魔の森編第12話 精霊魔法使い
「エマ、左へ!」
「え? ……きゃああぁぁぁ!」
「エマ!?」
私の声は間に合わず、カイの盾に守られていたはずのエマが細いツルに拘束されてしまう。
「前に立っているだけじゃ誰かを守ることはできないよ? わたしの主な攻撃手段は植物と土、地面があればどこからでも魔法を出せるんだから」
不規則に生え出てくる様々な植物。私とヴェラットは魔力感知で、レオは勘で避けるけれどカイとエマは避けられない。
ときには無害な植物があっても、土から出てこないとそれが安全かどうかわからなかった。痺れる胞子を撒くものだと出てから避けるでは間に合わないし。
森の魔女の堅い守りを崩すことができず、避けるのに精一杯で皆限界が近い。
一方の森の魔女はさっきから色んな魔法を放っているのに、疲弊した様子はなく終始にこやかな笑みを浮かべている。
「もう終わりかな?」
「……いや、まだだ。ソフィ、今こそ複合魔法を試すときだ」
「! わかった」
確かに土魔法や火魔法は使ってきたけれど、かけ合わせたものを森の魔女に見せたことはなかった。人に向けるのは抵抗があるけれど、植物相手なら問題ないだろう。
私は杖を持つ右手と持たない左手に魔力を集めはじめる。
「何か企んでいるのかな? 邪魔させてもらうよ」
森の魔女が地面を打ち鳴らせば、私の真下で何かが蠢く気配がした。
「お前の相手は俺達だ!」
「おりゃあ!」
緑色に光る剣を構えたヴェラットと、赤く染まる拳を握りしめたレオが左右から同時に攻撃する。
私の真下に集まっていた魔力はどこかへ行き、森の魔女を守るツタに消費されたようだ。
「守りは任せてくれ!」
「ソフィ、今だ」
「――爆裂!」
杖からは土、左手からは火が生まれ、一つに合わさる。それを勢いよくツタにぶつけると同時に爆発が起こった。
「わっ!」
「うおっ!?」
「くっ!」
周囲にいた人達が爆風によって飛ばされる。カイの盾のおかげで私とエマは守られたけれど、森の魔女の近くにいたヴェラットとレオは仕方がない。
「いた、レオ! 彼の傷を癒して!」
砂埃が晴れて、飛ばされたレオが視界に入る。エマが真っ先に回復させた。
「土と火の複合魔法か……よく考えたね。わたしの守りを崩されるとは思わなかったよ」
大きく抉られたツタ越しに森の魔女が見える。
けれど、砂が舞わなくなってもヴェラットの姿が見当たらない。爆発に巻き込まれたのかと焦ったけれど、すぐに彼の魔力を感知した。
彼は残像が残るほどの速さで剣を振り下ろそうとしていた、森の魔女の真後ろから。
「死ね、森の魔女!」
「母さん、後ろ!」
ヴェラットの剣先が森の魔女の首筋に吸い込まれていく。なぜかゆっくりに見えるけれど、魔法を放つ余裕はない。森の魔女も気づいていなかった。
育ての親が殺されるのを見たくなくて、思わず目を閉じる。
「なっ!?」
驚きの声を上げたのはヴェラットだ。恐る恐る目を開けると、首を斬る寸前のところで剣が止まっていた。
ヴェラットの腕には無数のツルが絡みつき、彼の手から剣を奪って遠くへ投げ捨てた。そして彼の首に巻き付く。
「かはっ……」
「“まじょさん”、魔法を止めて! ラットが死んじゃうよ!」
「え?」
エマの悲鳴に似た叫びにようやく森の魔女が後ろを振り返った。苦しそうに呻くヴェラットと地面に落ちた剣を見る。
彼を解放してあげて、と虚空に向かって言うと、ツルが地面に戻っていった。
「はぁ、はぁ……」
「ラット! 今治すね!」
荒い息遣いのヴェラットに、エマが迷うことなく駆け寄る。
私は森の魔女を見て首を傾げた。
「さっきのは誰の魔法?」
「えっ?」
何を聞いてるのか、そう驚いた顔で見るのは私の仲間達だ。
「森の魔女の魔法に比べて、明らかに魔力保有量が多かった。というより、植物の見た目をした魔力の塊と言った方がいいかもしれない。それほど純度の高い魔法をどうやって生み出したの? いや、誰が放ったの?」
「……ソフィには誤魔化せないか」
出ておいで、と森の魔女が木に向かって言う。
すると白く光る小さな玉のようなものが森の中から漂ってきた。
「ソフィの言う通り、さっきの魔法はわたしがやったものじゃない。この子――精霊がやったんだ」
「せ、精霊?」
「物心つく前からわたしを守ってくれる存在でね、わたしの命が危ないってときには勝手に魔法を発動させるの。……守ってくれるのは嬉しいけれど、相手を傷つけるのは駄目だよ?」
森の魔女の窘める声に白い光――精霊が上下に動いた。頷いた……のだろうか。
「助けてくれてありがとう。お礼に魔力を少し分けてあげるよ」
出された魔力の塊が少しずつ小さくなっていく。
森の魔女の記憶で似たような光景を見たことがあるのを思い出した。
「精霊魔法?」
「まぁ、似たようなものかな。わたしが自分の意思で使ったものじゃないから、厳密には違うけれど」
「どうしてあたし達にも精霊様が見えるの? ごく一部の人にしか見えないんだよね?」
ヴェラットに回復魔法をかけつつ、エマが首を傾げる。ふわふわと漂う精霊に目を奪われていた。
「何度もわたしの魔力を分け与えているからかな。精霊はその地に宿る魔力を食べるから見えないだけで、生き物の魔力を食べると見えるようになるんだ」
「“まじょさん”の魔力は見えるもんね!」
世界に当たり前に存在する魔力は、よほど大量でない限り目に見えない。もしも見えたら視界不良になるだろう。
けれど、生き物の魔力は濃縮されたものだから見ることができる。それを食べる精霊も。
「ここに来たときからずっと森が光り輝いているように見えたけど、全て精霊様なんですか?」
「わたしの魔力目当てに集まる精霊が多いからね。わたしには君達には見えていない精霊も視えるから、森が様々な光で彩られているみたいだよ。夜でも意外と明るいんだ」
カイと森の魔女の会話を聞いてから改めて森を見渡すと、森のあちこちに光の粒が漂っているのが見えた。白い光だけではない、緑や青色といった様々な色が幻想的な森を優しく照らしている。
「ヴェラット、ここで森の魔女に勝つのは諦めて。誰よりも精霊に愛されている人がこの森で負けるはずがない」
「……俺もそう考えていたところだ」
狼の集いと森の魔女の戦いは森の魔女の完全勝利で幕を閉じた。




