第87話 三十階への準備
翌朝。
朝食を済ませた俺とフェリシアは、冒険者ギルドへ向かった。
昨日持ち込んだ二十一階から二十六階までの魔物。
あれだけの量だったので査定が終わっているか少し心配だったけど、ギルドへ入ると昨日の受付嬢がこちらへ気づいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「昨日の素材ですが、査定が終わりました」
「もう終わったんですか?」
「人を増やして作業しましたから。解体担当はかなり大変だったみたいですけど」
「すみません」
昨日の職員の顔が浮かぶ。
「買取額はこちらになります」
一枚の紙を差し出された。
【素材買取総額:14,860,000ジェニー】
「千四百八十六万……」
フェリシアが紙を見つめる。
「やっぱり深層は高いですね」
「二十一階以降の素材は流通量が少ないものも多いですから。
ただ、昨日お話しした通り、この量が何度も続けば今後も同じ価格で買い取れるとは限りません」
「分かりました」
「今回はこの金額で大丈夫なんですね?」
「はい」
二人で分ければ、一人七百四十三万ジェニー。
かなりの金額だ。
しばらくすると、金貨や銀貨の入った袋が運ばれてきた。
「こちらで半分ずつになります」
「ありがとうございます」
フェリシアの分も含め、ひとまず《収納》へ入れる。
大金をギルド銀行へ預けていた頃と違い、今は《収納》がある。
盗まれる心配もないし、重さを気にする必要もない。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
これで昨日の探索については全部終わった。
次は三十階を目指す。
◇
ギルドを出たあと、ポーションや食料を買い足した。
前回は二十六階で引き返した。
まだ戦えたけど、フェリシアの魔力はかなり減っていたし、俺も疲れていた。
三十階に何がいるか分からない以上、今度はできるだけ余裕を残した状態でたどり着きたい。
「ポーションはこれくらいで大丈夫そうですか?」
「十分だと思います」
「食料と水もありますね」
「はい。全部《収納》に入れてあります」
答えてから、ふと思った。
「……そういえば」
「どうしました?」
「フェリシアさんにも《収納》を付与できるんじゃないですか?」
「私にも?」
「多分できます」
《付与》を開く。
【スキル付与対象】
【共有メンバー】
【フェリシア・ロート】
対象を選ぶ。
【付与可能スキル】
【《魔力操作》 付与済み】
【《剣聖》】
【《魔聖》 付与済み】
【《隠密》 付与済み】
【《収納》】
「ありました」
「本当ですね」
「付与します?」
「お願いします」
【フェリシア・ロートへ《収納》を付与します】
決定する。
「……あ」
「分かります?」
「はい。なんとなく使い方が分かる気がします」
フェリシアが持っていた小さな袋へ触れる。
「試してみますね」
次の瞬間、袋が消えた。
「入りました」
「取り出せます?」
「やってみます」
すぐに袋がフェリシアの手元へ戻った。
「できました!」
「俺の方には入ってないですね」
自分の《収納》を確認しても、今の袋はない。
「別々の収納みたいですね」
「その方が使いやすそうです」
ポーションや水、食料を二人で分ける。
「これなら、どちらかが動けなくなっても、もう一人が自分の《収納》からポーションを出せますね」
「そうですね。でも、できれば使わずに帰ってきたいです」
「もちろんです」
そこで、もう一つ思い出した。
「そうだ」
「はい?」
「お金も分けておきましょう」
「お金ですか?」
「今まではフェリシアさんの分も俺の《収納》で預かってましたよね」
「はい。お願いしていました」
「自分で《収納》を使えるようになったなら、フェリシアさんの分は自分で持っていた方がいいと思います」
「そうですね。では、お願いします」
《収納》を開く。
今日受け取った七百四十三万ジェニー。
それだけじゃない。
これまで二人で依頼をこなしたり、素材を売ったりして稼いだ金のうち、俺が預かっていたフェリシアの分もまとめて取り出す。
「これがフェリシアさんの分です」
「こんなに預かってもらってたんですね」
「結構ありますね」
「ずっと持っていてくださって、ありがとうございました」
「俺の《収納》に入れていただけですから」
フェリシアが金の入った袋に触れる。
一つ。
もう一つ。
次々と消えていく。
「全部入りました」
「これでお金も別々ですね」
「はい。自分で管理します」
これなら荷物だけじゃなく、金もそれぞれで管理できる。
「前より準備らしくなってきましたね」
「二十六階で一度戻ったからこそ、気づけたこともありますね」
「そうですね」
進むことだけじゃなく、戻ることまで考えて準備する必要がある。
◇
その夜。
《銀麦亭》の自分の部屋。
ベッドへ腰掛け、《会員》を開く。
【保有:51,930P】
「五万か……」
固有スキル購入を見る。
【100,000P】
《綻びの目》
《剣神》
《魔神》
《弓神》
《斧神》
《槍神》
《拳神》
このまま十万Pまで貯めれば、《剣神》も買える。でも、三十階に何がいるか分からない。
ミスリルゴーレムより強い魔物が出てくる可能性もある。
十万Pを目指して五万Pを残すより、今強くしておいた方がいい。
負けたあとにPが残っていても意味がない。
「その前に今の能力を見ておくか」
《能力情報》を開く。
【名前:アレン・ヴァルディス】
【会員ランク:プラチナ】
【基礎能力】
【筋力:1,474】
【耐久:1,471】
【敏捷:2,024】
【魔力:1,512】
「……結構上がってるな」
《筋力強化》《耐久強化》《敏捷強化》《魔力強化》で購入した分は当然入っている。
でも、それだけじゃない。
ここの所、かなりの強敵たちと戦ってきた。
ミスリルゴーレム。
レッドドラゴン。
二十一階から二十六階の魔物。
それ以前にも何度もダンジョンへ潜っている。
Pで強化した分だけじゃなく、戦った分だけ俺自身の基礎能力も少しずつ伸びていた。
「だったら……」
強化項目を見る。
【筋力強化(極) 5,000P】
【耐久強化(極) 5,000P】
【敏捷強化(極) 5,000P】
【魔力強化(極) 5,000P】
【一回の購入につき基礎能力値+400】
前回、一番先に厳しくなったのはフェリシアの魔力だった。
今の《共有》なら、俺の基礎能力の二割がフェリシアへ渡る。
「魔力を優先しよう」
《魔力強化(極)》を選ぶ。
【《魔力強化(極)》を5回購入しますか?】
【必要P:25,000P】
「買う」
【《魔力強化(極)》を5回購入しました】
【魔力:1,512 → 3,512】
身体の中を大量の魔力が満たしていく。
「……すごいな」
《魔聖》を手に入れたことで、以前より魔力を細かく扱える。
その魔力量自体が一気に増えた。
次は耐久。
【《耐久強化(極)》を2回購入しました】
【耐久:1,471 → 2,271】
敏捷。
【《敏捷強化(極)》を2回購入しました】
【敏捷:2,024 → 2,824】
最後に筋力。
【《筋力強化(極)》を購入しました】
【筋力:1,474 → 1,874】
【50,000Pを消費しました】
【保有:1,930P】
「ほとんど使ったな」
全回復は一回五百P。
緊急時に何度か使える分は残っている。
三十階へ挑むなら、これくらいでいい。
もう一度能力を確認する。
【基礎能力】
【筋力:1,874】
【耐久:2,271】
【敏捷:2,824】
【魔力:3,512】
「魔力、三千五百……」
最初は十八だった。
数字だけ見れば、自分でもよく分からなくなってくる。
さらに《共有》を確認する。
【共有メンバー】
【フェリシア・ロート】
【共有率:20%】
【共有値】
【筋力:374】
【耐久:454】
【敏捷:564】
【魔力:702】
「七百二……」
フェリシアへ渡る魔力だけで七百を超えている。
前回とはかなり違う。
これなら三十階まで進んでも、前より魔力に余裕を残せるはずだ。
もちろん、強くなったからといって無理をするつもりはない。
危なくなったら戻るという判断は変えない。
表示を閉じ、ベッドへ横になった。
◇
翌朝。
《銀麦亭》の一階へ下りる。
フェリシアはすでに朝食を食べ始めていた。
「おはようございます」
「おはようございます、アレンさん」
フェリシアがこちらを見て、少しだけ目を見開いた。
「……もしかして、昨晩また能力を上げました?」
「分かります?」
「はい。起きた時から身体の感じが明らかに違うので」
「かなり上げました」
フェリシアが自分の能力情報を開く。
俺からも確認する。
【名前:フェリシア・ロート】
【筋力:21+374】
【耐久:24+454】
【敏捷:32+564】
【魔力:50+702】
「フェリシアさん自身の能力もかなり上がってますね」
「本当ですね。最初は筋力なんて一桁だったのに」
「ずっと戦ってますからね」
「自分自身が強くなっているのは嬉しいです。でも、共有分はもっとすごいですね」
フェリシアが数字を見つめる。
「魔力が七百二も増えています」
「魔力を五回上げました」
「五回ですか?」
「はい。耐久と敏捷を二回ずつ、筋力を一回です」
「……かなり使いましたよね?」
「五万Pです」
「五万……」
フェリシアが驚いた顔をする。
「ずいぶん思い切りましたね」
「三十階に何がいるか分かりませんから」
「それで今のうちに強くしておいたんですね」
「はい。まだ千九百三十P残っているので、全回復も使えます」
「そこまで考えているなら安心しました」
フェリシアが自分の手を握る。
「でも、本当に全然違います。特に魔力は、昨日よりずっと余裕があります」
「それなら魔力を優先して正解でしたね」
「はい。ありがとうございます」
フェリシアがもう一度俺の方を見る。
「アレンさん本人の能力は、この共有分よりずっと高いんですよね?」
「そうなりますね」
「……なんだか、どんどん人間離れしてきている気がします」
「一応、人間ですよ」
「あ、すみません。変な言い方でした。でも、数字がすごすぎて……」
「自分でもそう思います」
フェリシアが少し笑う。
「これなら前より安心して三十階を目指せそうですね」
「はい。それでも無理はしません」
「もちろんです」
朝食を食べ終える。
「行きましょうか」
「はい」
今日は三十階を目指す。
◇
ベルガント西部ダンジョン。
一階の転移石から二十階へ移動する。
そこから二人とも《隠密》を使った。
「今日はできるだけ戦わないんですね」
「三十階まで余力を残したいですから」
「私もその方がいいと思います」
二十一階。
二十二階。
二十三階。
《魔力感知》に反応があれば、近づく前に進路を変える。
フレイムアーマーリザードらしい大きな反応もあったけど、戦わずに避けた。
二十四階から二十六階も同じだ。
昨日通ったばかりなので、階段の位置もある程度分かっている。
魔物との戦闘は一度もなかった。
「二十七階ですね」
「ここから先は初めてです」
「はい」
階段を下りる。
◇
二十七階へ入った瞬間、景色が変わった。
「霧……?」
灰色の岩壁。
通路には白い霧が薄く漂っている。
二十四階から二十六階まで続いていた水の音も聞こえない。
「また環境が変わりましたね」
「三階ごとみたいですね」
《魔力感知》を使う。
「前にいます」
「避けますか?」
「はい」
《隠密》を使ったまま別の通路へ進む。
魔物がいることは分かるけど、今日は姿を見る必要もない。
二十七階では何度か魔力反応を感じたが、そのたびに進路を変えた。
戦わずに階段を探し、二十八階へ下りる。
◇
二十八階。
霧はさらに濃くなっていた。
「見えにくいですね」
「でも、《魔力感知》なら分かります」
視界の先が白くても、魔物の反応は分かる。
遠くに二体。
別の通路に一体。
全部避ける。
《隠密》と《魔力感知》。
この二つがあれば、無理に戦う必要はない。
「今日の目的はPじゃないですからね」
「はい。三十階までできるだけ消耗せずに行きましょう」
しばらく進み、二十九階への階段を見つける。
◇
二十九階。
「ここも霧ですね」
「次で三十階です」
「ですね」
少しだけ緊張する。
十階にはアイアンゴーレム。
二十階にはミスリルゴーレムがいた。
三十階に何が待っているかは分からない。
でも、今回は最初からそこへ行くために準備してきた。
二十九階でも《魔力感知》で魔物を探し、《隠密》で避ける。
一度も剣を抜かない。
フェリシアも魔弾を使わない。
身体にも魔力にも、ほとんど余裕が残っている。
そして。
「アレンさん」
「はい」
フェリシアが通路の先を指す。
下へ続く階段があった。
「見つけましたね」
「はい」
階段の前まで進む。
その先は暗く、下までは見えない。
俺は竜爪剣の柄へ手を置いた。
「ここからが本番ですね」
「はい」
何がいるかは分からない。
それでも、ここまで来るための準備はしてきた。
フェリシアも杖を握る。
「行きましょう、フェリシアさん」
「はい!」
次は三十階だ。
【保有:1,930P】
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