第54話 Aランク昇格査定
職員に案内され、俺たちは二階へ上がった。
廊下の一番奥にある部屋の前で止まる。
「こちらです」
職員が扉を叩いた。
「ギルドマスター、お二人をお連れしました」
「入ってくれ」
低い声が返ってくる。
「失礼します」
部屋へ入った。
正面の机に、一人の男が座っていた。
五十歳くらいだろうか。
短く切った灰色の髪に、がっしりとした身体。
ギルドマスターというより、現役の冒険者と言われた方が納得できそうな見た目だ。
「座ってくれ」
「はい」
俺とフェリシアが並んで椅子へ座る。
机の上には、さっき渡したヴァルディス侯爵領からの報告書が置かれていた。
ギルドマスターが俺を見る。
「アレン・ヴァルディス。Bランク冒険者」
「はい」
続けてフェリシアへ視線を向けた。
「フェリシア・ロート。同じくBランク」
「はい」
ギルドマスターが手元の書類をめくる。
「ベルガント西部ダンジョン第二十階層踏破。ミスリルゴーレム討伐」
そこまで知っているのか。
「さらに、ドラン帝国との戦いでは敵の《剣聖》を討った」
俺を見る。
「これもお前だな?」
「はい」
「そして数日前、ヴァルディス侯爵領で発生したスタンピードに遭遇。
町の防衛に加わり、キングオーガを討伐」
「はい」
ギルドマスターが書類を机へ置いた。
「ずいぶん派手にやってるな」
「そんなつもりはないんですけど」
「派手にやろうと思っても、これだけできる奴はそういない」
隣でフェリシアが小さく笑った。
「それで、Aランクへの昇格について相談したいそうだな」
「はい。ベルガントのギルドマスターから、王都ならAランクに必要な実績を積めると聞きました」
「あいつらしい言い方だ」
ギルドマスターが椅子へ深く座る。
「先に言っておく。戦闘力については、今さら俺が確かめる必要はない」
「え?」
「ミスリルゴーレムを倒し、《剣聖》まで討った人間に模擬戦をさせても仕方ないだろう」
それは助かる。
王都へ来て、また実力試験でもやるのかと思っていた。
「フェリシア・ロート。お前も同じだ。ダンジョンや戦場での記録を見る限り、Bランクの中でも上位にいる」
「ありがとうございます」
「だが、それだけでAランクには上げられない」
やっぱりそうなるか。
「Aランクは、名前そのものが信用になる。ギルドが『この冒険者なら難しい仕事を任せられる』と保証するようなものだ」
ベルガントでも似た話は聞いた。
ギルドマスターがヴァルディス領からの報告書を指で叩く。
「今回のスタンピード対応は評価できる。依頼でもないのに町へ戻り、領兵と協力して被害を食い止めた。
討伐後、逃げる魔物を深追いしなかった判断も報告されている」
「そこまで書いてあるんですか?」
「ああ」
領兵の人たち、かなり細かく報告していたらしい。
「ドラン帝国との戦いも含めれば、サハル王国への貢献という点でも十分に候補へ入る」
「じゃあ……」
「候補だ」
ギルドマスターが言った。
「まだAランクではない」
「はい」
「俺はお前たちと今日初めて会った。書類だけ見てAランクに上げるつもりはない」
それは納得できる。
「では、どうすればいいですか?」
「ちょうどいい依頼がある」
ギルドマスターが別の書類を取り出し、机の上へ置いた。
「Aランク候補には、見極めを兼ねてギルドが指定した依頼を任せることがある。
今回はそれを受けてもらいたい」
「見極め?」
「ああ。敵を何体倒したかだけを見るわけじゃない。
任務を達成できるか、状況を正しく判断できるか、必要なら他人と協力できるか。
そういう部分も見る」
フェリシアが書類を見る。
「この依頼がそうなんですか?」
「そうだ」
ギルドマスターが頷いた。
「ただし、お前たち二人だけではない」
「他にもいるんですか?」
「ああ」
その時、扉が叩かれた。
「入れ」
扉が開く。
三人の冒険者が部屋へ入ってきた。
先頭は俺より年上の青年だった。
背は高く、腰には細身の長剣を下げている。
その後ろに、大きな盾を背負った男と弓を持った女性が続いた。
「来たか」
「呼ばれたので」
青年が答える。
ギルドマスターが俺たちを見る。
「紹介しておこう。エリオット・グラン。十九歳、Bランク冒険者だ。
こいつらもAランク候補になっている」
「エリオットです」
「アレンです」
「フェリシアです」
軽く頭を下げる。
「後ろの二人はエリオットのパーティーメンバーだ。今回の依頼にも同行する」
二人もこちらへ軽く頭を下げた。
エリオットが俺の顔をじっと見る。
「アレン・ヴァルディス?」
「はい」
「じゃあ、《剣聖》を倒したっていうのは君か」
やっぱり王都にも話が届いているらしい。
「そうです」
「もっと大きな男かと思ってた」
「俺、そんなに小さいですか?」
フェリシアが吹き出す。
エリオットも笑った。
「面白いな。思っていたよりも若いってことだ」
嫌な感じはしない。
ギルドマスターが咳払いをした。
「話を戻すぞ。今回の依頼には五人で向かってもらう。
査定対象はアレン、フェリシア、エリオットの三人だ」
「合同なんですね」
「ああ。Aランクになれば、自分の仲間以外と仕事をする機会もある。
初対面の相手とどう動くかも見させてもらう」
なるほど。
エリオットが俺を見る。
「俺は構わない。実際に《剣聖》を倒した奴がどんな戦い方をするのか興味がある」
「俺もエリオットさんのことは何も知らないですけど」
「それは現場で分かる」
そう言って笑う。
競争する気はあるみたいだ。
ギルドマスターが机の上へ地図を広げた。
「依頼の説明をする」
全員が地図を見る。
王都から北へ伸びる街道の途中で、一本の細い道が分かれている。
「ここは旧北街道だ。新しい街道が整備されてからは、以前ほど人が通らなくなった」
ギルドマスターが地図の一点を指した。
「この一か月で、この付近を通った人間が何人も行方不明になっている」
「魔物ですか?」
フェリシアが聞く。
「分からん」
「分からない?」
「最初は盗賊か魔物だと思われていた。そこでギルドから調査隊を出した」
「見つからなかったんですか?」
「それどころか、調査隊も帰ってきていない」
部屋の空気が変わった。
「何人です?」
エリオットが聞く。
「Bランク冒険者四人だ」
「四人全員?」
「ああ」
Bランクが四人。
弱いわけがない。
それが全員帰ってきていない。
「行方不明になっているのは、その人たちだけですか?」
「確認できているだけで商隊が二組。それ以外にも旅人が数名いる」
「かなり多いですね」
「ああ。だから今回、お前たちを送る」
ギルドマスターが俺たちを見回した。
「ただし、勘違いするな。これは討伐依頼じゃない」
「では、何を?」
「行方不明者の捜索と原因の特定だ」
ギルドマスターが続ける。
「生存者がいるなら救出を最優先しろ。
原因が危険な魔物だったとしても、無理に倒す必要はない」
「逃げてもいいということですか?」
「必要ならな」
エリオットが少し笑った。
「Aランクの査定で逃げてもいいとは、意外ですね」
「勝てない相手から逃げる判断もできない奴に、Aランクは任せられん」
「なるほど」
確かに。
キングオーガの時だって、町を守る必要がなければ戦わないという選択もあった。
俺は依頼書を手に取った。
行方不明になった場所や人数、最後に目撃された時期が書かれている。
その中に、一つ気になる記述があった。
「これ……」
「どうした?」
ギルドマスターが俺を見る。
「最初に消えた商隊の馬車は見つかってるんですか?」
「ああ」
「荷物も?」
「ほとんど残っていた」
もう一度、依頼書を見る。
「それなのに、争った跡はほとんどなかった?」
「そうだ」
フェリシアとエリオットも書類をのぞき込む。
「おかしいですね」
「ああ。盗賊なら荷物を残す理由がない」
エリオットが言う。
魔物に襲われたとしても、馬車が壊れたり、血が残ったりしていてもおかしくない。
「Bランクの調査隊も同じ場所へ?」
「旧街道へ入ったところまでは確認されている。それ以降の足取りは分かっていない」
人だけが消える。
しかも、それを調べに行ったBランク冒険者まで帰ってこない。
もっと強い魔物を倒せと言われるものだと思っていた。
どうやら、そんな単純な仕事ではないらしい。
「出発は?」
「明日の朝だ」
ギルドマスターが俺たちを見回した。
「生きて帰ってこい。それも査定のうちだ」
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