第55話 消えた商隊
翌朝。
王都の北門前で、エリオットたちと合流した。
「おはよう」
「おはようございます」
エリオットの後ろには、昨日一緒にギルドマスターの部屋へ来た二人もいる。
「ちゃんと紹介してなかったな」
エリオットが、大きな盾を背負った男を見る。
「こっちはダリオ。前衛で盾役だ」
「ダリオだ。よろしくな」
「アレンです。よろしくお願いします」
「フェリシアです。よろしくお願いします」
続いて、弓を背負った女性が軽く手を上げる。
「ノエル。弓と索敵を担当してる。よろしく」
「よろしくお願いします」
これで五人。
エリオットが俺たちを見る。
「現場に着いたら、まずノエルに痕跡を見てもらう。俺とアレンは前衛。フェリシアは後ろから援護。ダリオは状況を見ながら前後を守ってくれ」
「分かった」
「はい」
指示が早い。
俺たちと組むのは初めてなのに、それぞれの役割をすぐに決めている。
「何かやりにくいところがあったら言ってくれ。
今回は合同の依頼だからな。よろしく頼む」
「こちらこそお願いします」
昨日は俺に興味を持っている様子だったけど、張り合うことを優先するような人ではないらしい。
五人で北門を出た。
◇
旧北街道の入口までは馬車を使った。
新しい北街道をしばらく進み、途中で御者に停めてもらう。
「ここだな」
エリオットが地図を見る。
街道の脇から、細い道が森へ続いていた。
新しい街道とはまるで違う。
道の端には草が伸び、人が頻繁に通っている様子もない。
「ここからは歩きですね」
「そうだな」
馬車を降りる。
荷物の大半は《収納》に入れてあるので、俺とフェリシアは身軽だ。
それを見たダリオが苦笑する。
「やっぱり《収納》って便利だな」
「便利ですよ」
「俺も欲しいな」
「俺もどうやったら覚えられるのか分からないですけど」
「そうなのか?」
「はい」
説明できるはずもない。
五人で旧街道へ入った。
◇
一時間ほど歩いた頃だった。
先頭を歩いていたノエルが右手を上げる。
「止まって」
全員が足を止めた。
ノエルが道の先を指さす。
「あれ」
少し離れた場所に馬車があった。
街道の端へ寄せるように止まっている。
横転していない。
車輪も壊れていなかった。
「依頼書にあった商隊か?」
エリオットが地図と書類を確認する。
「場所はこの辺りで合ってる」
警戒しながら近づく。
人の姿はない。
馬もいなかった。
「荷物は?」
荷台を確認する。
木箱。
布。
酒樽。
乾燥させた食料の袋。
かなりの量がそのまま残っている。
ノエルが荷台の端にあった小さな袋を持ち上げた。
「金も残ってる」
「盗賊じゃなさそうだな」
エリオットが言った。
「盗賊なら商品も金も持っていくよな」
ダリオも周囲を見る。
馬車にも、戦ったような傷は見当たらない。
「血もないですね」
フェリシアが地面を見る。
血痕も、大きく地面が荒れた跡もなかった。
「ノエル、分かるか?」
「見てみる」
ノエルがしゃがみ込んだ。
地面を確認しながら馬車の周囲をゆっくり歩き、森側で止まる。
「こっち」
全員で集まった。
「足跡があります」
「何人?」
「七人」
エリオットが依頼書を見る。
「最初の商隊は七人だったはずだ」
「じゃあ、全員?」
「たぶんね」
ノエルが地面を指さす。
七人分の足跡が、街道から森へ向かって続いている。
「走った跡じゃない。歩幅も普通」
「誰かに追われたようには見えない?」
俺が聞く。
「見えない。引きずられた跡もないし、争った感じもない」
七人全員が、自分の足で森へ入った。
「どうして……」
フェリシアが森を見る。
誰も答えられない。
「追おう」
エリオットが言った。
「生きている可能性がある以上、ここで止まるわけにはいかない。ノエル、頼む」
「分かった」
足跡を追って森へ入った。
◇
森の中は妙に静かだった。
ノエルを先頭に進む。
その少し後ろをエリオット。
俺とフェリシアが続き、最後尾をダリオが歩く。
しばらくして、違和感を覚えた。
「……何か変じゃないですか?」
エリオットが振り返る。
「何が?」
「魔物が少ない気がします」
ここまで、魔物らしい反応をほとんど感じていない。
動物の気配も少ない。
「確かに静かだな」
ダリオが周囲を見回す。
「森なら、もう少し何かいてもよさそうだけどな」
《魔力感知》へ意識を向ける。
周囲にはいつものように魔力が漂っている。
ただ、大きな魔物の反応は感じない。
「先へ進もう」
エリオットの声で歩き出す。
それから少し進んだ時だった。
「アレンさん」
右後ろから声がした。
「はい?」
振り返る。
誰もいない。
「……?」
フェリシアは少し前を歩いている。
聞き間違いか。
前を向き、また歩き始める。
「アレンさん、こっちです」
今度ははっきり聞こえた。
右側の森の奥。
フェリシアの声だ。
「フェリシアさん?」
「はい?」
前を歩いていたフェリシアが振り返った。
俺も足を止める。
「今、俺を呼びました?」
「呼んでませんけど」
「……やっぱり」
「どうしました?」
全員が止まった。
「森の方からフェリシアさんの声が聞こえたんです。二回」
「私の声が?」
「はい」
フェリシアが森を見る。
「でも、私は何も言ってません」
かなりはっきり聞こえた。
「聞き間違いじゃないんだな?」
エリオットが聞く。
「はい。二回とも、フェリシアさんの声でした」
その時だった。
「……母さん?」
後ろから声がした。
ダリオだ。
「どうした?」
エリオットが振り返る。
ダリオは左側の森を見ていた。
「今、母親の声がした」
「ここにいるのか?」
「いるわけない。王都からずっと西の村に住んでる」
全員が黙る。
俺だけじゃない。
「二人とも、知っている人間の声を聞いたんだな」
「ああ」
「はい」
エリオットの表情が変わった。
「何かがおかしい。ここからは、何が聞こえても勝手に声の方へ行くな。必ず他の誰かに確認する」
全員が頷いた。
こういう時の判断が早い。
俺はもう一度《魔力感知》へ意識を集中した。
周囲の魔力を探る。
いつも通り、自然に漂っている魔力がある。
でも――。
「……ん?」
何か違う。
さらに集中する。
自然に存在する魔力とは別に、ごく薄い魔力が混ざっている。
一か所じゃない。
右にも。
左にも。
前にも。
同じ性質を持った何者かの魔力が、森の広い範囲に薄く広がっている。
「どうした?」
エリオットが聞く。
「何者かの魔力があります」
「魔物がいる?」
「それとは少し違います。魔力そのものが周囲に薄く広がってる感じです」
「魔法ですか?」
フェリシアが聞く。
「分かりません。でも、自然に漂っている魔力とは違います」
声と関係しているのかもしれない。
その直後。
「ちょっと待って」
ノエルが近くの低木を見た。
「これ、何?」
葉の表面に、薄い銀白色の粉が付着している。
光が当たると、わずかに輝いた。
ノエルが指を伸ばす。
「触らないでください」
思わず声を上げた。
ノエルが手を止める。
《魔力感知》を集中させる。
銀白色の粉から感じる魔力。
森に薄く広がっているものと同じだ。
「この粉です」
「さっき言ってた魔力と同じ?」
フェリシアが聞く。
「はい」
エリオットの顔が険しくなる。
「この粉が森の広い範囲に散ってるってことか」
「そうだと思います」
「声もこれが原因か?」
「まだ分かりません。でも、何か関係はありそうです」
ダリオが自分の口元を押さえた。
「これ、吸い込んで大丈夫なのか?」
「それも分かりません」
「分からないなら対策しよう」
エリオットが荷物から布を取り出す。
「口と鼻を覆う。どこまで意味があるかは分からないが、何もしないよりはいい」
俺たちも布を用意した。
水で軽く濡らし、口と鼻を覆う。
「どうする?」
ノエルが聞く。
エリオットが少し考えた。
「今のところ、全員意識ははっきりしている。行方不明者が生きている可能性もある。
もう少し先まで行こう。ただし、誰かに異常が出たらすぐ引き返す」
「分かりました」
再び足跡を追った。
◇
それから十分ほど進んだ。
ノエルが突然足を止める。
「何か落ちてる」
木の根元に小さな板のようなものがあった。
拾い上げる。
冒険者カードだ。
「Bランク……」
名前も書かれている。
エリオットが依頼書を確認した。
「調査隊の一人だ」
全員の表情が変わる。
近くを探す。
「こっちにもある」
ダリオが声を上げた。
地面に剣が落ちている。
鞘から抜かれた様子はない。
血もついていなかった。
「戦ってない?」
フェリシアが言う。
「少なくとも、ここではな」
ノエルが地面へしゃがみ込む。
「足跡はまだ続いてる」
森のさらに奥。
調査に来たBランク冒険者たちも、自分の足で進んだらしい。
商人だけじゃない。
異変を調べに来た冒険者まで、この先へ向かっている。
「……行こう」
エリオットが言った。
一歩踏み出す。
その時だった。
「アレン」
足が止まった。
さっきとは違う。
聞き間違えるはずがない。
「……父上?」
「アレンさん?」
フェリシアが俺を見る。
森の奥。
木々の向こうから、もう一度声が聞こえた。
「アレン。こっちへ来い」
父上の声だ。
でも、父上は今、アルスレイン王国にいる。
ここにいるはずがない。
俺は声のした森の奥を見る。
「やっぱり、この声は偽物です」
その時、木々の間を銀白色の粉がゆっくりと舞った。
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