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88. 旦那様LOVE作戦

 「実は私、結婚当初から旦那様となったヒューイット様にベタ惚れでして」


 真顔で言い切ったフェリシテは、ポカンとする団長へ拳を握り締めて熱弁した。


「もうご存じかと思いますが、切っ掛けは婚約者の取り換えと言う残念な理由での婚姻でしたが、こんな美人な方と結婚できるなら、ラッキーだと大喜びだったのですよ。本当はお傍に参りたいのですが、複雑な経緯からお傍に居られず――時々会える事を心待ちにしながら別居に甘んじておりまして。これ以上、ヒューイット様から離れてしまうと禁断症状が出ます。ヒューイット様が太陽だとすれば私はヒマワリ。寝ても覚めてもヒューイット様を想い、旦那様と少しでも近くに居たい私の恋心。ご理解いただけると幸いです」


 しおらしくフェリシテは胸に手を当てた。


「……う……そ、そうでしたか……」


 禁断症状………団長達が動揺しているのを見て、フェリシテは自信満々で頷いた。


 いい加減、父親が流した薄情だの何だのと言う噂にはウンザリしていたのだ。

 団長まで知っていると言う事は、王都でも噂が蔓延していると言う事だろう。ならば、ここらでセンセーショナルな噂で対抗してやろうという意欲が湧いて来た。


「我が夫ながら、見惚れるほどの美しさ。ヒューイット様の麗しさには虹や薔薇すら霞んで恥じらってしまいます。それに増して、領民への態度は慈愛に満ちて寛大で、私にも優しく、包容力に溢れた尊敬できる方なのです。惚れない方が無理と言うものですよ」


 ヒューイットの、フェリシテのやらかしを受け止めてくれる包容力にはビックリだ。

 先日採取した砂金も貯め込まずに、領民から嘆願があった様々な物の改修に全額つぎ込む誠実さも素晴らしい。

 恋愛感情は無いが、大変素敵な旦那様で、結婚したのがヒューイットで良かったと思っている。


 エリオットが胡散臭そうな視線を送って来るが、ヒューイットに一目惚れしてファンになっている女性も多いのでそこそこ説得力があったらしい。

 刺々しかった団長からは毒気が抜け、目が泳いでいる。

 彼の部下達の肩からも力が抜けた様で、ピリピリした空気は一気にほんわかしたものに変わっていた。


 よし、いける。

 これからはヒューイット様にラブラブ♥設定で乗り切っていけそうだ。


 下手な言い訳で世間から反感を買うのはよろしくない。

 一匹狼だった独身時代と違い、ラザフォード夫人となった今、世間体も気にする必要がある。

 父親と折り合いが悪い話をするより、旦那様にぞっこんで離れたくないと言う方が、世の中の80%位の人が好意的になり、生暖かい眼で見守ってくれるのだ。(独断と偏見アリ)

 

 しかし、父親の大人げ無さと言ったらないな、とフェリシテは内心で肩を竦めた。

 国へ手紙を書く前に、里帰りしろと言う父からの要請の手紙をヒューイットから貰って返事を書いた。


 『お父様、ファイト♥』


  と心を込めてシンプルに一言声援を送ったのだが、逆上して長文の手紙を送り返して来た。

 フェリシテに構う暇があるなら、真面目に災害支援に取り組んで欲しいと切実に思う。本当に仕方のない父親だ。


「グランデールの災害については、我が主も胸を痛めております。ただ、未だノアゼット伯爵からはラザフォード側に支援要請が来ておりません。そのためラザフォード側から出しゃばることは出来ませんので、手をこまねいている状況なのです。そこはご理解いただけますでしょうか」


「……えっ⁈こんなに噂になっているのに、支援要請が来ていない……⁈」


 エリオットが絶妙なタイミングで事実を告げると、団長が困惑した様子でたじろいだ。


「ええ。それなのに、フェリシテ様がグランデールの支援に行かないと言う噂だけが独り歩きしており、ラザフォード側でも戸惑っております。正式にラザフォードへ依頼くだされば奥様と伯爵が支援に出向きますものを」


 さすがヒューイットの右腕だけあって、エリオットが上手い言い方で噂の矛盾を突く。


 父親はフェリシテを無期限でこき使いたいため、公式な要請をせずに『里帰りしろ!』とフェリシテ個人に命令し続けているだけだった。

 ヒューイットを介してしまうと、ラザフォード夫人を不当に長期拘束しているとして貴族院に訴えられたら立場が悪くなる。


 親子とはいえ、他領へ嫁いだ者は領主の許可なく軽々しく実家に帰れないのが普通だ。領主夫人は領主の補佐をする重要な役職でもあるのだから当然の話で、国なら王妃が王の許可なく、王の補佐を放棄して実家に帰るのと同等の問題となる。


 詳細を知らない団長達は混乱したらしく、


 「え?しかし噂では……」

 「どう言う事だ?支援要請していないのに夫人が非難されていたと言う事か?」

 「何故、支援要請していないんだ?」


 と顔を見合わせていたが、団長がやっと事情を飲み込んだようで、青褪めてフェリシテへ急いで頭を下げた。


「――噂を鵜呑みにして夫人に失礼な事を口にしました。申し訳ございません」


「誤解が解けたなら嬉しいです。父から要請が参りましたら、夫と共に支援に伺いたいと思っています」


 フェリシテがにっこり微笑むと、団長達はホッとした様子で揃って一礼した。


「……お忙しい所をお邪魔致しました――お騒がせして申し訳ありませんでした。それでは、私達は次の任務に向かう時間ですので、これにて失礼致します」


 休む暇も無く立ち上がる団長に、フェリシテが驚く。


「まさか休まずに、これからグランデールへ?」


 現在は昼前だが、ここからグランデールまでは近道でも一日半かかる。

 近道は舗装された街道ではなく、土を踏み固めただけの村同士を繋ぐ道で、途中、民家の無い草原を突き進む事になる。恐らく夜には野宿になる可能性が高い。

 

 だが団長達は慣れているのか、当たり前の様にキリッと表情を引き締めて言い切った。


「はい。何しろガイル、リュドミル、ミルドレット領共に前代未聞の事態が起きていましたので、早々に陛下へ直接ご報告しなければ。馬を休ませるために休憩を取りますが、我々は2,3日寝ずに走ることに慣れておりますから大丈夫です」


 どう見ても、ほぼ休まずにグランデールまで踏破する気まんまんだ。

 特殊部隊として訓練されているとしても、無茶にも程がある。


 そう思っていると、給仕をしていた使用人のマーガレットが「あらまあ」と驚いた様子で厨房へ駆け戻り、料理人に伝えたらしい。

 話を聞き付けた料理人がいたく同情した様で、いつも突然山登りに行くと言い出す主人で鍛えられたその腕で速攻でお弁当を作り、マーガレットがお茶と共に出そうとしていたお菓子を山盛りにバスケットに詰め込んで団長に手渡した。


 「ちゃんと食べないと体を壊しますよ」と言うマーガレット(40代)と騎士達(10~30代)の様子は、まるで久しぶりに実家に帰った息子とお母さんである。


 団長は戸惑って遠慮しようとしていたが、


「お弁当はグリルした牛肉とズッキーニとトマト、レタスを挟んだサンドイッチにポテトとチーズのガレットです。デザートが洋ナシとサワークリーム&オレンジとチョコのシブースト。おやつがピーナツバター入りクッキーとスコッチエッグ入りミートパイ、カスタードのアップルパイです。ナツメのブランデー漬けの瓶も入れました。寝る前に食べると、翌日元気にお仕事ができますよ!」


 ニコニコの笑顔でお弁当とおやつの中身を解説した料理人とマーガレットの言葉に、団長以外の部下達全員が美味しそうな食べ物の前に跪いた。


「だ、団長……これを断るのは拷問に等しいんですが……っ」

「くっ……潜入捜査からこの半月、干し肉と黒パンのみの生活をしていた俺達の前に神が現れたのか……?」

「団長、オレンジとチョコのシブーストですよ⁈王都の高級ケーキ店でしかお目にかかれない逸品が目の前にっっ……!俺はこの誘惑に、負ける気しかしない……ッ!」


 どうやら騎士団の話しぶりからすると、被災地入りした直後から感染防止のため現地の食物を口にしない様に徹底していたらしい。

 携帯していた薄いビール、オートミールとカチカチの硬い黒パン、乾ききった干し肉で仕事の期間を乗り切ろうとしていた様だ。


 母さんの幻が見える……!と、むせび泣く部下まで出る始末で、団長が額を押さえた。



「…………何でこんなに短時間で大量の料理が出て来るんですか…………理解に苦しむ」


 ものの10分程で出て来るレベルの料理ではない。若干引いているエリオットにフェリシテはしたり顔で頷いた。


「我が家ではいきなりな訪問客が多いもので、突然のおもてなしや急な探検に対応できるよう、日々備えているのですよ」

「――――急な探検に見舞われる事は、通常有り得ませんからね。あなたの所は特殊過ぎます」


 エリオットのツッコミが入っている間に、団長が根負けした様子でお弁当とお菓子を受け取る。

 歓喜する第二騎士団員を見ていると、お仕事が相当ブラックなのだな、と目頭が熱くなった。


 


 

*作中に出て来るガレットとシブーストは共にフランス料理です。

 ポテトとチーズのガレットは細切りしたポテトとチーズををフライパンでカリッと

 焼いたもの。

 シブーストはパイ菓子の一種で、フルーツの上にカスタードクリームとメレンゲ、ゼラチンを

 混ぜたクリームをのせたお菓子。


 ナツメは栄養豊富とされる、リンゴに似た風味の木の実。漢方の材料にもされる。

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