魔の森編第14話 山の魔女
※『魔女の葬儀屋』を読んだ方は疑問に思うかもしれませんが、森の魔女の師匠である「山の魔女」と今回登場する「山の魔女」は別人です。
森の魔女の師匠は本編開始時点で死去しているため、回想で出てくることはあっても本筋には登場しません。登場する場合は「旧山の魔女」と表記します。
「何しに来たのかなぁ、臆病で糖分増々の偽善者さん? 今度会ったときは殺すって言ったよね。殺されに来たの?」
魔の森を北に抜けて山道を少し進んだところで、先導する森の魔女が足を止める。
私達の行く手を遮ったのは黒髪をハーフアップでまとめた少女だ。二振りの短剣を構え、いつ攻撃してきてもおかしくない。
「ひっ!」
彼女が発する殺気にエマが怖気づいて、カイの後ろに隠れる。
見た目は私達と同年代に見えるけれど、相手は魔女だ。実際は百年以上生きているのだろう。
「違うよ、山の魔女。君に稽古をつけてほしい人がいるから連れて来たんだ」
「稽古? 我流のボクが教えることはないよ」
「谷の魔女を倒すのに必要なことなんだ」
谷の魔女、と聞いて山の魔女が「へぇ」と興味深そうな声を出した。
「腰抜けで虫すら殺せない激甘ちゃんが、ついにあいつを殺す決心がついたの? それなら協力してやってもいいけど」
「いや、戦うのはわたしじゃない。ここにいる冒険者達だ」
森の魔女の返事に山の魔女は落胆したように肩を落とした。
「やっぱりまだ日和ってるのかよ」
「二つ名を持つ魔女同士で戦ってならないという決まりがあるからね」
「その決まりを作った孤島の賢者、ボクは信用しないね。魔女同士の争いで周囲に被害が出ることより、あいつのせいで犠牲になる人達のことを考えないと。キミの言葉も都合のいい建前にしか聞こえないよ」
谷の魔女も森の魔女も嫌っていることが言葉の節々から感じられる。本当に稽古をつけてくれるのだろうか。
「ちなみに、鍛えてほしい奴はどいつなの?」
「黒髪の彼だよ」
「……ヴェラットだ。剣術と風魔法を得意としている」
「ふーん、キミかぁ……」
山の魔女が鼻をひくつかせて顔をしかめた。
「この匂い、谷の魔女の血を飲んだね。鼻がいいボクにはお見通しだよ」
「……匂いだけで操られていることがわかるのか」
「谷の魔女の命令でいつ暴走してもおかしくない人に稽古をつけるなんてお断りさ。ボクの機嫌がこれ以上悪化しないうちに帰ってよ」
彼女は私達を手で払いのける。とりつく島もないとはこのことだろうか。
「……明らかに乗り気ではないようだが」
「まぁ、予想してたことだから気にする必要はないよ。風魔法使いなら他にもあてがあるし」
山の魔女の眉がピクリと動いた。「それは聞き捨てならないね」と話に乗ってきた。
「打倒谷の魔女をかかげる魔女の中で、一番風魔法に優れた魔女はこのボクさ。他の魔女に頼むなんてありえないよ」
「じゃあ、山の魔女に任せてもいいかな?」
「あぁ、勿論だとも。最強の暗殺者に育ててあげるよ」
あれほど嫌がっていたのに、最終的にはヴェラットを鍛えることを快諾した。
森の魔女は天然に見えるけれど、意外と相手の考えを予想して乗り気にさせる方法を知っているのかもしれない。
「風魔法使い……そういえばサシャはもういないんだった。稽古を引き受けてくれて良かったよ」
山を降りる途中、森の魔女がそう呟く。
計算して動いたわけではなかったようだ。
「では、俺はここで修行に励む。この転移魔石があれば魔の森に行けるのであろう? 何度か集まる機会を設けて、修行の成果を見せ合ったり連携を強化したりしよう」
ヴェラットは森の魔女が術式を刻んだ魔石を懐に仕舞って、山の麓で私達に別れを告げた。
「頑張ってね、ラット!」
「オレはお前より強くなって戻ってくるから期待しとけよな!」
「またお会いしましょう、ヴェラットさん。……いや、ヴェラット」
カイの言葉にヴェラットが息を呑む。
カイがにこりと笑った。
「仲間にいつまでも敬語はおかしいからね。嫌ならすぐに戻すけど……」
「いや、このままでよい。……また会おう、カイ」
ヴェラットとカイが握手をする。
やっと二人が本当の仲間になったように見えた。
なぜか皆の視線が私に集まる。仲間の中で私だけヴェラットと言葉を交わしていないことに気がついた。
「……」
「……」
無言の時間が流れる。
普段自分から話しかけない私に気の利いた台詞が浮かぶはずがない。
「……頑張って」
「あぁ。お前も頑張れ」
「ん」
これだけ話せば十分と振り返ったけれど、エマは納得がいっていない顔だ。
「えー、それだけなの?」
「他に何を言えばいいの?」
「あなたのことが好きとか、一緒に修行がしたいとか?」
「……何を言っているの?」
「ちょっと、冗談なんだから真顔はやめてよ」
永遠の別れでもないのに、何で思ってもみないことを口にしないといけないのか。
理解できないエマから視線を外して山道を降りていく。
その後海岸沿いで海の魔女と再会してカイを預け、魔の森の南に広がる草原地帯でエマと別れる。
さらに南へ進みノトス大山脈の麓にレオを置いていくと、一緒に行動するのは森の魔女だけになった。
「そういえば、誰が私の師匠になるか聞いていない気がするけれど」
「君も会ったことのある人だよ。ここからそう大して離れてないから歩いて向かおうか」
森の魔女が頻繁に転移魔法を使っているから、本来は一か月以上かかる道のりを半日で済ませている。そんな森の魔女が徒歩で向かうのだから、かなり近い距離にあるのだろう。
ノトス大山脈の直ぐ側に住む魔女といえば……
「着いたよ。相変わらず火の精霊で賑わっている山だね。わたしが住む森とは真逆だ」
魔女の葬儀屋、はげ山に住む炎の魔女だ。
草木が生えず殺風景な山でも、森の魔女には精霊の姿が見えるらしい。




