「不穏」
(あーー…頭が痛い……)
昨夜は池田と飲みに行き、記憶がところどころ曖昧だ。
完全に二日酔い。最悪の朝だった。
律からの連絡は、まだない。
あの耳打ちしていた女性――一体誰なんだろう。
こめかみを押さえながらベッドから起き上がったそのとき、
着信音が鳴った。
画面には「恭兵」の名前。
「もしもし…」
「あ、蘭。いまから少し出て来れるか?」
「え?なにかあったの?」
恭兵の声の調子に、蘭の胸にざわりと黒い予感が走った。
***
呼ばれて向かった先は――病院だった。
(なんで…病院?)
待合室の椅子に座る恭兵が見えた。
蘭に気づくと、彼はゆっくり立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
「恭兵さん、どうしたんですか?なんで病院にいるんですか?」
「……昨夜、律が事故にあったんだ」
「……え? いま…なんて言った? 事故? 律が…?」
思考が凍りつき、身体が動かなくなった。
恭兵はそんな蘭の肩をそっと抱き、導くように歩き出した。
「行こう。病室に」
病室の扉を開けた瞬間、
ベッドで眠る律の姿が目に飛び込んできた。
点滴、白いシーツ、静かな呼吸。
「あ……律……」
膝から力が抜けそうになりながら近づき、
蘭は律の手を握りしめて額を寄せた。
溢れる涙が止まらない。
そんな蘭の背中に、恭兵の声が落ちてきた。
「昨夜、会社の懇親会のあと、みんなで帰ってる途中でな。
柏木貴子っていう子が道に飛び出したんだ。
それを律が助けようとして……巻き込まれたらしい」
蘭は息を飲んだ。
「同僚の話だと、どうもその子、律に迫ってたらしい。
律は“付き合ってる人がいる”ってちゃんと断ったんだけど…
そしたら彼女、急に道路に飛び出して――」
恭兵は事実を包まず話してくれた。
蘭の胸の中で、怒りと恐怖が渦を巻いた。
律の身を案じる気持ちと、
身勝手な行動をしたその女への怒りで、
胸が煮え立つようだった。
しばらく沈黙したのち、蘭は静かに尋ねた。
「その女性は?いまどこにいるの?」
「……軽症だったから帰らせたよ。
蘭に会わせるわけにはいかないだろ」
「……そう」
それ以上、言葉が出なかった。
「律の容態は?」
蘭は震える声で聞いた。
「頭を打ったみたいでな。検査入院だ。
いまは眠ってる」
恭兵の声は落ちついていたが、その奥に不安が滲んでいた。
「……わかった」
いまはただ、
――律が目を覚ましてくれることを祈るしかなかった。




