第74話 俺に合う剣
翌朝。
俺とフェリシアは、再びドレイクの工房を訪れた。
昨日まで止まっていた水車は、朝から勢いよく回っている。
工房の煙突からも煙が上がっていた。
扉を開けると、熱気が一気に外へ流れてくる。
「来たか」
ドレイクは炉の前にいた。
昨日渡したミスリル鉱石が、作業台の上に並べられている。
「何か手伝えることありますか?」
「ない」
即答だった。
「早いですね」
「鍛冶を知らねえ奴に槌なんか持たせられるか」
「それはそうですけど」
「邪魔しないのが一番の手伝いだ」
もっともだ。
フェリシアが作業台を見る。
「鉱石を運んだりするのも駄目ですか?」
「それくらいなら――」
ドレイクが言いかけ、工房の隅を指差した。
「そこに置いてある鉄の塊をこっちへ持ってこい」
「これですか?」
床に置かれた黒い金属塊へ手を掛ける。
そこまで大きくはない。
両手で持ち上げ、そのまま作業台の横へ運ぶ。
「ここでいいです?」
「…………」
「ドレイクさん?」
「お前、それ重くねえのか?」
「重いですけど、持てますよ」
床へ置く。
ゴン、と低い音がした。
ドレイクが金属塊と俺を交互に見る。
「それ、普通は二人で運ぶんだぞ」
「そうなんですか?」
「そうなんですか、じゃねえ」
フェリシアが横で笑っている。
「アレンさんですから」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
ドレイクが眉を寄せた。
しばらく俺を見たあと、壁際へ向かう。
何本か並んでいる剣から、一振りを取った。
「これを持て」
「剣?」
「ああ」
渡された剣を抜く。
装飾のない、厚めの刀身だ。
騎士団からもらった剣より少し重い。
「試し斬り用だ。多少乱暴に使っても構わん」
「何を斬るんです?」
「裏へ来い」
◇
工房の裏へ回る。
水車から少し離れた場所に、何本もの木が立っていた。
その中でも特に太い一本を、ドレイクが指差す。
「それだ」
「これを?」
「ああ」
幹は、俺が両腕を回しても届かないくらい太い。
「どのくらいの力で?」
「本気でやれ」
「本気?」
「お前用の剣を作るんだぞ」
ドレイクが腕を組む。
「使う奴がどれくらいの力で、どんな剣を振るのか分からねえまま作れるか」
なるほど。
昨日は丈夫な剣が欲しいとだけ伝えた。
でもドレイクからすれば、その「丈夫」がどの程度なのか分からない。
「剣は壊れてもいいんですか?」
「構わん。だから本気でやれ」
「分かりました」
剣を構える。
少し離れたところでフェリシアが見ている。
ドレイクは木の横に立ったままだ。
「危ないので、もう少し離れてください」
「そこまでか?」
「念のためです」
「……分かった」
二人が下がった。
大木を見る。
力を抑える必要はない。
剣を握り――振った。
ザンッ。
手に伝わった感触は一瞬だった。
大木はそのまま立っている。
「……?」
ドレイクが眉を寄せた。
次の瞬間。
幹の上側が、ゆっくり横へずれた。
ミシミシと枝が鳴る。
そのまま大きく傾き――。
ドォンッ!
地面が揺れた。
「…………」
ドレイクが倒れた木を見る。
俺も切断面を確認する。
ほぼ真っ直ぐだ。
「こんな感じです」
「こんな感じじゃねえ」
すぐに返された。
ドレイクが切り株へ近づく。
手で断面に触れ、今度は俺が持っている剣を奪うように受け取った。
「……欠けてる」
「本当ですか?」
刃の一部が小さく欠けていた。
刀身もわずかに歪んでいる。
「一回だぞ」
「はい」
「これを一回斬っただけでこれか」
ドレイクが俺を見る。
「お前、何なんだ?」
「冒険者です」
「そういう意味じゃねえ」
フェリシアがまた笑った。
ドレイクはもう一度、大木の切断面へ目を向ける。
「力だけじゃねえな」
「え?」
「この太さの木を一撃で斬るだけでもおかしい。だが、力任せならこんな断面にはならん」
指先で切断面をなぞる。
「速度もある。剣筋もほとんどぶれてねえ」
それから、俺を見る。
「その若さで、どうやってそんな力と速度と技術を身につけた?」
「色々ありまして」
「色々でこうなるか」
説明しようにも、《会員》について話すわけにはいかない。
ドレイクが試し斬り用の剣を持ち上げる。
「見誤ってた」
「何をです?」
「お前をだよ」
欠けた刃を見る。
「普通の奴が使うつもりでミスリルの剣を作ったら、またそのうち壊す」
「ミスリルでも?」
「ミスリルだから絶対に壊れねえなんて話はない」
ドレイクが工房へ戻り始める。
「設計を変える」
「変えるんですか?」
「ああ」
少しだけ楽しそうに見えた。
「面白くなってきた」
◇
工房へ戻ると、今度はフェリシアが呼ばれた。
「嬢ちゃん」
「はい」
ドレイクが細長い金属棒を差し出す。
「これを持て」
「何ですか?」
「試験用の魔力伝導材だ。魔力を流せ」
フェリシアが受け取る。
手にしたまま集中した。
金属棒が淡く光る。
「もっとだ」
光が強くなる。
「今度は一気に流せ」
「はい」
一瞬だけ強い光が走り、すぐに弱くなった。
「次はできるだけ細く、一定に」
今度は淡い光が一定の強さを保つ。
ドレイクは黙って見ている。
「もういい」
フェリシアが魔力を止めた。
「どうでした?」
「昨日見た通りだな」
「?」
「魔力量も多いが、制御の方が面白い」
ドレイクが金属棒を見る。
「杖も少し設計を変える」
「私のもですか?」
「ああ」
「悪い方向じゃないですよね?」
「逆だ」
ドレイクがニヤリとする。
「せっかく作るなら、お前らに合わせる」
一千万ジェニー以上払うんだ。
そこまでしてくれるならありがたい。
その日は、炉へ運ぶ木炭や金属を移すくらいの手伝いをした。
俺が重い物を運ぶたび、ドレイクがいちいち変な顔をする。
夕方。
ミスリル鉱石を前にしていたドレイクが、俺たちへ背を向けたまま言った。
「明日から来なくていいぞ」
「え?」
「手伝いは?」
「ここから先は俺の仕事だ」
作業台には何種類もの金属片が並んでいる。
「何日くらいかかります?」
「数日はかかる」
「その間、どうしましょうか」
「知らん」
「ですよね」
ドレイクが少し考える。
「暇なら裏山で魔物でも狩ってろ」
「魔物?」
「ああ。村の近くは見回りも入ってるから大した奴はいねえが、山へ入ればゴブリンや狼くらいはいる。もっと奥ならオークが出ることもある」
「なるほど」
村人が普通に暮らせる程度の魔物らしい。
「ただし、鉱山の道には近づくなよ。作業の邪魔になる」
「分かりました」
「アレンさん、嬉しそうですね」
「素材も売れますから」
「それだけですか?」
「もちろんです」
◇
翌日。
俺とフェリシアはロゼッタ村の裏山へ入った。
村から離れて一時間ほど進むと、最初の魔物が現れた。
ゴブリン。
さらに奥ではグレイウルフや角ウサギも見かける。
俺たちにとっては相手にならない。
でも鉱夫や木こりが一人で出会えば、十分危険な魔物だ。
「久しぶりですね」
フェリシアが言った。
「何がです?」
「こういう魔物と戦うの」
「確かに」
最近はダンジョンの深い階層ばかりだった。
初日はゴブリン六体。
グレイウルフ四体。
角ウサギ四体を俺が倒した。
【140P獲得】
倒した魔物は《収納》へ入れていく。
大した金額にはならなくても、捨てて帰る理由はない。
二日目は、少し山の奥へ入った。
ゴブリンの群れ。
グレイウルフ。
角ウサギ。
さらに奥では、オークにも遭遇した。
今となっては苦戦する相手じゃない。
【460P獲得】
三日目。
もう少し奥まで足を伸ばす。
昨日よりオークとの遭遇が増えたが、それでも一体ずつなら問題ない。
ゴブリンやグレイウルフも含め、日が傾くまで狩りを続けた。
【540P獲得】
戦って。
《収納》して。
村へ戻る。
そんな三日間を過ごした。
【保有:12,030P】
【累計獲得P:164,740P】
「三日で千ちょっとですか」
表示を閉じる。
「少ないんですか?」
「ダンジョンと比べると」
「比べる場所がおかしいと思います」
「それもそうですね」
ブラックキマイラ一体で一万Pだった。
それを考えれば、この辺りの魔物で一気にポイントを稼げないのは当然だ。
でも、このくらいの方が村の近くとしては正常なんだろう。
フェリシアも戦闘では、普段より魔法の使い方を意識しているようだった。
連続で撃つ時。
狙いを絞る時。
威力を抑える時。
新しい杖ができる前から、少しずつ試している。
俺も同じだ。
仮の剣を使いながら、炎牙剣との違いを改めて感じていた。
剣が変われば、戦い方も変わる。
だったら、ドレイクが作る剣はどうなるんだろう。
期待は日に日に大きくなっていった。
◇
四日目の夕方。
裏山から村へ戻ると、ドレイクの工房の煙突から煙が上がっていなかった。
「終わったんでしょうか」
「行ってみましょう」
坂を上る。
工房の扉を開けた。
「ドレイクさん?」
返事はない。
奥へ進む。
炉の火は落ちている。
ドレイクは椅子に座っていた。
かなり疲れているように見える。
作業台の上には長い布包みが二つ置かれていた。
「来たか」
「もしかして……」
「ああ」
ドレイクが立ち上がる。
「できたぞ」
俺とフェリシアが作業台へ近づく。
ドレイクはまず、長い方の布包みへ手を掛けた。
「最初はお前からだ」
布を外す。
銀白色の刀身が現れた。
炎牙剣より少し幅がある。
光が当たると、銀色の中に淡い青が浮かぶ。
飾りはほとんどない。
でも、一目見ただけで分かる。
今まで使ってきた剣とは違う。
「これが……」
「お前用に作り直した」
ドレイクが俺を見る。
「普通の剣士向けじゃねえ」
銀白色の剣を持ち上げる。
「お前が本気で振るための剣だ」
目の前に差し出された。
「持ってみろ」
俺は、ゆっくりと柄へ手を伸ばした。
累計獲得P=164,740P
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