魔の森編第4話 森の魔女の記憶 3
「ねぇ、“まじょさん”! この子、お人形さんみたいでかわいいね! “まじょさん”の子どもなの?」
私の記憶にあるよりやや高い声でエマが尋ねる。
「いや、捨て子だよ」
「名前は何ていうの?」
「ソフィだよ」
「そうなんだね。あたしはエマだよ、よろしく!」
エマから何となく聞いたことがあったけれど、私とエマは小さい頃に会っていたのだ。
彼女はそこで私の名前を知り、自分の名前すら忘れた私をソフィと呼んでくれた。
あの日、エマと出会わなかったら今の私はない。だから、狼の集いに入れてくれたことに感謝し、いつか恩を返したいと思っているのだ。
「今日も魔法の勉強をしようよ!」
「その前に杖を使った護身術だよ」
「えー!」
「自分の身は自分で守れるようにならないと。前衛に頼り切っていると、いざというとき身体が動かないよ?」
「……はぁい」
杖の先端を突き出したり振り回したり、相手の手首を叩いて武器を落とさせたり、と護身術は色々だ。
エマは「そんなことより魔法を使いたい!」と嫌々やっている様子だ。
この修行を真剣にやらなかったせいか、盾の道を選んだカイがいつも側にいるせいか、咄嗟に動くことができていないけれど。
「護身術の勉強はここまでにして、次は回復魔法の勉強をしようか」
「わーい!」
エマが飽きてきたら魔法の勉強に切り替える。
回復魔法を教えるのも森の魔女だ。器用な彼女は水魔法を用いた回復魔法もお手の物らしい。
「ふわぁ……」
「そろそろ終了にしようか」
「あともう一回……」
「眠いなかやっても身につかないよ。無理せず休んでね」
「はーい。おやすみ、“まじょさん”」
「おやすみ、エマ」
森の魔女が転移魔法をエマにかけてベルーナ村孤児院に送った。
途中からエマが姿を見せなくなっても森での生活は大きく変化することなく進み、私は五歳前後になった。
「わたしに魔法を教えて」
「おっ、ソフィもついにこのときが来たか」
幼い私がそう言うと、森の魔女は胸の高鳴りを感じたらしい。楽しそうに笑っている。
「わたしに教えられる範囲ならわたしが先生になるし、他の魔女から教えてもらうこともできるよ。ソフィはどんな魔法を使いたいのかな?」
「かあさんと同じ魔法」
「まずは適性を調べて……えっ、わたしの魔法?」
小屋の押し入れで何かを探している森の魔女は、驚いた様子で私を振り返った。
「かあさんの魔法はきれい。優しい感じがする。だからわたしも使えるようになりたい」
森の魔女の視点で幼少期の私を五年近く見てきたけれど、自分の意思をはっきりと口にしたのは初めてかもしれない。
「よし、じゃあまずはどんな魔法を使いやすいのか調べてみようか。両方の手の平で皿を作ってくれる? そこに魔石を置くから」
森の魔女が手袋をつけた手で魔石を取り出し、ソフィの手に置く。
指先が触れた瞬間から魔石が赤く光り出し、僅かに黄色や黒色など他の色が混ざり合う。
「ソフィが一番得意なのは火魔法みたいだね」
「……かあさんの魔法じゃない」
「そうだね。わたしは火をつけられないから、他の人に教えてもらう?」
「やだ、かあさんの魔法がいい」
森の魔女は器用で様々な魔法を使うけれど、火魔法と光魔法だけは一度も見たことがない。後者はともかく、前者は適性でなくても操れる魔女もいるのに。
けれど、母親と慕う相手が火魔法を使えないからこそ、私は適性ではない魔法を選んだのだろう。
「それなら、土魔法を教えようか」
「土」
「確かあの辺に仕舞っておいたはず……」
森の魔女が押し入れを漁り、やがて目当てのものを手にとる。
古い木の長杖、湾曲した形、頭部に填まった黄色い魔石。
見間違えるはずがない。正真正銘、今も私が使っている杖だ。
「これを君に贈るよ」
「つえ?」
「これはわたしが子どもの頃に使っていた杖だよ。人より魔力が多かったわたしは、魔力を制御するのが苦手でね。体内から溢れる魔力を持て余していたら、お父様がこの杖を贈ってくれたんだ」
通常、魔女は杖がなくても魔法を放てる。けれど、杖を使った方が威力が上がるし、魔力の消費も抑えられる。
何より、普通の人間は魔石に魔力を流さないと魔法を撃てないから、魔女であることを隠すために杖を使うのだ。
「わたしが魔力を暴走させることは今後絶対に起こらない。何があっても、わたしは自分の意思で大切なものを護ると決めたから」
「……?」
「ごめん、熱くなっちゃったね。この杖があれば適性でない土魔法も操れるようになるよ」
明らかに自分より大きな杖を両手で握りしめる幼い私。
その日から魔力の制御方法や土魔法の基礎から変形まで、様々なことを学んだ。
記憶を失っても身体は覚えていたようで、森の魔女から教わったもののほとんどが今の私にもできることだ。
そしてある日。森の魔女が朝目覚めたとき、私の姿はどこにもなかった。




