魔の森編第7話 本当の名前
「まいったよ、降参だ」
森の魔女の堅牢な護りが白の魔女に崩され、喉元にレイピアを突きつけられた森の魔女は潔く負けを認めた。
白の魔女のまとう空気がふっと軽くなる。
「ありがとうございました、森の魔女」
「それにしても、ここまで高度な光魔法は初めて見たよ。災厄を倒した純白の聖女が生きていたら君みたいに強かったのかな」
「……純白の聖女、ですか?」
森の魔女の発言に白の魔女が不思議そうに小首を傾げた。
「大陸に光を取り戻した英雄をそう呼ぶことがあるんだ。聖女の復活を祈る祭りを毎年開催してる街もあるくらいに、人々から愛されている存在だよ」
「そう、なんですね……」
白の魔女が昔を懐かしむような微笑みを浮かべる。
「貴女のことを少し知ることができて良かったです。また伺ってもよろしいてすか?」
「うん、いつでもおいで。戦いは勘弁してほしいけれど」
「ふふっ、わたくしも戦いが好きなわけではないですよ」
どちらも実力者なのに争いを求めない。こういう魔女が増えれば、魔女を悪と捉える人が減るのだろうか。
「では、そろそろお暇させていただきます。森の魔女、これからもソフィアをよろしくお願いしますね」
「うん、またね。……って、あれ?」
手を振り白の魔女を見送った森の魔女が一人首を傾げる。
「ソフィアってソフィのこと? どうしてあの人が……」
白の魔女は森から出た後だ。疑問を解消する術はない。
時間が一気に加速していき、気がつくと私は石碑の前にいた。
「これがわたしが君と過ごした記憶だよ。色々聞きたいことや混乱することもあるだろうけれど、わたしの口から伝えたいから言うね」
森の魔女が石碑から目を離して私を見る。
「君の本当の名前は『ソフィア・アテナ・ウェネーフィカ』だ」
「ソフィア……」
「そして、君の母親は災厄の魔女の七女にして災厄を打ち払いし英雄。正式な二つ名ではないけれど、『白の魔女』アテナだ」
ソフィア・アテナ・ウェネーフィカ。それが私の本当の名前。
二度も私を助けてくれた白の魔女。あの人が本当の母親で、英雄?
信じられない気持ちと心のどこかで「やはり」と納得する気持ちが共存している。
名乗ってないのに私をソフィアと呼んだのも助けてくれたのも、白の魔女が実の母親だからだ。
「……でも災厄の魔女は生きてたし、英雄譚もどこまで真実かわからないのが実情だね」
「……ん」
「本人に直接会って確かめることができればいいのだけれど。……ん?」
不意に森の魔女が斜め上を見上げる。森で何かあったのだろうか。
「館に戻ろうか、ソフィ。わたしじゃないと対応が難しそうだ」
笑顔のない森の魔女に胸騒ぎを覚えつつ、彼女の背中を追って階段を上り、薄暗い書庫に戻った。
問題事は玄関前で発生しているようで、長い廊下を早歩きで通る。玄関付近には人だかりができていたけれど、「通らせてくれる?」と森の魔女が言えば道を開けてくれた。
「お久し振りですね、森の魔女、ソフィ。……いえ、ソフィアとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
玄関前に立っていたのは白の魔女ことアテナだ。
そして、私の母親でもある人。
どうしてこんなところにいるのだろうか。
「実はわたしが呼んだんだ。ソフィと白の魔女はちゃんと向き合って話した方がいいんじゃないかなって。お節介な魔女でごめんね」
「お誘いありがとう存じます、森の魔女。……ソフィア、あなたを託すという形で捨ててしまい、申し訳ございません。どうかわたくしの話を聞いていただけませんか?」
今までソフィとして生きてきたから、いきなり本当の名前で呼ばれても自分が呼ばれた気はしない。
八つ当たりみたいなことをして別れた後だし、いきなり現れた本当の母親とどう接すればいいかわからなかった。
「……何を今更」
「ソフィア?」
「あなたと話すことなんてない。帰って」
私は突き放すようにそう言って、白の魔女に背を向けた。森の魔女の弟子達が二手に分かれて道を開ける。廊下を歩いて突き当たりの階段を駆け上がり、三階に用意された客室のベッドに身体をうずめた。
私の本当の名前はソフィア・アテナ・ウェネーフィカ? ずいぶんと長い名前だ。まるで貴族になったみたい。
いや、ウェネーフィカ伯爵家の血筋なら私は元貴族になるのだろうか。ヴェラットに聞けばはっきりするかもしれない。
「そんなわけなかろう。ウェネーフィカ伯爵家は少なくとも三百年以上前、下手すると六百年も前には滅びていたのだ。十五歳のお前が貴族の血筋であるはずがない」
大広間で顔を合わせたときに聞いてみたけれど、真っ向から否定された。
「いや、それはどうかな?」
近くに座る森の魔女が穏やかな声で異議を唱える。
白の魔女は相席していないようだ。
「聖女祭……純白の聖女の復活を祈る祭りを毎年開催しているヴァイスには、こんな文献が残されている。『純白の聖女は悪しき魔女に封印されて、この世から姿を消した。しかし、いつか必ず目覚めのときが来るだろう』ってね」




