第50話 スタンピード
ヴァルディス家の屋敷へ向かう兵士を見送ってから、乗合馬車は再び街道を進み始めた。
「本当に屋敷へ行くんでしょうか」
フェリシアが窓の外を見る。
「たぶん」
「誰か追いかけてきたりしません?」
「父上もカイルもいないみたいですし、大丈夫じゃないですか」
「お母様はいらっしゃらないんですか?」
「えぇ……。母は小さい頃に亡くなりました」
「え……。そうなんですか…申し訳ありません」
「良いんですよ。もう昔の話なので」
一瞬、母がいた頃のことを思い出した。
だけど、今の俺はもう冒険者だ。
いつまでもヴァルディスを名乗るのはやめようかな。
余計なことは考えるな。
今の俺たちは王都へ向かうだけだ。
◇
しばらく走ったところで、前方から激しい蹄の音が聞こえてきた。
御者が馬車を減速させる。
「何だ?」
一頭の馬がこちらへ向かってくる。
乗っているのは領兵だった。
「止まれ! 馬車を止めろ!」
御者が慌てて手綱を引いた。
「どうした!」
「この先へ行くな! 引き返せ!」
領兵は馬を止めると、息を切らしながら叫んだ。
「北東の森から大量の魔物が出た!」
「北東の森?」
「ああ! 群れは街道へ出て、そのまま南西へ向かってる!」
南西。
俺たちが今まで進んできた方向だ。
「それって……」
「このまま行けば、さっきの町にぶつかる!」
やっぱり。
昼に食事をした町だ。
「どれくらいの数ですか?」
「分からん。斥候が確認しただけでも数十体はいた。
グレイウルフ、ブラッドボア、アーマードエイプ。それにオーガも混じってる!」
種類までバラバラだ。
本来なら一緒に行動するような魔物じゃない。
「町には兵がどれくらいいます?」
「二十人ほどだ。近くの詰め所にも応援を頼んでるが、とても足りない。
領都にも知らせたが、間に合うかどうか……」
フェリシアと目が合った。
「戻ります?」
「はい」
迷う必要はなかった。
「町へ戻ります」
俺が言うと、領兵が驚いた。
「待て! 危険だぞ!」
「俺たち、冒険者なので」
「だが、かなりの数だ!」
「分かってます。それでも、このまま町が襲われると分かっていて先へは行けません」
フェリシアも杖を握った。
「私も戦います」
領兵が俺たちを見比べる。
「二人で?」
「まずは状況を見ます。無理なら住民の避難を手伝います」
後ろでは御者も乗客たちへ声をかけていた。
「この先には進めない! 町へ引き返すぞ!」
馬車の向きが変わる。
俺たちは、来た道を戻り始めた。
◇
町へ戻った時には、さっきまでとは空気がまるで違っていた。
「急げ!」
「子供と老人を先に避難させろ!」
「荷物は置いていけ!」
領兵たちが走り回り、住民を町の北側へ移動させている。
街道の北東側には簡単な柵しかない。
大量の魔物が来れば、あれだけで防げるとは思えなかった。
「アレンさん」
「はい」
「何か感じます?」
《魔力感知》へ意識を向ける。
「……います」
「どれくらいです?」
「かなり多いです」
森の方向に、小さな魔力反応がいくつもある。
それが一斉にこちらへ向かっている。
「五十……いや、もっといるかもしれません」
「そんなに……」
近くにいた領兵が息を呑んだ。
「やっぱりスタンピードなのか」
「スタンピード?」
「大量の魔物が一斉に生息地を離れて押し寄せる現象だ。この規模なら間違いない」
その時だった。
森の方から鳥が一斉に飛び立つ。
直後。
地面が微かに揺れた。
「来るぞ!」
領兵が叫ぶ。
木々の間から最初の魔物が飛び出してきた。
グレイウルフ。
一体ではない。
十体以上が街道へ広がって走ってくる。
その後ろにはブラッドボアもいた。
「戦える者は前へ!」
領兵たちが剣や槍を構える。
俺も炎牙剣を抜いた。
「フェリシアさん、後ろをお願いします」
「はい!」
地面を蹴る。
「待て!」
領兵の声が聞こえたが、そのまま群れへ向かった。
一体目のグレイウルフが飛びかかってくる。
身体をずらし、首を斬る。
【15P獲得】
そのまま二体目へ踏み込む。
【15P獲得】
三体目が横から迫った。
剣を返す。
【15P獲得】
遅い。
以前なら、数を確認しながら一体ずつ慎重に戦っていた。
今は違う。
正面からブラッドボアが突進してくる。
寸前で横へ外れ、すれ違いざまに首へ炎牙剣を通した。
【180P獲得】
「《魔弾》!」
後ろから青白い光が飛んでくる。
三つの魔弾が、それぞれ別のグレイウルフへ命中した。
さらにアーマードエイプが両腕を振り上げながら向かってくる。
振り下ろされる腕をかわし、懐へ入った。
炎牙剣を胴へ走らせる。
【400P獲得】
「右から来るぞ!」
領兵の声。
見ると、数体のブラッドボアが柵の方へ回り込もうとしている。
「フェリシアさん!」
「見えてます!」
白銀樹の杖が向けられる。
フェリシアの周囲に五つの魔弾が浮かんだ。
「《魔弾》!」
五つの光が一斉に飛び、それぞれ別の魔物へ命中する。
倒れたところへ領兵たちが駆け寄った。
「今だ!」
槍が突き込まれる。
最初は混乱していた領兵たちも、少しずつ動きが揃ってきた。
さらにグレイウルフが三体、森から飛び出す。
《魔力感知》で位置は分かっている。
一体目。
【15P獲得】
二体目。
【15P獲得】
三体目。
【15P獲得】
最後の一体を倒した直後、その向こうから大きな影が現れた。
「オーガだ!」
黒い金属のような皮膚。
アイアンオーガ。
巨大な棍棒を振り上げる。
俺は炎牙剣へ魔力を流した。
赤い炎が刀身を包む。
棍棒が振り下ろされる。
横へかわす。
地面が砕けた。
振り切った直後。
無防備になった脇腹へ炎牙剣を叩き込む。
「はっ!」
そのまま深く斬り抜いた。
アイアンオーガの巨体が傾く。
ドンッ!
【2,000P獲得】
「……一人で倒した」
後ろから声が聞こえた。
でも、振り返っている余裕はない。
「まだ来ます!」
森から次々に魔物が飛び出してくる。
俺が前で勢いを止める。
フェリシアが後方から魔弾を撃ち込み、数を減らす。
傷ついた魔物を領兵たちが仕留めていく。
「左だ!」
「柵を越えさせるな!」
「負傷者は下がれ!」
さっきまでばらばらだった声が、次第に揃っていった。
どれくらい戦っただろう。
気づけば町の前には、何十体もの魔物が倒れていた。
やがて。
森から飛び出してくる魔物が途切れた。
「……止まった?」
領兵の一人が荒い息を吐く。
町まで突破した魔物はいない。
後ろを見ると、避難していた住民たちが恐る恐るこちらを見ていた。
「助かった……」
「終わったのか?」
俺は炎牙剣についた血を払った。
「アレンさん、大丈夫ですか?」
「はい。フェリシアさんは?」
「まだ大丈夫です」
視界に表示が残っている。
【保有:35,935P】
【累計獲得P:88,145P】
一気に二千六百七十P増えた。
その時だった。
「アレン様!」
後ろから声がした。
振り返る。
さっき俺を見つけた年配の領兵だった。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫です」
周囲が静かになった。
「……アレン?」
住民の一人が呟く。
「今、アレン様って言ったか?」
「まさか……」
昼に食堂で見た男もいた。
目を大きくして俺を見ている。
「アレン・ヴァルディス?」
「ドラン帝国の《剣聖》を倒したっていう?」
視線が一斉に集まった。
「本人だったのか……」
「さっき食堂にいたぞ」
「じゃあ、あの話は本当に……」
「アレンさん」
「何です?」
「すごく見られてます」
「分かってます」
居心地が悪い。
でも、そんなことを気にしていられたのは一瞬だった。
「……え?」
《魔力感知》に反応があった。
森の奥。
さっきまでとは明らかに違う。
「どうしました?」
「まだいます」
「魔物が?」
「はい」
大量の小さな反応ではない。
一つ。
それだけなのに、強い。
しかも、こちらへ向かっている。
「何か来ます」
ドンッ。
地面が揺れた。
少し間を置いて、もう一度。
ドンッ。
森の奥から鳥が一斉に飛び立つ。
領兵たちも異変に気づき、再び武器を構えた。
「何だ……?」
一本の木が大きく揺れる。
次の瞬間。
バキバキバキッ!
太い幹が折れ、横へ倒れた。
その奥から巨大な影が姿を現す。
オーガ。
だが、さっき倒したアイアンオーガとは大きさがまるで違う。
三メートルを優に超える巨体。
黒ずんだ皮膚。
太い腕には、人間一人よりも大きな棍棒を持っている。
額から二本の角が伸びていた。
「そんな……」
領兵の顔から血の気が引いた。
「キングオーガ……」
「知ってるんですか?」
「ああ」
領兵が震える声で答える。
「オーガの上位種だ。普通のオーガとは比べものにならない」
キングオーガが森から完全に姿を現す。
その後ろにも、まだいくつもの魔力反応があった。
さっきまでの群れ。
あれで全部じゃなかった。
キングオーガが巨大な棍棒を持ち上げる。
「グオオオオオオオオオッ!」
咆哮が町まで響いた。
俺は炎牙剣を構え直す。
スタンピードは、まだ終わっていなかった。
累計獲得P=88,145P
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