第43話 二十階層の階層主
翌朝。
朝食を済ませた俺とフェリシアは、ベルガント伯爵邸へ向かった。
昨日までの三日間はずっと森の中にいた。それを考えると、石畳の道を歩けるだけでも随分楽に感じる。
伯爵邸の門へ着き、名前を告げるとすぐに中へ通された。
「アレン・ヴァルディス様、フェリシア・ロート様ですね。お待ちしておりました」
案内されたのは、以前来たことのある応接室だった。
中ではベルガント伯爵が待っていた。
「よく来てくれた。まずは三日間の調査、ご苦労だった」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「座ってくれ。さっそくだが、森について聞かせてほしい」
俺たちは向かいの椅子へ座った。
机の上には、ベルガント南部の簡単な地図が広げられている。
「ギルドから簡単な報告は届いている。川を見つけたそうだな」
「はい。森の中を流れています。幅は数メートルほどで、水もかなり澄んでいました」
「水量は?」
「少なくとも、俺たちが見た範囲では安定していました」
伯爵が地図へ印をつける。
「地形はどうだった?」
「木が多いので歩いていると分かりにくいですが、土地自体は比較的平らです。
大きな谷や急な斜面も、調べた範囲にはありませんでした」
「なら開拓には向いているか」
「土地だけなら、そう思います。ただ……」
「魔物か」
「はい」
俺は三日間で遭遇した魔物について説明した。
ソーンプラントやヴァインウォーカー。
フォレストボア。
そして、タイラントベア。
「タイラントベアまでいたのか」
「一体は倒しました。ただ、別の場所でも同じくらい大きな足跡を複数確認しました」
伯爵の表情が少し変わる。
「複数か」
「少なくとも、一体だけとは考えない方がいいと思います」
「なるほど」
さらに、三日目に見つけた魔物が多く集まっていた場所を地図で示した。
「ここにはソーンプラントやヴァインウォーカーがかなりいました。フォレストボアも確認しています」
「討伐は?」
「していません」
伯爵が俺を見る。
「理由を聞いても?」
「今回の依頼は調査だったからです。二人でどこまで倒せるか試すより、場所と数を確認して持ち帰る方がいいと判断しました」
伯爵は少しの間、地図を見てから頷いた。
「正しい判断だと思う」
「ありがとうございます」
「戦争でも働いたと聞いていたが、腕が立つだけではないようだな」
伯爵が地図の魔物の多い場所を指で軽く叩く。
「開拓を始める前に、この一帯を中心として討伐隊を入れる必要がありそうだ」
「俺もそう思います。魔物を減らさないまま木こりや作業員を入れるのは危険です」
「伐採そのものも相当な作業になるだろうな」
「太い木が多かったです。切った後には根を掘り起こして、地面をならす必要もあります」
「金も人もかかる、か」
「はい。ただ、ベルガントから近くて、水もあります。開拓できれば広い土地を使えると思います」
伯爵が椅子へ背を預けた。
「十分だ」
「え?」
「そこまで分かれば、今回頼んだ意味はあった。実際に森を歩いた人間から聞きたかった情報がほとんど揃っている」
伯爵が俺とフェリシアを見る。
「二人とも、よく調べてくれた。礼を言う」
「いえ。仕事ですから」
「それでもだ。今後は必要に応じて、冒険者ギルドにも討伐依頼を出すことになるだろう。
開拓をどう進めるかは、こちらで改めて検討する」
俺たちの仕事はここまでらしい。
「依頼の達成については、すでにギルドへ連絡を入れてある。報酬もそちらで受け取ってくれ」
「分かりました」
立ち上がる。
部屋を出る前に、伯爵がもう一度声をかけてきた。
「アレン、フェリシア」
二人で振り返る。
「今回だけでなく、戦争の件も含めて助かった。ベルガントの領主として感謝している」
戦争へ向かう前、俺たちは伯爵が集めた大勢の冒険者の中にいた。
今はこうして、名前を呼ばれて仕事を任されている。
「ありがとうございます」
一礼して、伯爵邸を後にした。
◇
そのまま冒険者ギルドへ向かった。
朝の受付は混んでいたが、いつもの受付嬢が俺たちに気づく。
「お帰りなさい。伯爵様への報告は終わりました?」
「今、終わったところです」
「こちらにも正式な達成連絡が届いています」
受付嬢が書類を取り出した。
「ベルガント伯爵家からの森林調査依頼、達成です。報酬は八十万ジェニーになります」
「ありがとうございます」
二人で四十万ジェニーずつ。
同時に視界へ表示が現れた。
【依頼達成を確認しました】
【100P獲得】
【保有:465P】
【累計獲得P:42,575P】
「百P増えました」
隣のフェリシアに小さな声で伝える。
「調査でもちゃんと増えるんですね」
「依頼を達成すれば同じみたいです」
表示を消す。
受付嬢が別の紙を取り出した。
「それと、昨日持ち込まれた魔物の査定も終わっています」
「あれ全部ですか?」
「解体担当の職員が朝から頑張ってくれました」
少し疲れたような笑い方をしている。
「かなりの量だったので時間はかかりましたが、丸ごと持ち込まれた魔物が多かった分、普段なら捨てられてしまう部位にも値段がついています」
「やっぱり違いますか?」
「かなり違いますね。フォレストボアなんて、現地で牙や皮だけ取ってくる冒険者がほとんどですから」
受付嬢が査定表を見る。
「すべて合わせて、百三十六万ジェニーです」
「百三十六万……」
フェリシアが金額を確認する。
二人で分ければ六十八万。
調査依頼の報酬と合わせれば、今日は一人百八万ジェニーだ。
「《収納》があると、素材の売り方まで変わりますね」
「今後も丸ごと持ってくるなら、解体場へ直接お願いします」
「分かりました」
「受付の前で出したら大変なことになりますからね」
「それは俺も分かります」
昨日の解体場を思い出す。あれを受付前へ全部並べたら、ギルドの入口まで塞いでいたかもしれない。
「それでは、お二人とも百八万ジェニーずつです。お金はどうされますか?」
「俺はいつも通り、ギルド銀行へお願いします」
「私もお願いします」
「承知しました」
ベルガントの冒険者ギルドには、冒険者が稼いだ金を預かるギルド銀行が併設されている。
大金を持ち歩く必要もないので、まとまった金が入った時はそこへ預けるようにしていた。
受付嬢が手続きを始める。
その様子を見ながら、ふとこれまで稼いだ金のことを考えた。
戦争の報奨金が一千五百万ジェニー。その前から貯めていた金もあるし、十五階へ行った日は百四万ジェニー稼いだ。
そして今日が百八万。
宿代や装備代も使っているから正確な額は分からない。
それでも、ギルド銀行に預けている分まで合わせれば、もう二千万ジェニー近くあるんじゃないか。
「…………」
そう考えると、少し変な感じがした。
冒険者になったばかりの頃は、一万ジェニーでも大きな金に見えた。
鋼鉄剣を買った時だって、十万近い値段を何度も確認した。
炎牙剣の百二十八万ジェニーを見た時には本気で高いと思った。
それが今では、二千万近い。
もちろん、全部持ち歩いているわけじゃない。
必要な分以外はギルド銀行に預けてある。
それでも、俺が稼いだ金であることには変わりなかった。
「手続き、終わりました」
「あ、ありがとうございます」
「どうしたんです?」
フェリシアがこちらを見る。
「ちょっと、今まで稼いだ金のことを考えてました」
「かなりありますよね」
「思ってた以上にありました」
それだけ答えて受付を離れた。
金は使うためにある。だからといって、必要のないものまで買うつもりはない。
ただ、今なら買ってもいいものがある。
「フェリシアさん」
「はい」
「装備、見に行きませんか?」
フェリシアが少しだけ足を速めた。
「ようやく行けますね」
「森へ行く前から言ってましたからね」
三日前に行くはずだった装備選び。今度こそ行けそうだ。
◇
向かったのは中央通りだった。
以前、一度だけ入ったことのある高級武具店だ。
大きなガラス窓の向こうには剣や鎧が一つずつ飾られ、入口近くには制服を着た店員が立っている。
前に来た時は、値札を見るだけで場違いな店に入った気がした。
扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
店員が頭を下げる。
すぐ近くに、以前見た剣が並んでいた。
【白銀剣 2,450,000ジェニー】
【雷晶剣 5,800,000ジェニー】
さらに奥には、一振りだけ別の台に置かれた黒い剣がある。
【黒竜剣 12,800,000ジェニー】
「……千二百八十万」
フェリシアも同じことを思い出したらしい。
「前に来た時、家が買えるって話しましたよね」
「しましたね」
改めて値段を見る。
千二百八十万。
今でも十分高い。
ただ、以前とは一つだけ違う。
絶対に手が届かない金額ではなくなっている。
もちろん、今すぐ炎牙剣を買い替えるつもりはない。
ただ、これから二十階層まで潜るなら、今の自分にまだ合っているのか専門家に見てもらいたかった。
「武器をお探しですか?」
店員が近づいてくる。
「防具を見たいです。その前に、この剣をこのまま使っていて問題ないか見てもらえますか?」
「拝見しても?」
「どうぞ」
炎牙剣を渡す。
店員は鞘から少し刃を出したところで目を細めた。
「炎牙剣ですね」
「知ってるんですか?」
「もちろんです。ファイアリザードの牙と魔石を使った品でしょう」
刃を確認し、柄の魔石も見る。
「随分使われていますが、大きな傷みはありません」
「戦争でも使いました」
「なるほど」
店員がこちらを見る。
「無理に買い替える必要はないと思います」
「この店にある剣の方が高いですよね?」
「値段が高ければ、必ずその方に合うわけではありません」
炎牙剣を返してくる。
「使い慣れているのであれば、今はそのままの方がいいでしょう。
魔力を扱える方なら、炎牙剣の性能も十分に引き出せます」
《魔力操作》を使って炎を刃へ集める戦い方は、剣聖との戦いでも役に立った。
まだ、この剣でいい。
「ありがとうございます。じゃあ防具をお願いします」
「現在は?」
着ている革鎧を見せる。
店員がすぐに頷いた。
「なるほど。少々お待ちください」
奥へ消え、しばらくして一つの防具を持ってきた。
黒に近い灰色の革で作られ、胸や肩には薄い金属板が組み込まれている。
【ブラックスチールリザードの軽鎧 1,480,000ジェニー】
「百四十八万……」
以前なら、値段を見た時点で候補から外していた。
「ブラックスチールリザード?」
「硬い鱗を持つ大型魔獣です。鱗を薄く加工し、革へ縫い込んであります。
金属鎧ほど重くありませんが、普通の革鎧とは耐久性が違います」
持ってみる。
思ったより軽い。
「試着されますか?」
「お願いします」
奥で着替える。
身体へ合わせて留め具を調整し、腕を動かしてみた。
軽く腰を落とし、前へ踏み込む動きも試す。
邪魔にならない。
今の俺は速さを生かして戦うことが多い。
重い鎧で動きを落としたくないが、これなら合いそうだ。
店員のところへ戻る。
「どうでしょう?」
「かなり動きやすいです」
「今までのものよりは少し重くなりますが、その程度なら問題なさそうですね」
百四十八万ジェニー。
炎牙剣より高い。
それでも、今の俺が行こうとしているのは十五階よりさらに下だ。
戦場では剣聖とも戦った。
防具だけ昔のままでいい理由はない。
「これにします」
「ありがとうございます」
隣では、フェリシアが杖を何本か見比べていた。
「何かありました?」
「これが気になってます」
一本の杖を指す。
今使っているものより少し短く、白っぽい木の先端に小さな青い魔石が埋め込まれている。
【白銀樹の杖 860,000ジェニー】
「八十六万ですか」
「今の杖より魔力を流しやすいそうです」
店員が説明を続ける。
「白銀樹は魔力を通しやすい木材です。
魔法そのものの威力が突然大きくなるような品ではありませんが、魔力を素早く流し込むには向いています」
フェリシアが杖を握る。
先端へ魔力を流したらしく、青い魔石が淡く光った。
「……やりやすいです」
「分かるんですか?」
「今の杖より、魔力を動かした時の引っかかりが少ない感じがします」
《魔力操作》を使えるようになってから、フェリシアは以前より細かく魔力を扱うようになっている。
連射や圧縮、狙った場所へ当てる精度を高める今の戦い方には合っているのかもしれない。
「これにします」
フェリシアも決めた。
「黒狼の革鎧は?」
「まだ全然使えます。ナイフもありますし、防具はそのままでいいです」
以前買った黒狼の革鎧はまだ新しい。
無理に替える必要はない。
会計を済ませる。
俺はブラックスチールリザードの軽鎧。フェリシアは白銀樹の杖。
店を出ると、昼を少し過ぎていた。
「結構使いましたね」
フェリシアが新しい杖を見る。
「俺は百四十八万ですからね」
「前だったら、もっと悩んでましたよね」
「間違いなく悩んでました」
今でも百四十八万は高い。
ただ、十五階より先へ潜るための防具なら、無駄遣いとは思わなかった。
「次はどうします?」
フェリシアが聞く。
森の調査は終わった。装備も新しくした。
なら、次に行きたい場所は決まっている。
「ダンジョンに戻りませんか」
「何階まで?」
「Bランクなら二十階まで入れますよね」
前回は十五階まで行った。
まだ十六階から先を見ていない。
「いきなり二十階まで行くんですか?」
「十六階から様子を見ながらです。無理なら途中で戻ります」
「それなら賛成です」
「《収納》もありますし、必要なら何日かかけて探索できます」
「野営道具も全部持っていけますもんね」
森へ行ったことで《収納》まで手に入った。今までより深く潜る準備はできている。
「じゃあ、明日からですね」
「はい」
せっかくなので、今日のうちに依頼だけ確認しておくことにした。
◇
冒険者ギルドへ戻る。
Bランク用の掲示板へ向かうと、いつもより人が多かった。
「何かあるんでしょうか」
「見てみましょう」
近づくと、数人の冒険者が一枚の依頼書を見ている。
「二十階か……」
「出たばっかりらしいぞ」
「俺は行かん。割に合わん」
そんな声が聞こえた。
前にいた冒険者が離れたところで、依頼書が見えた。
【緊急討伐依頼】
【ミスリルゴーレム討伐】
【対象:ベルガント西部ダンジョン第二十階層】
【受注条件:Bランク以上】
【報酬:1,200,000ジェニー】
「ミスリルゴーレム……」
名前を見た瞬間、十階層を思い出した。
アイアンゴーレム。
あの時は鋼鉄剣が壊れる寸前まで追い込まれた。
倒した後には、十階層へ直接移動できる転移石が現れた。
「これって……」
フェリシアも同じことを考えたらしい。
「階層主ですよね」
「聞いてみましょう」
依頼書を持って受付へ向かう。
いつもの受付嬢が内容を見た。
「ああ、それですか」
「今日出た依頼ですか?」
「はい。今朝、二十階層を探索していたBランクパーティから報告がありました」
「階層主が出たんですね」
「そうです」
受付嬢が依頼書を見る。
「十階層のアイアンゴーレムと同じで、二十階層の階層主も常に出現しているわけではありません。
一度討伐されると姿を消して、次にいつ現れるかは分かりません」
やっぱり同じだ。
「ミスリルゴーレムは強いんですか?」
「二十階層の階層主ですから」
受付嬢の表情が少し真剣になる。
「少なくとも、十五階層までの魔物と同じつもりでは行かないでください。
討伐できそうにないと判断した場合は、そのまま戻ってきても構いません」
依頼書を見る。
十階層の階層主にはかなり苦戦した。
でも、あの頃とは違う。
今は炎牙剣も、《魔力操作》も、《剣豪》もある。
防具も新しくなったし、フェリシアも強くなっている。
そして俺たちはBランクだ。
フェリシアを見る。
「二十階層まで行ってみましょうか」
「はい」
依頼書を受付へ置いた。
「これ、受けます」
受付嬢が一度俺たちを見てから、依頼書を手に取った。
「分かりました。ただし、危険だと思ったら必ず戻ってきてください」
「はい」
明日からの目標は、二十階層だ。
累計獲得P=42,575P




