第40話 森の巨大魔獣
大きな足跡は、森の奥へ続いていた。
俺たちは周囲を確認しながら、その跡を追っていく。
ただ、ダンジョンのようには進めない。
太い木の根が地面から浮き出し、低い枝が行く手を塞いでいる。
足元には落ち葉が積もっていて、その下に何があるのかも分かりにくい。
「ここだと足跡も見失いそうですね」
フェリシアが言った。
「柔らかい土なら残ってますけど、落ち葉の上だと分かりにくいですね」
さっきまで続いていた跡も、一度途切れている。
少し離れた湿った場所を探すと、また大きな足跡が見つかった。
「こっちですね」
「はい」
方向を確認して進もうとした時だった。
「アレンさん、待ってください」
「?」
フェリシアが杖を構える。
「どうしました?」
「今、あそこが動きました」
指した先を見る。
草。
低い木。
紫色の花。
特に変わったところはない。
そう思った瞬間。
シュッ!
「!」
地面から細い蔓が伸びてきた。
身体を引く。
蔓の先についた棘が胸元を掠めた。
「魔物?」
炎牙剣を抜く。
草の間から植物が起き上がった。
高さは俺の腰くらい。
太い茎の周囲から何本もの蔓が伸び、それぞれに棘がついている。
「ソーンプラントです!」
フェリシアが声を上げる。
「知ってるんですか?」
「弱い植物系の魔物です。でも――」
横の草むらが揺れた。
もう一体。
さらに後ろからも茎が起き上がる。
「三体います!」
「お願いします!」
正面のソーンプラントへ踏み込む。
蔓が二本伸びてきた。
洞窟なら後ろへ下がればいい。
だが、背後には太い木の幹がある。
横にも低い枝。
大きく動ける場所が少ない。
身体を半歩だけずらした。
一つ目の蔓をかわす。
二つ目は炎牙剣で切り落とした。
そのまま本体へ近づく。
ザンッ!
太い茎を断ち切った。
【20P獲得】
横から別の蔓が来る。
剣を返して切る。
木の根を踏まないよう足を運び、そのまま二体目へ。
今度は大きく振らない。
《剣豪》を得てから、小さな動きでも十分に刃を走らせられる。
蔓を一本。
二本。
最後に本体。
【20P獲得】
「《魔弾》!」
少し離れたところで青白い光が走った。
バンッ!
三体目のソーンプラントが倒れる。
フェリシアが杖を下ろした。
「ダンジョンより狙いにくいですね」
「木がありますからね」
「今も枝が邪魔でした」
見ると、フェリシアと魔物の間には細い枝が何本も伸びている。
ダンジョンでは通路の先に敵がいれば、そのまま魔法を撃てた。
森では違う。
木。
枝。
茂み。
相手が見えても、攻撃できるとは限らない。
「森で戦うのも慣れないと駄目ですね」
「ですね」
表示を確認する。
【保有:2,965P】
【累計獲得P:39,875P】
「二体で四十Pですか」
「昨日とはかなり違いますね」
「強さだけなら、ダンジョンの浅い階層で出会った魔物と大差なさそうです」
「その分、Pも少ないんでしょうね」
「たぶん」
素材になりそうな部分だけ回収し、再び足跡を追った。
◇
それから三十分ほど進んだところで、今度は前方の茂み全体が動いた。
「またソーンプラントですか?」
「いえ……もっと大きいです」
フェリシアの言葉どおりだった。
茂みの中から、人間ほどの高さがある植物が歩いて出てくる。
太い蔓が何本も絡み合い、二本の脚のような形を作っている。
「ヴァインウォーカー……」
フェリシアが言った。
魔物が腕のような蔓を伸ばした。
「来ます!」
横へ動く。
だが、足元の木の根が邪魔だ。
飛び退くのではなく、一歩だけ位置を変える。
蔓が横を通った。
すぐに二本目。
炎牙剣を合わせる。
ザンッ!
根元から切り落とした。
ヴァインウォーカーがさらに近づいてくる。
左には木。
右には低い茂み。
剣を大きく振る場所がない。
だったら振らなければいい。
剣先を前へ出し、短い軌道で斬る。
もう一本の蔓を切断した。
「《魔弾》!」
フェリシアが横へ移動してから魔法を放つ。
正面からでは枝が邪魔だったため、射線を作ったらしい。
青白い魔弾がヴァインウォーカーの胴へ直撃した。
「今です!」
「はい!」
魔物の身体が傾く。
踏み込み、中央にある太い茎へ炎牙剣を突き込んだ。
そのまま横へ斬る。
ヴァインウォーカーが崩れ落ちた。
【120P獲得】
「一体で百二十ですか」
「十二階や十五階の魔物を見たあとだと、少なく感じますね」
「完全に感覚がおかしくなってますよね」
「アレンさんがそれを言いますか?」
「フェリシアさんも同じだと思いますけど」
さらに奥へ進む。
その後も魔物との遭遇は続いた。
ソーンプラントが四体。
ヴァインウォーカーが一体。
フェリシアがヴァインウォーカーとソーンプラント二体を仕留め、俺は残りのソーンプラント二体を倒した。
森へ入ってまだそれほど経っていないのに、昨日十五階へ向かった時より遭遇する回数は多い。
《会員》を確認する。
【保有:3,125P】
【累計獲得P:40,035P】
「かなり戦った気がするんですけどね」
「二百Pしか増えてないんですか?」
「はい」
「やっぱり、Pを稼ぐならダンジョンですね」
「そうなりますね」
ただ、森が安全という意味ではない。
ダンジョンなら、十一階には十一階。
十五階には十五階なりの魔物がいる。
ある程度、強さの予想ができる。
この森にはそれがない。
今まで弱い魔物しか出ていないからといって、次も弱いとは限らない。
何よりも俺たちはそれを示すものを追いかけている。
地面に残された巨大な足跡だ。
「またありました」
フェリシアが少し先を指す。
湿った土。
さっきと同じ足跡。
まだ森の奥へ続いている。
俺たちは慎重に進んだ。
◇
それからしばらくして。
ドンッ!
低い音が森の奥から響いた。
足を止める。
「……今の何でしょう?」
「分かりません」
続けて、
バキッ!
太い枝が折れる音。
周囲にいた鳥が一斉に飛び立った。
フェリシアが杖を構える。
俺も炎牙剣を抜いた。
ガサガサと茂みが大きく揺れる。
「来ます」
「はい」
木々の間。
最初に見えたのは巨大な頭だった。
「熊……?」
普通の熊とは大きさが違う。
四足のままでも背中が俺の胸近くまである。
肩から前脚にかけて異様なほど太い。
黒褐色の毛の間から、長い爪が見える。
「タイラントベア……」
フェリシアの声が低くなる。
「知ってるんですか?」
「図鑑で見ました。かなり大型の魔物です」
タイラントベアがこちらを見る。
足元。
大きな前脚。
爪。
さっき追っていた足跡と同じ形だった。
「こいつですね」
「たぶん」
「グオオオオオッ!」
森が震えるほどの咆哮。
タイラントベアが走ってきた。
「下がってください!」
俺が前へ出る。
速くはない。
ブレードマンティスと比べれば、動きはずっと追いやすい。
巨大な前脚が振り上がった。
横へかわす。
爪が身体の横を通り過ぎた。
次の瞬間。
バキッ!
「……!」
後ろにあった細い木が途中から折れた。
「すごい力ですね」
「当たらないでくださいよ!」
「もちろんです!」
タイラントベアがもう一度前脚を振る。
身体を沈めてかわす。
反撃しようと横へ回った。
だが、
「っ!」
木が邪魔だ。
洞窟の広い場所なら、そのまま横へ抜けられた。
森では進みたいところに木が立っている。
タイラントベアが向きを変えた。
今度は身体ごと突っ込んでくる。
正面から受ける必要はない。
木と木の間へ走った。
巨体が追ってくる。
俺は直前で横へ抜けた。
タイラントベアは曲がりきれない。
ドンッ!
肩から太い木へぶつかった。
幹が大きく揺れる。
葉が何枚も落ちてきた。
「《魔弾》!」
フェリシアの魔法が横から飛ぶ。
一発。
二発。
三発。
タイラントベアの肩と前脚へ続けて当たった。
だが。
「グオオッ!」
「硬い!」
毛が厚い。
身体も大きい。
通常の《魔弾》では大きく怯ませるところまでいかない。
タイラントベアがフェリシアを見る。
「こっちだ!」
前へ出る。
炎牙剣を振った。
前脚へ刃が入る。
「グアアアッ!」
傷はついた。
それでも止まらない。
前脚が横から来る。
かわす。
今度は反対側。
これも見える。
力はすごい。
でも速度はそれほどでもない。
剣聖どころか、十五階のブレードマンティスより遅い。
これだと俺を捕まえることはできない。
問題は森だ。
いつまでも自由に避けられる場所があるとは限らない。
「アレンさん!」
「はい!」
フェリシアが位置を変えていた。
木々の間から杖を向ける。
杖の先に小さな魔弾ができた。
圧縮している。
「《魔弾》!」
青白い光が飛ぶ。
狙いは顔。
タイラントベアが反射的に頭を逸らした。
魔弾が目のすぐ横へ当たる。
「グアアッ!」
巨体がのけ反った。
「今です!」
地面を蹴る。
前脚の付け根へ。
《剣豪》を得てから、狙う場所が以前より分かる。
腕力で硬い骨を斬る必要はない。
動かすための関節を狙えばいい。
炎牙剣を振り抜いた。
ザンッ!
右の前脚が崩れる。
タイラントベアが大きく体勢を崩した。
だが倒れない。
「グオオオオッ!」
後ろ脚で立ち上がった。
「でかい……!」
三メートルはある。
巨大な両腕が頭上まで持ち上がる。
そのまま地面へ叩きつけてきた。
横へ飛ぶ。
ドンッ!
土が大きく抉れた。
小石と土が飛んでくる。
「《魔弾》!」
フェリシアの連弾。
一発目が肩。
二発目が胸。
三発目。
圧縮された一撃が目元へ飛んだ。
「グアッ!」
タイラントベアが顔を背ける。
その瞬間。
俺はもう横へ回っていた。
炎牙剣へ魔力を流すと刀身に赤い炎が広がる。
《魔力操作》で刀身の周囲へ集めた。
狙うのは首。
踏み込む。
一気に振り抜いた。
ザンッ!
タイラントベアの巨体が揺れる。
数歩前へ進み、そのまま地面へ崩れ落ちた。
ドンッ!
森の中が急に静かになる。
【1,500P獲得】
【保有:4,625P】
【累計獲得P:41,535P】
「千五百……」
倒れたタイラントベアを見る。
「ブレードマンティスより高いですね」
「強かったですからね」
フェリシアも近づいてくる。
「でも、アレンさんにはほとんど攻撃が当たりそうになかったですよね」
「力はすごいですけど、そこまで速くありませんでしたから」
「木を折った時は驚きました」
「あれは当たりたくないですね」
炎牙剣を鞘へ戻す。
そこで、もう一度巨大なタイラントベアを見る。
「問題は……」
「何です?」
「こいつ、この森だとどのくらい強い魔物なんでしょう」
「……あ」
フェリシアも周囲を見る。
ダンジョンなら分かる。
十五階にいるブレードマンティス。
十二階にいるメタルスコーピオン。
階層が基準になる。
森にはそれがない。
「この辺りで一番強いならまだいいですけど」
「もっと強いのが普通にいる可能性もありますね」
「はい」
伯爵へ報告する内容が一つ増えた。
タイラントベアが生息している。
少なくとも開拓前に確認しておくべき情報だ。
爪や牙など、運べる範囲の素材を回収する。
それだけでも荷物はかなり増えた。
「重くないですか?」
「大丈夫です」
「無理しないでくださいよ」
「フェリシアさんも持ってるじゃないですか」
「二人で分けた方がいいですから」
「ですね」
足跡の正体も分かった。
俺たちは今度は周辺の調査へ目的を戻した。
◇
それからも、魔物とは何度も遭遇した。
ソーンプラント。
ヴァインウォーカー。
どちらも一体一体は大した相手じゃない。
ただ、数が多い。
「右、二体です!」
「俺が一体やります!」
「じゃあ、もう一体は私が!」
炎牙剣で蔓を斬る。
隣ではフェリシアの《魔弾》が飛ぶ。
別の場所ではヴァインウォーカーが二体同時に現れた。
一体を俺が引きつけている間に、フェリシアがもう一体へ連弾を撃ち込む。
「《魔弾》!」
二発。
三発。
最後の圧縮弾が本体を貫いた。
「倒しました!」
「こっちも終わります!」
蔓をかわす。
炎牙剣を短く振り、一本切る。
懐へ入り、本体へ刃を入れた。
【120P獲得】
少し進めば、また別の魔物。
俺だけが戦っているわけじゃない。
フェリシアも同じくらいの数を倒している。
それでも次から次に魔物と遭遇する。
「これ……」
フェリシアが倒れたソーンプラントを見る。
「開拓するなら、先にかなり魔物を減らさないと無理ですよね」
「俺もそう思います」
この辺りはまだ森へ入ってそれほど深くない。
それなのに、これだけ出る。
「二人で倒して回るような数じゃないですね」
「冒険者か騎士をかなり集めないと駄目だと思います」
「伯爵様に報告ですね」
「はい」
その後、俺が倒した分だけでさらに三百P増えた。
【保有:4,925P】
【累計獲得P:41,835P】
「いまのPはどれくらいですか?」
「あと七十五Pで五千です」
「五千になったら何か買うんですか?」
「まだ考えてます」
そう答えながら先へ進んだ。
◇
森へ入ってから、さらに時間が経った。
少しずつ日差しの角度も変わっている。
その時。
「水の音しません?」
フェリシアが立ち止まった。
耳を澄ます。
確かに聞こえる。
「しますね」
音の方向へ進む。
茂みを抜けると、視界が少し開けた。
「川だ」
森の中を一本の川が流れている。
幅は数メートル。
底の石が見えるくらい水は澄んでいた。
流れもそれほど速くない。
「水は確保できそうですね」
「開拓するなら大きいですね」
地図に位置を記録する。
ただ、川の周囲を見渡す。
どこを見ても木だ。
太いものになると、二人で手を回しても届かなそうな木まである。
低い場所には草や低木が密生している。
地面からは太い根が何本も突き出していた。
「……フェリシアさん」
「はい」
「ここ、開拓するの大変じゃないですか?」
「私もさっきから思ってました」
水はある。
ベルガントからもそれほど遠くない。
でも、それだけだ。
魔物も多い。
木を切るだけでも大変そうだ。
その後には根を掘り起こし、地面をならして道を作らなければならない。
「これだけ広いなら、もっと開拓しやすい場所がありそうですけど」
「ですよね」
「何でわざわざここなんでしょう」
「何か理由があるんでしょうか」
「分かりません」
まだ調査一日目だ。
俺たちが知らない事情があるのかもしれない。
「これも戻ったら聞いてみましょう」
「はい」
川沿いを少し調べたあと、空を見る。
森の中なので分かりにくいが、かなり日が傾いている。
「そろそろ戻った方がいいですね」
「森の中で暗くなるのは嫌ですね」
「俺もです」
初日の調査としては十分だ。
水場。
地形。
魔物。
タイラントベア。
報告できることはいくつもある。
俺たちは来た道を戻った。
◇
森の外へ出た頃には、空が赤くなり始めていた。
「今日はここまでですね」
「ですね」
森から少し離れた、周囲を見渡せる場所を選ぶ。
そこで野営の準備を始めた。
「まず天幕ですか?」
「先に火を起こしましょう。暗くなる前に」
「じゃあ、薪を集めましょう」
「はい」
二人で近くに落ちている乾いた枝を集める。
戻ってから火を起こし、その横で簡易天幕を張った。
フェリシアが布を広げ、俺が支柱を固定する。
「こっち、もう少し引っ張ってください」
「これくらいですか?」
「はい。そこで結んでください」
「分かりました」
次は食事だ。
持ってきた干し肉とパン。
簡単なスープも作る。
俺が鍋へ水を入れている間に、フェリシアが食材を切る。
「それ、入れます?」
「お願いします」
「全部?」
「半分くらいでいいと思います」
二人で準備を進める。
戦場でも野営はした。
でも、あの時は大勢の兵士や冒険者がいた。
自分たち二人だけで全部用意するのはまた違う。
「結構、荷物ありますね」
フェリシアが言った。
横を見る。
食料。
水。
天幕。
毛布。
縄。
調査道具。
それに今日回収した魔物の素材。
「帰りは素材の分、もっと増えてますからね」
「タイラントベアだけでも結構あります」
「ですね」
昨日のダンジョンでも、大量の素材を持ち帰った。
今後、さらに深い階層へ行けばどうなるだろう。
二十階までなら日帰りできるかもしれない。
でも、その先、何日もダンジョンへ潜るようになれば、野営道具も持っていく必要がある。
食料も水も増える。
倒した魔物の素材まで持ち帰るなら、荷物はさらに重くなる。
「……そういえば」
「どうしました?」
《会員》を開く。
固有スキル一覧。
【《身体強化》 5,000P】
【《気配察知》 5,000P】
【《暗視》 5,000P】
【《高速思考》 5,000P】
【《魔力操作》 5,000P】
【《剣士》 5,000P】
【《再生》 5,000P】
【《収納》 5,000P】
【《隠密》 5,000P】
【《魔力感知》 5,000P】
「《収納》……」
「前にも気にしてましたよね」
「はい」
持ち帰れなくて諦めた素材は今までにもあった。
今日みたいな遠征なら、さらに使い道は多い。
「どれくらい入るかは分からないですけど、これが使えたらかなり楽になりそうです」
「野営道具まで入ったら便利ですね」
「ダンジョンの深いところへ行く時にも使えます」
「じゃあ、次はそれですか?」
保有ポイントを見る。
【保有:4,925P】
必要なのは五千。
「あと七十五Pです」
「すぐですね」
「はい」
《剣豪》の次に何を買うか。
戦闘に使うスキルばかり考える必要はない。
冒険できる範囲を広げてくれる力もある。
鍋から湯気が上がってきた。
「そろそろできそうですよ」
「食べましょうか」
「はい」
表示を閉じる。
明日も森の調査は続く。
その間にあと七十五Pなら、おそらく貯まる。
次は《収納》。
これから先の冒険で、かなり役に立ちそうだった。
累計獲得P=41,835P
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




