帰宅と新たな騒動 4
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サロンのテーブルにお茶とお菓子が並べ終わるころには、ブリギッテもアグネスも落ち着いていた。
旅行の話を聞きたがった二人に、ロンベルク島がとても綺麗なところだったことを伝える。
「イルカもとっても可愛かったのよ」
「そう言えば、クリュザンテーメ公爵からイルカの保護に関する条例を作ると連絡が入っていましたわね。ジークハルト・アラトルソワも噛んでいると耳にしましたが、なるほど、お姉様のお優しさが生んだ結果でしたのね! 納得ですわ」
「えっと、わたしは何もしていないわよ。お兄様が進めてくださっただけで……」
「イルカにまで愛情を注げるお姉様! イルカと戯れるお姉様はさぞ女神のごとく美しかったに――」
「聞いてないわね……」
わけのわからないことを口走りはじめたブリギッテはしばらく放置しておこう。飽きたらトリップから戻ってくるはずだ。
アグネスに視線を向けると、優雅にティーカップを傾けていた彼女はにこりと微笑んだ。
「お兄様から、先日ギューデン伯爵が貴族裁判にかけられると聞いたのです。なんでもマリアお姉様を海に落として殺害しようとしたとか。お兄様がとってもお怒りでしたわ」
アレクサンダー様の耳にも入っていたのね~って、当然か。アレクサンダー様はナルツィッセ公爵家の跡取りだし。
「それならわたくしも知っていますわ! お姉様を殺害しようとするなんて万死に値します。ただ処刑するだけなんて生ぬるい! わたくし、ブリギッテ・ポルタリアの名に懸けて、地獄を見せてやりますわ‼」
「待って待って待って、さすがにそれはまずいから!」
「あらどうしてですの? 情状酌量の余地はなくってよ。何と言っても、この国の、いえこの世界の女神を亡き者にしようとした不届きものですもの!」
わたし、悪役令嬢(予定)なのに、どうしてブリギッテの中の評価が青天井並みに高いのかしら?
よくわからないけれど、ブリギッテが暴走すれば、彼女の持つ権力も相まってとんでもないことになりそうだ。
「ブリギッテ! 裁判はきちんと大人に任せた方がいいわ! ブリギッテが無茶をしたら、あなたの将来にも傷がつくかもしれないでしょ?」
あまり私情を挟むと、王にふさわしくないとか思われちゃうかもしれないじゃない。
まだルーカス殿下とブリギッテのどちらが王になるのかわからないんだから、あまり無茶はしない方がいいと思うのよ。
「まあお姉様、わたくしのことをそんなに思ってくださるなんて! これはもう愛ですわね!」
今度はおかしな勘違いをはじめたけど、ギューデン伯爵に地獄を~とかいうのからは離れてくれたからよしとしよう。
「とまあ、わたしの方はこんな感じの四週間だったんだけど、ブリギッテたちは何をしていたの?」
早いところギューデン伯爵のことを忘れてもらおうと話題をずらすと、ブリギッテとアグネスがお互いに顔を見合わせた。
「わたくしたちは、というのは少し違いますが、少々面倒な騒ぎが起きましたわ。それも現在進行形で」
「現在進行形で? 何があったの?」
お父様とお母様からはそんな話は聞いていないけれど、と首をかしげると、アグネスがおっとりと頬に手を当てる。
「グレックヒェン公爵家でお家騒動が起きたのです。わたくしたちにとっては、間接的な影響でしかありませんけれど、問題の解決に時間がかかるようならば何かしら巻き込まれる可能性はありますわね」
「お家騒動?」
お家騒動と言うと、どうしても時代劇を思い出しちゃうのよねえ。家督がどうとか~って。まさか……。
ブリギッテが、鼻に皺を寄せて吐き捨てる。
「グレックヒェン公爵に隠し子が見つかったんですわ」
そのまさかだったあああああああ‼
わたしはひぃっと悲鳴を上げる。
何故ならグレックヒェン公爵家の隠し子問題を、わたしはよーっく知っているからだ。
……だって、ラインハルトルートの、一番大きな問題だもんっ‼
そう――
ゲーム『ブルーメ』でラインハルトルートを選択すると、ゲームの中盤で登場するのがラインハルトの異母兄。
ラインハルトの一つ年上の彼――ウルリッヒは、グレックヒェン公爵が結婚する前にお付き合いしていた恋人との間に生まれた隠し子だ。
グレックヒェン公爵は十歳のころから奥方と婚約関係にあったので、もちろんこの恋人は秘密の恋人である。
公爵が奥方と結婚したあと少しして、グレックヒェン公爵の恋人は、自らグレックヒェン公爵に別れを切り出し姿を消した。
だが、実はそのときグレックヒェン公爵の恋人のお腹には赤ちゃんがいて、彼女は我が子が取り上げられるかもしれないと恐怖して姿を消したという。
……ま、よくあるっちゃよくある話よ。
グレックヒェン公爵が結婚したと言っても、奥方との間に子供が出来なければどうしたって恋人だった女性の子を引き取るという話になるだろう。
奥方との間に子供ができたとしても、グレックヒェン公爵は我が子の未来を思い引き取りを希望するかもしれない。
そうなると、言わずもがな、グレックヒェン公爵の恋人は我が子には会えなくなってしまう。
グレックヒェン公爵家に引き取られるということは、奥方が養母として育てることになるからだ。その場合、身分の低い生母は、我が子に会うことを禁止されることが常である。グレックヒェン公爵が温情をかけたとしても、年に一度か二度、他人行儀な面会が設定されるだけだろう。
母親としては、我が子を取り上げられたくない一心で姿を隠したのだ。
……だけど、彼女はウルリッヒが十一歳の時に病気で亡くなってしまうのよね。
その後、ウルリッヒは孤児院で暮らす。
というのも、グレックヒェン公爵の恋人は子爵令嬢だったのだが、妊娠がわかった時に置手紙を残して家出しているのだ。おそらく、中絶させられることを恐れての行動だろう。
貴族社会では特に、未婚の母親に対する世間の目が冷たい。
未婚で子を産んだ女性は碌な結婚も望めないだろうし、子爵家の選択は中絶一択であるのは間違いない。
そのため、彼女が亡くなった後もウルリッヒは母の実家を頼れなかった。
父親の存在を隠して育てられていたため、グレックヒェン公爵が実の父親であることも知らない。
そうして孤児院で成長した彼は、ひょんなことから、母親が残していた日記帳の存在を知る。
母の遺品を詰めた箱の中で見つけたのだ。
親の日記帳を開くことに罪悪感を覚えつつも、亡き母を懐かしく思ってウルリッヒは日記帳を開く。
そこで、父親がグレックヒェン公爵であることを知るのだ。
けれども、真実を知った後もウルリッヒは葛藤し、その事実をしばらくの間、己の胸の中にとどめておく。
グレックヒェン公爵にあなたの子ですと名乗り出て、素直に信じてもらえるとは思えなかったからだ。
だが、孤児院の経営が悪化し、ウルリッヒはある決断をする。
孤児院の家族たちを守るため、グレックヒェン公爵に自分が公爵の子である事実を伝え、孤児院への援助を依頼するのだ。
……で、かつての恋人に子供がいたと知ったグレックヒェン公爵は、恋人の死を知り嘆き、そして我が子を引き取ろうとするのよね。
ウルリッヒは何をいまさらと、グレックヒェン公爵の提案を拒否する。
しかし我が子の存在を知ったグレックヒェン公爵は、何が何でも我が子を手元に置きたいと、ウルリッヒに取引を持ち掛けるのだ。
ウルリッヒがグレックヒェン公爵家に入るならば、彼が育った孤児院に毎年充分な額の寄附をしよう、と。
ウルリッヒは孤児院のために、グレックヒェン公爵の提案を飲み、公爵家に入る。
……なんだけど!
おかしい。
本来ウルリッヒはラインハルトルートでしか出てこないし、そもそも出てくる時期が違う。
ウルリッヒの存在が知られるのは、ヒロインのリコリスが登場してからのはずなのだ。
ちなみにこのウルリッヒ、攻略対象の一人である。
ラインハルトルートをハッピーエンドでクリアしたのちに、ウルリッヒ攻略の道が開かれるのだ。
もっと言えば、ラインハルトルートのハッピーエンドならば、ラインハルトがグレックヒェン公爵家の跡取りとなる。
が、ウルリッヒルートのハッピーエンドならばウルリッヒがグレックヒェン公爵家の跡取りとなり、ラインハルトは異母兄を支えていく道を選ぶ。
……この、どっちの未来もあり得るパターン、まずいわ。下手にわたしが関わらない方がいい匂いがぷんぷんするもの!
が、わたしは知っている。
これまでの経験上、わたしは絶対にこの手の問題に巻き込まれるのだ。
何故ならすでに、この件をまぜっかえす気満々でわくわくした顔をしているブリギッテが目の前にいるのだから。
……泣きたい。
わたしの心情を知らないブリギッテは、にんまりと猫のように目を細めた。
「グレックヒェン公爵は隠し子……ええっと、ウルリッヒと言う名前でしたわね。ウルリッヒが現れたことで、公爵家の跡取りをどちらにするのか保留にしたそうですわ。片や愛人とはいえ愛した女性との間の子。片や政略結婚とはいえ長年連れ添った妻との間の子。ずいぶん葛藤なさっていると聞きます。ふふふ」
「楽しそうね、ブリギッテ……」
「当然ですわ。これでラインハルトがグレックヒェン公爵家の跡取りでなくなったら、あの愚兄にとってはとんでもない痛手‼ わたくしは断然ウルリッヒを応援いたします」
……うん。そんなことだろうと思ったわよ。
ブリギッテは本当にブレない。
何が何でもルーカス殿下を追い落とし、玉座を得ようと画策中よ。
聖剣での判定が得られない今、相手を追い落とそうとするブリギッテの姿勢は間違いではないのだろうけど、実の兄に容赦ないわね、ほんと……。
「ブリギッテ、グレックヒェン公爵家の問題に首を突っ込まない方がいいと思うわよ」
「そうなんですけどね、お姉様。本来ならわたくしも口出しはするつもりはございませんでしたけど、このままではアグネスがラインハルトに嫁ぐ羽目になるかもしれないんですのよ」
「どういうこと⁉」
ねえ、本当にどういうこと? 何がどうなっているの? リコリスどこいったー⁉
せめてリコリスが登場するまで待とうよと叫びたくなったけど、何度も言うがここは現実世界。ゲームのように都合よくは、いかないんでしょうね。
アグネスは困った顔でそっと息を吐き出す。
「決まったわけではございませんわ。ただ、グレックヒェン公爵夫人からお父様に内々で婚約の打診が入ったのは事実です」
「グレックヒェン公爵夫人としてはどこの馬の骨とも知らない女の子供を跡取りにはしたくないということです。我が子がかわいいでしょうからね。ナルツィッセ公爵令嬢であるアグネスという後ろ盾をつけて優位に立ちたいのでしょう。アグネスはこれを間接的な影響だとか言っていますけど、どう考えても直接影響していますわ」
「いえ、間接的な影響なのです、ブリギッテ様。お父様はグレックヒェン公爵夫人からの申し出を保留にしておりますし、お兄様はどんな手段を用いてもラインハルト様との縁談は阻止するとおっしゃっています。ですのでわたくしが直接関わることはないのですわ」
まあ、アレクサンダー様が「どんな手段を用いても阻止」と言ったのならば、実際そうなると思うから、影響は少ないのかしら?
あの方もお兄様に負けず劣らず有能でいらっしゃるから。
「グレックヒェン公爵夫人は侯爵家の出ですし、後ろ盾と言う意味でもラインハルト様が優勢です。ナルツィッセ公爵家が後ろ盾にならなければならないほど、切迫した問題ではありませんし」
……実は、そうでもないのよねえ。
ラインハルト様は剣の腕は申し分ないのだけれど、魔法の方は中級レベルまでしか使えない。
とはいえ、学生であることを考えれば、中級の魔法が使えるだけでも充分すごいのだけど、攻略対象はチート集団なので、どうしても一段見劣りする。
まあ、ヴォルフラムも現段階では中級レベルの魔法までしか使えないから、同じようなものなのだけれどね。
さすがに攻略対象全員が上級魔法を操れます、という異常事態にするのは、いくらゲームが元になっていても無理があったというわけよ。
……なんたって、上級魔法を操れるのはほんの一握りの素質のある人なんだもの。それなのに攻略対象全員がぽんぽん上級魔法を操っていたら、何事だって感じよね。一般人と攻略対象たちの差が開きすぎるってものよ!
なので、攻略対象たちの能力にも差が付けられているのだ。
そして厄介なことに――
……ラインハルト様は中級レベルの魔法までしか操れないけど、ウルリッヒは上級魔法まで操れる、のよねえ。
いくらラインハルト様に後ろ盾があっても、実力でその上を行くウルリッヒが相手だから、そう簡単に決着がつく問題じゃあないのよ。
我が子たちが可愛いグレックヒェン公爵は、後ろ盾なんて関係なく公正な目で判断するだろう。
ブリギッテはおそらくその情報を持っているから嬉しそうなのよ。
後ろ盾勝負なら、ブリギッテがウルリッヒにつけば状況が変わる。
もちろんラインハルトにはルーカス殿下がつくだろう。
……こうなってくると、王子と王女の権力闘争に様変わりってね。
おばかさんなわたしでもわかる。
これは、発展させたらやばいやつ。
「ブリギッテ、グレックヒェン公爵家の問題だし、王族が首を突っ込まない方がいいと思うわよ」
「そうは言いますけどお姉様、あの愚兄は思いっきり首を突っ込む気満々ですのよ」
……ルーカス殿下め!
そりゃあ、ルーカス殿下はラインハルトと仲良しだけど、そこは静観するところでしょうよ!
巻き込まれるこっちの身にもなってくださいませ‼
ブリギッテは、台風が訪れるのを庭に立って待つ子供のようなわくわくした顔で言った。
「ふふっ、今年の社交界は、荒れますわ~!」
……ブリギッテ。わたしは、心の底から平穏がほしいです。
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