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第4話 フェリシア・ロート

「一緒に依頼を受けませんか?」


「……え?」


 フェリシアと呼ばれた少女が、大きく目を見開いた。


「私と……ですか?」


「はい」


「でも……」


 フェリシアは戸惑ったように受付嬢を見る。


 受付嬢も少し驚いていた。


「アレンさん、本当にいいんですか?」


「ちょうど次の依頼を探していたところなので」


「そうではなくて……」


 受付嬢が言葉を濁す。


 フェリシアが俯いた。


「私、魔術師なんですけど……火力が低いんです」


「さっき聞きました」


「それでも?」


「どんな魔法を使うのか、まだ見てもいませんから」


「…………」


 フェリシアが俺を見る。


「俺も今日、冒険者になったばかりです」


「今日?」


「はい。Fランクです」


「私もFランクですけど……」


 少しだけ表情が和らいだ。


「フェリシア・ロートです。十六歳です」


「アレン・ヴァルディス。十五歳です」


「ヴァルディス?」


 フェリシアが首を傾げる。


 すると受付嬢が、


「アレンさんは、ヴァルディス侯爵家のご長男ですよ」


「えっ!?」


 フェリシアが一歩後ろへ下がった。


「こ、侯爵家!?」


「今はFランク冒険者です」


「いや、でも……」


「家は出ましたから」


「家を?」


「弟が《剣聖》を授かったんです」


「《剣聖》!?」


 フェリシアの目がさらに大きくなる。


「それで家督が弟に変わって、俺は家を出ることになりました」


「そんなことが……」


「まあ、いろいろありまして」


 それ以上話すつもりはない。


 昨日会ったばかりの人に、家の事情を全部話す必要もないだろう。


「それより、フェリシアさんの魔法について教えてもらえますか?」


「あ、はい」


 フェリシアが杖を持ち直す。


「私が使えるのは《魔弾》です」


「魔弾?」


「魔力を小さな塊にして飛ばす魔法です」


「強そうですけど」


「一発の威力が低いんです」


 フェリシアが苦笑した。


「火球なら、小型の魔物を一発で倒せることもあります。でも《魔弾》では難しくて」


「なるほど」


「前に入れてもらったパーティでも、一発で敵を止められないと前衛の負担が大きいって言われました」


 それなら分からなくもない。


 敵がこちらへ向かってきているとき、後ろから一発撃っても止められない。


 前衛からすれば、火力の高い魔術師を選びたくなるのだろう。


「それで他のパーティにも?」


「はい。同じ攻撃魔術師を入れるなら、もっと火力の高い人を選ぶって……」


 フェリシアが少しだけ肩を落とした。


「何発くらい撃てるんですか?」


「え?」


「《魔弾》を」


「あ……えっと」


 フェリシアが考える。


「休まず撃ち続けるわけじゃなければ、百発くらいは」


「百発?」


 思わず聞き返した。


「百発撃っても魔力がなくならないんですか?」


「かなり疲れますけど、それくらいなら大丈夫です」


「狙ったところには当てられます?」


「動いていなければ…」


「動いていたら?」


「相手の速さにもよりますけど……ある程度なら」


「十分すごいと思いますけど」


「え?」


 今度はフェリシアが驚いた。


「す、すごくないですよ。一発の威力は本当に低いんです」


「でも百発近く撃てて、狙うこともできるんですよね?」


「そうですけど……」


「だったら、使い道はありそうです」


「…………」


 フェリシアが俺をじっと見る。


「なんですか?」


「いえ……そんなふうに言われたことがなかったので」


 そのとき。


「ちょうどいい依頼がありました」


 受付嬢が一枚の依頼書を出した。


「町の北西にある農地で、角ウサギが畑を荒らしているそうです」


「角ウサギ」


 知っている。


 普通のウサギより一回り大きく、額に鋭い一本角を持つ魔物だ。


 弱い魔物に分類されるが、突進をまともに受ければ怪我をする。


「三体の討伐です。Fランク二人ならちょうどいいと思います」


「場所は遠いですか?」


「町から歩いて三十分ほどです。今から向かえば、日が暮れる前には十分戻ってこられます」


 午前中に薬草採取。


 午後から角ウサギ討伐。


 場所が近いなら問題なさそうだ。


「受けます」


 俺はそう答えて、フェリシアを見る。


「どうします?」


「……受けます!」


 フェリシアも頷いた。


 ◇


「今日冒険者になったばかりなんですよね?」


 町を出て、フェリシアと並んで歩く。


「はい」


「それなのに、もう二件目なんですか?」


「午前中の薬草採取は昼には終わりましたから」


「すごいですね……」


「生活費を稼がないといけませんし」


「侯爵家の人なのに」


「今は関係ないですよ」


「…………」


 フェリシアが俺を見る。


「アレンさんって、思っていた侯爵家の人と少し違います」


「どういう人を想像してたんです?」


「もっとこう……偉そうな人を」


「それ、侯爵家の人に言わない方がいいですよ」


「あっ」


 フェリシアが慌てる。


 思わず笑ってしまった。


「冗談です」


「もう……」


 さっきより少しだけ、話しやすくなった気がする。


 やがて農地が見えてきた。


「あそこですね」


 広い畑。


 何列にも作物が並んでいる。


 その一角だけ、葉が食いちぎられ、土が荒らされていた。


「角ウサギはどこでしょう」


「探してみましょう」


 二人で畑の外周を歩く。


 しばらくすると。


 ガサッ。


「いました」


 フェリシアが小声で言った。


 畑の端。


 作物の陰から三体の魔物が姿を現した。


 犬ほどの大きさ。


 茶色い毛。


 額から伸びた一本角。


「依頼通り三体ですね」


「はい」


 俺は剣を抜いた。


 フェリシアも杖を構える。


「俺が前に出ます」


「分かりました」


「後ろから援護をお願いします」


「はい!」


 一体の角ウサギがこちらを向く。


 後ろ足で地面を強く蹴った。


「来ます!」


 一気に距離を詰めてくる。


 速い。


 だが。


「これなら!」


 ガレスとは比べものにならない。


 《敏捷強化》をした今の身体なら、十分に対応できる。


 真正面から迫る角。


 ぎりぎりまで引きつける。


 一歩横へかわす。


「はっ!」


 すれ違いざまに剣を振った。


「キュッ!」


 刃が胴を捉える。


 角ウサギが地面へ転がった。


【角ウサギを討伐しました】


【5P獲得】


 表示が浮かんだ。


 だが、今は確認している場合じゃない。


「アレンさん!」


 二体目がこちらへ向かってくる。


 俺が剣を構えた、そのとき。


「《魔弾》!」


 フェリシアの杖の先から、小さな光の塊が飛んだ。


 バシッ!


 角ウサギの脇腹に当たる。


「キュッ!」


 身体が揺れた。


 だが、止まらない。


「やっぱり……!」


 フェリシアの顔が曇る。


 なるほど。


 確かに一発では止められない。


 でも。


「もう一発!」


「え?」


「同じところに!」


「は、はい!」


 フェリシアが杖を向ける。


「《魔弾》!」


 二発目。


 バシッ!


 ほとんど同じ場所に当たった。


 角ウサギがよろめく。


「もう一発!」


「《魔弾》!」


 三発目。


 また同じ脇腹。


「キュ――!」


 角ウサギが地面へ倒れた。


「…………」


 フェリシアが目を丸くする。


「倒れた……」


「三発ともほとんど同じところでしたね」


「え?」


「動いている相手にですよ」


「でも、三発も必要で……」


「三発で倒せたんですよね?」


「…………」


 その瞬間、三体目が地面を蹴った。


 向かった先は――。


「フェリシアさん!」


「え?」


 角ウサギがフェリシアへ突進する。


 俺は地面を蹴り、二人の間に入った。


 鋭い角が迫る。


「くっ!」


 剣の腹をぶつけ、角の軌道を横へ逸らす。


 角ウサギが体勢を崩した。


「今です!」


「はい!」


 フェリシアが杖を向ける。


「《魔弾》!」


 一発。


 バシッ!


「《魔弾》!」


 二発。


 同じ場所。


「もう一発!」


「《魔弾》!」


 三発目。


「キュッ……!」


 角ウサギが地面へ倒れた。


「…………」


 静かになった。


 周囲を見る。


 もう動く魔物はいない。


「終わりましたね」


「……はい」


 フェリシアは倒れた角ウサギを見つめていた。


「私……」


 自分の杖を見る。


「ちゃんと倒せました」


「倒せましたね」


「今まで、一発の威力が低いってずっと言われてきたんです」


「…………」


「同じ攻撃魔術師なら、火力の高い人を選ぶって」


 俺は二体目の角ウサギを見る。


「でも、フェリシアさんには別の強さがあります」


「別の強さ?」


「一発の威力が低いなら、同じ場所に何発も当てればいい」


「…………」


「しかも、フェリシアさんはそれができる」


 三発とも、ほとんど同じ場所だった。


「普通はできないんですか?」


「動いている魔物にですか?」


「はい」


「……簡単ではないと思います」


「じゃあ、それがフェリシアさんの強みなんじゃないですか?」


「私の……強み」


「一発が強い魔法とは使い方が違うだけです」


 大型の魔物なら、目や関節、傷口を狙うこともできる。


 同じ場所を正確に狙い続けられるなら、使い道はいくらでもある。


「少なくとも俺なら、後ろから正確に援護してもらえる方が助かります」


「…………」


 フェリシアはしばらく何も言わなかった。


 そして。


「……ふふっ」


 小さく笑った。


「どうしました?」


「そんなこと言われたの、初めてです」


「そうなんですか?」


「はい」


 さっきまでより、少しだけ明るい顔をしていた。


「アレンさん」


「はい?」


「誘ってくれて、ありがとうございます」


「俺も助かりました」


「私が?」


「一人だったら三体とも自分で倒さないといけませんでしたから」


「それはそうですけど……」


「二人の方が楽です」


「…………」


 フェリシアがまた笑った。


「変わった人ですね」


「そうですか?」


「褒めてます」


「なら、ありがとうございます」


 俺たちは顔を見合わせた。


「さて」


 俺は倒れた角ウサギを見る。


「帰る前に討伐証明を回収しましょう」


「角ですね」


「はい」


 角ウサギの討伐証明は、額に生えた角だ。


 二人で三本の角を回収する。


 死体もそのままにはできない。


 畑の持ち主に場所を確認してから、邪魔にならない場所へ運び、土をかぶせて処理した。


「これでいいですね」


「はい」


 フェリシアが杖を持ち直す。


 初めて誰かと組んだ依頼。


 まだ知り合ったばかりだ。


 でも、思っていたより悪くないかもしれない。


「帰りましょうか」


「はい!」


 俺たちは並んで町へ戻り始めた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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