リッチーと新しい従業員 1
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グレックヒェン公爵家のお家騒動は頭の痛い問題だが、わたしにはそれより先にしなければならないことがある。
そう――昨日ちらっと見た精霊を探すのだ‼
……他人のお家事情より、自分の破滅問題よ‼ 人の家庭問題に首を突っ込んでいる暇は、わたしにはないんです!
こう言っては何だが、グレックヒェン公爵家の問題で誰かが死ぬような問題は起こらない。
アグネスのときやヴォルフラムのときのように、問題を放置していたら誰かが苦しんだり傷ついたりすることもないのだから、わたしは自分から首を突っ込むようなことはしないのだ。
……わたしは学習したのよ!
ついでに言えば、このまま放置しておけば、来年の春にリコリスが留学して問題を解決するかもしれない。
ちょっと本来のルートとは違うけれど、ラインハルトルートの名残は残しておくべきだ。
……これ以上リコリスの恋愛の邪魔はできないわ!
リコリスが誰と恋に落ちるかは神のみぞ知るが、アレクサンダー様もヴォルフラムも、ついでにヒルデベルトも……、リコリスと恋に落ちる可能性はだいぶ少なくなったのではないかと思うわけよ。だって、きっかけであるそれぞれの攻略ルートを、わたしがぶっ潰しちゃったから……。
ハイライドも、わたしの側で食っちゃ寝している時点で無理があろう。
いくら攻略対象がたくさんいるのが売りのゲームが元になっている世界とはいえ、これ以上、リコリスの恋を邪魔したくはない。
……選択肢は多い方がいいと思うのよ!
そしてその方が、わたしも安全な気がする。
破滅する未来がまだ残されているとわかった以上、慎重に行動しなくては!
ということで、わたしは本日、精霊を探すという目的でお買い物に来ていた。
お供はヴィルマである。
お兄様も一緒に行くと言われたけれど、勘の鋭いお兄様がそばにいたら、わたしの行動を怪しまれるかもしれないので丁重にお断りした。
……断り方は失敗したけど。
うっかり「下着を買いに行くので殿方はNG!」と言ったら、「では買ったものを後で見せてね」とさわやかな笑顔でとんでもないことを言われた。これ、本当に見せなきゃいけないパターンだろうか。それともお兄様的なジョークだろうか。うぅむ、わからん……。
……わからないことは帰って考えよう! 適当な下着を一枚でも買っておけば言い訳になるでしょ。
そしてわたしは、例のごとく行きつけのお店へまず向かうことにした。
扱っているものはヤバいものも多々あるが、何気に情報通な店主リックが経営している、雑貨屋リーベである。
……リッチーはいろんなことを知っているからね。もしかしたら精霊に関する情報とか持ってるかもしれないし!
日々珍しいものを求めてあっちこっちに出かけているリッチーである。
おかしなものを取り扱っている店だけど、実はレアものも多い。まあ、レアであっても使い道は限られるものが大半なのだけど。
ゆえに、リッチーはいろんなことを知っている。
お土産を渡すついでもあるし、王都で最近変わったことが起きてないか聞いてみるのもいいだろう。
……リッチーに聞いても手掛かりが得られなかったらヒルデベルトを頼るって方法もあるにはあるんだけど……。
ヒルデベルトは勘が鋭いし、彼とこそこそ会っていたら、お兄様が激怒するかもしれない。
お兄様に怒られたくはないので、ヒルデベルトを頼るのは最終手段である。
雑貨屋リーベの扉を開ければ、カランと涼やかなドアベルの音がする。
「リッチー、お土産買って――」
「叔父上! いったい何を考えているんですか‼」
扉を開けた途端に耳に飛び込んできた怒鳴り声に、わたしは思わず目を点にした。
リッチー曰く整頓しているらしいのだが相変わらず雑然とした店内。
その奥のカウンターの前に、一人の背の高い男性がいた。
若葉のような緑色の髪に琥珀色の瞳の超絶イケメン。
そう、アレクサンダー・ナルツィッセ様である。
まなじりを吊り上げているアレクサンダー様の前には、カウンターを挟んでスキンヘッドの男。
髭面のいかつい顔をした彼はしかし、その長身で筋肉質な体に、ふりっふりのピンクのエプロンを身に着けている。
リッチーこと、雑貨屋リーベの店主リックさんだ。そして遺伝子の謎を究明したくなるほど顔が全然似ていない、アレクサンダー様の叔父様である。
「だから……あっら~マリアちゃあ~ん! いいところに来たわあ~」
アレクサンダー様に何かを言いかけたリッチーは、わたしの姿を見つけるや否や、ぱあっと満面の笑みを浮かべてぶんぶんと大きく手を振った。
……なんかヤバいときに来た?
回れ右して帰りたいが、アレクサンダー様ともばっちり目が合ってしまった。これは逃げられない。
「リッチー、お土産を持って来たんだけど……アレクサンダー様も、お久しぶりです」
アレクサンダー様にぺこりと頭を下げると、彼はふんわりと、まるで花が咲いたように華やかに笑う。
……イケメンの笑顔、眩しいです‼
ゲームでもなかなか見せない、満面の笑み。バックに花びらの幻覚が見える。
よくわからないけど、アレクサンダー様はよく笑うようになったわねえ。
「マリアお帰り。バカンスはどうだった?」
バカンスと言えばバカンスですけど、新婚旅行ですけどね。
「海が綺麗でした。あと、イルカが可愛かったです。アレクサンダー様のお土産も買って帰ったんですけど、今日お会いすると思っていなかったので、また学園で渡しますね」
「楽しみにしているよ。昨日アグネスからも自慢されたからな。可愛いナイトウェアをもらったとか」
……はっ!
わたしはぎくりと肩を震わせた。
これはもしかして苦情が来るのかしら? あんなものを妹に送りつけやがってって? でも、可愛いと思いますけど!
「そ、その……アグネスが着ているところ、見ました?」
「ああもちろん。とても可愛かったよ。お揃いなんだって?」
「はい」
「と言うことは旅行中もあれを?」
「はい! 雑貨屋で見つけて一目ぼれしたんです」
もちろんと頷けば、アレクサンダー様が目を細めて含みがありそうな笑顔になった。
「それはそれは。あれはとても可愛らしいと思うよ、マリア。実にいいものだ」
あら、アレクサンダー様ってばイルカが好きなのかしら?
アレクサンダー様にはイルカの栞とかペン壺を買って来たから、イルカが好きなら喜んでくれるはずよね!
「……ちょっとアレクちゃん。意地が悪いわよ。新婚なんだから、ジークちゃん的にはもっと色気がある方が……」
「叔父上は黙っていてください。マリアは今のままでいいんです。余計なことは……というか、余計な入れ知恵はしないでください」
……ん?
何のこと?
首をかしげるわたしに、アレクサンダー様がこほんと一つ咳ばらいをする。
「叔父上に土産を渡すんだったな。邪魔をして悪かった」
「いえ、お取込み中のようでしたので、何なら日を改めますけど」
「構わない。どうせ何を言っても聞く耳を持たないからな、叔父上は」
アレクサンダー様が一転して疲れたような顔で嘆息した。
いったい何があったのかしら?
リッチーのことだから、またおかしなものを買って来たのかしらね。
ヴィルマが持ってくれている箱を受け取り、わたしはリッチーの前のカウンターの上に置いた。
「リッチー、これお土産よ」
「ありがとう、マリアちゃん! ってあら~、何これか~わ~い~い~!」
と、リッチーが箱から取り出したのはイルカの着ぐるみである。
お兄様には止められたが、やっぱりリッチーにはこれだろうと、購入して帰ったのだ。
「特大サイズにしたからリッチーでも着られるはずよ」
「あら本当? じゃあさっそく……」
「叔父上、店の中でそれを着るのはやめておいた方がいいですよ」
着替えて来るわ~と奥に引っ込もうとしたリッチーを、アレクサンダー様がすかさず止める。
うん、買って来たわたしが言うのもなんだけど、イルカの着ぐるみで店番はしない方がいいと思う……。
「あら、今じゃなかったらいつ着るの~?」
すると、ヴィルマが――
「夜に着ればよろしいかと。お嬢様も――もがっ」
おいこらヴィルマ余計なことを言うな! ビーバーの着ぐるみの話をしたら、お兄様に言って減棒してもらうわよ‼
まったく、しれっと黒歴史をばらそうとしないでほしいわ‼
あの日のことは永久に封印するんだから、あんたもさっさと忘れてちょうだい‼
リッチーとアレクサンダー様は、ヴィルマの口を押えるわたしに不思議そうな顔をしていたけれど、深くは追及しないでくれた。優しい……!
お土産を渡し終わったので、わたしはリッチーから情報収集したかったのだけど、今この場にはアレクサンダー様がいる。
アレクサンダー様も勘が鋭いから、余計なことを言えば何かに気づかれるかもしれない。
困ったなと考え込んでいると、カランと背後のドアベルが音を立てた。
そして。
「店長、頼まれていたサンドイッチを買ってきましたよ」
どこかで聞き覚えのあるイケボだなと思って振り返ったわたしは、ギョッとした。
何故ならそこに立っていたのは、淡い茶色の髪にエメラルド色をした、アレクサンダー様にも劣らない超絶イケメン。
――ウルリッヒだったのである。
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「籠の鳥王女は好きにすることにした」
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