SIDEラインハルト 絶体絶命 3
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「いやあああっ、コルドゥラ‼」
ゴーレムが砕かれ、暴風に吹き飛ばされて背中を背後の木にしたたか打ち付けたラインハルトの耳に、班の女子の悲鳴が聞こえてきた。
痛みに顔をしかめそちらに首を向ければ、一人の女子――コルドゥラが血だらけで倒れており、そのそばにもう一人の女子が膝をついていた。こちらも怪我をしているが、こちらは致命傷ではなさそうだ。
問題は、血だらけで倒れているもう一人の方。
(そんな……)
どくん、とラインハルトの心臓が嫌な音を立てる。
明らかにあちらはまずい。血の量が多すぎる。意識もないようで、今呼吸しているのかどうかも怪しい。
「だ、誰か! 治癒魔法は――」
痛みを我慢して大きな声を出せば、班のみんなは泣きそうな顔で首を横に振った。
治癒魔法は特殊で、習得がかなり困難だ。
ほかの魔法よりもさらに才能がものを言い、天才と言われるジークハルト・アラトルソワですら現時点では中級治癒魔法までしか使えないらしい。
まあ、そもそも学生の身で治癒魔法を習得できる人間は限りなく少ないので、中級でも治癒魔法を習得している時点でジークハルトは化け物級なのだが。
ラインハルトも、治癒魔法は使えない。初級の中の初級、基本と言われる治癒魔法もまだ取得できていない状況だった。
前方には唸り声をあげるキマイラ。
そして致命傷を負って意識のない生徒一人と、今ので戦力を喪失してしまったほかの仲間たち。
状況は最悪だった。
ラインハルトには、キマイラが舌なめずりしているのがわかる。
(考えろ。考えるんだ。この場で最善は――)
おそらく、致命傷を負ったコルドゥラを見捨てて逃げるのが最善だろう。
それでも残った全員が逃げられる保証はない。
しかし――
(誰かを見捨てて生き残るのか? 逃げた先までキマイラが追ってきたら? 俺の選択は闇雲に被害者を増やすだけではないのか?)
だが、ならばどうすると問われれば答えられない。
ここでキマイラと闘い続けて勝てる見込みはなかった。
(――それでも)
ラインハルトは覚悟を決めた。
「みんなは逃げてくれ。俺が何とかする」
「無茶だ! 一人でさすがにラインハルトでも――」
ここですぐさまラインハルトを置いて逃げないだけ、自分は班のみんなに愛されているようだ。
そんなことに若干のくすぐったさと苛立ちを覚えて、ラインハルトは声を上げる。
「このままでは全員死ぬぞ‼」
「だけど――」
キマイラが、グアアアと唸る。
こちらが呑気に話している間待ってくれるはずもなく、次の攻撃を仕掛けようとしていた。
(……俺もここまでかな)
せめて一筆でも、家族に、ルーカスに向けたメッセージを残しておきたかったが、それも敵うまい。
ラインハルトは自分ができる最大の防御魔法を展開させる。
防御魔法でキマイラの攻撃が防げたとしても、何度も繰り返されていくうちに消耗するのはこちらだろう。
自嘲し、班の仲間にもう一度「逃げろ」と声をかけようとしたラインハルトだったが、その前に涼やかな、しかし怒りを押し殺したような声が響いた。
「世界の根源を司る四柱のうち土の精霊ノームよ、我の呼びかけに応え、その大いなる御力の片鱗を我に授けたまえ――万物よひれ伏せ、グラビティ・ヘル」
それは、土系最強魔法。
上級魔法を極めてようやくたどり着ける、一握りの中のさらに一握りの人間にしか到達できない極致の魔法。
ラインハルトが逆立ちしても習得できない、圧倒的で美しい憧れの魔法が、キマイラを飲み込んだ。
ぎこちなく視線を向ければ、ニコラウス先生が冷ややかな目で今この瞬間に押しつぶされて消えたキマイラを睨んでいる。
その腕には、何故かマリア・アラトルソワが横抱きに抱えられていた。
マリアの艶やかで美しい金色の髪は、あっちこっちにはねてもつれ、ぐちゃぐちゃになっている。
だが本人はそれを気にした様子もなく、ニコラウス先生に何かを囁いて地面に降ろしてもらうと、一目散にこちらに走って来た。
その顔が泣きそうに歪んでいる。
(マリア・アラトルソワもあんな顔をするんだな)
いったい何が原因でそんな表情をしているのかわからない。
ぼんやりと視線で追っていると、マリアはラインハルトの横を駆け抜け、倒れているコルドゥラの側に膝をついた。
そうだ――彼女の怪我は!
あれだけ苦戦したキマイラが一瞬で葬り去られたことに茫然としていたラインハルトは、急いでマリアのあとを追う。
コルドゥラの呼吸は浅く、もう長くないことが誰の目にも明らかだった。
ぎゅっと眉を寄せ、ラインハルトは直視できずに視線を斜めに落とす。
(俺のせいだ。俺が守り切れなかった……)
ぐっと拳を握り締め、コルドゥラに、そして班の仲間たちに何と声をかけていいのかわからず黙っていると、マリアが制服のポケットから小瓶を取り出した。
「飲め……なさそうだから、えい!」
マリアはきゅぽっと小瓶の蓋を開けると、血だらけで今にも息を引き取りそうなコルドゥラの体に小瓶の中身を振りかけた。
「マリア・アラトルソワ、君は何を――」
死にかけている相手によくわからない液体をかけるなんて暴挙にもほどがあると声を荒げたラインハルトは、しかし、全部の文句を言い終わる前に口を閉ざした。
コルドゥラの体が淡く発行し、見る見るうちに傷が塞がっていくのがわかったからだ。
「な――」
言葉もないラインハルトに、ニコラウス先生が周囲に他の魔物がいないかを確認しながら歩いてくる。
「マリアさん、それ、エリクサーですか?」
「な⁉」
思わず息を呑む。
ラインハルトの班の全員も絶句し、信じられないものを見るような目でマリアを見つめていた。
マリアはけろりとした顔で頷く。
「はい。結婚式のときにホルガー・ラヴェンデル様がお祝いでくださったんです。念のために持って来ておいてよかったですわ」
ホルガー・ラヴェンデル侍医長は、この国で唯一、治癒魔法の最高峰である「エリクサー」が使える人物だ。
だが、エリクサーを結婚祝いで贈るなんてはじめて聞いたし、市場に出たら金額が青天井と言われる幻のエリクサーを、何のためらいもなく他人に使うマリアも信じられない。
言葉もないラインハルトをよそに、マリアはじっとコルドゥラを見つめている。
やがてコルドゥラの睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開いて――
マリア・アラトルソワは、信じられないくらい美しく……まるで女神のような慈愛のこもった微笑みを、コルドゥラに向けた。
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ISBN-10 : 4434378082
ISBN-13 : 978-4434378089






