の命を軽いものだと思っているのか。彼女もまた常識を逸した魔女だ。
なぜ他の属性も扱えるのに火を選ぶのか。適性属性という理由だけでは片付けられない問いだ。
「……私は森の魔女から土魔法と植物魔法を教わった。植物魔法はできなかったけれど、土魔法は杖の力もあって上達できたと思う」
「ふぅん、それで?」
「けれど、適性でない土魔法はどれだけ努力しても適性があって熟練度が高い土魔法には負ける。森の魔女の上を行くことは決してできない」
土魔法ではいつか必ず壁にぶち当たる。そしてそれを乗り越える力がない――そう私は確信した。
それでは災厄の魔女はおろか国外追放された魔女にすら敵わない。
ヴェラットには悪いけれど、私にとって谷の魔女はただの通過点。真の敵は災厄の魔女だと思っている。
「けれど、火魔法ならば。まだ伸びしろがあるし、あなたを超えることが難しくても高い水準まで精度を上げることができるかもしれない。だから炎の魔女であるあなたに魔法を教えてほしい」
「……」
「でも、私が本当に極めたいのは火でも土でもない。その二つが合わさることで何が起きるのか知りたいと思っている」
火と土の複合魔法。今は爆裂しかできないけれど、もっと上を目指したい。
「複合魔法か……さすがリージの教育を受けた魔女だな。どっちも器用で羨ましい」
複数の魔法を同時に使うのは、普通は難しいものだろう。土と火ならそびえる土壁と燃え上がる炎の両方を頭に思い浮かべないといけないのだから。
けれど、私はそんな高度な技術を身につけていない。
「葬儀屋も火魔法はほとんど無意識に放てるでしょ。もう片方の手でこの杖を握るだけ」
土属性に染まった魔石が填まった杖なら、意識せずとも土魔法を放てる。だから試してみてと差し出したけれど、「いらない」と断られた。
「私の魔力は限りなく火に近いからか、魔石とか魔法陣とかに魔力を流しても燃やしてしまうのだ」
「え?」
「わかったらさっさとしまえ」
葬儀屋に急かされたので慌てて杖を戻す。
魔力を他の属性に変換させるのが魔石や魔法陣の役割なのに、燃やしてしまうとはどういうことだろう。彼女の体内にあるのは魔力ではなく火そのものなのか。
「まぁいい。複合魔法はあんたが頑張って見つければいいから、私にできることをやろう」
「何を教えてくれるの?」
「火魔法の極致……火山噴火だ」
私と森の魔女は風上ではげ山から十分に離れた地に転移魔法で移動する。
風下にいると火山灰と呼ばれるものが飛んでくるらしい。
「フラの住む山は活火山だよ。フラは地中に眠るマグマに魔力を流して、火山を引き起こすことが可能なんだ」
「……魔法でそんなことまでできるの?」
地震や津波のような天変地異を生身の身体で引き起こすようなものだ。人間の所業ではないけれど、これも魔女が恐れられる要因の一つかもしれない。
葬儀屋の魔力が爆発的に膨れ上がる。魔力を隠していたというより今まで制限をかけていた感じだ。
ありのままの魔力では辺り一帯を焦土にしてしまうから。
「フラの本気を見るの、久し振りだなぁ」
あれほど膨大な魔力の熱量を感じても、森の魔女は穏やかな笑みで昔を懐かしんでいた。
「よそ見してないで始まるよ、ソフィ」
何が、と聞こうとしたけれど、ドカンという激しい衝撃音と揺れに思わず振り返った。
山の頂上付近から黒煙が上がり、赤いマグマが山の稜線に沿うように流れ出る。辺りに噴石が飛び散り、灰は風下に運ばれていく。
火山活動が収まり、マグマが冷えて固まるまで山に近づくことができなかった。
「これが私の編み出した魔法だ」
地形が様変わりしたはげ山を上って魔女の葬儀屋と再会する。これをたった一人でやってのけたのだから、国外に追放された魔女は本当に恐ろしい。
「大地に魔力を流すのは土魔法を扱える奴の方が得意らしいから、あんたなら私より早く身につけることができるかもしれないな」
そんな境地に私も立てるのだろうか。
「じゃあ、後は任せたよ。わたしもやることがあるけれど、時々顔を出すよ」
「……また操りを解く方法でも考えているのか? 私が全て燃やしてやると言ってるじゃないか」
谷の魔女に操られている人の中にはヴェラットやルドルフがいるので、全て燃やすのはやめてほしい。
葬儀屋を止められるのは森の魔女しかいないと見上げると、「何でも力で解決しようとしちゃ駄目だよ」と頼むまでもなく止めてくれた。
「谷の魔女に逆らえないから仕方なくやっているだけで、本当は誰も殺したくない。そう思ってる人達かいるはずだから、力に頼らない方法で操りを解いてあげたいんだ」
「……本当にあんたはお人好しだな」
葬儀屋の呆れを含んだ声。今すぐ殺すつもりはなさそうで安堵の息を吐いた。
「じゃあソフィ……だったか? こいつに魔法を教えるからリージは帰ってくれ。火を出せないあんたがここにいてもできることなんてないからな」
「うん、そうするよ。じゃあね、フラ。それからソフィ、大変だと思うけれど頑張ってね」
そう言って森の魔女が姿を消す。
私は葬儀屋に向き直った。
「二年間よろしく、師匠」
「あぁ、私の火魔法をとくと見るがいい」
こうして私の、いや私達の修行の日々は始まった。
ここまで読んでくださりありがとうごさいます。
魔の森編、完結しました。
今回は閑話を挟む予定がないため、次話から魔境修行編が始まります。




