第39話 伯爵からの指名依頼
十階の転移石から一階へ戻った頃には、もう夕方になっていた。
そのまま俺たちは冒険者ギルドへ向かう。
ギルドへ入ると、いつもの受付嬢がこちらに気づいた。
「お帰りなさい。十五階はどうでした?」
「無事に帰ってきました」
「それは見れば分かります」
受付嬢が少し笑う。
「ブレードマンティスは?」
「三体倒しました」
「……もう十五階でも普通に戦えるんですね」
「普通かどうかは分かりませんけど」
「Bランクになって初めて十五階へ行った日に、三体倒して帰ってくる人は普通ではありません」
フェリシアが隣で頷いた。
「私もそう思います」
「フェリシアさん?」
討伐証明として持ち帰ったブレードマンティスの鎌を受付へ出す。
受付嬢が一つずつ確認した。
「三体分、確かに確認しました。依頼達成です」
その瞬間、視界に文字が浮かんだ。
【依頼達成を確認しました】
【100P獲得】
【保有:2,925P】
【累計獲得P:39,835P】
「増えました?」
フェリシアが小声で聞いてきた。
「百Pです」
「じゃあ、もう三千P近くまで戻ったんですね」
「はい」
《剣豪》を買った直後は五百二十五Pまで減った。
それが一日でここまで戻っている。
深い階層へ行けるようになれば、その分だけPも稼ぎやすい。
「依頼報酬は六十二万ジェニーです。それから、素材も査定しますね」
「お願いします」
別の職員も加わり、持ち帰った素材を並べていく。
スチールリザードの鱗。
メタルスコーピオンの甲殻や尾。
クリスタルホーンの角。
ケイブワイバーンの爪や翼膜。
そして、三体分のブレードマンティスの鎌と甲殻。
全部の身体を運んできたわけではないが、それでもかなりの量だ。
しばらくして査定が終わった。
「素材の買い取りは百四十六万ジェニーになります」
「百四十六万……」
フェリシアが目を丸くする。
「依頼報酬と合わせて、二百八万ジェニーですね」
二人で分ければ、一人百四万ジェニー。
「一日で百万ですか……」
「十五階の素材ですからね」
受付嬢が答える。
「今回はブレードマンティスの鎌も状態が良かったですし、ケイブワイバーンの素材もありますから」
俺も受け取った金額を見る。
戦争の報奨金だけで一千五百万ジェニー。
そこへ、それまでの貯金と今日の百四万。
炎牙剣を買った時は百二十八万ジェニーでもかなり高く感じた。
今は事情が違う。
「アレンさん」
「はい?」
「明日、装備を見に行きません?」
「俺もそれを考えてました」
「やっぱり」
フェリシアが笑った。
「Bランクにもなりましたし、今の装備より良いものがあるかもしれません」
「ですね」
炎牙剣はまだ問題ない。
でも、防具はもっといいものがあるかもしれない。
フェリシアの装備も同じだ。
「明日は武器屋と防具屋ですね」
「はい」
今日はもう遅い。
装備を見るのは明日にすることにした。
◇
翌朝。
朝食を済ませた俺たちは、装備を見に行く前に冒険者ギルドへ寄った。
よさそうな依頼は大体早い時間に無くなるから買い物の前に確認したかった。
ギルドに着き、扉を開ける。
朝の受付前には、すでに何人もの冒険者が並んでいた。
いつもの受付嬢も忙しそうに書類を確認している。
俺たちが入ると、その顔が上がった。
「アレンさん、フェリシアさん」
「おはようございます」
「おはようございます」
受付嬢が手元の書類を置いた。
「お二人を待っていました」
「俺たちを?」
「はい。ベルガント伯爵家から、お二人への指名依頼が届いています」
「伯爵から?」
フェリシアも驚いた顔をする。
「私たち二人にですか?」
「はい」
受付嬢が一枚の依頼書を差し出した。
【ベルガント伯爵家 指名依頼】
【指定冒険者:アレン・ヴァルディス】
【指定冒険者:フェリシア・ロート】
【依頼内容:ベルガント南方森林調査】
「本当に俺たちの名前が書いてありますね」
「戦争での実績と、Bランクへの昇格を踏まえての指名だと聞いています」
「なるほど……」
前に伯爵から依頼が出た時は、Cランク以上の冒険者を集めた共同依頼だった。
今回は違う。
俺とフェリシアの名前が書かれている。
「何を調べればいいんですか?」
受付嬢が簡単な地図を広げた。
中央にベルガント。
そこから南へ街道が伸び、その先に広い森林地帯が描かれている。
「最近、ベルガントでは人が増えて、市街地を南へ広げる計画が進んでいます」
受付嬢が森の北端を指した。
「そこで、この辺りを開拓できるか事前に調査してほしいそうです」
「森全部じゃないんですね」
「もちろんです。今回はベルガントに近い北側だけです」
「具体的には?」
「強い魔物がいないか。水源があるか。開拓しやすい地形か。
それから、盗賊などが活動している形跡がないか。この辺りを確認してほしいとのことです」
それなら分かりやすい。
「期間は?」
「二日から三日を想定しています。ただし、危険だと判断した場合は戻って構いません」
「報酬はいくらですか?」
「二人で八十万ジェニーです」
「調査だけで八十万?」
「伯爵家からの指名依頼ですから。それに、何も起きない保証はありません」
「確かに」
フェリシアを見る。
「どうします?」
「私は受けたいです」
「俺もです」
昨日は十五階まで潜った。
今度は街の外だ。
ダンジョンとは全く違う場所へ行ける。
「では、受注で処理しますね」
「お願いします」
「南門から森までは徒歩で二時間ほどです。調査はその先になりますから、野営の準備もしてください」
「分かりました」
装備を見る予定だったが、先に今回の依頼に必要な物を揃えることにした。
◇
食料。
水。
簡単な野営道具。
縄や小型のナイフ。
最低限必要な物を買い揃え、昼前にはベルガントの南門を出た。
本格的な装備選びは、依頼から帰ってきてからだ。
「結局、防具屋には行けませんでしたね」
フェリシアが言う。
「帰ってからですね」
「何事もなく帰れればいいですけど」
「調査ですから、大丈夫でしょう」
「アレンさんといると、普通の依頼で終わらないことが多いんですよね」
「そんなことないですよ」
「そうですか?」
「……自信はありません」
「やっぱり自信ないじゃないですか」
南へ延びる街道を歩く。
ベルガントの城壁を出たばかりの場所には畑や牧草地が広がっていた。
街へ野菜を運ぶ荷車と何度かすれ違う。
さらに進むと、街道沿いで建物を造っている人たちがいた。
木材が積まれ、大工らしい男たちが忙しそうに働いている。
「本当に街が広がってるんですね」
フェリシアが言った。
「ですね」
城壁の外にも、新しい建物が少しずつ増えている。
受付嬢が説明していた意味が、実際に見ればよく分かる。
「このまま人が増えたら、土地が必要になりますね」
「家だけじゃないですよね?」
「はい。店も倉庫も必要です。人が増えれば水も必要ですし、道も広げないと」
「アレンさん、領主みたいですね」
「昔、そういう勉強もさせられたので」
「あ……。ヴァルディス家で?」
「はい」
跡取りとして育てられていた頃は、領地経営についても学ばされた。
税。
農業。
街道。
水源。
当時は覚えることが多いと思っていたが、冒険者になってから役に立つとは思わなかった。
「無駄じゃなかったんですね」
フェリシアが言う。
「そうみたいです」
一時間半ほど歩くと、街道が緩やかな上り坂になった。
小高い丘だ。
「少し上まで行ってみます?」
「森が見えそうですね」
街道から少し外れ、丘を登った。
頂上近くまで来たところで、視界が一気に開ける。
「……すごい」
フェリシアが足を止めた。
俺も同じだった。
丘の向こう。
南一面を、森が埋め尽くしている。
左右を見ても終わりが分からない。
濃い緑。
明るい緑。
場所によって木の高さも違う。
風が吹くたび、木々の上を波のように葉が揺れていく。
「思ってたよりずっと広いですね」
「地図で見るのとは全然違いますね」
「調査するのは手前だけですよね?」
「そのはずです」
「全部だったら何か月かかるんでしょう」
「考えたくないですね」
森は東西にも遠く続いている。
そして、そのさらに南。
霞んだ地平線近くに、白いものがいくつか小さく見えた。
「あれは?」
フェリシアも気づいたようだ。
遠すぎて細かい形までは分からない。
ただ、高い塔のようなものが森の向こうに突き出している。
「ミラディアの方角ですね」
「聖教領ミラディア?」
「はい。あの森を南へ抜けた先です。見えているのは国境に近い町の塔かもしれません」
「別の国か……」
聖教領ミラディア。
サハル王国の南にある国だ。
神殿を中心に国が成り立っていると、昔習った。
「いつか行ってみたいですか?」
フェリシアが聞く。
「もちろん」
「そうですよね」
「フェリシアさんは?」
「私もです」
今はそこまで行くわけじゃない。
今日の目的は、目の前に広がる森だ。
「行きましょうか」
「はい」
丘を下りる。
そこからさらに三十分ほど歩くと、畑も建物も見えなくなった。
街道も細くなっていく。
そして、目の前に森が迫ってきた。
丘から見た時とは印象が違う。
一本一本の木が太い。
枝が頭上を覆い、外から見ても森の中は暗い。
鳥の鳴き声。
葉が擦れる音。
時折、奥の方で枝が折れる音も聞こえる。
「ここからですね」
フェリシアが杖を握った。
「はい」
俺も炎牙剣の位置を確認する。
街道から外れ、森へ入った。
数歩進んだだけで日差しが弱くなる。
地面には落ち葉と苔。
太い木の根が何本も地面から浮き出している。
空気も外より湿っていた。
「思ったより暗いですね」
「木が多いですからね」
足元を確認しながら進む。
人が頻繁に通った跡はない。
まず地形を確認する。
それから水源。
魔物の痕跡。
調べることは多い。
「アレンさん」
「はい?」
少し前を歩いていたフェリシアが立ち止まった。
「……あれ」
指した先を見る。
湿った土の上に、大きな足跡が残っていた。
俺の足よりはるかに大きい。
爪のような跡も深く残っている。
一つだけじゃない。
森の奥へ向かって、いくつも続いていた。
「かなり大きそうですね」
「はい」
しゃがんで確認する。
土の形がまだはっきり残っている。
それほど古い跡ではなさそうだ。
「……アレンさん」
「どうしました?」
フェリシアが足跡ではなく、横の木を見ていた。
俺も視線を上げる。
太さが俺の腕ほどある若木が、途中から折れていた。
折れた場所は、俺の頭よりずっと高い。
「これも、あれがやったんでしょうか」
「可能性はありますね」
もう一度足跡を見る。
間隔も広い。
一歩が、普通の大型魔物よりずっと長そうだ。
俺は森の奥へ視線を向けた。
「まずは、この足跡を追ってみましょう」
「はい」
何がいるのかは分からない。
でも、開拓予定地の近くにいるなら確認しておく必要がある。
俺たちは大きな足跡を追って、森の奥へ進んだ。
累計獲得P=39,835P
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