魔の森編第13話 強くなるために
「ちょっと、ラット! “まじょさん”に『死ね』はひどいよ。ただの手合わせなんだよ?」
戦いが終わると、エマがヴェラットを不満そうに睨んだ。
ヴェラットも眉をしかめて睨み返す。
「殺すつもりで挑めと言ったのはあちらだろう。……それに俺は本気だった。操りの呪いを解くのを妨げる者は誰であっても斬り捨てる」
「だからその操りの呪いって何なの? 谷の魔女のところに行くとか言ってたけど、何か関係あるの?」
エマの疑問に頷くカイを見て私は気づいた、ヴェラットが谷の魔女に操られていることを私以外知らないことに。
ヴェラットがここまで秘密主義だとは思わなかった。
「前、レヴィンで仲間にならないか誘われたときがあるだろう? そのときに言ったはずだ、俺は谷の魔女の命令で動いていると」
「うーん、なんか聞いたことがあるような、ないような?」
「僕は覚えてます。騎士様から『魔女は自身の血を飲ませて人を操る』とも聞いたことがあります」
フィリップ騎士団長の言葉だ。彼は元レヴィン男爵子息で、ヴェラットの二番目の兄と聞いたことがある。
「あぁ、その血を飲まされた者は操りの呪いにかけられたことになる」
「つまり、どういうことだよ?」
「俺は谷の魔女に操られているということだ。そしてお前らの元リーダー、ルドルフもな」
「兄さんまで……本当に解く方法はないんですか?」
「それを知るためにここまで来た。だが、とんだ無駄足だったようだな」
ヴェラットが森の魔女に軽蔑の眼差しを向ける。
ただでさえ情報が少ないのに、唯一の手がかりだった森の魔女に知らないと言われて絶望の底に落とされたように感じているのかもしれない。
森の魔女はヴェラットの蔑むような視線を真正面から受け止めた。
「まだ研究中なんだ。決して無駄足にはさせないよ」
「……何十年、何百年と研究すればいつかは導き出せるとでも言いたいのか? あいにく、俺はお前らと違って数十年しか生きられないのだ。悠長に待ってやる余裕はないぞ」
「わたしだって余裕があるわけじゃないよ」
森の魔女が反論したことに驚いたのか、ヴェラットが口を噤む。
「同じ年同じ日に生まれたサシャは寿命が近かった。わたしの方が魔女の力が強いとはいえ、いつ老化が始まってもおかしくないんだ」
老婆の姿をしていた波間の魔女と二十歳前後の見た目をしている森の魔女は双子の姉妹だ。
寿命は個人差があると思うけれど、何百年も生き続けることは難しいだろう。
「だから、魔女の力や呪いに詳しい人を集めて共に呪いをなくす、あるいは対抗する術を見つけ出す。五年、いや二年の猶予をわたしにちょうだい。それで無理だったら、わたしを斬り捨てても谷の魔女に挑んでも構わないから」
魔女として、人としての覚悟が見えた気がした。自分の命をかけて他人のために何かを為すなんて、考えたことがあるだろうか。
森の魔女の覚悟はヴェラットにも伝わったようだ。
「……わかった、二年だな? では、俺達はその間己の技術を磨くことにしよう」
「え?」
「いいね。他の魔女にも声をかけてみようか? 魔法だけでなく身体強化や剣術などを得意とする魔女がいるよ」
「それは悪くない」
「ええっ?」
何だろう。ヴェラットと森の魔女の会話が滑らかに流れて、気がつくと魔女の元で修行することが確定事項になりつつある。
エマが混乱した様子で尋ねた。
「え? ……え? 急に話が進みすぎじゃない? その修行ってあたし達もするの?」
「あぁ、当然であろう? 逆に問うが、結果が出る二年の間、エマは何をして過ごすつもりだ?」
「え、えーと……旅とか?」
「国内は北以外見終わり、北は魔法使いや黒髪が嫌われる地だぞ。谷の魔女の根城も近いところに行くわけがなかろう。リーシュ王国と友好的な国も近くに存在せぬし、どこを旅するつもりだ?」
王国の中心にある王都から南部の港街フリートベルクへ、西の国境門があるマークヴェストから王都に戻り、今度は東の国境門があるグレンブルクへ。リーシュ王国は南半分を制覇したことになる。
魔女の巣窟である魔境も王国の東側にある魔の森やノトス大山脈を訪れた。西側は荒れ地が広がるだけだから、一通り見たと言えるだろう。
こうして思い返すと、私達がどれだけ旅を続けたかがわかる。そして、次の目的地がすぐには浮かばないことも。
「それは……」
「エマ、僕は修行をすることに賛成だよ」
「カイ?」
「今回の戦いで森の魔女がいかに強いかわかったけど、僕達が個としてもパーティーとしてもまたまだであることもわかっただろう? 一度立ち止まって強さを追い求めることも必要だと思うよ。……僕は盾使いですが、誰に師事すればいいですか?」
最後の言葉は森の魔女に向けたものだった。
彼女はうーん、と顎に人差し指を当てて考える。
「護りを高めたいならわたしかな。でも、水魔法を併用するなら海の魔女の方が得意だね」
「海の魔女……ですか?」
首を傾げるカイを見て、彼女を知るのは私一人であることを思い出す。
「海の魔女ならフリートベルク近海にいる。泡の中に私を入れると、海の中でも水が入ってくることがなかった」
「もしかして、人魚様の話? ……って、あのときソフィ、魔女とは一言も言わなかったよね! いつから気づいてたの?」
「海の魔女が顔を出したときから。ごめん」
私が泡で連れ去られるところを見たエマは、人魚だと思っていたものの正体に気づいたようだ。
「オレも強いヤツと戦いたいぜ!」
「君は身体強化を習得すれば飛躍的に伸びそうだね。となると雷鳴の魔女かな?」
「あぁ、あのでかくてごっついヤツ!」
魔女らしい要素がどこにもない雷鳴の魔女ならレオとも相性が良さそうだ。
「あたしは? 誰が先生になってくれるの?」
「水の回復魔法ならベル……草原の魔女かな」
「意外! もっと攻撃的なのかと思った」
「魔女にしては魔力が少なめだから、少ない魔力で傷を癒すのが得意なんだ」
回復魔法を使う魔女と聞くと白の魔女を思い出すけれど、彼女は光魔法の使い手だ。水と光では回復魔法の仕組みも若干異なるらしい。私にはどちらも使えないから詳しくないけれど。
「ヴェラットは風の魔法剣士って感じかな? 身体強化も剣術も高い水準にある。風魔法が得意な魔女か……」
「谷の魔女はお断りだからな?」
「わかってるよ。環境的にも魔の谷に近いところに住んでいる魔女がいるんだ。山の魔女と言うんだけど、引き受けてくれるかな?」
「……何か問題があるのか?」
歯切れの悪い森の魔女にヴェラットが訝しむような顔になる。
「実はわたし、山の魔女に嫌われているんだ」




