第80話 ドラゴンスレイヤー
山を下り始めて、しばらく。
「フェリシアさん」
「はい?」
隣を見る。
フェリシアは歩けてはいる。
でも、明らかに遅い。
さっきから何度も足が止まりそうになっている。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
……全然大丈夫じゃなさそうだ。
左腕にも怪我をしている。
それ以上にレッドドラゴンとの戦いで、魔弾を何発撃ったか分からない。
魔力をかなり使っているはずだ。
「少し休みます?」
「それより、早く村まで戻りたいです」
「それはそうですけど」
あとどれくらいだろう。
来る時はかなり山を登った。
この状態で歩かせる方が時間もかかる。
少し考え、フェリシアの前でしゃがんだ。
「……何してるんですか?」
「乗ってください」
「え?」
「俺がおぶっていきます」
「いやいやいや!」
急に元気になった。
「歩けますから!」
「さっき転びそうになってましたよね?」
「それは……足場が悪かっただけです」
「ここ、普通の道ですけど」
「…………」
「俺は《全回復》したので元気です」
「でも……」
「その方が早く帰れますよ」
フェリシアがしばらく黙る。
「……重いとか言わないでくださいね」
「言いませんよ」
背中へ乗ってもらう。
両腕が肩へ回った。
「大丈夫です?」
「はい」
立ち上がる。
「軽いですね」
「あ、ありがとうございます! は、早く行ってください!」
「はい」
歩き出す。
さっきまでより、ずっと速い。
しばらくすると。
「アレンさん」
「はい?」
「ありがとうございました」
「何がです?」
「……色々です」
「フェリシアさんも助けてくれたじゃないですか」
俺一人だったら絶対に勝てなかった。
翼を傷つけたのも何度も俺を助けてくれたのもフェリシアだ。
「二人で倒したんですよ」
「……はい」
それから少し。
背中から声が聞こえなくなった。
「フェリシアさん?」
「起きてます」
「寝ててもいいんですよ?」
「寝てませんよ」
たぶん寝るな。
そう思いながら山を下った。
◇
ロゼッタへ戻った頃には、もう夕方が近かった。
「着きましたよ」
「……はい」
「寝てました?」
「寝てません」
絶対寝てた。
冒険者ギルド支所へ向かう。
扉を開けると。
「お帰りなさい!」
昨日の受付嬢がすぐに気づいた。
そして。
「……え?」
俺たちの姿を見て固まった。
俺の軽鎧は傷だらけ。
ところどころ焦げている。
フェリシアの服も破れ、左腕には血が滲んでいた。
「どうしたんですか!?」
「ちょっと色々ありまして」
「色々って……」
受付嬢の目が大きくなる。
「まさか」
「はい」
フェリシアを椅子へ下ろす。
「ドラゴンはいました」
「本当に……?」
「レッドドラゴンでした」
受付嬢の顔から血の気が引いた。
「遭遇したんですか?」
「はい」
「……逃げ切れたようで良かったです」
「あ」
「はい?」
「逃げようとはしたんですけど」
「……けど?」
「追いかけられまして」
受付嬢が黙った。
「道を変えても追ってきたので」
「…………」
「仕方なく戦いました」
「戦った!?」
大きな声。
近くにいた冒険者たちがこちらを見る。
「何だ?」
「今、ドラゴンって言ったか?」
受付嬢はそんな声を気にする余裕もない。
「戦わないでくださいって言いましたよね!?」
「もちろん覚えてます」
「じゃあ、どうして!」
「逃げられなかったので」
「それで……?」
「倒しました」
「…………」
受付嬢が止まった。
「……何を?」
「レッドドラゴンを」
「…………」
ギルドの中が静かになった。
さっきまで話していた冒険者たちも黙っている。
「倒した?」
「はい」
「レッドドラゴンを?」
「はい」
「お二人で?」
「はい」
「…………」
何度聞かれても答えは同じだ。
受付嬢が額へ手を当てた。
「ちょっと待ってください」
「はい」
「証明できるものはありますか?」
「死体があります」
「死体?」
「《収納》に」
「…………」
また止まった。
「外へ行きましょう」
◇
ギルドの裏。
荷車が何台も入れる広い荷捌き場へ移動した。
話を聞きつけた冒険者やギルド職員もついてきている。
「ここなら大丈夫ですか?」
「え、ええ」
少し離れてもらう。
《収納》へ意識を向けた。
「出します」
「はい」
「《収納》」
次の瞬間。
ズゥンッ!!
「うわっ!」
「なっ……!」
巨大な赤い身体が地面へ現れた。
赤い鱗。
巨大な翼。
太い脚。
長い尾。
荷捌き場が急に狭く感じる。
辺りが静まり返った。
「…………」
「…………」
誰も何も言わない。
やがて。
「……本物だ」
一人の冒険者が呟いた。
「レッドドラゴン……」
「でかい……」
「これを二人で?」
ざわめきが一気に広がった。
「何の騒ぎだ!」
聞き覚えのある声。
人垣が割れる。
「どけ!どいてくれ!」
「あ、ドレイクさん」
「お前らか」
ドレイクが歩いてきてレッドドラゴンを見た。
「…………」
俺を見る。
レッドドラゴンを見る。
もう一度俺を見る。
「おい」
「はい?」
「まさか」
俺の腰に視線が落ちる。
「俺が打った剣で、こいつを斬ったのか?」
「はい」
「見せろ」
ミスリルブレードを抜いて渡す。
ドレイクさんが刀身を見る。
レッドドラゴンの鱗を何度も斬った。
最後には首へ深く刃を入れた。
剣は折れてはいない。
でも。
「傷んでます?」
「ああ」
刃には細かな傷。
一部には小さな刃こぼれもある。
ドレイクさんが長く息を吐いた。
「……ドラゴン斬って帰ってくる馬鹿がいるか」
「すみません」
「謝るな」
「はい」
ドレイクさんがもう一度、剣を見る。
「よく保ったな」
「かなり頑丈ですね」
「誰が打ったと思ってんだ」
「ドレイクさんです」
そして俺の軽鎧を見る。
「そっちも酷いな」
「かなり攻撃を受けたので」
フェリシアを見る。
フェリシアの装備もあちこち傷んでいる。
「お前もか」
「はい」
ドレイクさんがレッドドラゴンへ近づく。
赤い鱗に触れた。
爪もじっと見る。
「アレン」
「はい?」
「こいつの素材、少し俺によこせ」
「いいですよ」
「……即答か」
「剣のおかげで倒せましたから」
ドレイクさんが少し黙った。
「鱗を何枚か」
「はい」
「それと爪を一本」
「分かりました」
「あと」
手に持ったミスリルブレードを上げる。
「こいつも預かる」
「剣も?」
「こんな状態で返すわけにいかねえだろ」
「直してもらえるんですか?」
「ただ直すだけじゃ面白くねえ」
「え?」
ドレイクさんがドラゴンの爪を見る。
「こいつも使う」
「爪を?」
「ああ」
「どうするんです?」
「それを考えるのが俺の仕事だ」
それ以上は教えてくれない。
「それと」
俺とフェリシアの装備を見る。
「傷んだ防具も置いてけ」
「防具も?」
「そのまま着て帰るつもりか?」
「いや……」
確かに。
俺の軽鎧はかなり傷んでいる。
フェリシアの装備も同じだ。
「鱗もある。使い道くらいはある」
「もしかして――」
「四日後だ」
「え?」
「四日後、工房へ来い」
「四日で?」
「文句があるなら五日にするぞ」
「ありません」
「なら四日後だ」
ドレイクさんがミスリルブレードを肩へ担ぐ。
「装備もあとで持ってこい」
「分かりました」
「素材は?」
「必要な分を持っていってください」
「おう」
ドレイクさんがレッドドラゴンを見る。
その目はさっきまでとは少し違った。
完全に職人の顔になっている。
「四日後……」
どんな装備になるんだろう。
楽しみが一つ増えた。
◇
ギルドへ戻る。
「まずはフェリシアさんの治療を」
受付嬢がそう言って、奥へ声をかけた。
しばらくすると、白い外套を着た女性が出てくる。
治癒術師らしい。
「左腕ですね」
「はい」
フェリシアの腕へ手をかざす。
柔らかな光が広がった。
「……温かい」
傷が少しずつ塞がっていく。
しばらくして。
「これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
「ただ、魔力の消耗までは戻せません」
「はい」
「かなり消耗しています。今日はもう魔法を使わず、しっかり休んでください」
「わかりました」
フェリシアが俺を見る。
「アレンさん、申し訳ありませんが今日は休みませんか?」
「そうしましょう。さすがに今日は戦いたくありません」
治療が終わったところで、受付嬢が書類を持ってきた。
「では、改めて依頼の確認をします」
「はい」
「依頼内容は、北部山岳地帯で目撃された大型飛行生物の調査」
「はい」
「レッドドラゴンの存在を確認。さらに本体まで持ち帰られていますので、調査としては十分です」
書類へ記入していく。
「今回の調査報酬は、お二人合わせて二百万ジェニー」
「はい」
「そして、ドラゴンだと確認できる明確な証拠があった場合の追加報酬が百万ジェニー」
受付嬢が顔を上げる。
「合わせて三百万ジェニーです」
「ありがとうございます」
三百万ジェニー。
二人で分ければ百五十万ずつ。
その時。
視界に表示が現れた。
【依頼達成を確認しました】
【100P獲得】
【保有:41,630P】
【累計獲得P:194,840P】
よし。
「ただ」
受付嬢が続ける。
「問題は、レッドドラゴンの討伐です」
「問題?」
「今回の依頼に討伐は含まれていません」
「そうですね」
「ですから、討伐についてはこの支所だけでは判断できません」
受付嬢が少し困った顔をする。
「領都のギルドマスターへ報告して、特別報酬をどうするか確認する必要があります」
「あ、それなら大丈夫ですよ」
「……何がです?」
「討伐分は」
「え?」
「元々、俺たちが受けたのは調査の依頼ですよね?」
「……はい」
「なら、今いただいた分で十分です」
受付嬢が俺を見る。
「でも、レッドドラゴンですよ?」
「はい」
「命懸けで倒したんですよね?」
「かなり危なかったです」
「だったら――」
「追いかけられたから倒しただけなので」
「だけって……」
「討伐を頼まれていたわけじゃありません」
調査の依頼を受けた。
調査をした。
その途中で襲われた。
だから戦った。
「調査分の報酬をもらえれば大丈夫です」
受付嬢が何か言おうとした。
「あと、ドレイクさんが持っていた以外の部分をギルドで買い取ってもらいたいのですが……」
「是非、買い取らせてください!」
「はい。おねがいします」
「ただ、査定の方はこちらではできないので領都から専門の職員に来てもらうことになります。
四日ほどお時間を頂けますでしょうか?」
「ええ、いいですよ。どのみち、四日はここに滞在しますから」
その時。
「おいおい……」
後ろから声。
振り返る。
さっき外までついてきた冒険者たちがいる。
一人の男が呆れたように笑っていた。
「ドラゴン倒して、追加の報酬までいらねえってのか?」
「元々依頼じゃないので」
「ははっ!」
男が大きく笑った。
「すげえな!」
別の冒険者も立ち上がる。
「レッドドラゴンを二人で倒したんだぞ!」
「しかも二人ともAランクだろ!」
「Aランク二人でドラゴン討伐か!」
そして。
誰かが叫んだ。
「ドラゴンスレイヤーの誕生だ!」
「おおおおおおおっ!!」
ギルドが一気に沸いた。
「ドラゴンスレイヤー!」
「アレン!」
「フェリシアもだ!」
「二人ともドラゴンスレイヤーだ!」
「おおおおおっ!」
「ちょ、ちょっと!」
フェリシアが慌てる。
「そんな大げさな!」
「ドラゴン倒して大げさも何もあるか!」
「そうだそうだ!」
笑い声。
歓声。
テーブルを叩く音。
「ドラゴンスレイヤーに乾杯だ!」
「おおおおおっ!」
「まだ夕方ですよ!?」
「関係あるか!」
完全に宴会が始まりそうだ。
◇
その日のロゼッタは。
夜になっても騒がしかった。
「ドラゴンが討伐されたぞ!」
話はあっという間に村中へ広がった。
俺たちが思っていた以上に村にとっては大きな出来事だったらしい。
宿へ戻っても。
「いたぞ!」
「ドラゴンスレイヤーだ!」
「おおおおおっ!」
「……またですか」
フェリシアが困った顔をする。
食堂へ入る。
「今日は飲め!」
「俺たち酒は――」
「じゃあ食え!」
料理が次々運ばれてきた。
「これ、頼んでませんけど」
「奢りだ!」
「誰の?」
「村の!」
「村?」
「細けえことは気にすんな!」
よく分からない。
でも、フェリシアが笑った。
「大変な旅になりましたね」
「ですね」
「剣を作ってもらいに来ただけですよね?」
「そのはずだったんですけど」
腰を見る。
今は剣がない。
ドレイクさんに預けたからだ。
四日後。
あの剣はどうなって戻ってくるんだろう。
レッドドラゴンの爪。
鱗。
俺たちの傷んだ防具。
「四日後、楽しみですね」
フェリシアが言った。
「ですね」
「ドレイクさん、何を作るんでしょう」
「全然教えてくれませんでしたからね」
「すごいものになりそうです」
「それは俺も思います」
その時。
外から大きな声。
「ドラゴンスレイヤーに乾杯!!」
「おおおおおおおっ!!」
フェリシアと顔を見合わせる。
「……しばらく言われそうですね」
「ですね」
俺も笑った。
こうして。
レッドドラゴンを倒したその日は。
夜遅くまで、ロゼッタ中が大騒ぎになった。
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