第48話 二つの道
翌朝。
俺とフェリシアは朝食を済ませると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
昨日持ち込んだ大量の素材とミスリルゴーレム。
査定が終わっていれば、代金を受け取って王都へ向かう準備を始めるつもりだ。
ギルドへ入ると、いつもの受付嬢がこちらに気づいた。
「おはようございます。ちょうどよかったです」
「査定、終わりました?」
「はい。かなり時間がかかったみたいですけど」
受付嬢が苦笑する。
「ミスリルゴーレムについては、ギルドの職員だけでは判断できない部分があったので、鍛冶職人にも来てもらいました」
「そんなに大変だったんですね」
「丸ごと持ち込まれることなんて普通ありませんから」
受付嬢が一枚の紙を取り出した。
「まず、十一階層から十九階層までで持ち込まれた魔物の素材です」
スチールリザードやメタルスコーピオン、クリスタルホーン、ブレードマンティス。
十六階以降では、アクアサーペント、ロックタートル、アイアンオーガ、ストームワイバーンも倒した。
ほとんどを《収納》で丸ごと持ち帰っている。
「合計で、七百八十六万ジェニーです」
「七百……」
フェリシアが言葉を止めた。
俺も似たようなものだった。
一日で持ち帰った素材の金額とは思えない。
「それと、ミスリルゴーレムですが、こちらは千四百二十万ジェニーになりました」
「…………え?」
フェリシアが聞き返した。
「千四百二十万ジェニーです」
「一体で?」
「はい。ただし、全身がミスリルでできているわけではありません。
表面や内部の骨格に、ミスリルを多く含んだ特殊な金属が使われていたそうです」
「それでも、その金額なんですね」
「大型の魔石も非常に質が高かったそうですよ」
なるほど。
それでも、とんでもない金額なのは変わらない。
「ですので、全部合わせて二千二百六万ジェニーになります。
お二人で半分ずつでよろしいですよね?」
「はい」
「お願いします」
「では、一人一千百三万ジェニーです」
フェリシアが俺を見る。
「一千万超えちゃいました」
「超えましたね」
「一日ですよ?」
「そうですね」
自分でも実感がない。
戦争の報奨金だけでも一千五百万ジェニーを受け取っている。
それ以前の貯金もあるし、その後もダンジョンや森林調査でかなり稼いだ。
装備には相当使ったが、それでもギルド銀行に預けている金はかなりの額になっているはずだ。
「いつも通り、ギルド銀行へお願いします」
「私もお願いします」
「承知しました」
受付嬢が手続きを始める。
これで、ベルガントで待つものはなくなった。
「じゃあ、王都へ行きましょうか」
フェリシアが言った。
「そうですね」
次の目的地は王都だ。
そこで王国への貢献につながる仕事を探す。
Aランクになるための一歩になる。
「王都まで歩くんですか?」
「さすがに馬車を使いません?」
「私もその方がいいです」
今回は目的地まで戦いながら進む旅ではない。わざわざ時間をかけて歩く必要もないだろう。
受付嬢に王都行きの乗合馬車について聞くと、街の東側に発着場があると教えてもらった。
◇
乗合馬車の発着場には、何台もの馬車が並んでいた。
近隣の街へ向かうものもあれば、数日かけて遠くへ行く便もあるらしい。
王都行きについて尋ねると、受付にいた男が地図を広げた。
「王都なら、今は二つの便があります」
「二つ?」
「はい」
男がベルガントから北東へ延びる道を指でなぞる。
「一つは内陸を進む便です。途中でヴァルディス侯爵領を通って、そのまま王都へ向かいます」
ヴァルディス侯爵領。
俺が生まれ育った場所だ。
「もう一つは?」
「こちらですね」
男の指が少し東寄りの道を進む。
「ルーフェン帝国との国境に近い街道を回ってから北上します。
こちらの方が少し遠回りですが、商人はよく使いますよ」
「じゃあ――」
国境沿いの方で。
そう言おうとした。
「そっちはやめませんか?」
隣からフェリシアの声がした。
「え?」
見ると、フェリシアは地図を見つめている。
「ルーフェン帝国側ですか?」
「はい。できれば、そちらは通りたくないです」
珍しい。
フェリシアが道を選ぶことで、ここまではっきり嫌がるのは初めてだった。
「何かあるんですか?」
「……ちょっと苦手なんです」
「国境が?」
「その辺りが、です」
それ以上は言わなかった。
少し気にはなる。
でも、無理に聞くことでもない。
俺にだって、通りたくない場所はある。
もう一度地図を見る。
ヴァルディス侯爵領。
家を追い出されてから、一度も戻っていない。
正直、進んで通りたい場所ではない。
それでも、今回は領都へ帰るために行くわけじゃない。王都へ向かう途中で通るだけだ。
「じゃあ、ヴァルディス侯爵領を通る便にしましょう」
フェリシアが俺を見る。
「……いいんですか?」
俺が家を追い出されたことは、フェリシアも知っている。
「通るだけですから。それに、王都へ行くためです」
「でも……」
「大丈夫です」
以前なら、ヴァルディス侯爵領へ近づこうとも思わなかったかもしれない。
でも、今は行かなければならない場所がその先にある。
「分かりました」
フェリシアが頷く。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「もちろんです」
翌朝出発する王都行きの乗合馬車を二人分予約した。
◇
その日は旅に必要なものを買い足した。
食料、飲み水、毛布、雨具。
何日か馬車に乗ることになるので必要なものは多いが、荷物そのものはほとんど増えない。
買ったものを《収納》へ入れていく。
「便利ですね、それ」
フェリシアが自分の荷物を見る。
「フェリシアさんの荷物も入れます?」
「お願いします」
着替えや旅用品もまとめて収納する。
結局、二人とも手に持つ荷物は最低限になった。
「普通なら王都へ行くだけでも大荷物ですよね」
「《収納》を買って正解でした」
旅の時こそ便利なのかもしれない。
準備を終え、銀麦亭へ戻った。
この街へ来た時、俺はまだ冒険者になったばかりだった。
金もほとんどなく、フェリシアと二人で依頼を受けながら少しずつダンジョンの奥へ進んだ。
それが今ではBランクになり、二十階層まで踏破した。
次は王都だ。
◇
翌朝。
銀麦亭を出る。
「長くいましたね」
フェリシアが宿を振り返った。
「そうですね」
「また戻ってきますよね?」
「二十一階より先にも行きたいですから」
「そうですね」
Aランクになれば、またベルガント西部ダンジョンへ戻ってくることになる。
宿を後にして、乗合馬車の発着場へ向かった。
王都行きの馬車はすでに準備を終えている。
俺たちの他にも、商人や旅人が何人か乗り込んでいた。
馬車へ乗る。
しばらくして御者が声を上げた。
「出るぞ!」
車輪が動き出し、ベルガントの街並みが少しずつ後ろへ流れていく。
城門を抜けた。
目的地は王都。
その途中で、ヴァルディス侯爵領を通る。
◇
馬車の旅は思っていたより穏やかだった。
街道沿いの宿場で泊まり、翌朝また出発する。
道中で魔物を見かけることもあったが、街道から離れた場所にいるものがほとんどで、大きな問題は起きなかった。
何日か進むうち、周囲の景色も少しずつ変わっていった。
見覚えのある種類の木。
街道沿いに広がる畑。
遠くに見える丘。
まだ領内ではない。
それでも、少しずつ近づいているのが分かる。
夕方前。
馬車が小さな宿場へ入った。
御者が振り返る。
「今日はここまでだ。明日の朝出れば、昼前にはヴァルディス侯爵領に入る」
「明日……」
思わず声が漏れた。
フェリシアがこちらを見る。
「大丈夫ですか?」
「はい」
帰るわけじゃない。
ただ通るだけだ。
そう思っている。
それでも、胸の奥が少しだけざわついた。
明日。
俺は家を追い出されて以来、初めてヴァルディス侯爵領へ入る。
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