魔の森編第10話 本当の姿
AIイラストを挿絵に使用しています。苦手な方はご注意ください。
「そんなこと、した覚えはないけれど」
自分が魔女かどうかもわかっていなかったときに、自ら魔女であることを他の魔女に知らしめる?
できるはずがない。
「無意識に発してしまう気配のことですよ。魔女は身体の成長が止まると魔力量が加速度的に増加し、体内から僅かに漏れ出た魔力が気配として他の魔女に感知できるようになります。ソフィアもそれを発するようになったから、他の魔女に遭遇する機会が増えたのです」
谷の魔女が私を襲ったのも私の気配を感じ取ったから。
白の魔女はそう説明するけれど、私にとって重要なのはそこではない。
「身体の成長が止まってから気配を発する……? つまり、私はもう大きくなることはできないの?」
ただでさえ成長期が遅かったのに、日々成長を実感する中で不意に止まった身長の伸び。
十二歳頃だったと思う。あの日から私は、一切成長していない。
魔女の多くは二十代で成長が止まると聞いていたから、まだ伸びしろはあると思っていたのに。私のかすかな希望は白の魔女によって打ち砕かれた。
私の呟きに白の魔女が気まずそうな顔をする。
「あ……えっと」
「谷の魔女や波間の魔女のように、成長する道は残されている。魔女の力を使えば……」
「ソフィ、それだけは駄目だよ」
先の見えない迷路に入りかけた思考を森の魔女が止める。顔を上げると一切笑っていなかった。
「君は自分が大きくなるためだけに、他者の人生を破壊するつもり? そんなことをするなら、わたしが全力で止めるよ」
私が道を誤れば本気で殺す気なのだと、私を見据える濃い緑色の瞳を見ればわかる。
そして、私が口にしてしまった言葉の危うさも。
「……ごめんなさい、動揺した。仲間からも疎まれるような魔女になるつもりはない。身体の成長は時間が解決してくれることを信じる」
私が謝ると、森の魔女がふっと笑った。
「君は魔女の血が濃いから、何百年後になるんだろう」
「千年生きるかもしれませんね」
「君の成長した姿、わたしには見れそうにないな」
森の魔女の言葉にはっとする。
波間の魔女と森の魔女は双子の姉妹。森の魔女が成長した様子は見えないからまだ猶予はあると思うけれど、何百年も生きるのは難しいだろう。
私は六百年もの間封印されていたから、肉体的にも精神的にも成長しなかった。けれど、その間に他の魔女は年齢を重ね、死んでいったのだろう。
私が寿命を迎える頃に生きている魔女はいるのだろうか。
「大丈夫ですよ、ソフィア」
「白の魔女?」
「わたくしも封印されていたせいで、まだ百年程度しか生きていません。かの賢者は千年を超えても生きているのですから、その妹であるわたくしも同じくらい生きるでしょう。あなたは決して一人ではありませんよ」
いつか訪れるかもしれない永遠の孤独。
そこに白の魔女がいてくれれば一人ぼっちにはならないだろう。
「……ソフィアにいつまでも隠していてはいけませんね」
「?」
何か覚悟を決めたような表情を浮かべる白の魔女に、私は首を傾げる。
「わたくしの本当の姿をお見せしましょう」
椅子から立ち上がった白の魔女がそう宣言した。
「お二人には見せたことがありますが、ソフィアは覚えていませんよね?」
「知らない」
記憶を辿ってみるけれど、私の中で白の魔女と初めて会ったのは谷の魔女に襲撃された日だ。会うのはこれで三度目だけれど、白の魔女の違う姿を見たことがない。
物心つく前なら見たことがあるかもしれないけれど、記憶に残っていないから確かめようがない。
「森の魔女は見たことあるの?」
彼女が見せてくれた記憶にはそれらしいものがなかったけれど、森の魔女は頷いた。
「うん、災厄の魔女と戦って君が帰った後にね」
森の魔女が何か言いかけたのに、聞かずに転移魔法で送ってもらったのを思い出す。
「では、お見せしますね。光魔法で目が眩むかもしれないので、目を閉じていてください」
私と森の魔女が目を瞑ると、まぶたの向こうで眩い光が差して、すぐに収まった。
「目を開けてもいいですよ」
その言葉に目を開けた私は思わず息を呑んだ。
黒髪茶目というどこにでもいそうな魔女の見た目をしていた白の魔女の姿はない。
代わりに白髪に赤い目、色白な肌をした女の人が立っていた。
衣装も白い服に金糸の刺繍が施され、魔女を象徴する黒はどこにも見当たらない。
「改めまして、わたくしは白の魔女アテナと申します。大陸に光と希望をもたらす純白の聖女です」
声も動作も白の魔女と変わらないけれど、微笑む姿は儚くも美しくて、目を離せなくなる。神秘的でこの世の者とは思えなかった。
例えるなら天の使い。そう思わせるほど人間離れした美しさがある。
「白の魔女……」
彼女の二つ名が口から漏れる。
魔女なのに黒とは真逆の白とはどういうことかと疑問だったけれど、名付け親がこの姿を見たことがあるなら納得だ。
「一つの属性の魔力が著しく多いと髪色が変化すると耳にしたことがあります。魔女にも極めて少ないとはいえ、黒髪でない魔女がいるのではありませんか?」
「……魔女の葬儀屋」
燃え盛る炎のような髪色をした魔女を思い出す。あの人の胸の内ではごうごうと火属性の魔力が燃え上がっているように感じた。
「それから、アルビノという言葉をご存じですか?」
「知らない」
「わたしも聞いたことがないね」
「生まれつき色素が欠乏した生き物のことで、人だけでなく様々な生き物に起こりうるものです。毛や肌が白くなったり、光に弱くなったり、特徴は様々です。日光の下を歩くだけで皮膚が火傷したように爛れることもあります」
「それは、生きるのに苦労しそうだね……」
森の魔女が悲しげな表情を見せるけれど、白の魔女はそこまで不便に思っていなさそうだ。
「わたくしは光が目や肌に差さないよう調節することができますから、それほど大変なことではありませんよ。この森は緑が多くて強い光も差しませんし。ただ、日中は常に光対策をしないといけませんが」
常時魔法を展開しているということだろうか。
魔力と集中力がないとできないことだし、それを「大変なことではない」と言ってのける白の魔女がいかに凄いか理解できる。
私が常に魔力感知をしようとしたら、すぐに頭がいっぱいになって魔力酔いを起こしてしまうだろう。
耐えられたとしても、他の魔法を行使するのは難しい。
「では、そろそろいつもの姿に戻りますね」
もう一度目を閉じて開ければ、白の魔女は元の姿に戻ってしまった。白髪の魔女なんて初めからいなかったみたいに。
かけられていた魔法が解けたように感じたけれど、黒髪茶目という姿こそが魔法がかかっている状態なのだ。それが不思議で仕方がない。




