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シスター

 夕日が山の端に隠れ、世界が少しずつ闇色のベールに覆われる時間。礼拝堂の掃除を終え、居住棟に戻ったシェラーエンたちは、ちょうど畑から戻ってきたキィたちと入り口で合流した。どこか疲れたようにぐったりと無口なキィを心配そうに抱えながら、ミーナはシスターが帰ってきたこと、そしてシェラーエンたちを夕食に招くつもりであることをレナたちに告げた。レナの瞳が喜びに輝く。対照的に、ミーナの表情には暗い影が射していた。レナは急くように入り口の扉を開け、シェラーエンたちを建物の中へと招き入れる。するとそこには、まるで待ち構えていたかのように、柔和な笑顔を浮かべたシスターが立っていた。


「シスター!」


 レナが弾んだ声で呼びかける。シスターは慈愛に満ちた笑顔をレナに向けた。


「ご苦労様、レナ。貴女の献身に、きっと聖なる主もお喜びくださっていますよ」


 顔を赤らめ、照れたようにレナは俯いた。レナの様子に目を細め、そしてシスターはシェラーエンに向き直る。


「ようこそ、私の教会へ。歓迎いたします、旅の方」


 にこやかな笑みを浮かべ、シスターがシェラーエンに言った。シェラーエンは目を見張り、マントの下で反射的に長剣の柄に手を伸ばしかける。キィが鋭い鳴き声を上げ、シェラーエンの動きを制した。ハッとしたように手を止め、シェラーエンは姿勢を正すと、シスターに軽く会釈をした。


「……感謝します」

「さあ、どうぞこちらに。ささやかですけれど、召し上がって」


 シェラーエンの隣にいるレナは、幸いなことにシェラーエンの動きに気付いていないようだった。レナはシスターの帰還に安どの表情を浮かべている。大柄男の横暴は、シスター不在の中で起こるのだろう。ミーナはシスターから少し離れた場所に立ち、不安げにキィを抱いている。

 シスターは笑顔を崩すことなく、シェラーエンたちを食堂に招き入れる。張り付いたように動かない、にこやかな笑顔のままで。招きに応じ、シェラーエンたちは食堂に足を踏み入れた。


 食堂の中央には簡素な長方形のテーブルが置かれ、テーブルの上にはすでに夕食の皿が並べられていた。ささやか、とシスターが言った通り、並べられているものは固く焼しめられた黒パンと、わずかな野菜が浮かんだスープ、そして水だけだった。シェラーエンが『寄進』したはずの食材の姿は見当たらない。おそらくは、大柄男が隠匿しているのだろう。

 テーブルの奥と手前に一脚ずつ、左右にそれぞれ三脚ずつの椅子が置かれている。奥側の椅子のさらに後ろには簡易な祭壇が設えられ、聖なる主の象徴である聖印が祀られていた。食堂の入り口から見て左側の奥には大柄男が、その一つ手前には痩せ男が、それぞれすでに座っている。さらに、左側の入り口に最も近い席にはシェラーエンたちには見覚えのない少女が、右側の奥の席には同じく見覚えのない少年が座っていた。シェラーエンに入り口に最も近い席を勧め、シスターは一番奥の席に着いた。レナは右手の真ん中に、キィを抱えたミーナは右手の手前の席に腰を下ろした。


「シスター。こんな流れ者に食事なんて」


 大柄男が不満を隠そうともせずシスターに言った。シスターは軽く眉根を寄せ、大柄男をたしなめる。


「狭量は身を亡ぼす毒であり、寛容は身を育む糧なのですよ。あなたはもっと、他者と分かち合うことを覚えねばなりません」


 大柄男は納得のいかぬと顔をしかめ、不機嫌そうにシェラーエンを睨みつけたものの、それ以上何かを言うことはなかった。隣にいる痩せ男も、同様にシェラーエンを睨むものの、特に言葉を発することはない。シェラーエンは二人の男の視線を意に介さず、じっとシスターを注視している。シスターは胸の前で両手を組み、皆に向かって言った。


「さあ、それでは今日も、聖なる主の慈悲とご加護に感謝の祈りを捧げましょう」


 皆それぞれがシスターに倣い、両手を組んで目を閉じる。そしてシスターが祈りの言葉を捧げるために口を開いた、そのとき。


「待ってください、シスター」


 大柄男の発した声が祈りを阻む。ぞわり、と背筋を這う不快な予感が食堂に広がった。シェラーエンは目を開いて息を飲み、キィは苦々しい表情で舌打ちした。


「祈りナんテ意味がなイでショう?」


 大柄男の顔が腐れたように歪む。


「伏せろ!」


 シェラーエンは立ち上がってそう叫ぶと、左手にいる少女の椅子を引き倒した。大柄男の顔がザクロのように裂け、中から五条の、先端に棘の生えた鞭状の器官が飛び出してそれぞれの標的に向かって伸びる。隣席の痩せ男は状況を理解する間もなく頭部を潰され、椅子ごと後ろに倒れた。痩せ男の手前にいた少女は床に倒されたことでかろうじて攻撃を逃れ、彼女を襲った鞭は床に穴を穿った。シェラーエンは長剣を抜き、迫る鞭を斬り払う。キィの瞳が妖しい光を帯び、ミーナとレナを狙った鞭は彼女らに届く前に炭化して崩れた。シスターとその隣にいた少年に伸びた鞭は、二人に触れる寸前に、何かに阻まれるように弾かれた。シスターの首に掛けられた聖印が淡く蒼い光を放つ。シスターは『大柄男だったもの』を鋭く睨み据えると、


「『悪魔』よ! 散り失せよ!」


 裂ぱくの気合と共に聖印をかざした。『大柄男だったもの』は強力な力で押さえつけられているかのように動きを止め、高いとも低いともつかぬ悲鳴のような唸り声を上げた。聖印の蒼い光が徐々に強さを増し、『大柄男だったもの』に収束していく。


「滅せよ!」


 シスターの宣告を合図に、『大柄男だったもの』の身体が末端から白い灰となり、ボロボロと崩れ落ちる。それはすぐに『大柄男だったもの』の身体の中心に及び、


「ひどイよ、シスター」


という言葉を最期に、『大柄男だったもの』は完全な一握の灰に変わった。

 シスターが大きく息を吐いた。ようやく事態が飲み込めたのか、レナの身体がカタカタと震え始める。シスターの隣にいた少年が顔を歪め、大声で泣き始めた。ミーナがレナの手に自らの手を重ねる。レナはミーナを抱きしめ、「もう、嫌だ」と呟いた。

 シスターは痩せ男の骸の傍らに立ち、痛まし気な表情を浮かべ、


「教会内に『悪魔』がいたなんて。ごめんなさい。守ってあげられなかった」


と言って床に膝をつき、魂の安らぎを祈り始めた。食堂に祈りの歌と少年の鳴き声が響く。シェラーエンは厳しい表情でシスターを見つめている。シェラーエンの隣で床に倒れていた少女は、緩慢な動作で身を起こし、どこか虚ろな瞳でシスターと痩せ男の骸を見つめていたが、やがてぽつりと呟くように言った。


「……でも、明日から、ごはんが増える」


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