210-友達との遊び方
誰もいない小さな透明の街に、一つだけ明かりの灯る建物があった。その薄暗い橙色の光を目指し、白銀の青年は忽然と暗い石畳を歩く。
まるで自分の家のようにその店のドアを開け、背の高い置棚の間を進む。
奥の机で暇そうに古書を広げていた黒い動物面が気配を察して顔を上げた。
「あれ? どうしたの? 蒲牢」
名前を呼ばれた瞬間、感情を映さない氷のような双眸にきらりと光が走った。
「前に出直すって言った続きだ。蒐集家と蒐集品を片付けた。一部本物もあったけど、殆ど偽物だった」
獏が科されている善行で以前、獣の部位を集める蒐集家が釣れた。蒲牢はその時に偶然ここを訪れていて、獏に危害を加えようとするその人間を捕まえた。蒲牢は用を終えることなく店を出ることになったが、蒐集家を野放しにはしておけない。人間には稀にこういった迷惑な趣味を持つ者がいる。
「本物もあったの!?」
「獏が気にすることじゃない。それより、友達だから遊びに来た」
「え? 遊びに?」
蒐集家の問題は科刑所が処理することであり、罪人には関係の無いことだ。蒲牢はそんな詰まらない話をしに来たわけではない。蒐集家に邪魔をされたが、前回も獏と遊ぶためにここへ来たのだ。
動物面に隠れた顔がきょとんとする。ここは罪人の牢である。蒐集家の話をする場所ではないかもしれないが、遊ぶ場所でもない。
「えっと……」
獏に願いを叶えてもらう場合は手紙を書いてポストに投函する決まりだが、蒲牢は何も取り出そうとしない。
「前は頼み事だったから手紙を書いたけど、友達と遊ぶのに手紙はいらないよな?」
「僕が言うのもだけど、罪人と遊んで大丈夫なの?」
今まで獏はおはじきやチェスで散々遊んでいたが、改めて遊ぼうと言われると頭に科刑所が過ぎる。蒲牢は宵街の統治者である狴犴の兄であり、過去に制裁者として働いていた。そんな彼と牢で面と向かって遊ぶとは。同じく兄である贔屓とはチェスを打ったことはあるが、あれは暇潰しである。今回とは少々異なる。
「俺は大丈夫。でも遊ぶのは、何をすればいいかわからない」
「贔屓とはチェスをしたことがあるけど……」
「俺はそれの遣り方を知らない」
「じゃあ、棚の中に何かないかな?」
もし遊ぶことを宵街に怒られても、蒲牢が誘ったのだから悪いようにはならないのではないか。そう考え、獏は部屋に並ぶ置棚を指した。ここは古物店であり、棚には瓦落多が所狭しと詰め込まれている。獏も全てを把握しているわけではなく、知らない物もたくさんある。
人のいない山で過ごすことが多い蒲牢は人間が作った物にも無知で、何に使用するのかわからない部品のような物を順に眺める。鉄の塊にしか見えない物や、すぐに紛失してしまいそうな指先ほどの小さな物もある。蒲牢でもわかる物と言えば、大きな蓄音機や黒電話、地球儀などだ。何故そんな物がここにあるのかは知らない。
ここへは蒲牢も何度か来たことがあるが、こうしてじっくりと棚の中を覗くのは初めてだ。ほんの少し、宝探しのようで好奇心が出てくる。
「……あ。獏、これは?」
小さい物が多い中、薄いが大きな箱を見つけた。それを持ち出して獏の前にある机に置く。それは埃を被った双六だった。
「へえ、そんな物があったとはね」
「引っ繰り返って他の物の下敷きになってた」
色褪せた双六の絵は箱の表面だけで、裏には何も書かれていない。引っ繰り返っていたら何の箱かわからない。
蒲牢は早速箱を開け、二つに折り畳まれた厚紙を広げる。色鮮やかな道がうねうねと広がっていた。
「人間の一生を疑似体験できる双六らしい。双六なら知ってるし、采を振るだけだから簡単だ」
「何か手作りっぽいね。人間には興味無いけど、生態が知れるってことかな」
机の前に簡素な椅子を出し、蒲牢は早速腰掛ける。その前に、台所から出てきた灰色海月が湯気の漂うティーカップを置く。台所からは甘い香りが仄かに漏れ、蒲牢は期待した。
「蒲牢、何色の駒にする?」
「白」
「無いんだけど」
色違いの籠のような形の駒を見せ、蒲牢は適当に緑を取った。山で見慣れた色だ。
「じゃあ僕はこれでいいや」
獏は黄色の駒を取り、二人は開始地点にそれを並べた。
「順番はジャンケンで決める?」
「一回で決める」
ジャンケンだと引き分けが存在するため、蒲牢は硬貨を一枚取り出した。宵街で使用されている硬貨だ。
「獏、目を閉じて」
「ん。いいよ」
蒲牢は指で硬貨を上へ弾き、手の甲へ落としてもう片手で覆う。
「表? 裏?」
「裏」
獣には動体視力も優れている者がいる。空中で翻る硬貨を目で追えば簡単に表裏を言い当てられる。なので獏には目を閉じてもらった。
覆った手を剥がすと、表を見せる硬貨が現れる。
「表だ。俺が先攻」
「双六は別に攻めたりしないけどね」
「この小さい団栗みたいなのと紙切れは何だ?」
「紙切れはお金みたいだね。人間はお金が大好きだから、双六でもお金の遣り取りをするんだって」
「……? 俺の知ってる双六じゃない……? とりあえず采を振ってみる」
二人が何やら遊び始め、灰色海月は台所から双六とやらを眺める。彼女は双六を知らないが、金の遣り取りだの難しそうな遊びだ。駒は余っているので灰色海月も参加できるが、難しそうなので遣りたいとは言えない。それに二人の友達の時間を邪魔することはできない。
二人は交互にサイコロを振り、何処で盛り上がれば良いかわからない人間の一生と言う道に駒を進めた。人間なら楽しめるかもしれないが、人間の生活を詳しく知らない獣には理解するのが少し難しい。
「恋人とイタメシに行く……イタメシって何だ?」
「イタリア料理……だったかな? 人間はよく略すからね。定着してる略語なら僕も使うけど」
「イタリアの飯、ってことか。スパゲティとかピザとか?」
「そうそう」
幾ら山で過ごすことが多いと言えど、昔と比べて山の近くにも飲食店が増えている。五百年前とは違い、イタリア料理も最早珍しくはない。食べたことがあるかは別だが。
「……獏、子供が生まれた」
「おめでと。その団栗みたいな奴を駒に載せるみたいだよ。団栗は子供なんだね。はい、御祝儀」
「ありがとう。相手がいないんだけど。単為生殖か?」
「相手はさっきの恋人じゃないの? 人間は単為生殖できないよ。僕はまた取引先と接待ゴルフだよ。これゴルフのマス多くない? 作った人が接待ばっかりしてたのかな」
「俺はそのマス止まったことない。あ、社長になった」
「おめでと。順風満帆だねぇ。……あ、僕も子供」
「俺もまた子供……もう六人なんだけど」
「子沢山だねぇ」
「遊園地の出費が凄い」
「遊園地か……一生行くことはないと思うけど、楽しい場所みたいだね」
「どうせ人間で混み合ってるんだろ? 人間がいない時間でも楽しめるなら行ってもいいけど」
「人間がいないと乗り物が動かないよ。……おっと、お酒とギャンブルに溺れてたけど、ギャンブルで大当たりだ。でも子供がグレちゃった」
「獏は波瀾万丈だな。俺また子供……」
「おめでと。何人目?」
「十人。駒に載らないから何人か道に捨てていいか?」
「その台詞だけ聞くととんでもない鬼畜だよ」
「会社が大きくなった。海外進出……? 獏は今、何の仕事をしてるんだっけ?」
「露天商」
「何か現実と変わらないな」
「え? ここ露天じゃないんだけど……」
「待って、浮気がバレた」
「浮気してたの?」
「浮気がバレて、子供を半分連れて行かれた」
「割り切れる数で良かったね。僕はまた接待ゴルフ」
「露天商は誰に接待するんだ?」
「手作りだからねぇ……作った人の周囲で起こったことを盛り込んだのか、想像を詰め込んだのか……でも接待が多過ぎる。あ、ギャンブル負けた……」
「子供も多過ぎる。減ったのに養育費を払わされてる」
「君は浮気したんだから仕方無いよ。反省して」
「ごめん」
「――よし、先にゴール!」
「ゴールは獏が先だけど、財産は俺の方が多いよ。どっちの勝ちだ?」
「さあ……箱には書いてないし……。財産が多いなら、蒲牢が人生の勝ち組なんじゃない? 人間の人生って窮屈だね」
「じゃあ俺の勝ち。……何が面白いのかよくわからなかった」
「うーん……人間の一生だからね。獣の一生だったら楽しめたのかも」
「獣はそんなに遣ることがあるか?」
「無いね」
遊びが一段落し、灰色海月は出来立ての御菓子を二人の前に運んだ。四角く薄いクッキー生地がキャラメルを絡めたスライスアーモンドを纏い、香ばしい香りを漂わせている。
蒲牢は表情は変わらないが遊んでいた時よりも嬉しそうな空気を纏い、御菓子を目で追う。
「これは何て言う御菓子だ?」
「フロランタンです」
「獏はいつもここでこんな御菓子を食べてるのか?」
「はい」
灰色海月は頭を下げ、台所へ戻っていく。常の通り大量に焼いている。彼女の暇潰しだ。
「もしかして僕の生活を調査して狴犴に報告……なんてしないよね? クラゲさんの暇潰しは知ってると思うけど」
「? 何でそんなことをするんだ? そんなことは頼まれてない」
「だったら安心」
獏は胸を撫で下ろし、フロランタンを抓んだ。突然蒲牢が遣って来て、ただ遊ぶだけと言うのもよく理解できず、少し警戒していたのだ。獏は宵街に捕まる以前は一人で行動していた。他人と遊ぶということがまだよくわかっていない。暇潰しは理解できるので、そのようなものだとは思っているが。
「…………」
蒲牢は自分の前のフロランタンを見下ろし、表情が陰る。蒲牢は獏を友達と認識して接しているが、獏の方はどうも友達より一歩引いた距離にいる気がした。
「獏は友達と何がしたいんだ?」
「え? 何が……? 椒図は友達だって言ってるけど……友達って言葉の上辺しかわからないんだよね。何がしたいか考えたことないな……」
「そうなのか。友達って難しいな。これ、少し持って行ってもいいか?」
皿の上のフロランタンを纏めて紙に包み、蒲牢は淡白に立ち上がった。
「いいけど、ここで食べないの?」
「いい」
そのまま踵を返し、それ以上は何も言わず蒲牢は出て行ってしまった。
広げたままの双六に目を遣り、獏は首を傾ぐ。
「詰まらなかったのかな」
机上に広げたままだと邪魔になるので双六は箱に仕舞い、背後の棚に立て掛けておく。
今度はチェスでも教えてみようかと考えながら、短い遊び時間を咀嚼するように焼き立てのフロランタンを頬張った。
人間の閑静な住宅街に転送した蒲牢は、何の変哲も無い路地の前に暫し立ち止まってから奥へ歩く。家の庭から伸びる木の下を潜り、突き当たりに煉瓦の建物が現れる。『喫茶雨音』と書かれた看板がある。通常は獣が立ち入れないよう細工されているのだが、蒲牢の姿を千里眼で見つけた鴟吻が開いてくれた。
喫茶店のドアを開けるとからんと小気味良い音が鳴り、温かく落ち着いた色の照明が迎えてくれる。
奥の重厚なカウンターでは老年の店主が丁寧に豆を碾いていた。だが蒲牢の目的は店主ではない。
客はいない。誰もがそう思うだろう。気配の稀薄な隅に目を遣り、目的の少年を見つける。ステンドグラスの光が落ちるテーブルで優雅に珈琲を飲んでいる。
その対面の椅子に断りも無く座り、人間の姿をした少年は怪訝な顔を上げた。
「……贔屓、友達は難しいんだな。友達って何なんだろう……」
人間の殻を被って人間の振りをしている時はヒナと名乗っている彼は先に訂正するか迷ったが、店内には店主しかおらず、カウンターからは距離があり聞こえていないようなので話の腰を折らないことにした。
「哲学的な質問か?」
「獏は友達だから、遊んできた」
「……そうか。罪人と遊ぶのはあまり……だが派手な遊びでなければ狴犴も咎めないだろう。楽しかったかい?」
「わからない。子供ができたり……よくわからなかった」
「んっ!?」
何やら悩んでいるらしい弟に穏やかに耳を傾けて珈琲を飲んでいたヒナは、吹き出しそうになった。危うく彼の白い服を珈琲で染めてしまう所だった。
「蒲牢が子供を……?」
「うん」
「相手は……?」
「わからない。単為生殖かも」
「雄が……?」
言葉の足りない蒲牢にヒナはすっかり勘違いをしてしまったが、千里眼で遠方から彼らを覗いていた鴟吻は視界を切り替えて確認をして察した。面白そうなので彼女は傍観することにした。
(状況が理解できないが、蒲牢も途惑っているんだろうな……獣は生殖機能が無い者が殆どだ。いきなりこんな……こんな……有り得るのか?)
カップを傾けながら、ヒナは固まってしまった。雄が子供を産もうが、獣なら何が起こってもおかしくない。獣は個体差が大きい。兄として何かできることはないかと真剣に考える。
「十人もできちゃってさ……」
「十人!? あ……あまりそういう遊びは……。とりあえず狴犴に話して、宵街に家を作ってもらおう」
「家? 別に今までみたいに山でいいけど」
「いや、あった方が安心だよ。僕も一緒に行くから、今から行こう」
「今から? 急だな」
「体は大丈夫か? 獏は何か言っていたか?」
「おめでとうって御祝儀をくれた」
「御祝儀か……僕も用意すべきか」
ヒナは急ぎ珈琲を飲み干し、蒲牢と共に店を出た。
遠く離れた場所から千里眼で覗いている鴟吻は微笑ましく口角を上げ、傍らに座る護衛の変転人の少年――黒種草は怪訝な顔をした。
宵街に転送した二人は酸漿提灯の並ぶ石段を登り、科刑所を目指す。人間の殻を解いた贔屓は、蒲牢が石段や蔦に足を掛けないか足元を注意して彼を支える。蒲牢は怪我もしていないのに何故丁重に石段を登らされているのか理解できなかった。
薄暗い科刑所を上がってノックも忘れて狴犴の部屋の扉を開き、ソファに座って資料の整理をしていた白花苧環が訝しげに顔を上げる。奥の席に座っている狴犴は顔を上げずに書類に目を落としていた。
「何だ? 二人揃って、珍しいな」
「蒲牢が懐妊した」
「!?」
狴犴は反射的に顔を上げ、眉間に皺を寄せた。白花苧環はこんなに動揺している狴犴を初めて見た。
「相手は……」
何やら話が変だと蒲牢も気付いた。贔屓は誤解をしているようだ。
「懐妊なんて言ってない。獏と遊んでて、子供が十人生まれたってだけ」
蒲牢が疑問に思ったのは、懐妊の部分だけだった。
「罪人と遊びで……?」
「もう生まれていたのか……。その子供は何処に?」
「ん? 獏の所に置いてきたけど」
双六は獏の店で見つけた物だ。そのままそこに置いている。蒲牢はそういう意味で答えたが、贔屓と狴犴は途惑いながら顔を見合わせた。
「獏はどうしてるんだ……?」
「獏はたくさんゴルフに行ってた」
「ゴルフなんてするのか……意外だな」
「あと酒とギャンブルに溺れてた」
「何をしているんだあの罪人は」
「それから俺は社長になったりしたよ」
「いつの間に起業を……?」
宵街を去った蒲牢は山で過ごすことが多かった。と二人は聞いているが、彼がどのような生活を送っているのかは知らない。兄弟の中で蒲牢だけは残酷な前世の記憶があり、その所為で価値観が歪んでいるのかもしれない。兄の贔屓と弟の狴犴は途端に彼が心配になった。
「悩みがあるなら言ってくれれば……」
「とにかく罪人は悪影響だ。蒲牢、そんな遊びを覚えるな」
兄と弟に心配され、蒲牢は首を捻る。双六をしたのは初めてだが、そんなに悪い物だったのかと。双六の話だと言っていないことに、彼はまだ気付いていない。
「生まれてしまったものは仕方が無いから、僕も面倒を見るのを手伝うよ。十人は大変だろ?」
「選りに選って相手が獏とは……今後はもっと行動を制限し、厳格に監視しなければ」
「今度は二人も一緒に遊ぶか? 獏も二人生まれてたし、きっと贔屓と狴犴も子沢山になる」
二人は開いた口が塞がらず、何を言えば良いのかもわからなくなった。頭に疑問符だけが無数に浮かぶ。
二人の珍しい顔が見られ、千里眼で眺める鴟吻は遠方で楽しそうに笑っている。あまりに楽しそうなので傍らの黒種草が問い、理由を聞いて彼も笑いを堪えた。
手を止めて黙って聞いていた白花苧環は不思議そうに首を傾ける。変転人になってまだ一年に満たない植物系の彼は、動物の繁殖について疎かった。疑問符だらけの部屋の中で、言葉が途切れた所を見計らって彼は質問をすることにした。
「人型の獣はどうやって繁殖するんですか?」
彼がいることを失念していた狴犴は言葉に詰まる。獣と同様に変転人にも生殖機能は無いとされているが、機能を備える個体がいないとは限らない。だがその機能があっても、無い者と行為に及んでも子は作れない。その混乱を生じさせないために、宵街ではそういった話はなるべくしないようにしている。
「教育に悪い。獏を地下牢に収容する!」
「落ち着け、狴犴。地下牢に入れると子育てが……」
そろそろ蒲牢も妙だと思い始めた。何かが噛み合っていない。双六のことだと言っていないのではないかと記憶を振り返る。そして確認のために彼は言葉を加えた。
「それから俺は浮気して、獏に怒られた」
「それは獏の肩を持つよ。だが獣は一夫一妻と決まっていないからな……そもそも結婚の概念も無い。動物と考えると相手は何人いても構わないが、獣は繁殖に躍起になる必要は無い。でも獏が怒るなら、嫌がっているんだろう。嫌がることをするのは良くないよ」
「誰に浮気をしたかは知らないが、お前がそんなに軽薄な奴だとは知らなかった。浮気相手との子供はいないのか?」
これでわかった。二人は勘違いをしている。蒲牢は感情の乏しい顔に思わず笑みが浮かびそうになった。
「二人共、何を言ってるんだ? 俺が子供を産めるわけがない。双六の話だ」
贔屓と狴犴はきょとんとし、今までの会話を振り返る。頭を抱えたくなった。蒲牢はただ、双六で遊んだことを楽しそうに話していただけだったのだ。
「双六だと先に言え……」
「全くだ」
「言ってなかったのは悪かったけど、何で信じたんだ? もし俺が懐妊することができたとしても、冷静に考えていつ十人も子供を産んだんだ? 俺は一度も太ってない」
「そうだな……そんな長期間、蒲牢と会っていなかったわけじゃないな……」
蒲牢はつい最近も蒐集家の件で科刑所を訪れている。鴟吻の千里眼を借りるため、贔屓とも会っている。
「蒲牢だけならともかく、贔屓まで妙なことを言い出すからだ。妙だと思わなかったのか?」
「いや、まさか双六だとは……」
二人は同時に溜息を吐いた。どっと疲れてしまった。
「……まあ、悩んでいる割には、話をする蒲牢は楽しそうだったよ。蒲牢は今まで楽しいという感情とは疎遠に見えた。友達といることで笑えるようになるのを待っているよ」
「獏の地下牢収容は大目に見てやる。本当に変な遊びや酒やギャンブルに好き放題やっているわけではないんだな?」
「双六してただけ……」
危うく友達が地下牢に放り込まれる所だった。気付くのがもっと遅ければ取り返しが付かない所だった。蒲牢は安堵し、双六はもう止めようと心に誓った。
質問をしたのに誰にも答えてもらえず白花苧環は疑問を残すことになってしまったが、あまり良い質問ではなかったらしいと空気を読み、二度は聞かなかった。
一部始終を遠方から見ていた鴟吻は、真面目な贔屓と狴犴に優しく微笑む。二人は狼狽しながらも蒲牢のしたことを認めようとしていた。これだから覗き見は止められない。黒種草は呼吸困難になるほど笑っている。
科刑所でこんなに騒いで、獏は牢で何度くしゃみをしただろうか。そう考えると蒲牢は楽しくなってきた。きっとこういうどうでも良いことを楽しいと思えるのが友達なのだろう。
そして獏は一週間、菓子禁止の絶食を言い渡された。




