第53話 王都
翌朝。
領都を出る乗合馬車に乗った。
「結局、一度も屋敷には行きませんでしたね」
向かいに座ったフェリシアが言う。
「行く理由がないですから」
馬車がゆっくりと動き始めた。
窓の外を見る。
大通りを抜け、城門へ向かっていく。
遠くに侯爵家の屋敷が見えた。
父上もカイルもいない。
母もいない。
今の俺が、あそこへ戻る理由はない。
それでも、何も感じないわけじゃなかった。
城門を抜ける。
領都の建物が少しずつ遠くなっていった。
ヴァルディス領へ戻ってきたのは偶然だった。
その途中でスタンピードが起き、キングオーガまで現れた。
町を守り、王都の冒険者ギルドへの報告書まで手に入った。
色々あったけど、これで本当に王都へ向かえる。
◇
それから数日。
馬車は北東へ進んだ。
ヴァルディス領を抜けてからは、特に大きな問題も起きなかった。
途中の宿場町で泊まり、朝になるとまた馬車へ乗る。
旅を続けるほど、街道を通る人の数が増えていった。
商人の馬車。
冒険者。
騎士。
大きな荷車を何台も連ねた商隊とも何度かすれ違った。
「王都が近いんですかね」
フェリシアが窓の外を見る。
「たぶん」
道も広くなっている。
二台の馬車がすれ違っても余裕がある。
ベルガントへ向かう街道とは明らかに違った。
昼を過ぎた頃。
御者が前を指さした。
「見えてきたぞ。あれが王都だ」
「え?」
窓から外を見る。
最初に見えたのは巨大な城壁だった。
「……大きい」
思わず声が出た。
遠くまで続く高い城壁。
その奥には無数の建物が並んでいる。
さらに中心部には、周囲の建物よりはるかに高い城が見えた。
「あれが王宮ですか?」
フェリシアも窓から外を見ている。
「たぶん」
「さっきから、たぶんばっかりですね」
「初めて来たんだから仕方ないじゃないですか」
「私も初めてですけど」
フェリシアが笑う。
王都へ近づくにつれて、馬車の速度が落ちていった。
街道が混んでいる。
人も馬車も、今まで通ってきたどの街より多い。
「こんなに人がいるんですね」
「ベルガントよりかなり多そうですね」
「かなりどころじゃないと思います」
王都の正門前には長い列ができていた。
俺たちの馬車も最後尾へ並ぶ。
「王都へ入る方は身分証をご用意ください!」
門の前で兵士が声を上げている。
しばらくして順番が回ってきた。
御者が書類を渡し、乗客も一人ずつ身分証を確認される。
俺は冒険者カードを差し出した。
「アレン・ヴァルディス……Bランク?」
門兵がカードを見る。
次に俺を見る。
「若いのにBランクか」
「はい」
横ではフェリシアのカードも確認されている。
「こちらもBランク?」
「はい」
門兵が俺たちを交互に見た。
「二人ともか。王都には依頼で?」
「いえ。冒険者ギルドへ行くつもりです」
「なるほど」
カードを返される。
「通っていいぞ」
馬車が門をくぐった。
◇
「うわ……」
王都へ入った瞬間、フェリシアが声を漏らした。
俺も同じだった。
大通りだけで、ベルガントの中心街より広いかもしれない。
左右には三階建て、四階建ての建物が並ぶ。
一階が店になっている建物も多い。
服屋。
武器屋。
食堂。
宿。
見たことのない商品を並べている店もある。
道の端には露店まで出ていた。
「人、多いですね」
「多すぎません?」
服装も様々だ。
冒険者らしい人。
商人。
兵士。
見るからに身分の高そうな服を着た人もいる。
馬車の数も多かった。
「王都ってすごいですね」
「ですね」
同じ国の中なのに、今まで見てきた街とはまるで違う。
乗合馬車は大通りを進み、やがて大きな広場で止まった。
「王都到着だ!」
御者が声を上げる。
馬車を降りる。
荷物の大半は《収納》に入れてあるので、身軽なものだ。
「まずどうします?」
「冒険者ギルドじゃないですか?」
「宿より先に?」
「報告書もありますし」
「そうですね」
ヴァルディス領でもらった封書を確認する。
それに、ここへ来た一番の目的はAランクへの道を探すことだ。
近くにいた露店の店主へ冒険者ギルドの場所を聞いた。
「冒険者ギルド? それなら中央広場を越えて西だよ。でかい建物だからすぐ分かる」
「ありがとうございます」
言われた方向へ歩き始めた。
◇
「……あれじゃないですか?」
しばらく歩いたところで、フェリシアが前を指さした。
大きな石造りの建物がある。
三階建てで、入口もかなり広い。
その上には、見慣れた冒険者ギルドの紋章が掲げられていた。
「大きいですね」
「ベルガントの何倍あるんでしょう」
出入りしている冒険者も多い。
装備を見るだけでも、強そうな人間がかなりいる。
入口の前で少し立ち止まった。
「アレンさん」
「はい」
「いよいよですね」
「何がです?」
「Aランクへの道ですよ」
「ああ」
ベルガントでギルドマスターに言われたことを思い出す。
俺たちの戦闘力なら、Aランク候補には入る。
でも、Aランクになるには強さだけでは足りない。
実績。
判断力。
信用。
そして、サハル王国への貢献。
そのために王都へ来た。
途中でスタンピードまで起きたけど、その経験も無駄ではなかった。
「行きましょうか」
「はい」
扉を開ける。
中へ入った瞬間、思わず足を止めた。
「……広い」
受付だけで十か所以上ある。
依頼板も何枚も並んでいた。
右側には冒険者たちが集まる酒場らしい場所まである。
人の数もベルガントとは比べものにならない。
「どこに行けばいいんでしょう」
「とりあえず受付じゃないですか?」
空いている受付を探し、一番端へ向かった。
「いらっしゃいませ」
若い女性職員が俺たちを見る。
「ご依頼ですか? それとも冒険者登録でしょうか?」
「ベルガントから来ました。Aランク昇格について相談したくて」
冒険者カードを出す。
フェリシアも続けた。
職員が二枚のカードを確認する。
「お二人ともBランクですね」
「はい。それと、これを」
ヴァルディス領でもらった封書を渡した。
「ヴァルディス侯爵領から?」
「数日前まで領内にいました」
職員が封書を確認してから、中の書類を取り出した。
読み始める。
最初は普通だった表情が、少しずつ変わっていった。
「……スタンピード?」
「はい」
「キングオーガ討伐……」
職員が書類から顔を上げる。
俺を見る。
次にフェリシア。
そして、もう一度冒険者カードを確認した。
「このキングオーガを討伐したのは……」
「俺です」
「アレンさんが倒しました」
フェリシアが答える。
「なるほど……」
職員が少し考えた。
「少々こちらでお待ちいただけますか?」
「はい」
「担当の者を呼んでまいります」
そう言って、職員が奥へ入っていった。
フェリシアと顔を見合わせる。
「また待つみたいですね」
「ですね」
ベルガントでも似たようなことが何度かあった。
しばらくすると、さっきの職員が戻ってきた。
「お待たせしました」
「はい」
「ギルドマスターがお会いになります」
「ギルドマスター?」
王都へ着いたばかりなのに。
どうやら、ここでも普通には始まらないらしい。
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