第86話 持ち帰りすぎました
転移石の光が消える。
視界に映ったのは、ベルガント西部ダンジョンの一階にある見慣れた小部屋だった。
「戻ってきましたね」
「ですね」
フェリシアが大きく息を吐く。
二十六階から二十階まで戻り、転移石で一階へ戻ってきた。
《隠密》のおかげで帰りは一度も戦わずに済んだとはいえ、疲れていることに変わりはない。
「ギルドに寄ってから宿へ戻りましょうか」
「はい。素材もありますし」
「かなりありますけどね」
「……かなり、で済みます?」
「多分」
フェリシアが少しだけ笑った。
ダンジョンを出て、ベルガントの街へ戻る。
◇
冒険者ギルドへ入ると、以前にも何度か対応してくれた受付嬢がこちらへ気づいた。
「あ、お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
「西部ダンジョンですよね?」
「はい」
受付嬢が手元の書類を確認する。
「二十一階から先へ行かれたんですよね。どうでした?」
「二十六階まで行きました」
「そうですか。二十六階まで……」
受付嬢が頷く。
そのまま書類へ何かを書こうとして、手が止まった。
「……二十六階?」
「はい」
「今日、初めて二十一階へ入ったんですよね?」
「はい」
受付嬢が俺とフェリシアを交互に見る。
「二十六階まで?」
「行きました」
「…………」
少し黙った。
「さすがAランクですね」
どうやら無理やり納得したらしい。
「それで、二十一階から二十三階までは高温地帯でした。
二十四階からは地下水脈のような場所に変わっています」
「環境まで変わるんですね」
「はい。魔物の種類もかなり違いました」
「詳しい情報も記録したいので、あとで探索報告をお願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
受付嬢が別の用紙を用意する。
「それと」
「はい?」
「素材も買い取ってもらいたいんですけど」
「分かりました。どのくらいあります?」
「正確には数えてません」
受付嬢の手が止まった。
「……数えてない?」
「途中から分からなくなりました」
隣でフェリシアも頷く。
「結構倒しましたから」
「…………」
受付嬢が小さく息を吐いた。
「解体場ですね」
「はい」
「もう受付では確認しません」
「助かります」
迷いなく立ち上がった受付嬢について、ギルドの奥へ向かった。
◇
大きな扉を開ける。
広い解体場。
何人もの職員が作業台で魔物を解体している。
以前にも何度か世話になった場所だ。
俺たちが入ると、一人の男がこちらを見た。
「……またお前か」
「お久しぶりです」
「久しぶりってほどでもねえだろ」
解体担当の職員が手に持っていた刃物を作業台へ置く。
「今日は何階だ?」
「二十一階から二十六階です」
「二十六?」
「はい」
「もうそこまで行ったのかよ」
「今日初めて入りました」
「聞かなきゃよかった」
職員が頭を掻く。
「まあいい。どれくらいある?」
「正確には数えてません」
「……前にも聞いたぞ、その台詞」
「そうでしたっけ?」
「そうだったよ」
職員がため息をつく。
「広い場所を空ける。前回で学んだからな」
「お願いします」
近くにいた職員たちへ声をかけ、中央にかなり広い場所を作ってもらう。
「よし。出せ」
「はい」
《収納》を使う。
アッシュウルフ。
フレイムアーマーリザード。
ラーヴァスコーピオン。
アッシュゴーレム。
二十一階から二十三階で倒した魔物を出しただけで、かなりの場所が埋まった。
「まだあります」
「……知ってる」
さらに二十四階以降で倒したケイブクロコダイル、ロッククラブ、ポイズンフロッグ、ウォーターマンティス、マッドオーガなどを取り出していく。
解体場にいた職員たちの手が次々に止まった。
「待て待て待て!」
職員が叫んだ。
「はい?」
「まだあるのか?」
「あります」
「前にもこの会話したよな?」
「しましたね」
「何でまた同じことになってんだよ!」
周囲から笑い声が聞こえる。
「すみません」
「謝るくらいなら数えろ!」
「途中までは数えてたんですけど」
「途中から?」
「やめました」
フェリシアが申し訳なさそうに言う。
「私も数えてません」
「二人ともかよ……」
職員が額を押さえた。
「残りも出してくれ。どうせ全部出すんだろ」
「はい」
残っている魔物を《収納》から取り出していく。
気づけば、さっき空けてもらった場所がほとんど埋まっていた。
「以上です」
解体場が静かになった。
職員が周囲を見回す。
「……本当に?」
「本当にです」
「収納にまだ何か残ってないだろうな?」
「食料と荷物くらいです」
「それは出さなくていい」
「分かりました」
受付嬢も並んだ魔物を見る。
「今日中の査定は無理ですね」
「無理だ」
職員が即答した。
「というか、今日中に解体すら終わらねえぞ」
「ですよね」
受付嬢が困ったように笑う。
「申し訳ありませんが、買取額は明日以降になります」
「大丈夫です」
「急いでませんから」
フェリシアも答える。
「それと、今後について一つ説明しておかなければならないことがあります」
「何でしょう?」
受付嬢は解体場に並んだ大量の魔物を見る。
「今回のように一度大量に持ち込まれる程度なら、すぐに大きな問題になるわけではありません」
「はい」
「以前、十一階から二十階までの素材を大量に持ち込まれた時も、すべて買い取ることができました」
前にミスリルゴーレムを持ち帰った時のことだ。
「あの時は大丈夫だったんですよね」
「はい。ただ、今後もこの量が継続して入ってくるとなると話が変わります」
「どういうことです?」
「市場に出回る量が増えすぎると、素材の値段が下がる可能性があります」
考えたことがなかった。
「例えば同じ種類の素材を十個欲しい商人がいたとして、そこへ百個持ち込まれても、百個すべてを同じ値段で買ってくれるとは限りません」
「なるほど」
「需要が高い素材なら問題ありませんし、深層でしか手に入らない珍しい素材なら高値がつく可能性もあります。
ただ、同じ素材が大量に出続ければ、今の相場を維持できなくなることがあります」
「そうなんですね」
「ギルド側でも、市場へ出す時期をずらすなどして調整できます。
ただ、毎日のように大量に持ち込まれるとなると限界があります」
受付嬢が少し申し訳なさそうな顔をする。
「お二人の活躍自体は、ギルドとして本当にありがたいんです」
「はい」
「深層の魔物を討伐していただけるのは助かりますし、貴重な素材や探索情報まで持ち帰ってくださっていますから」
「でも、多すぎると困る?」
「……はい」
「他の冒険者にも影響しますか?」
俺が聞くと、受付嬢が頷いた。
「可能性はあります。同じ素材を持ち込んでいる冒険者もいますから」
「俺たちが大量に売ったせいで、その人たちの素材まで安くなる?」
「毎回ではありませんが、そうなる可能性はあります」
「なるほど……」
フェリシアも並んだ魔物を見る。
「倒したものを全部持って帰ればいいと思ってました」
「俺もです」
《収納》を覚えてから、倒した魔物をほとんど全部持ち帰るようになった。
以前なら持てる量に限界があった。
価値の高い素材だけ切り取って持ち帰ることも多かった。
今は違う。
倒したら丸ごと《収納》。
それが当たり前になっていた。
「次から持ち帰る量も考えた方がよさそうですね」
「そうですね」
「全部売ればいいってわけでもないみたいですし」
「ギルドで需要のある素材を聞いてから潜るのもいいかもしれません」
「それいいですね」
受付嬢が慌てて手を振る。
「いえ、持ち帰らないでほしいという意味ではありませんからね!」
「分かってます」
「深層の素材は貴重ですし、必要としている商人もいます。
ただ、量を見ながらということです」
「はい」
「今度から気をつけます」
解体担当の職員がため息をついた。
「できれば俺たちのことも考えてくれ」
「それもですね」
「今日これ全部解体する側の身にもなれ」
「すみません」
「本当にすみません」
二人で頭を下げた。
周囲の職員からまた笑い声が上がる。
「とりあえず今日はもういい」
職員が並んだ魔物を見る。
「査定は明日だ。人を増やしてやる」
「お願いします」
「明日来ても終わってなかったら?」
「待ちます」
「そのくらい待て」
「はい」
◇
探索報告を終え、ギルドを出る。
外はもう暗くなり始めていた。
「今日は本当に色々ありましたね」
「朝に二十一階へ入ったところからですからね」
「《魔聖》を覚えて、二十六階まで行って、《隠密》まで覚えて」
「最後は素材を持って帰りすぎました」
「そこまで含めて色々ありましたね」
しばらく歩く。
「でも、知らなかったですね」
「何がです?」
「俺たちが持ち帰る量で、他の冒険者にも影響が出ることがあるって」
「私もです」
フェリシアが頷く。
「今までは倒したら持って帰った方が得だと思ってました」
「俺もです」
魔物を倒せばPが入る。
素材を持ち帰れば金になる。
それだけだと思っていた。
でも、俺たちだけが冒険者じゃない。
「次から少し考えましょう」
「はい。売るものも選んだ方がよさそうですね」
「でも襲われたら?」
「それは倒します」
「ですよね」
二人で笑う。
今日はもう宿へ戻ろう。
査定結果は明日だ。
あれだけの量だ。
いくらになるのか少し気になる。
でも、倒した魔物は全部持ち帰ればいい。
もう、そんな単純な話でもないらしい。
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