第13章: 終わりのない物語
ニマリ
目を覚ますと、そこは見覚えのないベッドの上だった。
俺はラヴォワとをと契約を交わした。
その力を10%解放した代わりに、ラヴォワとをは俺の存在の10%を奪った。
だからなのかもしれない。
俺が知らない場所で目を覚ました理由は。
身体を起こすと、そこは豪華な部屋だった。
敷かれているシーツは王族を思わせる深紅。
ベッドに垂れ下がるカーテンも同じ色をしていた。
目の前には、白い髪の男が立っていた。
髪は後ろで一つに結ばれていて、馬の尻尾のような髪型をしている。
顔は見えず、目を確認することはできなかった。
だが、俺はすぐに彼の正体を理解した。
「……あなたは、前のラヴォワとをなのか?」
俺の声に反応し、男はこちらを振り返る。
そして、俺がここにいることに驚いた表情を浮かべた。
「ん? 俺たち、会ったことあったか?」
俺はゆっくりとベッドから降り、彼の方へ歩いていく。
「俺はニマリ。ラヴォワとをの新しい宿主だ」
「そうか……それは、きっと楽じゃないだろうな」
俺は目を細めた。
確かに俺は彼と会った。
つい昼過ぎのことだったはずだ。
なのに、なぜ彼は俺を知らないような反応をする?
「何か問題でもあるのか?」
男が尋ねる。
「……俺のこと、覚えていないのか?」
「え? いや……覚えていない。どうして覚えている必要があるんだ?」
俺は振り返り、彼の向かいにあるソファへ視線を向けた。
そこには誰も座っていなかった。
俺はそのままソファへ向かい、腰を下ろす。
「なあ……ここはどこなんだ?」
「ん……ここはラヴォワとをの中だ。ここには、ラヴォワとをの歴代の宿主たちが存在している」
その言葉を聞いた瞬間、俺の身体から汗が流れた。
「……どういう意味だ?」
男は小さく笑い、手に持っていた本を閉じて置いた。
「人間は、過去を完全に忘れることはできない。必ずどこかに記録される場所がある」
「つまり……俺たちは、何人いるんだ?」
「さあな。俺は一度も数えようとは思わなかった」
胸が熱くなる。
それを知ることが、ひどく不快だった。
何人がラヴォワとをによって死んだ?
何人が黒い影によって消された?
俺もいつか、ただこの絵の一部になるのか?
俺なんて、簡単に殺されることのできる小さな存在だ。
俺は両手で自分の肩を掴む。
そして……笑った。
そう、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑うしかなかった。
まるで戦場の最前線に立たされた兵士のようだった。
合図の笛が鳴った瞬間、俺たちは死ぬことを理解している。
「はは……」
男は静かに笑う。
「たぶん、俺も自分の状況を理解した時は、君と同じ反応をしたと思う」
「どうして……そんなに冷静でいられるんだ?」
「君さ……」
男は少し間を置いて答えた。
「死んだ後のことを心配しても、あまり意味がないと思っただけだ」
「……俺は、誰かに利用されたくない」
白髪の男は笑い、後頭部に手を置いた。
「俺の場合は、黒い影に関する記憶をすべて消すことを選んだ」
「それで……死ぬまで平穏に生きられた」
「……まあ、平穏なんて言葉は少し大げさだがな」
「平穏?」
俺は彼を見る。
「血で汚れた手を持ちながら……それを平穏に生きたと言うのか?」
男は立ち上がった。
そして、ベッドの向かい側の壁に飾られている絵を見つめる。
そこには5人の女性が描かれていた。
その中には、処刑人の姿もあった。
そして、年を重ねたノヴァの姿も。
だが、残りの3人については俺には見覚えがなかった。
やがて男は俺へ振り返る。
その顔には笑みが浮かんでいた。
完全に何かから解放されたような表情で、彼は言った。
「どんなに醜いことをしても……目的を達成できるなら、それでいい」
「たとえ……国一つを滅ぼすことになったとしてもな」
「……」
俺は言葉を失った。
彼は今、とんでもない言葉を口にした。
それも、あまりにも軽い口調で。
だからこそ、その言葉は……恐ろしかった。
「君は完全に見当違いだ。」
「そしてお前はまだ準備ができていない。」
「どういう意味だ?」
彼は大きな二本の犬歯を見せながら微笑んだ。
「お前は女王に立ち向かう準備ができていない。なぜなら、お前はまだあまりにも人間すぎるからだ。」
「私は彼女と戦うつもりはない。」
「はぁぁぁぁ……。」
彼はため息をついた。
突然、私の手がひとりでに動いたように感じた。
「いいか、彼女は黒い影ほど私たちの味方ではない。だが、敵でもない。彼女は私たちの均衡そのものだ。問題は、どんな均衡も崩される運命にあるということだ。創造主によってか、あるいは反対側の陣営によってな。」
彼は黒い上着の下から拳銃を取り出し、私に差し出した。私は立ち上がり、それを受け取った。依然として、得体の知れない超自然的な力に操られながら。
「そして、不死なるものを殺す唯一の方法は、そいつ自身に自ら命を絶たせることだ。」
彼は私の意志とは無関係に、拳銃を私の頭へ向けさせた。
「やめろ……」
「お前はまだ7歳だが、ミライはそれを利用するだろう。彼女に対して心が折れないよう、精神を鍛えなければならない。」
「待て、本当にやるつもりなのか?」
そう思った瞬間、彼は拳銃を私の口の中へ押し込んだ。しかし、震える手のせいで、それは歯に当たってカチリと音を立てた。
「死は終わりではない。説得のための道具だ。」
私は激しく息をし、過呼吸になっていると言われても否定できないほどだった。そして――
彼は私に引き金を引かせた。
*
**
「ああああっ!!」
「わっ!」
私は見覚えのあるベッドの上で目を覚ました。赤いシーツ、そして同じ色のカーテン。
目の前には銀色の髪をした男がいた。彼は本を手にしていたが、それを閉じて私のもとへやって来た。
「おや、珍しいな。客が来るなんて。」
「どうして?」
「え? 大丈夫かい、少年?」
私は恐怖のあまり口元に手を当て、そのまま男の足元に吐いてしまった。慌てた男は私の背中に手を伸ばした。
「触るな!!」
「おっと、すまない。」
落ち着いてから、私は彼を見つめた。前髪は相変わらず目を隠している。
「君がラヴォワの新しい宿主なんだろうね。毎日大変そうだ。」
私は目を見開いた。
「何を言ってるんだ……お前は今、俺を殺しただろう……」
「そうだったか?」
男はそう言った。
彼は立ち上がり、頭をかきながら続けた。
「どれだけ考えても、君の顔には見覚えがないな。」
そしてソファの方を向いて付け加えた。
「とにかく、座ってくれ。落ち着いて話そう。」
私は周囲を見回した。部屋は何一つ変わっていなかった。今腰掛けたソファでさえ、断片的ながら見覚えがあった。
私はほとんど男から目を離さなかった。彼もそれに気づいたようだ。
男は長いため息をついた。その仕草だけで私は警戒した。
「どうやら君は嘘をついていないらしい。本当に私が何かをしたようだ。」
「なぜ俺を殺した?」
男は微笑み、答えた。
「理由はいくつかある。君が敵だったか、あるいは必要だったか、そのどちらかだ。」
私が口を開くより早く、右側にあった扉が開いた。
銀色の髪をした女性が入ってきた。彼女は銀の盆を持ち、その上にはティーセットが載っていた。
美しい赤と青のオッドアイが私を見つめる。私もまた、驚愕のあまり彼女を凝視した。
「あなた、来客ですか?」
「処刑人だ。」
その呼び名に彼女は反応し、私を見た。
私は男を見て尋ねた。
「なぜ彼女がここにいる?」
男は頭をかいた。
「ここは――の精神世界だから……」
「それは分かってる。聞いているのは、なぜこの女がここにいるのかだ。」
女性は目を細め、私を見た。
「なるほど。あなたの世界では、彼女は味方じゃないのね……」
「その通りだ。この女は、俺が知る中でも最も危険な存在の一人だ。俺も、あの女も、殺されかけたんだ!」
私は秋色の髪をした女性の肖像画を指差した。
オッドアイの女性はティーセットを、私と男の間のテーブルに置いた。
「方で男は下唇を噛んだ。」
「なるほど……私の世界では、その二人の女性は私の妻なんだ。」
「はあ!?」
男は気まずそうに顔を上げた。
「最初から、君を苦しめていたのは彼女じゃない。私なんだ。」
私は思い出した。 あの二人の女性と過ごした記憶を。 どうして……どうして彼の名前も顔も忘れてしまっていたんだ。
私は勢いよく立ち上がり、かつての宿主の襟を掴んだ。
拳を振り上げる。 そして――
その拳を、そっと彼の頬に置いた。怒ることができなかった。なぜなら、それは私自身の問題でもあったからだ。私たちは二人とも、過去の欠片と共に生きている。彼を責めるのは、きっと未熟な行為だっただろう。— ニマリ…… 涙が彼の上着へと落ちていく。
「なぜなんだ……どうして俺たちは、こんな人生を生きる運命なんだ?」
かつての宿主は私のもとへ歩み寄り、腕を回して強く抱きしめた。
「つらいよな。そんなことは誰よりもよく分かっている。だから、ただ慣れるしかないんだ……」
気づかないうちに、彼は銃口を私の頭に当てていた。
そして――
バンッ。
*
**
私は再び、あの同じ赤いシーツの中で目を覚ました。起き上がると、彼の声が聞こえた。
「おや、珍しいな。客が来るなんて。」
私は立ち上がり、彼の方へ歩み寄った。
怒りは感じていない。それなのに――
この苦しみを何度も味わうことは、耐え難いものになり始めていた。それでも私は手を差し出した。
「何か用かな、少年?」
「私はニマリです。あなたの背中には拳銃があります。それを貸していただけませんか?」
「ずいぶん奇妙な頼みだな。だが、ここは――」
「ラヴォワの精神世界。分かっています。もう全部知っています。」
「そうか。なら、私から話すことは何もないな。」
彼は背中に手を回し、拳銃を取り出して私に差し出した。私は自らの意志で、それを口の中へ押し込んだ。手は震えている。まだ覚悟ができていないことの証だった。
バンッ。
*
**
私は再び、あの同じ赤いシーツの中で目を覚ました。起き上がると、目の前で銀髪の男がこちらを見ていた。
「おや、珍しいな。客が来るなんて。」
私は立ち上がり、彼に近づいた。数秒間見つめていると、笑い声が聞こえた。彼のものか?違う。
私のものだ。理性の欠けた、不気味な笑い声。深淵の縁と地上の狭間をさまよう精神。彼は私を見つめ、淡々と言った。
「お前は今、どちら側にいるんだ?」
「……」
私は歯を食いしばり、手を差し出した。
「その銃をよこせ!!!」
彼は微笑み、拳銃を取り上げてから私に渡した。私は弾を確認し、撃鉄を起こした。
バンッ!
煙を上げる銃口は、かつての宿主へ向けられていた。
「……」
その銃声に引き寄せられ、オッドアイの女性が部屋へ飛び込んできた。彼女が見たのは――
口元に笑みを浮かべ、拳銃をこめかみに押し当てた私だった。バンッ。
*
**
私は再びその部屋で目を覚ました。顔を両手で覆い、荒い呼吸を繰り返す。
「おや、珍しいな。客が来るなんて。」
「うるさいッ!!!」
彼は眉をひそめた。私は怒りに歯を食いしばりながら立ち上がり、彼のもとへ歩み寄る。そして手を差し出した。
「銃をよこせ。」
彼は何も言わず、それを私に渡した。私は受け取ると、ためらうことなく彼の眉間に一発撃ち込んだ。オッドアイの女が入ってきたが、部屋に足を踏み入れた瞬間、同じ運命をたどった。
「死ね……お前ら全員、くたばればいいんだ!!!」
私は扉の方を向いた。そして気づく。罠だったのだ。私は部屋を飛び出した。すると、水面の広がる足場へと出た。その先にはラヴォワが立っていた。
「なるほど……前の宿主より先へ進んだようだな。怒りに身を委ねることを受け入れたか。」
私は銃を構えた。だが彼は言った。
「教えてくれ。どうやって過去を切り捨てた?」
「あんたらの過去なんて知ったことか。」
ラヴォワは笑った。— つまり、邪魔になるなら私の五人の妻も殺せるということか?
「違う……俺はお前たちとは違う。俺は人間だ。そして人間にとって、殺しは犯罪だ。」
私は彼を狙ったまま続けた。
「だが、お前とその狂った仲間どもは別だ!」
私は中指を立てながら言った。
「もしお前らがまた俺の人生をめちゃくちゃにするなら、豚みたいに血を流させてやる!」
「私に一〇%しか残さなかったくせに? 本気で主導権を握れると思っているのか?」
相変わらず疲れ切ったような表情で彼は言った。
「ああ。手綱を握っているのは今も俺だからな。」
私は舌打ちした。
「またお前らの陰鬱で病的な感情に引きずり込まれるなんて考えるだけで吐き気がする。— ニ――」
バンッ。
私は彼の頭を撃ち抜いた。しかし、彼はほぼ瞬時に再生した。
「同じ身体を共有してるなんて、本当に面倒だな。」
私は舌を出した。
「お前の暗くて陰険な考えが頭に流れ込んでくるたび、吐きたくなる。」
「何を企んでいる?」
「俺は英雄じゃない。世界中の宝を積まれたって変わらない。」
私は肩をすくめた。
「崇拝したいなら勝手にしろ。」
「だが俺は人間だ。限界のある存在だ。そして、お前らの陰鬱さを持たなかったせいで、危うく奈落に落ちるところだった。」
「何が言いたい?」
「条件を決めるのは俺だ。」
私は彼を真っ直ぐ見た。
「俺と契約しろ。俺がいなければ、お前は何もできない。」
「一〇%しか残さなかったのは、状況を利用しただけだ。」
私は笑みを浮かべる。
「今度は俺がお前を追い詰める番だ。」
「祝福しろ、創造の神よ。」
「この世界の法則には従ってもらう。」
「……どういう意味だ?」
「お前は創造できない。借りることしかできない。」
私は微笑んだ。
「構わないさ。あのクズどもを叩き潰せるならな。」
彼は小さく吹き出し、手を差し出した。
「いいだろう。ただし、お前が死ぬたびに、お前の意識の一〇%を私に渡してもらう。」
「望むところだ、悪魔。そう言って、私はその手を取った。」
*
**
外では、フードを被った女が私の頭から槍を引き抜いた。
白くなっていた私の髪は、再び漆黒へと戻る。
彼女は一人で押さえつけていた修道女の方へ振り向いた。
「やっと落ち着いたのか?」
フードの女が言った。
「アーリ……魔女のお前が、どうしてここにいる……」
女は歩み寄り、羽根ペンをしまった。
「それはこちらの台詞よ。あなたこそ、何をしに来たの?」
「処刑人から逃げていた。だが、あいつがこの街にいると聞いた。」
「また出て行くつもり?」
そう言いながら彼女は居間へ向かった。
「んー……どうだろうな。主君からもう少し情報が欲しかったんだが。どうやら、もう愛しい人のもとへ戻ったらしい。」
その瞬間だった。
ノヴァがフードの女を追い越し、私に飛びついた。
フードの女はその様子から目を離さなかった。
そして振り返ると、レオナルドの腹に蹴りを叩き込んだ。
「起きなさい、このくたびれたおっさん。」
「うわぁっ!! 本当に痛いんだが!?」
「調子はどう?」
彼は頭に手を当てた。
顔は苦痛で歪んでいる。
「頭がくらくらする……」
下着姿のままの修道女は、ノヴァにじっと見つめられていた。
「ご心配なく、我が女王。これくらいで死んだりはしません。」
「我が女王?」
修道女は目を見開き、微笑んだ。
「あら~。」
ルシアも微笑み、口元に手を添えながらアーリを見た。
「念のため言っておくけれど、カリュセは無事よ。」
フードの女は足を止め、振り返った。
「皇后を見つけたのね。」
彼女は右目に手を当てた。
フードの女は、私の両親がレオナルドを起こすのを見ていた。
「方で私はまだ眠り続けていた。」
彼女がため息をつこうとしたその時、居間の扉が横に滑るように開いた。一人の女性と、暗い赤髪の子供が部屋へ入ってくる。— ルシア様、入ってもよろしいでしょうか?— ええ、ジジ。
子供は修道女の服の裾を握っていた。居間へ入ってきたその女性を見ながら、フードの女はルシアへ説明を求めるような視線を向けた。
「そんなに見つめなくても説明するわ。」
ルシアは言った。
「こちらはシスター・アスガリサと、その娘のキルケよ。」
「私の助手を務めてくれるの。学院へ戻るミミの後任ね。
「そうなの? 学院に戻ったという連絡は受けていないけれど。」
「んー……」
アスガリサは茶色い銅製のトランクを手に、ルシアへ近づいた。
「奥様、お荷物をお持ちしました。」
「ありがとう。」
ジジは軽く咳払いをして言った。
「私が申し上げるのも何ですが、奥様。その格好では別の部屋へ移られた方がよろしいかと。残念ながら今の服装は適切とは言えませんので。」
ルシアは自分の姿を見下ろした。下着姿のままで、ほとんど何も身につけていないことを改めて認識する。彼女はトランクを手に取り、居間へ向かおうとした。だが立ち上がった時、キルケが私を指差していることに気づいた。
「キルケ?」
「あの男の子。」
二人の修道女は私とノヴァの方へ振り向いた。
そして気づく。私は立ち上がっていた。彼らの正面で。黒髪は風もないのに揺れている。私はゆっくりと顔を上げた。その瞳は、鮮やかなルビー色へと変わっていた。
その場の全員が警戒態勢に入る。誰もが、私が再び暴走すると考えたのだ。私はアスガリサへ向かって手を伸ばした。
「私は……彼じゃない。」
そう言い終えると同時に、私はその場に崩れ落ちた。
*
**
目を覚ましたとき、天井が見えなかった。いや、正確には――ぼやけて見えていた。私は上体を起こし、隣にいる秋色の髪の女性を見た。
「ノヴァ?」
「このバカ!」
そう言うなり、彼女は私の首に飛びついた。
「何があったんだ?」
彼女は首にしがみついたまま答えた。
「あなた、戦いの直後に倒れたのよ。もう二日も眠っていたんだから。」
「二日……」
私は周囲を見回した。
すべてがぼやけている。
ノヴァは私から離れた。
私は立ち上がり、自分が白い着物を着ていることに気づいた。その下には身体にぴったりした黒いシャツ。いつも着ている黒装束とはまったく違っていた。
「着替えさせたのはあなたのお母さんよ。もっと儀式にふさわしい服を着せたかったみたい。」
「二日も寝ていたなら……今日は祭りの最終日か。」
「うん。昨日はとても賑やかだったわ。山車も人形劇も出ていたの。」
私は微笑んだ。
「見に行ったのか?」
彼女は首を横に振り、気まずそうに笑った。
「ううん。この部屋から見ていただけ。」
「二日間ずっと俺を見ていてくれたのか?」
彼女は外へ視線を向けた。外ではすでに太陽が高く昇っている。私は部屋と外を隔てる扉へ向かい、それを押し開けた。穏やかな風が室内へ流れ込む。
外の人々の賑わいが耳に届いた。私は目をこすった。だが、二メートル先ですら相変わらずよく見えない。なぜこんなにも視力が悪くなっているのか理解できなかった。その時、部屋の扉が開く音がした。
「つの人影が入ってくる。」
「瞬、私を襲ったあの修道女だと思った。」
私は反射的に後ろへ飛び退いた。驚いたノヴァも勢いよく立ち上がる。
「ニマリ?」
「どうしてあの修道女がまだここにいるんだ!?」
「修道女?」
私は目を細めた。だが何も変わらない。
目の前にいる人物が誰なのか判別できない。
「ニ、違うわ。修道女じゃない。あなたのお母さんよ。」
「母さん?」
笑い声が聞こえた。その笑い声だけは、何千人の中でも聞き間違えるはずがなかった。私は姿勢を正した。
そして悟る。自分の視力が本当に悪化していることを。私は両目に手を当てた。まぶたを強く閉じながら。
「頭を何度も吹き飛ばされたせいよ。脳の再生が追いついていないの。」
だが、その声には聞き覚えがあった。
私はその方向へ振り向いた。目の前には二つの人影が見える。すると突然、そのうちの一人が近づいてきた。二メートルほどの距離まで来て、ようやくその姿を認識できた。
「なるほど。二メートルなら見えるのね。」
彼女は何かを投げてよこした。
私はそれを受け取る。
眼鏡だった。
「なぜ俺を助ける?」
「あなたの今の状態には、私にも責任があるから。」
「……」
「そんなに警戒しなくてもいいわ。私たちは同じ陣営なのだから。」
どうにも信用できない女だ。だが礼儀として、私は彼女がくれた眼鏡をかけた。すると、それはまるで最初から私のために作られたかのようにぴったりだった。そして――
「見える……」
「だから言ったでしょう? 私はあなたの敵じゃない。」
そう言って彼女は額に手を当てた。
「なら、どうして俺を撃った?」
「あなたが私の主人に暴力を振るったから。」
その言葉に私は眉をひそめた。
舌打ちしながら言う。
「喧嘩を売ってるのか?」
「そんなつもりはまったくないわ。」
「チッ……」
私は背を向けた。
炭のように黒いフレームの眼鏡をかけたまま、居間へ向かう。
だが部屋の縁側へ上がる前に足を止めた。
振り返ることなく言う。
「一つ忠告しておく。もう俺の邪魔はするな。」
彼女は鼻で笑った。
「小僧。あなたは我が主の操り人形に過ぎない。」
少し間を置いて続ける。
「まあいいわ。あなたが私の愛しい人の人生に干渉しない限り、学院と皇后陛下のために、あなたの行動には目をつぶってあげる。」
私は縁側へ上がり、自分の刀を手に取って部屋を後にした。
背後ではキルケが舌を出している。
私たちがノヴァと母と共に去った後、アスガリサは頬に手を添えながら言った。
「本当に不思議な子ね。私にあそこまで堂々と向かってくる人なんて滅多にいないわ。」
「んー……」
彼女は苦笑した。
「認めるのは癪だけど、あのクソみたいな前の宿主よりずっと大した男よ……」
額に汗を浮かべながら、小さく呟く。— いったいどんな男になるのかしらね、ニマリ。廊下では、私は居間へ向かって早足で進んでいた。ノヴァが必死について来る。— ニマリ、少しゆっくり歩いて。
「くそっ……」
私は心の中で毒づいた。
「腹が立つ。でも、あの女は本当に強い。ただ向き合うだけで手が震えるなんてな……」
私は居間の扉を開いた。父が酒を飲んでいる。向かいにはフードの女とレオナルドがいた。三人は同時にこちらを向く。
vまた酒かよ。
「ニ!! 目が覚めたのか!?」
私は近づいた。
そして何かがおかしいことに気づく。
テーブルの端に座り、率直に尋ねた。
「俺が寝ている間に何かあったのか?」
私はレオナルドを見た。彼は年老いていて、秘密を抱えておけるタイプではない。
じっと見つめる。父は彼が今にも口を滑らせそうだと察したらしい。やがてため息をついた。
「お前の姉の夫が捕まった。」
部屋の空気が重くなる。
「そして、ミライ軍に情報を流した可能性が高い。
父は続けた。
「今入っている情報によれば、奴らは今夜この屋敷を襲撃するつもりだ。」
「姉さんはどこだ?」
「 今は自宅にいる。」
「 カムイが解放されたのは今朝だ。」
「 奴らはもう、お前の存在を知っている。」
私は立ち上がり、そのまま出口へ向かった。
「 どこへ行く気だ!!」
父の声が飛ぶ。
私は振り返った。
「 あんたたちが酒を飲んでいる間に――」
私は静かに言った。
「 俺は姉さんのところへ行く。」
「 外へ出るのは危険だ。」
「 ……」
私は何も答えなかった。
そのまま居間を出る。入口にはノヴァだけが立っていた。胸に手を当てながら、こちらを見ている。私は彼女へ視線を向けた。その時になって初めて気づいた。彼女は金色の花模様が入った赤い着物を着ていた。驚くほどよく似合っていた。— ここにいてくれ。すぐ戻る。
「 私も一緒に行く。」
「 衛兵たちもお前のことを知っている。二人で行けば、それだけ目立つだけだ。」
私は草履を履いて立ち上がった。
すると、彼女が私の腕を掴んだ。
「 聞いて。」
彼女の声は震えていた。
「 あなたまで、みんなみたいにいなくなってほしくないの。」
彼女は唇を噛みしめる。
「 二日前、あの女に撃たれた時……本当に死んだと思ったんだから。」
私は一度視線を床へ落とした。
それから顔を上げる。
目標から目を逸らすつもりはない。
「 ノヴァ。」
私は静かに言った。
「 様子を見に行かなきゃならない。」
「 あれは俺のせいなんだ。」
「 だから彼にあんなことが起きた。」
「 だから何よ!」
ノヴァは声を荒げた。
「 あなただって、少しくらい自分勝手になっていいじゃない!」
私は振り返り、彼女の胸元にそっと手を置いた。
「 俺に、お前の英雄をやらせてくれ。」
涙がノヴァの頬を伝う。私は背を向けた。扉を開き、そのまま外へ出る。
閉まる扉の向こうに、泣き続ける彼女を残して。しばらくして、フードを被った女が現れ、彼女を慰めた。本当は分かっている。私は姉に会いに行くのではない。家族を傷つけたあの女を追うために出るのだ。
処刑人。
かつての宿主の元妻。あの女こそが私の敵だ。平穏に家族と生きるためには、彼女を止めなければならない。彼女がいなければ、ミライは思うように動けなくなる。屋敷の門の前で、私は腰の剣を確かめた。 しっかりと鞘に収まっている。そして顔を上げる。
「 死ぬわけにはいかない。」




