妹
教会の庭はほぼ全面が耕され、いくつか区画に分けられている。秋の収穫はすでに終わり、今は冬に向けて秋植えの葉物野菜が植えられていた。土からはいくつもの小さな芽が顔を出している。畑の端にしゃがみ、ミーナは一生懸命に雑草と格闘している。そしてその隣では、腕を組んだキィが不満を爆発させるようにしゃべり続けていた。
「いったい何なんだあの図体ばっかでかいバカは! えらっそうにふんぞり返りやがって、なーにが『どこへ行っていた』だクソみたいなツラしやがって! ああぁああぁぁぁぁあ腹立つわぁ! 殴っときゃよかった! 殴っときゃよかった! 今からでも殴ってきたほうがいいか、なぁ?」
憤懣やるかたないキィの頭を、なだめるようにミーナが撫でる。キィは撫でられながら更なる怒りをぶちまけた。
「それにな、あの隣にいたキツネ野郎は何だ!? クソヅラの顔色ばっかうかがいやがって! なーにが『悪魔に会ってくれば』だ! もう会っとるわ! 今度てめぇを森に置き去りにしてやろうかってんだ!」
キィがあの場で大柄男たちに声を上げなかったのは、レナたちの立場を慮ってのことだろう。『呪われ』を連れてきたとなれば、大柄男たちに責める理由を与えてしまうようなものだ。口を閉ざしてため込んだ憤りは、どれほどしゃべっても消えるものではないらしい。キィは真剣な表情でミーナを見上げた。
「こんなとこ、長くいる場所じゃないぜ。とっとと出て行ったほうがいい。このままじゃ絶対ロクなことにならん」
ミーナは首を横に振ると、動きの乏しい顔で呟くように言った。
「……ここをでて、いくところ、ないから」
ミーナの呟きに、キィが言葉に詰まる。旅の途上にあるキィたちは、ミーナやレナのこれからの人生に責任を持たない。辛ければ逃げろ、耐える必要はないなどと言ったところで、逃げる先を提供できるわけではないのだ。次の言葉を探すことのできないキィに、雑草を引きながらミーナは言った。
「おねぇちゃんはね、かわいそうなの」
「かわいそう?」
問い返したキィに頷き、ミーナは言葉を続ける。
「わたしがいるから、にげられないの。わたしがいなきゃ、にげられるのに」
ミーナの顔は無表情に近く、その声は淡々としていた。その横顔は不釣り合いなほどに大人びてる。
「わたし、いなきゃ、よかったね」
幼い少女はそう言ってほほ笑んだ。キィはミーナの正面に回ると、ミーナの瞳をまっすぐに見据えた。
「違うぞ、ミーナ。それは違う」
どこかぼんやりとした瞳で、ミーナはキィを見つめ返している。
「お前のねぇちゃんは、お前のことをいなきゃいいなんて絶対に言わねぇぞ。お前のねぇちゃんは、お前のことが大好きだぞ。自分の価値を間違えるな。お前がいることで、ねえちゃんは救われてるぞ」
「……うん」
ミーナはキィから視線をそらし、俯いた。ミーナはレナが自分を愛していることを知っている。そしてその愛がレナの未来を狭めているであろうこともまた、知っているのだ。大好きな姉の愛を利用しているような罪悪感を感じているのかもしれない。キィはさらに言葉を重ねようと口を開き――
「まあ、ミーナ。偉いわ、お手伝いをしてくれているのね」
突然聞こえた聞き覚えのない声に振り返った。キィの視線の先には、修道服に身を包んだ女性の姿がある。三十前後の、銀の髪に蒼い瞳を持ち、穏やかな微笑みを浮かべたこの女性が、レナの言うシスターなのだろう。どこからか物資を調達してきたらしく、大きな荷物袋を抱え、まっすぐにミーナのいるところへ向かってくる。ミーナが怯えるように身を固くし、キィを両腕に抱えた。
「あら、新しいお友達? 可愛いネズミさんね」
しゃがみ込み、ミーナの顔を覗き込むシスターに対して、ミーナは俯いて視線を合わせず、キィを抱く腕に力を込めた。キィは威嚇するようにシスターを睨む。
「あら、あなた……」
シスターは意外なものを見つけたというようにじっとキィを見つめると、その青い瞳に楽しげな色を浮かべ、そしてミーナに言った。
「新しいお友達を歓迎しなければね。食べ物もたくさん手に入ったから、お友達を夕食にご招待しましょう。ミーナ、夕食の時間になったら、ネズミさんを食堂まで連れていらっしゃい」
シスターの言葉は穏やかで優しいが、どこか有無を言わさぬ威圧感を伴っている。ミーナの身体がカタカタと震えた。シスターは立ち上がり、キィに意味深な一瞥をくれると、居住棟の中へと入っていった。安心したようにミーナの身体から力が抜ける。キィの表情はひどく険しいものに変わっていた。
「なあ、ミーナ」
キィはミーナに呼びかける。その声にはわずかに躊躇いが含まれている。
「ねぇちゃんのこと、好きか?」
ミーナはキィを地面に置き、自らは地面に膝を付けてキィを見つめると、こくりと頷いた。キィは再び問う。
「守りたいと思うか?」
ミーナははっきりと頷く。その顔にはわずかな迷いもなかった。キィはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように最後の問いを口にした。
「オレを、信じるか?」
キィの言葉に含まれる不穏な気配を感じたのか、ミーナはしばし動きを止めた。そしてゆっくりと大きく息を吸うと、確かな意思を持ってはっきりと頷いた。
「……そうか」
キィはそう言うと、一瞬だけその顔に哀れみを浮かべた。そして顔を上げ、ミーナの瞳を覗き込む。キィの瞳が、徐々に昏く妖しい金の輝きを帯びた。




