魔の森編第6話 森の魔女の記憶 5
私が森の魔女の元を離れても記憶の再生は続く。まだ見せたいものがあるのだろうか。
私が魔の森を去ってから数日後、来客を告げるベルが鳴ったことに森の魔女は驚いた様子を見せた。
「お客様ですかね? あたしが出ましょうか?」
「いや、待ってイルゼ。わたしが出るよ」
「お師匠様の手を煩わせることじゃ……」
「イルゼ、主様に任せてください。主様自ら対応するのは、相手が魔女である可能性が高いからです」
「……魔女ならもっと早く気づくはずなんだけど」
「主様?」
森の魔女が訝しんでいるのは、ベルを鳴らされるまで誰かが森の中に入ったことに気づけなかったからだ。
いや、正確に言うと今も認識できていない。魔力も魔女の気配も感じない訪問者を警戒しているようだ。
「スザンヌ、もしものときはみんなと一緒に転移魔石を使って。わたしは最後までここに残るから」
「……かしこまりました。主様のご無事を願っております」
「うん、行ってくるよ」
緊張した面持ちで森の魔女が玄関扉を開ける。
そこにいたのは白の魔女だった。
「初めまして、森の魔女のお宅で間違いないでしょうか?」
「わたしが森の魔女だけれど……どなたかな?」
「申し訳ありません、人様に名乗るのに相応しい二つ名をまだ持っておらず……自称ですが、わたくしのことは『白の魔女』とお呼びください」
「白の魔女、か……」
森の魔女と白の魔女が初めて会った日の記憶のようだ。
「……君からは魔女の気配をほとんど感じないけれど」
「生まれ持った性質のようなものです。あなたが生まれつき精霊様のお姿が見えるように」
「……どうして君がそんなこと知っているのかな?」
「さぁ、何故でしょう」
気配の薄さから森の魔女は白の魔女を本物の魔女ではないと判断したようだ。
魔女の血が流れていても、微々たるもので人間離れしたことはできないだろう、と。
「ところで、わたしに何か用があるのかな?」
「はい。唐突ですが、手合わせしていただけないでしょうか」
「……他をあたって。わたしは争いを好まないから」
森の魔女に拒否されたはずなのに、白の魔女はなぜか「ふふっ」と懐かしそうに笑った。
「そういうところもお姉様そっくりですね」
「お姉様?」
「はい、人の良さがにじみ出ています。お人好しとよく言われるでしょう?」
「そうだね」
「お優しい魔女を戦いの場に引きずり出すのは難しいでしょう。この手はあまり使いたくありませんでしたが、仕方がないですね」
白の魔女が一歩近づき、森の魔女の耳元で囁く。
「手合わせをしてくれなかったら、館にいる方を攻撃しますよ」
「!?」
「……と言ったらどうされますか?」
相手がどこまで本気なのか見極めるようと、森の魔女が白の魔女をじっと見つめる。
白の魔女は微笑むだけで何を考えているのかわからない。けれど、殺気や害意はなさそうだ。
「嘘だね。君ほど綺麗な魔力の持ち主が、いたずらに人を傷つけるとは思えないよ」
「……」
「でも、君の提案にはのってあげる。君がどんな人なのか、興味が湧いたよ。審判役を呼んできてもいい?」
「はい。突然の誘いを引き受けてくださりありがとうございます」
大広間に戻ると臨戦態勢のスザンヌや弟子達が待ち構えていたけれど、無傷で戻ってきた森の魔女に安堵した様子だ。
「スザンヌ、ちょっと来てくれるかな」
「はい、何でしょう」
「訪問者である白の魔女と手合わせすることになったから、見届人になってほしいんだ」
「……はい? お客様といきなり手合わせですか?」
「うん、相手の希望でね。引き受けてくれる?」
「……承りました」
困惑した様子のスザンヌを連れて、森の魔女は玄関に戻る。森の魔女が戦う姿を見たいのか、一部の弟子がついてきているのが見えた。
「お待たせ、白の魔女。ここだとちょっと狭いから場所を移そうか。転移魔法を使ってもいいかな? 森の中から出ることはないよ」
「はい、よろしくお願いします」
転移魔法で向かった先は、森の魔女の師匠だった魔女の墓地だ。何度も訪れては花を手向けて掃除をする森の魔女を見たことがある。
なぜかここだけ開けているから、戦いの地に向いているのだろう。
「それじゃあ始めようか」
「はい」
森の魔女は無手、白の魔女は細剣を構えて、どちらも動かずに相手の出方を窺う。
森の魔女が途方に暮れた様子でスザンヌを見た。
「どうしよう、スザンヌ。この人に勝てる気がしないよ」
「えっ?」
「魔力はいまだに未知数だし、覇気も感じない。なのに何でだろう。あの人に勝利する自分を想像できない」
最強と名高いあの森の魔女が、まだ相手の力を見ていないのに実質負けを認めるような発言をした。
「魔法は想像を創造するもの、といつもおっしゃっているではありませんか。想像することを諦めてしまいますと、本来あるはずの勝機も見えなくなりますよ」
「……わかった、勝ち目が薄くても足掻いてみるよ」
気を取り直して白の魔女に向き直る。足から地面に魔力が流れ、地下深くで植物が蠢くのを感じた。
「どこからでもかかってきていいよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
白の魔女の姿が消えると同時に、森の魔女は土の中で成長させておいたツタを一斉に生やした。
そのうちの一本に、白の魔女のレイピアが突き刺さる。
森の魔女が地面をタンと打ち鳴らせば、細いツルが這い出てきて、レイピアを抜こうとする白の魔女の足に絡みつく。
「光の刃」
白の魔女が足元に白い刃を飛ばしてツルを切り裂く。飛ばした刃は足元だけでなく無数のツタにも向けられて、全てを真っ二つにした。
「あれ、魔力をしっかり込めたはずなんだけど……」
「ここまでですか、森の魔女?」
あ然とする森の魔女を見て、白の魔女は微笑んだ。




