第97話 東部ダンジョンの異変
新連載はじめました!
『王女殿下、まずは拳をお下げください ~転生執事と最強王女の成り上がり~』という作品です。
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町の東門を出てから、一時間ほど歩いた。
街道から脇道へ入り、なだらかな丘をいくつか越えたところで、岩山の麓に人が集まっているのが見えてきた。
「あそこみたいですね」
フェリシアが言う。
岩山の斜面には、人が何人も並んで通れそうな大きな穴が開いていた。
その前には木造の詰め所があり、武器を持った冒険者たちが何組か出入りしている。
「ベルガントのダンジョンとは結構違うね」
ルナが入口を見上げる。
「向こうはもっと冒険者が多かったですからね」
ベルガント西部ダンジョンは、朝から大勢の冒険者が出入りしていた。
それに比べると、ここはかなり静かだ。
俺たちは入口横の詰め所へ向かった。
「東部ダンジョンの調査依頼を受けてきました」
依頼書を見せる。
中にいた職員が確認して頷いた。
「三名ですね。ギルドから連絡は来ています」
「浅い階層で魔物が増えていると聞きました」
「はい」
職員が机の上に置かれた記録を開く。
「特に一階と二階です。一階でしたら、一度に遭遇するのは一体から三体程度が普通です。
しかし、ここ数日は五体以上の群れを見たという報告が何件も入っています」
「種類は?」
ルナが聞く。
「今のところ、一階や二階にいるはずの魔物ばかりです。ただ、とにかく数が多い」
「原因はまだ分かってないんですよね?」
「分かっていません。ですから今回は討伐だけではなく、内部に何か変化がないかも調べてください」
「分かりました」
一階の地図と、これまで確認されている魔物の記録にも目を通す。
中央の通路から何本か道が分かれ、奥には二階へ下りる階段がある。
「行きましょうか」
「はい」
「うん」
三人でダンジョンへ入った。
◇
中へ入った途端、空気がひんやりした。
ベルガント西部ダンジョンより通路は狭い。
壁も床も白っぽい岩でできていて、表面には何かで削ったような凹凸が残っている。
「雰囲気が全然違いますね」
フェリシアが周囲を見る。
「同じダンジョンでも色々あるんですね」
ルナは天井や壁の方を見ていた。
「風がある」
「入口から入ってきてるんじゃないですか?」
「それだけじゃない気がする」
「分かるんですか?」
「うん。でも、まだ弱すぎてどこから来てるのかまでは分からない」
《風読み》はこんな場所でも使えるらしい。
フェリシアがランタンを持ち、俺が先頭を歩く。
ルナはその少し後ろだ。
数分進んだところで、《魔力感知》に反応があった。
「前にいます」
「何体?」
「六体です」
「もう?」
ルナが眉を上げる。
通路の先から低い唸り声が聞こえてきた。
暗闇の中にいくつもの目が浮かぶ。
黒っぽい毛をした狼型の魔物だ。
「ケイブハウンドですね」
フェリシアが言う。
一体一体は昨日戦った狼型の魔物より小さい。
でも六体いる。
「来ます!」
二体が俺へ走ってくる。
竜爪剣を抜く。
一体目の飛びかかりを横へ外し、そのまま首を斬った。
【100P獲得】
二体目へ剣を返す。
【100P獲得】
「左!」
ルナの声。
壁際を抜けてフェリシアへ向かおうとしていた一体の首へ矢が刺さった。
「こっちは任せて」
「お願いします!」
残る三体へフェリシアがロッドを向ける。
「《魔弾》!」
三つの魔弾が飛ぶ。
一体が吹き飛び、もう一体も横腹に受けて倒れた。
最後の一体が俺へ向かう。
踏み込み、すれ違いざまに斬る。
【100P獲得】
静かになった。
「終わりましたね」
「早い……」
ルナが倒れた魔物を見る。
「昨日も思ったけど、三人だと戦いやすいね」
「俺もそう思います」
前に集中できる。
横を抜けようとする相手はルナが見ている。
少し離れた敵にはフェリシアの《魔弾》が届く。
三人で正式な依頼を受けるのは今日が初めてだが、昨日よりさらに動きやすく感じる。
「それにしても、最初から六体でしたね」
フェリシアが言う。
「報告通りみたいです」
倒した魔物を《収納》へ入れ、さらに奥へ進んだ。
◇
それからも《魔力感知》に何度も反応があった。
「右の通路に二体います」
地図へ印をつける。
さらに進む。
「今度は五体ですね」
「また多いですね」
姿が確認できる位置まで近づき、数と種類だけ確かめて引き返す。
今回の目的は調査だ。
見つけた魔物をすべて倒す必要はない。
少し先では四体の反応もあった。
「一階だけでかなりいますね」
フェリシアが言う。
「受付で見せてもらった記録とは明らかに違います」
「これだけ多いなら、報告が続くのも分かるね」
ルナも地図を見る。
まだ一階の半分ほどしか歩いていない。
それなのに、確認した数はすでに普段よりかなり多い。
「もう少し調べてみましょう」
三人で先へ進んだ。
しばらくすると、通路が三方向に分かれた。
地図を取り出す。
「正面が二階へ続く道ですね」
「左は?」
「小部屋があるみたいです」
「右は?」
「行き止まりです」
そう答えた時だった。
「……待って」
ルナが右を向いた。
「どうしました?」
「風が来てる」
「右から?」
「うん」
ルナが行き止まりの方へ歩いていく。
俺たちもあとを追った。
地図通り、十メートルほど先で岩壁に突き当たる。
「やっぱり行き止まりですよ?」
フェリシアが言う。
「でも、風はここから来てる」
ルナが壁の前でしゃがみ込んだ。
「下の方」
指さした先を見る。
岩と岩の間に細い亀裂が走っている。
足元には崩れた小さな石も落ちていた。
「ここから?」
「うん。向こうから流れてきてる」
俺にはほとんど感じられない。
でもルナは迷わず亀裂を見ている。
「壁の向こうに空間があるんでしょうか」
「多分」
《鑑定》を使う。
【ダンジョンの壁】
表示はそれだけだった。
「《鑑定》では分からないですね」
「向こうに何かいる?」
ルナに聞かれ、《魔力感知》へ意識を向ける。
「……います」
「魔物?」
「はい」
一体。
二体。
さらに奥にも反応がある。
「少なくとも五体以上」
フェリシアが地図と壁を見比べる。
「でも、ここには何も書かれてません」
「最近できたのかな」
ルナが亀裂の周りを見る。
よく確認すると、一部の岩が手で触れただけでも動くほど緩んでいる。
「崩れかけてますね」
大きめの岩へ手をかける。
「気をつけてください」
「はい」
力を入れると、岩が簡単に外れた。
その奥に黒い空間が見える。
「穴があります」
「やっぱり」
ルナがしゃがんで覗き込む。
「奥から風が来てるよ」
もう何個か崩れかけた岩を外していく。
やがて、人が一人通れるほどの隙間ができた。
その向こうには、確かに通路が続いている。
「地図にないですね」
フェリシアがもう一度地図を見る。
「どうします?」
ルナが聞く。
《魔力感知》では、奥にまだ反応がある。
「調査依頼ですし、少し確認しましょう。ただし危険そうならすぐ戻ります」
「分かりました」
「うん」
三人で穴を抜けた。
◇
向こう側の通路は、これまでよりさらに狭かった。
壁には湿気があり、所々から水が染み出している。
足元には細かな石が散らばり、誰かが頻繁に通っている様子もない。
「本当に知られてない通路みたいですね」
「入口が塞がってましたからね」
先へ進む。
奥にある魔力の反応が少しずつ近づいてくる。
「そろそろです」
そう言った直後だった。
ガリッ。
ガリッ。
硬いものが岩を擦るような音がする。
「何?」
ルナが弓を構えた。
暗闇から、大きな蜥蜴が姿を現す。
体長は二メートル近い。
頭から背中にかけて、灰色の分厚い甲殻に覆われていた。
「……アーマーリザード?」
フェリシアが声を上げる。
「さっき見せてもらった記録にありました。でも……」
「何かおかしい?」
「これは一階にいる魔物じゃありません。記録では八階付近から確認されてます」
「八階?」
ルナがアーマーリザードを見る。
「それが何で一階にいるの?」
「分かりません」
しかも地図にない通路だ。
やっぱり何かがおかしい。
アーマーリザードがこちらへ顔を向けた。
「来ます!」
地面を蹴る。
大きな身体の割に速い。
俺が前へ出た。
竜爪剣を振る。
ガキンッ!
「硬い!」
刃は入った。
だが浅い。
アーマーリザードが身体を回し、太い尻尾を振る。
後ろへ下がってかわす。
「頭を狙います!」
フェリシアがロッドを向ける。
「《魔弾》!」
ドンッ!
魔弾が頭部の甲殻へ直撃した。
アーマーリザードがよろめく。
「もう一発!」
ドンッ!
二発目。
甲殻に亀裂が走った。
「ルナ!」
「見えてる!」
ルナがすでに弓を引いていた。
矢が飛ぶ。
狙ったのは甲殻ではない。
その横にある目。
「ギャアッ!」
矢が突き刺さった。
アーマーリザードが首を振って暴れる。
今だ!
一気に距離を詰める。
フェリシアが作った亀裂のすぐ下。
甲殻の切れ目へ竜爪剣を振り抜いた。
ズバッ!
刃が深く入る。
もう一歩踏み込み、そのまま首を斬った。
巨体が岩床へ崩れる。
【900P獲得】
「倒した……」
ルナが弓を下ろす。
「はい。三人だと倒しやすいです」
俺が言うと、フェリシアが頷いた。
「アレンさんが正面を止めてくれるので、私は狙って撃てます」
「私も」
ルナが倒れたアーマーリザードを見る。
「前に誰かいてくれると、弱いところを探す時間が作れるからね」
三人それぞれの役割が少しずつ見えてきた。
でも、今はそれ以上に気になることがある。
「問題はこっちですよね」
フェリシアがアーマーリザードを見る。
「八階付近にいるはずの魔物が一階にいる」
「それも地図にない通路で」
ルナが奥へ顔を向けた。
「風は?」
「まだ続いてる」
「どこまでです?」
「分からない。でも、かなり奥から来てる」
俺も《魔力感知》を広げる。
「……え?」
「どうしました?」
さらに意識を集中する。
一体。
二体。
三体。
そんな数ではない。
「アレン?」
ルナもこちらを見る。
「奥に魔物がいます」
「何体ですか?」
「かなり多いです」
「十体くらい?」
「いえ」
反応が重なっている。
十や二十ではないかもしれない。
「数え切れません」
二人の表情が変わった。
ルナが暗い通路の奥を見つめる。
「……風も、ずっと向こうから来てる」
地図には存在しない通路。
一階にいるはずのない魔物。
そして、その奥に集まっている大量の反応。
今回の依頼は、思っていたよりずっと大きな話になりそうだった。
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