第82話 帰ってきたベルガント
ロゼッタを出て四日後。
「見えてきましたね」
「はい」
馬車の窓から外を見る。
大きな城壁。
その向こうに広がる街並み。
ベルガントだ。
「なんだか久しぶりな気がします」
「実際、結構離れてましたからね」
今回の旅を振り返る。
「色々ありましたね」
「本当に」
馬車が城門をくぐる。
見慣れた通り。
行き交う冒険者。
商人の声。
何度も歩いた道。
「帰ってきたって感じがします」
「ですね」
自然とそんな言葉が出た。
◇
まず向かったのは《銀麦亭》。
扉を開ける。
「いらっしゃいませ――」
受付にいた女将がこちらを見る。
「あら!」
「お久しぶりです」
「帰ってきたのね」
「はい」
その言葉を聞いただけで。
少しだけ肩の力が抜けた。
「いつものように二部屋お願いします」
「もちろんよ」
代金を払い、それぞれ部屋を借りる。
部屋へ入った。
「……変わってないな」
ベッド。
机。
窓。
何度も使った部屋。
荷物らしい荷物はほとんど《収納》の中。
竜爪剣を腰から外し、いつもの場所へ置く。
ベッドへ腰を下ろした。
「ふう……」
久しぶりの自分の部屋。
そんな感覚すらある。
明日は、まず伯爵様のところへ行こう。
ドレイクさんを紹介してもらったお礼も言いたい。
それから伯爵家の武器庫でもらった鋼剣。
あれももう必要ない。
持っていけと言われたものだけど、せっかくだから返しておこう。
その日は《銀麦亭》で久しぶりに食事をして早めに眠った。
◇
翌朝。
《銀麦亭》で朝食を済ませたあと、俺とフェリシアはベルガント伯爵邸へ向かった。
門の前に立つ。
「アレン・ヴァルディスです。伯爵様にお会いしたいのですが」
「少々お待ちください」
しばらくして屋敷の中へ案内された。
通された部屋で待っていると。
「待たせたな」
ベルガント伯爵が入ってきた。
「お久しぶりです」
「ああ」
伯爵が俺たちを見る。
「無事に戻ったようだな」
「はい」
「今日はどうした?」
「ドレイクさんを紹介していただいたお礼を言いたくて」
「……そのために来たのか?」
「はい」
伯爵が少し笑った。
「律儀だな」
「すごくいい武器を作ってもらえたので」
「そうか」
椅子へ座る。
「ドレイクはどうだった?」
「最初は怖かったです」
「だろうな」
「でも、腕はすごかったです」
「腕だけは間違いない」
「だけ?」
「性格までは保証できない」
「ああ……」
横でフェリシアが笑う。
確かに。
「それで?」
伯爵が俺の腰を見る。
「作ってもらったんだろ?」
「はい」
「見せてみろ」
竜爪剣を腰から外す。
鞘ごと差し出した。
伯爵が受け取る。
そして剣を抜いた。
銀色の刀身。
その中を走る赤黒い筋。
「……これは」
表情が変わる。
「ミスリルか?」
「はい。それとレッドドラゴンの爪を使っているそうです」
「…………」
伯爵が顔を上げた。
「レッドドラゴン?」
「ロゼッタで倒しまして」
「…………」
しばらく俺を見る。
「お前は剣を作りに行ったんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんですけど」
「なぜドラゴンを倒して帰ってくる」
「成り行きで」
「成り行きでレッドドラゴンを倒すな」
「はい」
伯爵が額へ手を当てる。
「……本当に会うたびに何か起こすな、お前は」
「俺のせいじゃないと思うんですけど」
「そういうことにしておこう」
フェリシアがまた笑っている。
伯爵はもう一度竜爪剣を見る。
「これをドレイクが?」
「はい」
「見事だな」
刀身へ光を当てる。
「俺は鍛冶師じゃない。だが、普通の剣じゃないことくらいは分かる」
「岩なら簡単に斬れました」
「岩?」
「試し斬りで」
「…………」
「どうしました?」
「いや」
伯爵が剣を鞘へ戻す。
「もう驚くのも疲れてきた」
返してもらう。
「防具も作ってもらったのか?」
「はい。レッドドラゴンの鱗を使っています」
「お前だけか?」
「私もです」
フェリシアが答える。
伯爵が俺たちの装備を順番に見る。
「剣だけじゃなく、防具までか」
「はい」
「ドレイクも随分気合を入れたらしいな」
「ほとんど寝てなかったみたいですよ」
「……あいつらしい」
フェリシアの手元を見る。
「杖もか?」
「はい。こちらはミスリルで作っていただきました」
「なるほど」
剣。
防具。
杖。
全部を見た伯爵が頷く。
「紹介した甲斐はあったらしい」
「本当にありがとうございました」
「気にするな」
「あ、それと」
《収納》を開く。
一本の剣を取り出した。
「これもお返しします」
ロゼッタへ向かう前。
伯爵家の武器庫でもらった実戦用の鋼剣。
「それか」
「はい。ありがとうございました」
伯爵が受け取る。
「別に返さなくても構わなかったんだぞ?」
「でも、もう新しい剣がありますから」
腰の竜爪剣を見る。
伯爵も同じところを見る。
「……確かにな」
鋼剣を机へ置いた。
「それで」
「はい?」
「これからどうする?」
「これから……」
答えはもう決まっている。
「しばらくベルガントにいるつもりです」
「そうか、それは嬉しいな」
「はい」
「何をするのか聞いても良いか?」
「ダンジョンへ行こうと思ってます」
フェリシアも頷く。
「西部ダンジョンか?」
「はい」
以前。
ベルガントを離れる時にも思っていた。
二十一階より先へ行きたい。
「久しぶりに続きを攻略したいです」
「なるほどな」
「新しい装備も試したいですし」
伯爵が笑った。
「お前らしいな」
少しして。
真面目な顔になる。
「分かった。好きにやるといい」
「はい」
「ただ」
「?」
「また何かあった時は、力を貸してほしい」
「もちろんです」
すぐに答えた。
フェリシアも。
「私もです」
「そうか」
伯爵が頷く。
「その時は頼む」
「はい」
伯爵邸を出る。
門を抜けたところで。
「明日からですか?」
フェリシアが聞いた。
「何がです?」
「ダンジョンです」
「そのつもりです」
「やっぱり」
「嫌です?」
「とんでもないです」
フェリシアが笑う。
「私も久しぶりに行きたいです」
「じゃあ決まりですね」
「はい」
今日は準備。
明日から。
久しぶりの西部ダンジョンだ。
◇
伯爵邸を出た後、道具屋へ向かった。
フェリシアが赤い液体の入った小瓶を手に取った。
「回復薬」
「一本五千ジェニーでしたよね」
「はい」
冒険者になったばかりの頃。
一本五千ジェニーと聞いて。
高いと思った。
買うのも少し迷った。
今は。
「十本くらい買っておきます?」
「そんなに?」
「《収納》に入れておけば邪魔になりませんし」
「確かに」
回復薬をまとめて買う。
五万ジェニー。
昔ならかなり大きな出費だった。
今は迷わず払える。
「随分変わりましたね」
フェリシアが言う。
「何がです?」
「最初にここへ来た時、回復薬二本ずつ買うだけでも結構考えてませんでした?」
「……考えてましたね」
「今は十本です」
「お金は増えましたから」
「それだけです?」
「それだけじゃないかもしれません」
あの頃。
俺たちはまだ駆け出しだった。
深い階層へ行くこともできなかった。
装備も今とは全然違う。
でも同じ店で同じものを買っている。
「なんか不思議ですね」
「ですね」
回復薬。
解毒薬。
包帯。
ロープ。
ランタンに使う油。
保存食。
必要なものを一通り揃えた。
「《収納》」
買ったものを全部入れる。
「これで大丈夫ですね」
「はい」
店を出る。
「他に必要なものあります?」
「私は大丈夫です」
「俺もです」
武器。
問題なし。
防具。
問題なし。
道具も揃った。
「じゃあ今日は休みますか」
「アレンさんがちゃんと休むって言うの、珍しいですね」
「そんなことないですよ」
「そうですか?」
たぶん。
◇
夜。
《銀麦亭》の部屋。
明日の準備をもう一度確認する。
竜爪剣。
新しい軽鎧。
回復薬。
解毒薬。
保存食。
全部ある。
最後に。
《会員》を開く。
【会員ランク:プラチナ】
【保有:41,630P】
「四万一千六百三十……」
五万Pまであと八千三百七十P。
そこまで貯めれば五万Pの固有スキルをまた一つ買える。
何を買うかはまだ決めていない。
「まずは貯めるか」
表示を閉じる。
明日からはPを稼ごう。
◇
翌朝。
《銀麦亭》の食堂。
「おはようございます」
「おはようございます」
フェリシアと朝食を食べる。
食べ終わったところで立ち上がった。
「準備は?」
「大丈夫です」
「俺もです」
宿を出る。
朝のベルガント。
通りにはすでに人が増え始めている。
腰には世界に一本しかない竜爪剣。
身体にはレッドドラゴンの鱗を使った防具。
隣にはミスリルロッドを持ったフェリシア。
そして。
【保有:41,630P】
五万Pまであと八千三百七十P。
目指す場所はまだ見たことのない二十一階より先。
「行きましょうか」
「はい!」
久しぶりのベルガント西部ダンジョンだ。
累計獲得P=194,840P
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