第38話 《剣豪》
翌朝。
《銀麦亭》の食堂へ下りると、フェリシアはすでに朝食を食べていた。
「おはようございます、アレンさん」
「おはようございます。体調、大丈夫ですか?」
「はい。ぐっすり寝たので大丈夫です」
昨日はかなり酔っていたが、いつものフェリシアに戻っている。
俺も向かいへ座った。
「……昨日、私、迷惑かけませんでした?」
「少し酔ってましたね」
「そこまでは覚えてるんですけど、そのあとの記憶があまりなくて……」
「そうなんですか」
「何か変なことしてませんよね?」
「…………」
「その間は何ですか?」
「宿まで送ったくらいですよ」
「本当ですか?」
「はい」
わざわざ全部教える必要もないだろう。
フェリシアがほっとしたように息を吐いた。
「よかった……」
「今日はダンジョン行けそうですか?」
「もちろんです」
「昨日見た十五階の依頼にします?」
「はい。行ってみたいです」
朝食を終え、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
◇
Bランク用の掲示板には、昨日まで見ることのできなかった依頼が並んでいる。
大型魔物。
危険区域の調査。
十三階、十五階、さらにその先。
昨日気になっていた依頼書を取った。
【ブレードマンティス 三体討伐】
【対象:ベルガント西部ダンジョン第十五階層】
【報酬:620,000ジェニー】
「これですね」
「はい」
受付へ持っていく。
いつもの受付嬢が依頼書を見て、すぐに俺たちを見た。
「やっぱり十五階を選びましたね」
「分かってたんですか?」
「昨日ずっと見てましたから」
「そんなに行きたそうでしたか?」
受付嬢がため息をつく。
「Bランクになったので、お二人は第二十階層まで入場できます」
「二十階まで?」
「はい。ただし、入れることと安全に戦えることは別です」
「分かってます」
「今日は何階まで挑戦されるのですか?」
「今日は十五階までにします」
「……それなら、まだ安心しました」
フェリシアが小声で言う。
「信用されてませんね」
「今までの行動の結果だと思います」
「フェリシアさんまで」
受付嬢が依頼書へ目を戻す。
「ブレードマンティスはかなり速い魔物です。両腕の鎌も強力で、強化鋼の防具でも深く傷が入ることがあります」
「分かりました」
「帰りの体力も残してくださいね」
「はい」
「少し不安ですが……行ってらっしゃい」
◇
ダンジョン一階。
転移石へ触れると、青白い光が視界を覆った。
次に目を開けた時には十階の小部屋に立っている。
「行きましょう」
「はい」
炎牙剣を確認し、十一階へ続く階段を下りた。
戦場から戻って初めてのダンジョン。
相手は人間ではない。
それだけでも、気持ちはずいぶん違った。
十一階は、濃い灰色の岩壁に金属質の鉱脈が何本も走っている。
水滴の落ちる音が長い通路へ響く。
途中でスチールリザードが一体現れた。
「グルルル……!」
地面を蹴って突っ込んでくる。
以前なら横へ大きく避けてから反撃していた。
今は頭ではなく、前脚と腰を見る。
右脚が踏み込まれる。
頭がわずかに下がった。
来る!
半歩だけ左へずれた。
銀灰色の巨体が俺のすぐ横を抜ける。
炎牙剣を下から振り上げ、前脚の付け根を斬った。
「ギャアッ!」
体勢が崩れる。
倒れかけた首へ二撃目。
スチールリザードが岩床へ沈んだ。
【800P獲得】
【保有:6,825P】
【累計獲得P:33,735P】
「前より早いですね」
「身体能力も上がってますからね」
「それだけじゃないと思います」
俺にも分かる。
剣聖と戦った時に覚えた、相手の身体を見る感覚。
あれが残っている。
素材を回収し、そのまま十二階へ進んだ。
◇
十二階は通路が狭く、黒い鉱石が岩壁から突き出している。
少し進んだところで、金属を擦るような音がした。
メタルスコーピオン。
「今度は私がやってもいいですか?」
「危なかったら入ります」
「お願いします」
フェリシアが前へ出た。
尾の一撃をかわし、杖を向ける。
「《魔弾》!」
一発。
続けて、
「《魔弾》!」
二発目。
さらに三発目。
ほとんど間がない。
「速くなりましたね」
「《魔力操作》のおかげです」
以前は、一発撃つたびに魔力を集め直す間があった。
今は魔力を形にして撃ち出すまでが明らかに速い。
しかも、一発目は脚。
二発目は甲殻。
三発目は目の横。
連射するだけでなく、狙いも変えている。
メタルスコーピオンが尾を振り上げる。
フェリシアが杖を構えた。
今度は魔弾が小さい。
「圧縮します」
青白い魔力が広がらず、一点へ集まっていく。
「《魔弾》!」
鋭い音。
魔弾が甲殻を貫いた。
メタルスコーピオンが大きく震え、そのまま倒れる。
「……やりました」
「威力も上がってません?」
「使ってる魔力はほとんど同じです。散らさないようにしただけです」
「なるほど」
同じ魔力量でも使い方で変わる。
《魔力操作》は思った以上に使い道がありそうだ。
「もっと練習します」
「俺も負けてられませんね」
「競争ですか?」
「それなら負けませんよ」
「私もです」
素材を回収し、十三階へ下りた。
◇
十三階では、壁に透明な鉱石が混じり始めていた。
魔石灯の光を受けて淡く反射している。
足元には浅い水が流れ、歩くたびに小さな水音が響く。
そこで現れたのはクリスタルホーンだった。
馬ほどの身体。
額から伸びる二本の半透明な角。
真正面から突進してくる。
通路は狭い。
俺は角だけではなく、前脚を見る。
右。
左。
次の踏み込みに合わせて身体をずらした。
角が肩の横を抜ける。
すれ違いざまに後脚へ一撃。
クリスタルホーンの身体が傾き、勢いのまま壁へ激突した。
追いかけながら炎牙剣へ魔力を流す。
広がろうとする炎を《魔力操作》で刀身に沿わせる。
首元へ振り抜いた。
【1,100P獲得】
【保有:7,925P】
【累計獲得P:34,835P】
さらに十四階へ。
そこは巨大な石柱が何本も並ぶ広い空間だった。
天井は魔石灯の光が届かないほど高く、どこからか風が流れ込んでいる。
上空からケイブワイバーンが襲ってきた。
「私がやります!」
フェリシアが杖を上へ向ける。
「《魔弾》!」
一発目をかわされる。
だが、二発目は回避した先へ飛んでいた。
「ギャッ!」
翼へ命中。
さらに三発目。
四発目。
撃つたびに狙う場所を変えている。
最後は圧縮した魔弾が胸へ直撃し、ケイブワイバーンが石床へ落ちた。
「連弾、かなり上手くなりましたね」
「まだです。二発外しました」
「飛んでる相手ですよ?」
「だから当てたいんです」
「厳しいですね」
「アレンさんに言われたくありません」
十四階を抜け、十五階への階段を下りた。
◇
十五階。
階段の先には大きな空間が広がっていた。
足元の岩には何本もの亀裂が走り、剣のように尖った岩がところどころ突き出している。
太い岩柱も多い。
広いのに見通しは悪い。
風が岩の隙間を抜けるたび、低い音が鳴った。
「十五階……」
「今までとは雰囲気が違いますね」
速度を落として進む。
数分後。
カチッ。
硬いものが岩へ当たった。
「います」
岩柱の向こうから緑色の巨体が現れた。
二メートルほどの身体。
そして左右に伸びた、剣のような二本の鎌。
「ブレードマンティス」
次の瞬間、地面を蹴った。
「速い!」
右の鎌が横から来る。
炎牙剣を合わせた。
ギィンッ!
重い。
真正面から受け続ける相手じゃない。
剣を斜めにし、鎌を外へ滑らせる。
火花が散った。
すぐに反対側の鎌。
後ろへは下がらない。
懐へ入る。
鎌は長い。
根元に近づけば動かせる範囲は狭くなる。
ブレードマンティスが身体を捻った。
右腕の付け根を見る。
次の鎌が上から落ちる。
半歩前。
頭上を刃が通過した。
炎牙剣を振り上げる。
ガキンッ!
外殻に傷は入ったが、腕は落ちない。
「硬い」
ブレードマンティスが距離を取る。
両腕を広げた。
速い。
硬い。
でも、剣聖ほどじゃない。
あの二人の剣には、次の一手がほとんど見えなかった。
この魔物には予備動作がある。
脚。
腹の向き。
鎌の付け根。
見る場所がある。
「アレンさん、左!」
フェリシアの声。
身体を沈める。
左の鎌が頭上を通った。
そのまま地面を蹴る。
懐へ入り込むと同時に炎牙剣へ魔力を送り込む。
赤い炎を刃の周囲へ細く集める。
さっき傷をつけた右腕の付け根へ。
ザンッ!
巨大な鎌が落ちた。
「ギシャアアッ!」
残った鎌が振り回される。
横へ回る。
ブレードマンティスの脚が岩の亀裂へ入った。
一瞬、動きが止まる。
首へ炎牙剣を振り抜いた。
【1,300P獲得】
【保有:9,225P】
【累計獲得P:36,135P】
「千三百……」
「さすが十五階ですね」
素材を回収して奥へ進む。
二体目は岩柱に囲まれた広場にいた。
正面から走ってくる。
右の鎌が上がる。
右か。
そう思った時、左脚が先に踏み込まれた。
「違う」
右はフェイント。
左の鎌が低い位置から跳ね上がる。
炎牙剣で軌道をずらした。
続いて右。
上。
横。
斜め。
一撃ずつかわしながら、相手の動きを見る。
右の鎌を大きく振ったあと、左脚が前へ出る。
両腕を使った直後だけ、腹が空く。
次の攻撃。
右。
左。
両腕が開いた。
「今だ」
「《魔弾》!」
フェリシアの一撃が左脚へ入った。
身体が傾く。
その隙に踏み込み、腹へ炎牙剣を入れた。
外殻が裂ける。
横へ抜ける。
ブレードマンティスが振り向こうとした時には、俺はもう首元へ回っていた。
炎牙剣を振る。
巨体が倒れた。
【1,300P獲得】
【保有:10,525P】
【累計獲得P:37,435P】
「……一万超えた」
「もしかして?」
「はい」
《会員》を開く。
【会員ランク:ゴールド】
【保有:10,525P】
固有スキル一覧。
【10,000P】
《付与》
《剣豪》
《魔豪》
《弓豪》
《斧豪》
《槍豪》
《拳豪》
《剣豪》を選ぶ。
【《剣豪》】
【高度な剣技を身につける上位剣技スキル】
【必要ポイント:10,000P】
「買います」
「ここでですか?」
「使えるなら今の方がいいでしょう?」
「《魔力操作》の時もそうでしたね」
【《剣豪》を購入しますか?】
【必要ポイント:10,000P】
【保有ポイント:10,525P】
決定する。
【10,000Pを消費しました】
【固有スキル《剣豪》を習得しました】
【保有ポイント:525P】
「……来た」
腕力が上がったわけじゃない。
身体が速くなった感覚もない。
それなのに炎牙剣を持った瞬間、違いが分かった。
握る位置。
手首の角度。
肘。
足幅。
重心。
今までより少しずつ自然な位置へ身体が収まっていく。
軽く振る。
ヒュッ。
小さな動きなのに、剣先が速い。
力任せではなく、剣の重さをそのまま使っている。
「これが《剣豪》……」
カチッ。
岩柱の向こうから音がした。
三体目のブレードマンティスが現れる。
「ちょうどいいですね」
「試します?」
「もちろんです」
炎牙剣を構える。
ブレードマンティスが走ってくる。
速度は、さっきまでの二体と同じ。
でも、見え方が違う。
右の鎌。
炎牙剣を合わせる。
ギンッ!
受け止めず、剣の腹で外へ流す。
相手の身体が開く。
左の鎌が来る。
大きく振らない。
刃先を鎌の内側へ差し込んで、軌道だけをずらす。
「……!」
ほとんど力を使っていない。
左足を前へ出す。
剣先を返す。
ザンッ!
右腕が落ちた。
ブレードマンティスが残った鎌を振り上げる。
でも、その攻撃が来る場所にはもういない。
横へ回る。
腹の外殻の継ぎ目。
一撃。
深く入る。
引き抜き、そのまま首元へ剣先を走らせた。
巨体が岩床へ崩れた。
【1,300P獲得】
【保有:1,825P】
【累計獲得P:38,735P】
「…………」
「アレンさん」
「はい?」
「全然違います」
「俺もそう思います」
能力値は変わっていない。
剣の使い方だけが変わった。
剣聖と戦った時、身体能力では負けていなかった。
それでも剣技では明らかに相手の方が上だった。
今なら、あの時より近づけている。
「《剣豪》、すごいですね」
「一万Pですから」
「またほとんど使っちゃいましたけど」
「今は千八百二十五Pあります」
「回復分は残ってますね、よかったです」
これで依頼は達成だ。
討伐証明を回収し、帰路についた。
◇
帰り道でも何度か魔物と遭遇した。
十四階ではケイブワイバーンが二体。
フェリシアが連続で《魔弾》を撃ち込み、動きを読みながら二体とも仕留めた。
十三階ではクリスタルホーン。
これも脚へ魔弾を集中させて動きを止め、最後は圧縮した一撃で倒した。
十二階へ戻ったところで、岩陰からメタルスコーピオンが飛び出してくる。
「来ます!」
尾が一直線に伸びた。
以前なら身体ごと避けていた。
今は炎牙剣の剣先をわずかに動かす。
カンッ!
針の側面へ当て、軌道だけを逸らした。
尾が肩の横を通過する。
そのまま一歩で懐へ入る。
甲殻そのものを斬る必要はない。
脚の付け根。
腹側の継ぎ目。
首元。
刃を入れる場所が自然に見える。
一撃目で体勢を崩す。
二撃目を首へ。
メタルスコーピオンが岩床へ沈んだ。
【1,000P獲得】
【保有:2,825P】
【累計獲得P:39,735P】
「……十二階の魔物ですよね?」
フェリシアが倒れたメタルスコーピオンを見る。
「そうですね」
「ずいぶん簡単に倒しましたね」
「《剣豪》の影響、大きいみたいです」
「一万Pですからね」
「それ、今日何回目でしょう」
「大事なので」
十一階では魔物に遭遇せず、そのまま十階へ戻ることができた。
転移石の小部屋へ入る。
今日は十五階まで進んだ。
ブレードマンティスを三体倒した。
フェリシアも《魔力操作》を使いこなし始めている。
そして俺も。
【固有スキル《剣豪》】
新しい力を手に入れた。
「帰りましょうか」
「はい」
二人で転移石へ触れる。
青白い光が広がった。
次は、もっと先へ行けそうだ。
累計獲得P=39,735P
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