第36話 Bランク冒険者
セイル大橋の戦いから十日ほどが経った。
その間、大きな戦闘は起きていない。
ドラン帝国軍は少しずつ西へ後退し、昨日には主力が国境を越えたことも確認された。
俺たち第一班も周辺の偵察や街道警護へ何度か出たが、帝国軍と剣を交えることはなかった。
そして今日、第一班の八人はスコッティ公爵軍の本陣へ呼ばれていた。
「帝国軍主力の撤退を確認した」
大きな机の向こうで、スコッティ公爵が言った。
「少数の斥候や残存部隊が残っている可能性はある。
だが、少なくとも当面、大規模な再侵攻はないと判断している」
「では……」
クロードさんが公爵を見る。
「ああ」
公爵が頷いた。
「ベルガント伯から派遣された冒険者遊撃隊については、ここで任務終了とする」
天幕の空気が少し緩んだ。
「終わったのか……」
ラウルさんが小さく呟く。
「ようやくだな」
ボルクさんも息を吐いた。
俺も同じだった。
ドラン帝国との問題そのものが解決したわけじゃない。
それでも、俺たちがここで戦い続ける必要はなくなった。
「君たちには随分助けられた」
公爵が俺たちを見る。
「特に第一班にはな」
「依頼された仕事をしただけです」
クロードさんが答える。
「その仕事で何人の兵が救われたと思っている」
「…………」
「ラーン橋を落とし、セイル大橋を守り、双剣聖を討った。
お前たちがいなければ、帝国軍をここまで早く退かせることはできなかっただろう」
公爵が少し間を置く。
「だからこそ、一つ聞いておきたい」
「何でしょう?」
「クロード」
「はい」
「第一班ごと、我が公爵家へ来る気はないか?」
「…………」
クロードさんが目を瞬いた。
俺も公爵を見る。
「第一班全員ですか?」
「ああ」
公爵が頷く。
「騎士団を中心に、それぞれの能力に合った立場を用意する」
視線が一人ずつ動く。
「剣士。盾役。槍使い。斥候。魔術師。治癒術師。そしてアレンとフェリシア」
「…………」
「第一班は小規模な部隊として、すでに完成している。正式に抱えられるなら、それに越したことはない」
かなり大きな話だ。
公爵家に仕える。
それも一人ではなく、第一班全員をまとめて欲しいと言われている。
「待遇も私が保証しよう」
公爵の視線がクロードさんで止まった。
「どうだ?」
「ありがたい話です」
クロードさんが答える。
「なら――」
「ですが、断ります」
即答だった。
「そうか」
公爵は驚かなかった。
「理由を聞いても?」
「一度、騎士を辞めた人間ですから」
クロードさんが苦笑する。
「今の方が性に合ってます」
「冒険者が?」
「はい」
「いつ死ぬか分からん仕事だぞ」
「騎士も似たようなものでしょう」
「……それもそうだな」
公爵が笑った。
「では、ほかの者は?」
「俺も冒険者のままでいいです」
ボルクさんが答えた。
「即答だな」
「こっちの生活が気に入ってるんで」
「その割には盾一枚を捨てるかどうかで随分揉めていたが」
「閣下まで知ってるんですか!?」
公爵の近くにいた騎士が笑いを堪えている。
「ラウルは?」
「俺ですか?」
「ああ」
ラウルさんが少し考える。
「俺も今のままで」
「理由は?」
「騎士団って堅そうなので」
「見れば、お前には向いていない気はするな」
「そこまで即答されると傷つきますよ!」
「エナ!」
「私は冒険者を続けます」
エナさんも迷わない。
「自由に動ける方が向いてるので」
「私もです」
リディアさんが続く。
「理由は?」
「騎士団って朝が早そうなので」
「そこなのか?」
「大事です」
セシルさんも小さく頷いた。
「私は、今の仲間たちと冒険者を続けたいです」
「そうか」
公爵の視線がフェリシアへ向く。
「君は?」
「私も冒険者を続けます」
「迷わないのだな」
「はい」
そして、最後に俺を見る。
「アレン」
「はい」
「君はどうする?」
「自分も冒険者を続けたいです」
「公爵家に仕えることには興味がないか?」
「……今はありません」
少し言い方が強かったかもしれない。
「すみません」
「なぜ謝る」
「せっかく誘っていただいたので」
公爵が笑った。
「十五歳にしては妙なところで律儀だな」
「そうですか?」
「ああ」
公爵家に仕える。
少し前の俺なら、とんでもなく大きな話に思えただろう。
でも今はもっとダンジョンへ潜りたい。
もっと強い魔物と戦いたい。
まだ見たことのない場所にも行ってみたい。
そして、自分が何をするのかは自分で決めたい。
家を出てからずっとそうしてきた。
「分かった」
公爵が頷いた。
「残念だが、無理に引き止めるつもりはない」
「ありがとうございます」
「ただし」
公爵が第一班を見る。
「気が変わったら、いつでも来い」
俺たちは頭を下げた。
「それと、クロード」
「はい?」
「第一班は今日で解散になるのだろう?」
「そうですね」
ラウルさんが顔を上げた。
「え?」
「何だ?」
「解散するんですか?」
「戦時中だけの編成だからな」
「いや、分かってますけど……」
ラウルさんが俺たちを見回す。
「なんか寂しくないですか?」
「何日一緒にいただけだ」
ボルクさんが言う。
「その何日が濃すぎたんだよ!」
「気持ちはわかるけどね」
エナさんが頷いた。
「エナまで!?」
「もう会えないわけじゃないでしょ」
リディアさんが言う。
「みんなベルガントを拠点にしてるんだから」
「それはそうだけどさ」
クロードさんが俺たちを見る。
「また組むこともあるだろ」
「依頼で?」
「ああ」
「次は戦争以外でお願いします」
フェリシアが言った。
「俺もそれがいいです」
次に第一班で戦うなら。
できれば相手は魔物がいい。
◇
ベルガントへ戻るまで三日かかった。
西へ向かった時とは違い、街道を行き交う人の数が少しずつ増えている。
避難していた人たちが戻り始めているらしい。
商人の荷馬車も見かける。
それだけで、本当に戦いが終わったのだと実感した。
そして昼過ぎ。
久しぶりにベルガントの城壁が見えた。
「戻ってきたな」
ボルクさんが言う。
「やっぱり落ち着く」
ラウルさんが大きく伸びをした。
「まだ門にも入ってないけど」
エナさんが言う。
「気分だよ、気分」
西門へ近づく。
いつもなら荷馬車や人が並んでいる場所に、今日は多くの人が集まっていた。
「何でしょう?」
フェリシアが首を傾げる。
門の前にいた兵士がこちらへ気づいた。
「来たぞ!」
大きな声が上がった。
「遊撃隊が戻った!」
周囲の人たちがこちらを見る。
「第一班もいるぞ!」
「どれだ?」
「双剣聖を倒した連中だ!」
「…………」
足が止まりそうになった。
「もう広まってるな」
クロードさんが苦笑する。
「早くないですか?」
「十日以上経ってるぞ」
「そうですけど」
さらに視線が集まる。
「あの少年じゃないか?」
「十五歳って聞いたぞ」
「本当に?」
「《剣聖》を倒したって……」
なんだか落ち着かない。
「アレンさん」
「はい?」
「顔、引きつってますよ」
「フェリシアさんは平気なんですか?」
「全然です」
「笑ってますけど」
「困った時は笑うんです」
「初めて知りました」
門をくぐる。
その先には、伯爵家の兵士が待っていた。
「第一班の皆様ですね」
「はい」
クロードさんが答える。
「ベルガント伯爵閣下がお待ちです。領主館へお願いいたします」
◇
ベルガント伯爵邸。
初めてここへ来た時は、大勢の冒険者がこの広間に集められていた。
そこでベルガント伯から、スコッティ公爵領を守るために力を貸してほしいと頼まれた。
今、広間にいる冒険者は第一班の八人だけだ。
奥からベルガント伯爵が歩いてくる。
「戻ったか」
「はい」
クロードさんが答える。
伯爵は俺たちを一人ずつ見た。
そして。
「よく戻ってきてくれた」
以前より少し柔らかい声だった。
「君たちを戦場へ送り出したのは私だ」
誰も口を挟まない。
「正規兵ではない君たちに、命を落とす可能性のある仕事を頼んだ」
「…………」
「それでも参加すると決め、結果としてベルガントの西を守ってくれた」
伯爵が続ける。
「ラーン橋を落とし、セイル大橋を守り、帝国の双剣聖を討った」
そして、頭を少し下げる。
「ありがとう」
「伯爵閣下」
クロードさんが少し驚いた顔をする。
「礼を言うのは当然だ」
「俺たちは依頼を受けただけです」
「その依頼で、多くの領民が戦火に巻き込まれずに済んだ」
伯爵が顔を上げる。
「十分だ」
俺は何も言えなかった。
戦争へ行くと決めた時。
本当に正しいのかは分からなかった。
今でも、人を斬ったことを良かったとは思えない。
ただ、おかげで守れたものもあった。
「さて」
伯爵が表情を変えた。
「礼だけで済ませるつもりはない」
横にいた文官が何枚もの書類を机へ置いた。
「今回の報酬だ」
ラウルさんの目が輝いた。
「来た」
「露骨」
エナさんが言う。
「冒険者なんだから報酬は大事だろ!」
「それはそうだな」
伯爵が苦笑した。
「今回の通常任務報酬と危険手当は、我がベルガント伯爵家から支払う」
「はい」
「それに加えて、スコッティ公爵閣下から特別戦功報奨を預かっている」
なるほど、公爵からもか。
「両方を合わせて、本日まとめて支給する」
文官が一枚目の書類を見る。
「クロード殿」
「はい」
「遊撃隊任務報酬、危険手当、セイル大橋防衛戦功、並びに帝国《剣聖》討伐特別報奨」
一度、数字を確認する。
「総額、一千五百万ジェニーです」
「…………」
ラウルさんがクロードさんを見る。
「一千五百万?」
「ああ」
「俺、冒険者やってて初めて聞いた金額なんだけど」
「俺もだよ」
クロードさんまで苦笑した。
次に。
文官の視線がこちらへ向いた。
「アレン・ヴァルディス殿」
「はい」
「遊撃隊任務報酬、危険手当、ラーン橋作戦特別報奨、セイル大橋奪還戦功、並びに帝国《剣聖》討伐特別報奨」
そして。
「総額、一千五百万ジェニーです」
「…………」
聞き間違えたかと思った。
「いくらですか?」
「一千五百万ジェニーです」
「……一千五百万」
炎牙剣が百二十八万だった。
ということは。
「炎牙剣、十本以上買える……」
「気になるのはそこなんですか?」
フェリシアがすぐに反応した。
「分かりやすかったので」
「十本も買ってどうするんですか?」
「買いませんよ」
「当たり前です」
ラウルさんがこちらを見る。
「お前、十五歳で一千五百万ジェニー持つの?」
「そうみたいです」
「ちょっと貸して」
「嫌です」
「即答!?」
伯爵が小さく笑った。
「驚く必要はない」
「でも、一千五百万ですよ?」
「ああ」
「多すぎませんか?」
「私はそう思わん」
伯爵の表情が真剣になる。
「《剣聖》一人が戦場にいるだけで、何百人もの兵の動きが変わる」
「…………」
「その《剣聖》を討ったんだ」
伯爵が俺を見る。
「安いくらいだ」
「……そういうものですか」
「そういうものだ」
続けて、第一班の残りの報酬も告げられていく。
フェリシアには、ラーン橋とセイル大橋での魔術支援、双剣聖戦での戦功を含めた特別報奨。
ボルクさん。
リディアさん。
セシルさん。
ラウルさん。
エナさん。
全員に普段の依頼では考えられない額が支給された。
「盾買える……」
ボルクさんが呟いた。
「結局買い替えるの?」
「今のは直す」
「じゃあ新しい盾いらないじゃん」
「予備だ!」
「二枚持って歩くの?」
「うるさい!」
また笑いが起きた。
「報酬は冒険者ギルドを通じて受け取れるよう手配してある」
伯爵が言う。
「それから」
「まだあるんですか?」
「ある」
伯爵が俺とフェリシアを見る。
「ギルドから話があるそうだ」
◇
伯爵邸を出て、俺達は冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドへ入った瞬間。
視線が集まった。
いつもより静かだ。
「なんか嫌ですね」
小声でフェリシアへ言う。
「分かります」
受付へ向かう。
いつもの受付嬢が俺たちを見る。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
フェリシアが答えた。
受付嬢は少し迷ったあと。
「……本当に《剣聖》を倒したんですか?」
やっぱり聞かれた。
「はい」
「一人で?」
「第一班のみんなに助けてもらいました」
「でも、最後に討ったのはアレンさんなんですよね?」
「そうなります」
「…………」
受付嬢が俺を見る。
「少し前までFランクだったんですよね?」
「そうですね」
「…………」
「どうしました?」
「いえ」
受付嬢が大きく息を吐く。
「もう驚くのをやめようと思いまして」
「それがいいと思います」
「アレンさんが言わないでください」
奥から副ギルド長が出てくる。
「アレン・ヴァルディスさん。フェリシア・ロートさん」
「はい」
「少しよろしいでしょうか」
カウンターの上へ二枚の冒険者証が置かれる。
「今回の戦時依頼における実績について、ベルガント伯爵家とスコッティ公爵家から正式な報告を受けています」
副ギルド長が書類を開く。
「通常、冒険者ランクは依頼達成数、討伐実績、ギルドへの貢献、実力などを総合して判断します」
「はい」
「今回、そのすべてを改めて審査しました」
俺を見る。
「アレン・ヴァルディスさん。これまでのダンジョン攻略実績に加え、戦時依頼において多数の任務を達成。さらに《剣聖》一名を討伐」
「はい」
次にフェリシアを見る。
「フェリシア・ロートさんについても、十二階層までの攻略実績、戦時依頼での魔術支援、ラーン橋作戦、セイル大橋奪還、双剣聖戦への貢献を確認しました」
「はい」
「その結果」
副ギルド長が二枚の冒険者証を差し出す。
「本日付で、お二人をBランク冒険者へ昇格させます」
「…………」
フェリシアが冒険者証を見る。
「……Bランク?」
「はい」
俺も受け取る。
【アレン・ヴァルディス】
【冒険者ランク:B】
「上がりましたね」
「上がっちゃいましたね……」
フェリシアが呟く。
俺は副ギルド長を見る。
「もうですか?」
「…………」
受付嬢が額を押さえた。
「それ、Cランクになった時も言ってましたよ」
「そうでしたっけ?」
副ギルド長も苦笑する。
「今回ばかりは『もう』ではないでしょう。《剣聖》を討った者をCランクのままにしておく方が問題です」
「そういうものですか」
新しい冒険者証を見る。
B。
冒険者になったばかりの頃。
実力確認をしてくれたガレスさんがBランクだった。
その時は、一流冒険者と呼ばれるBランクがずっと遠くに見えた。
さらにベルガントへ来たばかりの頃。
Aランクのクロードさんを見て、あんな冒険者もいるのかと思った。
今、俺もその一つ下まで来た。
「フェリシアさん」
「はい?」
「Bランクだと――」
「……何です?」
受付嬢が嫌な予感でもしたような顔をする。
「今までより深いところまで行けますか?」
「…………」
受付嬢が黙った。
フェリシアも黙った。
「どうしました?」
「もうダンジョンの話ですか?」
「はい」
「戦場から戻ってきたばかりですよね?」
「戻ってきたのは今日ですね」
「そういう意味じゃありません!」
「すみません」
受付嬢がため息をつく。
「Bランクになりましたので、これまで受けられなかった深層の依頼も受けられます」
「やっぱり」
「ただし」
「はい」
「いきなり無茶な階層まで行かないでください」
「そんなことしませんよ」
「アレンさんの場合、その言葉を信用していいのか分からないんです」
「危なければ戻ります」
「それも何度も聞きました!」
フェリシアが笑っている。
「何ですか?」
「いえ」
「フェリシアさんも行きますよね?」
「もちろん行きます」
即答だった。
今度は受付嬢がフェリシアを見る。
「フェリシアさんまで……」
「アレンさん一人で行かせる方が怖いので」
「それは確かに」
「二人ともひどくないですか?」
「アレンさんはもう少し自覚してください」
冒険者証をしまう。
頭に浮かぶものは一つ。
【《剣豪》 10,000P】
今の保有は。
【6,025P】
あと三千九百七十五P。
Bランクになった。
今までより強い魔物がいる場所へ行ける。
「アレンさん」
フェリシアがこちらを見る。
「まさか明日から行くつもりですか?」
「今日はもう遅いですから」
「そうじゃなくて、少しくらい休みません?」
「今日休みますよ」
「今日だけですか?」
「はい」
「…………」
フェリシアが額を押さえる。
受付嬢も同じだった。
「似てきましたね」
「誰のせいですか」
「俺ですか?」
「ほかに誰がいるんです?」
その時。
視界の端に、今まで見たことのなかった掲示板が見えた。
「……あれは?」
「ああ」
受付嬢が俺の視線に気づく。
「Bランク以上の依頼です」
「Bランク以上……」
近づく。
大型魔物討伐。
長距離護衛。
危険区域調査。
これまでの掲示板とは、明らかに依頼の内容が違う。
その中に一枚、ダンジョンの依頼があった。
今まで俺たちが行ったことのない階層。
まだ戦ったことのない魔物。
「…………」
「アレンさん」
フェリシアが俺を見る。
「顔が嬉しそうですよ」
「そうですか?」
「はい」
久しぶりに人間ではなく魔物と戦える。
そして次の目標も決まっている。
《剣豪》まで、あと三千九百七十五P。
「明日、行ってみましょう」
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