第98話 地図にない道
「数え切れません」
そう答えると、フェリシアとルナの表情が変わった。
「そんなにいるんですか?」
「はい。ただ、かなり離れています」
《魔力感知》で分かるのは、いくつもの反応が重なっていることだけだ。正確な数までは分からない。
「この先?」
ルナが暗い通路を見る。
「そうだと思います」
「風も向こうから来てるよ」
地図には存在しない通路。その途中には、本来なら八階付近にいるはずのアーマーリザードまでいた。
「もう少しだけ確認しましょう」
「奥まで行くんですか?」
フェリシアが聞く。
「いえ。通路がどこへ続いているのかと、大量の反応が何なのか。それだけ確認したら戻ります」
「その方がいいですね」
「うん。私も賛成」
今回は討伐ではなく調査依頼だ。
危険を冒して原因まで突き止める必要はない。
倒したアーマーリザードを《収納》へ入れ、俺たちはさらに奥へ進んだ。
◇
通路は少しずつ狭くなっていった。
白っぽかった岩壁には黒い岩が混じるようになり、所々から水が染み出している。
一階のような整った凹凸もなく、足元には大小の石が転がっていた。
「ここ、一階の通路とは全然違いますね」
フェリシアがランタンを壁へ近づける。
「自然にできた洞窟みたい」
ルナが岩肌に触れる。
「私もそう思います」
地図にないのも当然なのかもしれない。
さらに進んだ時だった。
俺の足元にあった小石が前へ転がる。
カラッ。
その音が突然消えた。
「……待ってください」
「どうしました?」
「前に道がありません」
ランタンを前へ出す。
通路はそこで途切れ、その先には真っ暗な穴が開いていた。
三人で慎重に縁へ近づく。
「深いですね……」
フェリシアが下を覗き込む。
ランタンの光では底まで見えない。
ルナの髪がふわりと揺れた。
「風、下から来てる」
「下から?」
「うん。結構強い」
俺も《魔力感知》へ意識を向ける。
「……なるほど」
「何か分かりました?」
「さっき感じた大量の反応、もっと下です」
「この穴の下?」
「少なくとも方向はそうです」
今まで通路の奥にいると思っていた。
でも実際には、かなり下から感じているらしい。
足元から石を一つ拾い、穴へ落とす。
しばらくして、
カンッ。
さらに転がる音が続いた。
「底はありますね」
「でも飛び降りるのは無理ですよ」
フェリシアが言う。
「もちろんです」
《収納》を開いた。
中からロープを取り出す。
「あ、それ」
フェリシアも覚えていたようだ。
「まだ持ってたんですね」
「使ってませんでしたから」
「やっぱり《収納》いいなあ……」
ルナがロープを見る。
穴の周囲を調べる。
少し離れた場所に、大きな岩の突起が二つあった。
どちらも地面と一体になっていて、押しても蹴っても動かない。
「ここなら大丈夫そうですね」
一つ目にロープを何重か回して結び、さらにもう一つの岩にも通す。
強く引く。
動かない。
「念のため、先にロープを下ろしてみます」
穴へ落としていく。
ロープは途中で止まらず、やがて手元の重さが変わった。
「底まで届きました」
「じゃあ下りられますね」
「俺が先に行きます」
「アレンさんが?」
「下が安全か分かりませんから。俺が確認してから二人を呼びます」
「一人で大丈夫?」
ルナが聞く。
「近くに魔物がいれば《魔力感知》で分かります。それに、何かあった場合は俺が一番対応しやすいです」
二人とも少し考えたあと、頷いた。
「気をつけてください」
「はい」
「落ちないでよ」
「そのためにロープを使うんです」
竜爪剣が邪魔にならないことを確認して、ロープを握る。
「行きます」
身体を穴の中へ下ろした。
岩壁にはいくつも凹凸がある。足を掛けられる場所を探しながら、少しずつ下りていく。
下へ。
さらに下へ。
上を見る。
穴の縁から、フェリシアとルナがこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
今の身体なら、ロープを握っている腕にもほとんど負担を感じない。
それでも急がない。
しばらく下りると、足の裏に硬い感触があった。
地面だ。
「着きました!」
すぐに《収納》からランタンを出し、周囲を照らす。
岩に囲まれた小さな空間があり、その先にはさらに洞窟が続いていた。
近くに魔物の反応はない。
「大丈夫です! フェリシアさん、下りてきてください!」
「はい!」
少しして、フェリシアが姿を現した。
「思ったより高いですね……」
「ゆっくりでいいですよ」
「はい」
フェリシアも《共有》で身体能力が大きく上がっている。
慎重ではあるが、危なげなくロープを伝って下りてきた。
「着きました」
「大丈夫ですか?」
「はい」
二人で上を見る。
「ルナ、どうぞ!」
「今行く!」
最後にルナが下りてくる。
速い。
岩へ足を掛けながら、軽い動きでどんどん距離を詰めてくる。
「ルナ、急がなくていいですよ!」
「平気だって!」
あと少しというところで、ルナが下を見た。
「これくらいならもう飛び――」
「駄目です」
「まだ最後まで言ってないでしょ!」
「飛び降りようとしてましたよね?」
「……アレンは過保護だな」
「最後までロープでお願いします」
「はーい」
ルナも地面へ降りた。
「これくらいなら本当に平気だったのに」
「まだ身体が強くなって二日目ですからね」
「もう結構慣れたよ」
「昨日は後ろに飛びすぎてましたよね?」
「昨日は昨日!」
フェリシアが横で小さく笑っている。
「ロープはどうします?」
「このまま残しておきます」
俺は上へ続くロープを見る。
「帰りもここを使います。これが今のところ一番確実な退路ですから」
「そうですね」
三人で周囲を確認する。
一階とは景色がまるで違っていた。
岩は黒に近い灰色で、壁の所々を湿った苔が覆っている。
天井からは太い木の根のようなものが垂れ下がり、どこか遠くから水の流れる音も聞こえた。
「ずいぶん下まで来ましたね」
フェリシアが上を見る。
「しかも、まだ続いてる」
ルナが前方を指した。
穴の底から続く洞窟は、さらに緩やかな下り坂になっている。
「風もあっち」
「魔物の反応も同じ方向です」
「まだ下なの?」
「みたいですね」
何階相当の深さなのかは分からない。
ただ、かなり深い場所へつながっているのは間違いなさそうだ。
「さっき言った通り、正体を確認できたら戻りましょう」
「はい」
「分かった」
三人で先へ進んだ。
◇
洞窟は曲がりながら、さらに下へ続いていた。
途中には地下水が細い流れを作っている場所もある。
足元にはいくつもの足跡が残っていた。
「これ、アーマーリザードかな」
ルナが大きな跡を指す。
「多分そうですね」
その横には、形の違う足跡もある。
「こっちは四本指です」
フェリシアがしゃがみ込む。
「こっちはもっと大きいよ」
一種類ではない。
しかも足跡は上へ向かうものと、さらに下へ向かうものが混ざっている。
「色々な魔物がここを通ってるみたいですね」
「この道が一階までつながったから、上にも魔物が増えたんでしょうか」
「可能性はありそうです」
まだ断定はできない。
なぜこの洞窟が一階とつながったのかも分からない。
ただ、今回の異変と無関係とは思えなかった。
さらに進む。
「止まってください」
《魔力感知》に反応が入った。
「前?」
ルナが弓へ手を伸ばす。
「一体だけです」
曲がり角から先を覗く。
少し離れた場所をアーマーリザードが歩いていた。
こちらには気づいていない。
「どうします?」
フェリシアが小声で聞く。
「避けます」
「倒さないの?」
「今日は調査です。必要のない戦闘はしない方がいいです」
「分かった」
三人で身を隠し、アーマーリザードが横穴へ入るのを待つ。
姿が完全に見えなくなってから進んだ。
その後も何度か魔物の反応を感じたが、距離を取ってやり過ごした。
やがて。
「アレン」
ルナが突然腕を伸ばした。
「どうしました?」
「この先、急に広くなってる」
「分かるんですか?」
「風の流れが変わった。今までみたいな細い道じゃない」
ルナが目を細める。
「かなり広いと思う」
《魔力感知》へ意識を集中する。
すぐに分かった。
「……ここですね」
「何がです?」
「上で感じた大量の反応です」
フェリシアがロッドを握り直した。
「近いんですか?」
「はい」
「どうします?」
少し考える。
「姿だけ確認します。何がいるか分かったら、すぐ戻りましょう」
二人が頷いた。
足音をできるだけ立てずに進む。
道幅が少しずつ広くなる。
やがて前方に淡い光が見えてきた。
「明かり……?」
フェリシアが小さな声で言う。
ランタンを消した。
それでも周囲は完全な闇にはならない。
壁に生えた青白い苔が、かすかな光を放っている。
その先へ進む。
そして、巨大な空間の手前で足を止めた。
「……何、これ」
ルナが息を呑む。
想像していたより、はるかに広かった。
天井は高く、反対側の壁が青白い光の向こうにぼんやりと見える。
しかし、目を奪われたのは広さではない。
魔物がいた。
十体や二十体ではない。
手前の岩場には、何体ものアーマーリザード。
少し離れた場所には、大型の蜘蛛のような魔物が群れている。
さらに奥には、太い角を持った四足の魔物。
別の岩陰にも、いくつもの大きな影が動いていた。
同じ場所に固まっているわけではない。
広大な空間のあちこちを、それぞれ別の魔物の群れが占めている。
「こんなに……」
フェリシアが呟く。
《魔力感知》で感じていた大量の反応。
ようやくその正体が分かった。
「何体いるの?」
ルナが聞く。
「分かりません」
「五十くらい?」
「それ以上いるかもしれません」
ここまで確認すれば十分だ。
「戻りましょう」
「はい」
「うん」
三人で静かに後ろへ下がる。
その時だった。
カラッ。
ルナの足元にあった小石が転がった。
「……!」
岩にぶつかる。
小さな音だった。
しかし、広間の手前にいたアーマーリザードがゆっくりこちらを向いた。
一体、隣にいたもう一体も顔を上げる。
「アレン……」
「動かないで」
低い唸り声が響いた。
グルルルル……。
次の瞬間、一体が大きく吠えた。
「ギャアアアッ!」
広間の空気が変わった。
近くにいたアーマーリザードたちが一斉に立ち上がる。
その音に反応して、離れた場所にいた蜘蛛の群れまで動き始めた。
さらに奥。
角を持つ魔物たちもこちらへ顔を向ける。
「……まずいですね」
フェリシアがロッドを構えた。
「これ、全部気づいた?」
ルナも弓を構える。
《魔力感知》の反応が一斉に動き始める。
一体。
二体。
十体。
その向こうでも、いくつもの群れが動いている。
地面が震え始めた。
「下がってください!」
竜爪剣を抜く。
青白い光に照らされた巨大な空間で、数え切れない魔物の群れがこちらへ動き出した。
【保有:38,490P】
【累計獲得P:316,700P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




