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87. スタリオンの野望

  ポカンとフェリシテは呆気に取られた。


「……つまり、海辺の村が丸ごとスタリオンに乗っ取られていたと言う事ですか?」

「信じがたいが、その通りです」


 律儀に頷いた団長の奥歯がギリッと噛みしめられる。


「それがカディフだけでなく、海沿いの町村全てが同様になっていました。さすがに尋常でない事が起きていると我々も理解し、そこにいたスタリオン領の人間を尋問して何が起きているのかを吐かせました。――奴らは中々口を割りませんでしたが、中には『コレラの流行に巻き込まれるなんて聞いていない』とスタリオン領への帰還を望む者がおり、その者達に話を聞いた所、スタリオン領内でガイル領の領主夫人が無料で家を与えると勧誘があり、こっそり船で大量移住したと白状しました」


 ガイル領主夫人はスタリオン領主の姪だ。

 しかも、実はスタリオン領主の愛人で、ガイル領主の子供とされている次男はスタリオン領主にそっくりだと噂されている。

 ガイル領では領主と前妻の子供である長男は行方不明で、次男が後継者となった。


   ――――スタリオンの、ガイル領の乗っ取り。



  じわじわと浸食されてゆくのが目に見える様だ――ゾッとしたフェリシテの全身に鳥肌が立つ。


「現在、領地間の戦争行為は禁止されておりません。そのためスタリオンはお咎め無しとなります。……だが、領主が自領の領民の家財を不当に取り上げる事や領民の生命及び生活を脅かす事は原則禁止されており、ガイル領主夫人は王国法で処罰され、乗っ取られた家は元の住民へ返す事が決まりました。また、リュドミル領の件については、密輸に関わった貴族の家は取り潰しに、リュドミル領主は管理責任を問われ罰金刑に課せられる事が決定しました。そして北西部の海で海底火山による異変が起きている事を受け、漁を生業としている国民達に改めて国から身柄の保護と生活支援が施される事となります。――今回、夫人からの訴状を受け、調査し判明した内容は以上の様になりました」


「そうでしたか……わざわざご足労頂き有難うございます。調査頂いた第二騎士団の皆様と、寛大なご配慮を頂いた国王陛下にお礼を申し上げます」


 話の内容の凄まじさに、背筋を伸ばして礼をしたフェリシテだったが、内心、とんでもない事が起きていたんだなと冷や汗をかいていた。不敬覚悟で陛下へ報告したが、報告して正解だったらしい。

 ハーベイ達が保護され、故郷に帰れるのは嬉しい事だ。危うくスタリオン領に併合されて、一生帰れなくなるところだった。


「畏まりました。陛下へお伝えいたします。――それから陛下より、今回、重大な事件の報告によって国家の危機を阻止したとして褒賞をお預かりしております。どうぞ、こちらをお納め下さい」


 言って団長がカバンから一枚の紙を取り出す。

 うやうやしく渡された紙を丁寧に受け取りながら、何気なく目をやったフェリシテはギョッとした。

 何かと思ったら、ゼロが大量に並んだ小切手だったのだ。

 

  ……いち、じゅう、ひゃく……10億⁈10億ディール⁉


 硬直したフェリシテを見て団長が口を開く。


「陛下からのお気持ちです。どうぞ、お受け取り下さい。……そして、北部のコレラ災害支援の拠点としてラザフォード伯爵に支援物資の配給の指揮補助をお願いする事となりました。現在、北部ではコレラが終息に向かっており、今後は食料の運び込みや医療団や調査団、復旧支援の騎士団が送り込まれます。その王都からの中継地点として、ラザフォード領内に宿泊施設の提供や王宮の災害支援支部を置かせて頂きます。勿論、協力費用をお支払いし、さらに物資の運搬のため、王都からラザフォード領都のフェアファックスを経由し北部へつながる主要道路の整備も行わせて頂く事になりました。工事は明日からすぐに着手し、人海戦術で2~3週間で終了する見込みです。ラザフォード伯爵には、すでにご了承頂きました。偉大なる王国の国民、ラザフォード夫人におかれましては、今後とも王国の平和の為にご助力頂ければと思います」


 なるほど、とフェリシテは合点がいった。


 やたらと高額な褒賞金に驚いたが、ほったらかして見ていない間に北部がキナ臭くなってたのに気付かずにいた陛下や貴族院が慌てたのだろう。

 

 北部には一応、各領地を見張る官吏が置かれているが、情報が把握できていなかった。

 もしスタリオン領がガイル領を乗っ取っていたら、国内で一番巨大な領地となり、さらには海外と取引する西海の港の約半数を手中に収める事になる。


 スタリオンがこんなにも領土拡大に意欲的だったとは誰も予想していなかった……実現していたら、確実に王や他の領地の脅威になったはずだ。


 なので、ラザフォードへ投資して王の味方につけておこう!と考えたんだろうな、とフェリシテは納得し、取り敢えず「畏まりました。偉大なる陛下の臣下として忠誠を捧げます」と返事をした。


 支援物資を運ぶ中継拠点になるなら、ラザフォード領の街道沿いの宿泊施設や飲食店が繁盛すること間違いなしで、大きな経済効果が期待できる。

 道路整備はノアゼットとローゼル商会が進めていたが、これに国の支援が加われば完成が早くなる。

 道路が綺麗に舗装されれば、馬車の車輪が泥にハマったり、外れて立ち往生したりせずに済むし、スピードを上げても商品が壊れずに済んで良い事ずくめ。


 多分、陛下や貴族院は道路を整備しておいて、万が一北部で反乱があった時には迅速に鎮圧に駆け付けたい思惑があるのだろう。

 本来、コレラで疲弊している北部には王に反旗を翻す余裕はないが、スタリオンの野望とフォボス帝国との密輸が明らかになって疑心暗鬼になっているのだろうから、勘違いさせておいて、これを機に北部にも補助の予算をつけてもらうのだ。遠慮なく貰っておこう。


「……それから、ノアゼット領グランディールにはこれから向かいます。後ほど夫人へ報告書を送ります」

「え?これからですか⁈」


 騎士団長自らが行くのもそうだが、まだ救援されていなかった事にも驚いた。

 グランデールの水害からすでに一か月半が経つ。

 グランデールの住民は大丈夫だろうかと、心配がよぎったフェリシテの顔を見た団長は、眉を寄せてフェリシテを厳しい目で見つめた。


「――そう思われるなら、ご実家を助けに行かれたらよろしかったのでは?」


 正義感に溢れる団長のセリフに、フェリシテは目を瞬いた。

 王の使者としての慇懃な態度がわずかに崩れ、団長の感情が漏れ出る。


「家族が困っているなら、助け合うのが道理ではありませんか?……陛下は不問にされたが、手紙も不敬なものだと貴族院の会議で問題視されたそうではありませんか。陛下への態度も今後は改めて頂きたい」


 団長の言葉で、しん……と、その場が鎮まり返った。

 団長の背後に控える部下が「言い過ぎでは⁈」と焦っているが、団長の隣に座るエリオットなどは「その通り!」と言わんばかりにうんうん頷いている。


 フェリシテ自身は助けに行きたかったが、仕事ができない父が代わりに仕事をさせようと身柄を拘束されたら困る。水害の後始末だけでも、復興に住民の長期支援や堤防の修復、周辺市町村の堤防の調査など、半年はつきっきりになる。

 そうするとラザフォード領で手掛けている事を中断しなければならないから父親に捕まる訳にはいかないのだが、他人へ説明するのが面倒だ。


「陛下へはこの度、大変に失礼をしたと反省しています」


 神妙な顔で頭を垂れたフェリシテに、その場の緊張が和らぐ。


「流民の方々の身の上に同情してしまいまして、つい失礼を……だが、それを許して下さった陛下の寛容さに感動しております」

「……あ、ああ……理解いただけたら嬉しく思います」


 表情筋が仕事をしていないフェリシテの顔からは感動も反省もさっぱり分からなかったが、言質を取った団長はひとまず納得した。


「ただ、実家への助力はためらいがありまして。手伝いに戻ると、ヒューイット様と暫くお会いできなくなりますからね」


「……………………は?」


 フェリシテの口から出た意外な発言に、団長をはじめとした室内の全員が耳を疑った。







 


 

 

 




 


 

 


 

 

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