第89話 従魔?
西部ダンジョンを出たあと、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
中へ入ると、いつもの受付嬢がこちらに気づく。
「お帰りなさい。今日はどこまで行かれたんですか?」
「三十階までです」
「では、最下層まで行かれたんですね」
「はい。下へ続く階段はありませんでした」
以前にも三十階まで到達した冒険者がいるので、最下層であること自体はギルドも把握している。
「それと、階層主が出ていました」
「もしかして、ゴールデンゴーレムですか?」
「はい」
「以前、クロードさんたちが倒したあと、しばらく出現報告がなかったんですが……また出ていたんですね」
やっぱり十階や二十階と同じらしい。
階層主は一度倒されても、時間が経てば再び現れる。
「討伐されたんですよね?」
「はい」
「やっぱり」
受付嬢が少し笑った。
「もう驚かないんですか?」
「驚いてはいます。でも、お二人が三十階まで行ったと聞いた時点で、倒して戻ってこられたんだろうなと思いました」
「そうですか」
「ゴールデンゴーレムの素材も回収されました?」
「丸ごと《収納》に入れてあります」
「丸ごと……」
一瞬だけ受付嬢の表情が止まった。
でも、昨日ほどではない。
「今回は売らずに持っておこうと思います」
「そうなんですか?」
「何に使える素材なのか、まだ分かりませんから。
必要になった時のために残しておこうかなと」
「それがいいかもしれません。ゴールデンゴーレムの素材は、滅多に手に入るものではありませんから」
「じゃあ、このまま持っておきます」
今は金にも困っていない。
竜爪剣だって、レッドドラゴンの素材を残していたからこそ作ることができた。
使い道の分からない希少な素材なら、無理に金へ換えるより《収納》へ入れておいた方がいい。
ゴールデンゴーレムとの戦闘や転移石について報告を済ませ、ギルドを出た。
◇
その日の夜。
《銀麦亭》の食堂で、フェリシアと夕食を食べていた。
「これで西部ダンジョンも一番下まで行きましたね」
「ですね」
ベルガントへ来たばかりの頃は、三階へ行くだけでも慎重だった。
それが今では最下層の三十階まで行き、階層主まで倒した。
冒険者ランクもAになった。
装備も揃っている。
金も十分にある。
「フェリシアさん」
「はい?」
「そろそろ、ベルガントを出ませんか?」
フェリシアがスプーンを止めた。
「別の場所へ行くんですか?」
「はい。ここでできることは、かなりやったと思うんです」
「確かにそうですね」
西部ダンジョンは最下層まで攻略したし、周辺の依頼も何度も受けた。
Aランクになった今なら、もっと遠くへ行くこともできる。
「フェリシアさんは、行ってみたい場所あります?」
「すぐには思いつきませんけど……私も別の国や街は見てみたいです」
「俺もです」
《収納》があるから長旅でも荷物には困らない。
旅費を心配する必要もないので、あとは行き先を決めるだけだ。
そんなことを考えていると、少し離れたテーブルから冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「セルヴァンまで行ったんだろ?」
「ああ。さすがに遠かったけどな」
セルヴァン王国。
その名前は当然知っている。
ヴァルディス家にいた頃、周辺国については一通り習った。聖教領ミラディアのさらに南にある国だ。
向かいに座るフェリシアも特に反応していない。
フェリシアも宰相の家で育っているので、セルヴァン王国のことは知っているはずだ。
「何か面白いものあったか?」
「色々あったけど、一番驚いたのは冒険者だな」
「冒険者?」
「あっちじゃ、魔物を連れて歩いてる奴がいるんだよ」
そこで手が止まった。
「魔物?」
「ああ。従魔って呼んでた。ちゃんと人間の言うことを聞くんだ」
「……従魔?」
思わず口に出した。
フェリシアもこちらを見る。
「アレンさん、従魔って知ってました?」
「いえ。フェリシアさんは?」
「私も初めて聞きました」
セルヴァン王国そのものは知っている。
でも、魔物を従える冒険者がいるなんて習ったことはない。
魔物はこれまで何度も倒してきた。俺にとっては、基本的に襲ってくる相手だ。
それを人間が従える?
気になった。
俺は隣のテーブルへ声をかける。
「すみません。その従魔というのは、魔物を人間が従えているんですか?」
「ああ」
冒険者の男が頷いた。
「俺が見たのは狼みたいな魔物だったな。呼べば来るし、指示すれば戦う。普通に仲間みたいだったぞ」
「その人だけが特別だったんですか?」
「詳しいことまでは知らねえけど、セルヴァンじゃ他にも何人か見たぞ。
こっちより従魔を連れた冒険者は多いんじゃないか?」
「そうなんですね」
「興味あるのか?」
「あります」
「なら一度行ってみればいい。あそこは食事もうまいし、強い魔物も多いぞ」
「ありがとうございます」
礼を言って、自分たちのテーブルへ戻る。
「魔物を従える、か……」
「気になりますね」
フェリシアも興味を持ったようだ。
「どうやって従えるんでしょう?」
「スキルなのか、魔法なのか、それ以外なのかも分かりませんね」
「一緒に戦ってくれるなら、心強そうです」
「ですよね」
今まで戦ってきた魔物を思い出す。
強い魔物はいくらでもいた。もし、そんな魔物を味方にできる方法があるなら、一度見てみたい。
「セルヴァン王国か……」
遠い。
ここからなら、まず聖教領ミラディアへ入り、そこからさらに南へ進むことになる。
「フェリシアさん」
「はい」
「行ってみませんか? セルヴァン王国」
フェリシアは少しだけ目を見開いたあと、すぐに頷いた。
「私も行ってみたいです。従魔も見てみたいですし、それにセルヴァンへ行くならミラディアを通りますよね?」
「はい」
以前、ベルガントの南にある森へ行った時、遠くにミラディアの白い塔を見たことがある。
あの時、二人でいつか行ってみたいと話した。
「前に話しましたよね」
「はい。いつか行ってみたいって」
「ちょうどいいですね」
「私もそう思います」
セルヴァン王国まで行くなら長い旅になる。でも、今の俺たちなら問題ない。
「じゃあ、決まりですね」
「はい」
「その前に、挨拶しておきたい人がいます」
フェリシアもすぐに分かったらしい。
「伯爵様と、クロードさんたちですね」
「はい。何も言わずにいなくなるのは嫌なので」
「私もそう思います」
明日、出発の準備をしてから挨拶へ行くことにした。
◇
翌朝。
旅に必要な食料や水を買い足したあと、俺とフェリシアはベルガント伯爵邸を訪れた。
門で名前を告げると、しばらく待ったあと中へ通される。
案内された応接室には、ベルガント伯爵がいた。
「どうした? 今日は何か報告があったか?」
「いえ。今日はご挨拶に来ました」
「挨拶?」
「ベルガントを離れようと思っています」
伯爵が少しだけ目を見開いた。
「そうか」
「はい。セルヴァン王国まで行ってみようと思っています」
「セルヴァンか。随分と遠くへ行くんだな」
「途中でミラディアにも寄るつもりです」
「なるほど」
伯爵は少し考えたあと、俺たちを見る。
「ベルガントへ来た時、君たちはまだ駆け出しに近い冒険者だったな」
「はい」
「それが戦争へ行き、Aランクになり、西部ダンジョンの最下層まで攻略した。短い間に随分変わったものだ」
自分でもそう思う。
「ここでは本当にお世話になりました」
「戦争のことも、森林調査のことも、俺たちだけではできませんでした。ありがとうございました」
二人で頭を下げる。
「礼を言うのはこちらの方だ。君たちには何度もベルガントのために働いてもらった」
伯爵が少し笑う。
「冒険者なら、一つの街にずっと留まる必要もない。行きたい場所があるなら行ってくればいい」
「はい」
「またベルガントへ来ることがあれば、顔を出してくれ」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
伯爵へもう一度頭を下げ、屋敷を後にした。
◇
そのまま冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けると、奥のテーブルに見覚えのある四人がいた。
クロードさん。
ボルクさん。
リディアさん。
セシルさん。
《銀狼》の四人だ。
「クロードさん」
「ん?」
クロードさんがこちらを見て手を上げる。
「おお、アレン。フェリシアも。どうした?」
「ちょうどよかったです」
「何が?」
「俺たち、ベルガントを出ることにしました」
「え?」
ボルクさんまでこちらを見る。
「出るって、どこ行くんだ?」
「セルヴァン王国です」
「セルヴァン!?」
ボルクさんの声がギルド内に響いた。
「遠いところまで行くのね」
リディアさんが言う。
「はい。少し気になることがあって」
クロードさんが椅子の背にもたれながら俺たちを見る。
「そうか。まあ、お前たちもAランクだしな。いつまでもベルガントにいる必要はないか」
「クロードさんたちには、かなりお世話になったので、出る前に挨拶しておきたかったんです」
「改まって言われると変な感じだな」
クロードさんが笑った。
「最初に会った頃は、本当に冒険者を始めたばかりだったのにな。気づいたら俺たちと同じAランクだ」
「色々ありましたからね」
「ありすぎだろ」
ボルクさんが笑う。
クロードさんは少しだけ表情を柔らかくした。
「国外へ出れば、今までとは勝手が違うこともあるだろう。お前たちなら大丈夫だとは思うが、無茶はするなよ」
「はい」
「分かりました」
「フェリシアも気をつけてね」
リディアさんが言う。
「はい。ありがとうございます」
「今度会った時、セルヴァンの話を聞かせて」
セシルさんも言った。
「もちろんです」
「土産話、いっぱい持ってこいよ!」
いつもの調子に、思わず笑ってしまう。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ。またな」
「気をつけろよ!」
《銀狼》の四人に手を振り、ギルドを出た。
◇
ベルガントの南門。
何度も通った道の先に、南へ続く街道が伸びている。
フェリシアが隣に立つ。
「本当に出るんですね」
「はい」
ベルガントへ来てから、本当に色々なことがあった。
ダンジョンへ潜った。
戦争にも行った。
Aランクになった。
そして今度は、国を越えてさらに南へ向かう。
「行きましょうか」
「はい」
俺たちは南へ続く街道を歩き始めた。
まずは聖教領ミラディアへ。その先にあるセルヴァン王国で、魔物を従えるという「従魔」をこの目で見てみたい。
次の目的地は、セルヴァン王国だ。
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