86. 王の遣い
博士達が帰った数日後――いつもの日常に戻ったフェリシテは、執務室で使用人の給与計算に勤しんでいた。
ミョウバン水の売り上げは好調で、順調に貯金額が増えている。
後でデマンドイトガーネットをジュエリーに仕立てて売り、さらに貯金を増やすつもりだ。
ラザフォード領で良質なデマンドイトガーネットが採掘できると知られ、幻の宝石を手に入れようと人が押し寄せたら困るので、今度はローゼル商会へ産地を極秘にして細工してもらおうとフェリシテは考えていた。
ローゼル商会は海外の王族とも取引があるから、海外で販売してもらおう。
海外の王族に人気のデザインが分からないのでデザインは任せた方が良いのかな、などと思っていると、にわかに表が騒がしくなる。
本日、予定無かったはずだが、来客だろうかと首を傾げていると、常に落ち着き払っているジュールが珍しく息を切らしてやって来て扉を叩き、慌てた様子で部屋に飛び込んで来た。
「お、奥様、お仕事中に失礼いたします……!国王陛下からの遣いで、第二騎士団の方々が本邸のヴァルニア様と共にいらっしゃいました……‼ 奥様とお会いしたいと仰っております。いかがいたしましょうか……⁈」
「――第二騎士団⁈」
第一騎士団は王族の近衛騎士の部隊。
第二騎士団は国王から与えられた任務を遂行する特殊部隊である。
この二つは騎士の中でもエリート中のエリートの集団と言われている。
何だかよく分からないが、来たからには出迎えなければならない。
フェリシテはジュールに一行を応接室に通すよう伝え、帳簿を金庫にしまってから急いで応接室へと向かった。
*
「――初めてお目にかかります。第二騎士団団長、カーク・ロイスグァルクです。先触れ無く、突然の訪問をお許しください」
部下10名を連れた長身の騎士団長に、いかにも高位貴族な仕草で丁寧なお辞儀をされ、フェリシテはロイスヴァルクと言うと、国境に接する所領の長を務めるシュタイン領の辺境伯一族の分家の名前では無かったかと貴族名鑑を思い出していた。
「とんでもございません。名高い第二騎士団の方々をお迎え出来て光栄です。ラザフォード伯爵の妻、フェリシテでございます。ようこそお越しくださいました」
そう言い、カーテシーをしかけたフェリシテは、うっかり騎士服のまま出迎えてしまった事に気付いて改めて立礼した。
何となくカーク団長と部下達が凝視しているように見えていたのだが、服装のせいだったらしい。
団長の隣に立ち、視線で失態を咎めて来るエリオットの方は怖いので見ないフリをする。
今日のエリオットは国王からの遣いに随行しているからか、ラザフォード騎士団のネイビーブルーの正装を纏って来ていてピリピリしている様子だ。
騎士団の方は飾り気の無いグレーの制服を着て、妙に埃っぽい。
恐らく長距離を馬で疾走して来たと見られ、もしかして何か任務の最中ではと思いつつ、フェリシテは挨拶の間立っていた騎士団に、ソファに座るよう勧めた。
「――ところでフェリシテ様。あなたは先日、王宮あてに手紙を書き送ったそうですね」
挨拶が終わった後、ソファに座ったのは団長とエリオットのみで、部下達は団長の後ろに2人、窓の脇に2人と扉の両脇に2人ずつ、そして扉の外に2人、ナチュラルに警備体制を組む。
よく訓練された無駄のないプロの動きに感動していたフェリシテは、エリオットの硬い声に、そう言えば、と手紙を出したことを思い出した。
手紙で書き送った内容は三つ。
ノアゼット領のグランデールへの災害支援要請と、ガイル領主による領民の財産没収、リュドミル領での謎の船の難破についての報告だ。
「……もしかして、あの手紙の件でここに来られたのですか?」
「ええ。あの手紙で陛下の顔色が変わり、我々が出動する事になったのです」
のんびりお茶を飲んでいたフェリシテが目を丸くすると、団長が渋い表情で深く頷いた。
「ラザフォード夫人からの『北部から目を離されている隙に、北西部が別の国になるかもしれませんね!』という一言で王宮が大混乱に陥り、手紙が着いた直後に議会が招集されたのですよ。徹夜で会議をしたのは、先王が崩御されて以来の事でした。それほど威力のある手紙だったようで」
エリオットが無言のまま、頭痛を覚えた様子で額を押さえる。
先日ヒューイットが、国へ訴えても領主から追われるハーベイは助からないと言っていたので、正攻法で行かずに少々煽ってみたのだが、大分効果があったらしい。
国王や国政に携わる貴族達は、豊かな南部を優遇する政策ばかりで北部はないがしろにされがちだった。
納める税額が違うからだろうが、補助金を大量投入された南部は増々栄え、補助が入らない北部は寂れていくと言う悪循環を生んでいて、これはこれで不平等な状態が続いていたのだ。
そんな陛下には、やはり『ガイル領主が無理矢理借金の取り立てに来るんです!領民が可哀想なので、助けて下さい!』と訴えても他人事として扱われるだけだが、『国の定めた法を無視してガイル領主が勝手な事をしていますよ。陛下の影響力が衰えてきてるのかもしれませんね』と言った方が効果的だったらしい。
ついでにリュドミル領の件も『密輸の可能性以外にも他国とリュドミルの貴族が手を組んでいる可能性もありそうですが、北西部は王都から遠いですから、目が届かなくても仕方ありませんよね!』と書いてみたのだが、速攻で陛下が貴族院を招集したとは。
「事実ですので、率直にご報告したまでです」
フェリシテはしれっとしてそう言い、あの手紙が不敬だとされて王宮に引っ立てられるのかな?と団長を見返す。
国が調査に入ると調査対象地区は封鎖され、住民は自宅待機になり仕事へも行けなくなるのだが、今回はすでにコレラで封鎖されているため、自宅待機中の今がチャンスだと思ったのだ。
王がすぐに動きたくなるような手紙を書こうと思ったら、煽り散らかしていた。
罰を与えるなら、自分だけにして欲しいが大丈夫だろうか。
団長は渋い顔をしたまま、背筋を伸ばして口を開いた。
「夫人の訴状を受け、第二騎士団が招集され、北部の被災支援部隊を装ってガイル、リュドミル領へ潜入捜査を行いました。初め、地方の官吏からそう言った報告が無かったため、夫人が嘘をついている可能性も視野に入れつつ慎重に調査を進めたのですが……」
一旦、セリフを切った後、団長は重々しく続けた。
「陸路では遅いので秘密裡に海側から第二騎士団80名で上陸し、まずはリュドミル領ルアーブルに侵入しました。抜き打ちで自宅待機中の家へ踏み込み調査したところ、浜辺の民家3軒と貴族の屋敷1軒で11人のフォボス帝国民が匿われているのを発見しました」
――――フォボス帝国⁈
フォボス帝国は、海を挟んだ西方の有名な独裁国家である。
現在、世界で一番危険視されている国で、常時領地拡大のため周辺諸国と小競り合いを続けているにも関わらず、遠く離れた国にも触手を伸ばしており、その欲望は留まるところを知らない。
「……それはまた、よりによって、とんでもない事に……」
流石のフェリシテも唖然とする。
「気になっていた密輸品も、フォボス民を尋問して吐かせました。数年前からリュドミル領経由で現在コレラ災害の中心地となっているミルドレット領へ、アヘンチンキを販売していた様です」
アヘンチンキと聞いて、フェリシテは息を呑んだ。
「――わが国では禁制品じゃありませんか……!」
アヘンチンキとは、麻薬の一種である阿片と、いくつかの薬草等を混ぜて液体状の薬に仕立てたものである。一時期、万能薬とまで持て囃されていたのだが、症状を鎮静させはするが治癒に至らないまま中毒者が多発した。
にもかかわらず、半世紀前まで広く販売されていたのだが、30年ほど前にアヘンチンキの乱用による錯乱や事件、事故、さらに依存と中毒が蔓延して深刻な社会問題となったために、医師以外、全てのアヘン製品の使用と保持が禁止されたのだ。
使用者は厳罰に処され、ヴェルファイン王国からアヘンが一掃されていたのだが、密かに北西部で流通が拡大していたと言う事か。
「コレラ薬のキニーネが高価なため、安価なアヘンチンキを民間に販売していた様です。ミルドレッド領ではコレラが多発するので、領民が常習的にアヘンチンキを服用していた様子で……おまけに、ミルドレッド領の鉱山労働者も過酷な労働に耐えるためにアヘンチンキを購入していたそうで、ミルドレッド領の内部がアヘンに汚染されていた事が判明しました」
アヘンチンキの恐ろしい所は、チンキで物足りなくなった人々が徐々にアヘンへ手を出し、廃人になってしまう所だ。依存性が強く、一度中毒になると止められず、借金をしてまでアヘンを購入し続け、体がボロボロになっても止められない。
それだけでも信じられないような重大な話だったが、団長はさらに衝撃的な事を口にした。
「そしてもうひとつ。続けて急ぎガイル領カディフの調査へ向かいました。すると、夫人の話と違い、海辺の民家には全ての家に住人が居住していました」
「え⁈」
カディフはハーベイから聞いた、領主の借金の取り立てから逃げて村中が無人になった村だ。
ヒューイットの話では数人が村に戻っている様子が見られたと言う事だったが、ハーベイが戻っていないのに、全ての家に人が居るとはどういう事なのだろうか?
フェリシテが戸惑っていると、団長の眉間に深く皺が寄せられる。
「通常、災害支援部隊はその場にいる人間の身元確認はせずに救助活動をします。被災者は現地民だと思っているからです。しかし、今回はあらかじめ入手した住民台帳を基にカディフ村に居た人間全員を確認しました…………すると、カディフ村にいた全員が元々の住人ではなく、丸ごと入れ替わっていたのですよ…………――――――――スタリオン領の人間に」




