第71話 北の鉱山領
高級武具店を出た俺とフェリシアは、そのままベルガント伯爵邸へ向かった。
門の前には、さっき店まで来た使者が待っている。
「こちらです」
案内され、屋敷の奥へ進む。
通された部屋では、ベルガント伯爵が一人で待っていた。
机の上には三種類の鉱石が並んでいる。
鉄鉱石。
魔鉄鉱石。
そして、銀白色のミスリル鉱石。
「来たか」
「お待たせしました」
「座ってくれ」
俺とフェリシアが席につく。
伯爵はすぐにミスリル鉱石を手に取った。
「ギルドから報告は受けた。十階層まで調査したそうだな」
「はい」
「一日でか」
「……はい」
伯爵が小さく息を吐く。
「お前たちに頼んで正解だったらしい」
手の中の鉱石を見る。
「それで、これは本当にミスリルなのか?」
「《鑑定》ではミスリル鉱石と出ました」
「……待て」
伯爵が顔を上げた。
「今、何と言った?」
「《鑑定》です」
「お前、《鑑定》まで使えるのか?」
「最近、使えるようになりました」
「…………」
しばらく俺を見る。
「……本当に会うたびにできることが増えていくな」
「自分でもそう思います」
横でフェリシアが小さく笑った。
伯爵も呆れたような顔をしたが、すぐに鉱石へ視線を戻す。
「専門の人間にも確認させるが、《鑑定》でそう出たなら可能性は高いだろう。魔鉄の方もか?」
「はい」
伯爵が三つの鉱石を順番に見る。
「鉄、魔鉄、ミスリルか」
「鉄鉱石は一階から五階まで、かなり広い範囲で見つかりました。六階層からは魔鉄も出ています」
「量は?」
「正確には分かりません。でも、鉄鉱石はかなりありました」
伯爵が頷いた。
「実はな、俺はミスリルよりそちらの方が気になっている」
「鉄ですか?」
「ああ。もちろんミスリルは高く売れる。魔鉄もそうだ。だが、領地を支えるのは高級品だけじゃない」
伯爵が鉄鉱石を指で叩く。
「農具、工具、馬具、建築用の金具、武器。鉄はいくらあっても困らん。
ベルガントは交易都市だから多くを外から買っているが、自前で安定して確保できれば大きい」
「なるほど」
「魔鉄やミスリルは金になる。鉄は領地そのものを強くする」
領主らしい考え方だ。
「ただし、見つけたからといって、すぐ俺のものになるわけではない」
「違うんですか?」
「ダンジョンだからな」
伯爵が机の端に置いてあった地図を広げる。
「正式に確認されれば、ダンジョンと地下資源は王国の管理下に入る。
俺は王家へ採掘権と管理権を申請するつもりだ」
「認められたら?」
「実際の採掘や、採掘隊の護衛、魔物討伐は冒険者ギルドへ任せる」
「ギルドに?」
「ああ。伯爵家だけでダンジョン内の仕事を全部やる必要はないからな」
冒険者なら魔物にも対応できる。
採掘する鉱夫の護衛も仕事になる。
「一般の冒険者が自由に掘るわけではないんですね」
「当然だ。ミスリルまである場所を好き勝手に掘らせたら、ろくなことにならん」
それはそうだ。
「まず鉱脈の規模を調べる。鉄、魔鉄、ミスリルがどこまで続いているのか。
魔物の再出現も確認する。その上で正式に採掘を始めることになる」
「分かりました」
そこまで聞いたところで、腰の炎牙剣が気になった。
「伯爵様」
「何だ?」
「ミスリルなんですけど、少し分けてもらうことってできますか?」
伯爵が俺を見る。
「剣か?」
「はい」
炎牙剣を腰から外す。
「ブラックキマイラとの戦いで、かなり傷んでしまいました。
さっき武器屋で見てもらったんですが、修理しても完全には元に戻らないそうです」
「見せてみろ」
炎牙剣を渡す。
伯爵が鞘から抜いた。
「……だいぶ使い込んでるな」
「かなり無理をさせました」
刃こぼれだけじゃない。
刀身には大きな亀裂まで入っている。
「これで遠出するのはやめておけ」
「遠出?」
伯爵が炎牙剣を鞘へ戻す。
「ミスリルで剣を作りたいんだろう?」
「できるなら」
「なら、ベルガントより適した場所がある」
伯爵が地図の上を指で北へ動かした。
ベルガントの北。
ヴァルディス領の西。
スコッティ公爵領の東。
「ここだ」
「グレンツ伯爵領……?」
「鉱山の多い領地だ」
初めて聞く名前だった。
「山が多く、昔から鉄や銅、銀、それに魔鉄などが採れる。
鉱山があるから精錬が発達し、精錬が発達したから鍛冶職人が集まった」
「鍛冶職人……」
「王国でも有数の腕を持つ職人が何人もいる」
炎牙剣を見る。
「ミスリルで剣を作るなら、グレンツへ行け」
「ベルガントでは難しいんですか?」
「作れる人間がいないわけではない。だが、ミスリルは扱いが難しい。
せっかく使うなら、腕のいい職人に任せた方がいい」
その方が俺もいい。
伯爵が今度はフェリシアを見る。
「杖を作る職人もいるぞ」
「杖ですか?」
「ああ。ミスリルは魔力を通しやすい。魔術師向けの武器や道具にも使われる」
フェリシアが自分の白銀樹の杖を見る。
「今の杖も気に入っていますが……」
「無理に替える必要はない。ただ、お前たちもAランクだ。今後は今まで以上の相手と戦うことになるだろう」
「そうですね」
俺も同じだ。
炎牙剣が悪いわけじゃない。
でも、戦う相手が変わってきている。
「ミスリルは二人分、用意させよう」
「いいんですか?」
「ああ」
「でも、ダンジョンは王国の管理になるんですよね?」
「だから勝手に好きなだけ持っていけ、とは言わん」
伯爵が少し笑う。
「王家への報告に必要な調査採取は、正式な採掘が始まる前でも行う必要がある。
明日、ギルドと騎士団に必要な分を採りに行かせる」
「明日?」
「鉱脈の確認も兼ねてな。その中から、お前たちへの褒賞分も確保する」
「褒賞……」
「階層主を倒し、鉱脈を見つけたのはお前たちだ。それくらいは構わん」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
フェリシアも頭を下げた。
「グレンツへ発つまでには用意させる」
「助かります」
「ただし、無駄にするなよ。ミスリルは高い」
「それは分かっています」
「お前は金に細かいから、その点は心配していないが」
「大事なことなので」
伯爵が笑った。
それから炎牙剣へ視線を落とす。
「問題は、グレンツまで何を使うかだな」
「そうなんです」
高級武具店で新しい剣を買うことも考えた。
でも、これからミスリルで剣を作るかもしれないのに、今ここで一千万を超える剣を買うのも違う気がする。
「なら、うちの武器庫を見ていけ」
「武器庫?」
「騎士団用の予備剣がある。好きなものを一本持っていけ」
「いいんですか?」
「構わん」
「でも――」
「ブラックキマイラを倒した人間が、グレンツへ向かう途中で剣がなくて死んだとなれば笑い話にもならん」
それは確かに嫌だ。
「ありがとうございます」
「騎士をつける。選んでこい」
◇
案内された武器庫には、想像していた以上の武器が並んでいた。
剣。
槍。
盾。
弓。
どれも騎士団で使うものらしく、きちんと手入れされている。
「こちらからお選びください」
案内してくれた騎士が、壁際に並んだ剣を示した。
一本ずつ手に取ってみる。
一振り目。
頑丈そうだけど、少し重い。
二振り目。
今度は扱いやすいが、少し短い。
三振り目を抜く。
装飾のない銀色の刀身。
柄もごく普通だ。
軽く振ってみる。
重心も悪くない。
「これが一番しっくりきます」
「そちらですか」
「はい」
「騎士団で使っている実戦用の鋼剣です。特別な効果はありませんが、耐久性を重視して作られています」
「十分です」
炎牙剣より少し重い。
魔石もない。
当然、炎も出ない。
でも、今はこれでいい。
グレンツまで行くための剣だ。
鞘へ収め、腰に下げる。
「似合ってますよ」
フェリシアが言う。
「そうですか?」
「少し普通になりましたけど」
「普通?」
「炎牙剣は目立ちましたから」
「ああ……」
赤い刀身だったから、確かに普通の剣とは違った。
「でも、これは一時的です」
「もう次の剣のことを考えてるんですか?」
「もちろんです」
「やっぱり」
フェリシアが笑った。
◇
伯爵邸を出る。
ミスリルは後日、用意してもらえることになった。
俺の剣用。
フェリシアの杖用。
それまでは旅の準備をすればいい。
「グレンツ領、行ってみますか?」
フェリシアが聞いてくる。
「行きたいです」
「ですよね」
北を見る。
今度は北だ。
「じゃあ、準備しましょうか」
「はい」
俺たちは、グレンツ伯爵領へ向かうことにした。
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