第34話 剣聖の壁
「ここから先には行かせない!」
そう言った直後だった。
目の前の剣聖が消えた。
「っ!」
いや、消えたんじゃない。
速すぎて、最初の一歩を見落としただけだ。
剣が右から来る。
炎牙剣を合わせた。
ガキンッ!
金属同士がぶつかり、火花が散る。
受けたと思った時には、相手の剣はもう次の軌道へ移っていた。
下から斬り上げ。
「くっ!」
炎牙剣を下げて受ける。
さらに左上。
続けて突き。
剣を合わせるたびに、次の刃が違う場所から飛んでくる。
速いだけじゃない。
動きに無駄がない。
カイルと戦った時にも感じた。
これが《剣聖》。
剣を扱う能力そのものが、普通の剣士とは違う。
「どうした!」
男が踏み込む。
横薙ぎ。
後ろへ下がった。
刃先が胸元をかすめる。
「……っ」
さらに距離を取った。
男は追ってこない。
剣先をこちらへ向けたまま、俺の動きを見ている。
「確かに速い」
「…………」
「力もある。最初の一撃で分かった」
男の視線が俺の足元へ落ちた。
「だが、動きが分かりやすい」
次の瞬間、また間合いを詰められた。
今度はこちらから動く。
敏捷なら負けていない。
おそらく数字だけなら俺の方が上のはずだ。
一気に距離を潰し、炎牙剣を首へ振る。
入った。
そう思った。
キンッ!
「……え?」
炎牙剣が横へ流れた。
相手は力で止めていない。
刀身をわずかに合わせ、軌道だけを変えた。
身体が前へ流れる。
「速いだけでは当たらん」
声が近い。
次の瞬間、脇腹へ衝撃が走った。
「ぐっ!」
熱い。
慌てて距離を取る。
左脇の鎧が裂け、その下から血が滲んでいた。
深くはない。
それでも、斬られた。
「アレンさん!」
フェリシアの声が飛んでくる。
「大丈夫です!」
前から目を離さない。
剣聖の男も追ってこなかった。
俺を見ている。
最初は俺の速さに驚いていた。
だが、もう慣れ始めている。
敏捷一五六五。
共有中でも一二五三。
普通の兵士なら、俺が動いたことすら分からない。
それなのに目の前の男には通じない。
身体能力だけでは、《剣聖》を越えられない。
炎牙剣を握り直した。
その時。
ガァンッ!
右から重い金属音が響いた。
一瞬だけ視線を向ける。
クロードさんだ。
もう一人の剣聖。
大剣を持った男と、真正面からぶつかっている。
大剣が振り下ろされた。
クロードさんは受けない。
半歩横へ動く。
巨大な刃が地面へ叩きつけられ、土が弾けた。
その横をクロードさんが抜ける。
速い。
これまでのクロードさんとは明らかに違う。
《共有》によって、敏捷は五百を超えている。
その身体能力に、クロードさんが積み重ねてきた剣技が乗っていた。
大剣の剣聖が振り向く。
だが、その時にはクロードさんの剣が肩へ迫っている。
「ぬっ!」
大剣が跳ね上がった。
ギィンッ!
二本の剣がぶつかる。
クロードさんが押し返され、地面を滑った。
それでも倒れない。
「ほう」
大剣の男が初めて笑った。
「サハルにも腕の立つ剣士がいたか」
「悪いな」
クロードさんが剣を構え直す。
「俺は冒険者だ」
二人が同時に動いた。
大剣は重い。
まともに受ければ、クロードさんでも押し切られる。
だから受けない。
相手が振り下ろす瞬間に角度を変え、剣の腹へ自分の剣を当てる。
軌道がわずかに逸れたところへ一歩踏み込む。
大剣の男が剣を戻そうとする。
その前にクロードさんの剣が手首へ迫った。
男が腕を引く。
クロードさんは追わない。
次の攻撃を待っている。
速さだけじゃない。
相手が次に何をするのか。
どこへ動こうとしているのか。
それを読んで戦っている。
「よそ見とは余裕だな」
「!」
目の前に剣があった。
顔を反らす。
刃が頬のすぐ横を通り過ぎた。
反撃する。
だが、男はすでに俺の剣が届かない位置へ動いていた。
「くそっ」
追う。
右から振る。
流される。
左から振る。
また流される。
さらに踏み込んだ。
今度こそ。
男の剣が俺の炎牙剣へ斜めに触れた。
手首が外へ持っていかれる。
「っ!」
胸が空いた。
蹴りが腹へ入る。
「ぐっ……!」
身体が後ろへ飛んだ。
地面を転がる。
息が詰まった。
「アレン!」
クロードさんの声。
返事をする暇はない。
剣聖が来る。
地面へ手をつき、横へ転がった。
直後、剣がさっきまで頭のあった場所へ突き刺さる。
「っ!」
すぐに立つ。
脇腹が痛む。
腹も痛い。
息をするたびに響いた。
それでも動ける。
剣聖が地面から剣を抜く。
「頑丈だな」
「よく言われます」
「だが、いつまで持つ?」
男が構えた。
俺も炎牙剣を構える。
正直、まずい。
身体能力では負けていない。
それなのに押されている。
理由は分かる。
俺は相手の剣が動いてから反応している。
向こうは違う。
俺が動く前から、次に剣を置く場所を決めている。
以前、クロードさんが隊長格と戦った時もそうだった。
相手が次に何をするのか。
どこへ行こうとしているのか。
そこまで見ていた。
俺は剣ばかり見ている。
「…………」
男の剣から目を外した。
肩。
腰。
足。
身体全体を見る。
男の右足が沈んだ。
腰がわずかに回る。
来る。
右だ。
剣が動く前に身体を沈めた。
「!」
頭上を刃が通り過ぎる。
初めて完全に読めた。
懐へ入る。
炎牙剣を振る。
男もすぐに剣を戻した。
キンッ!
また軌道を外される。
だが、今度は無理に追わない。
男の足を見る。
右足が半歩下がった。
次に動く場所。
「そこ!」
先に踏み込む。
「なっ!」
男が初めて大きく体勢を変えた。
剣を合わせる。
ガキンッ!
今度は押し合いになった。
力なら俺の方が上だ。
男の足が地面を滑る。
「……!」
「まだ!」
追う。
男の剣が下から跳ね上がる。
見える。
炎牙剣を合わせた。
火花が散る。
風に流された火花が陽光を受け、一瞬だけ金色に輝いた。
剣と剣の間から、男の目が見える。
さっきまであった余裕は消えていた。
だが、次の瞬間。
男がふっと力を抜く。
「っ!」
支えを失い、身体が前へ流れた。
膝が顎を狙って上がってくる。
首を反らす。
かわした。
しかし、それで終わらない。
剣の柄が肩へ入った。
「ぐっ!」
体勢が崩れる。
続けて横薙ぎ。
かわしきれない。
炎牙剣を立てた。
ガァンッ!
まともに受ける。
腕が痺れた。
剣が飛びそうになる。
「まだだ!」
柄を握り直す。
一歩下がる。
さらに一撃。
続けてもう一撃。
少しずつ見えるようになっている。
それでも、全部は防げない。
肩が裂ける。
太腿にも刃先が入った。
血が落ちる。
痛い。
それでも、さっきのように一方的ではない。
俺も炎牙剣を返した。
刃先が男の鎧をかすめる。
初めて傷をつけた。
「……やるな」
「まだこれからです」
俺の息は上がっている。
だが、それは相手も同じだった。
その時。
「右から十人!」
エナさんの声が戦場を抜けた。
帝国兵が俺たちと剣聖の戦いへ入り込もうとしている。
「来いや!」
ボルクさんが前へ出た。
大盾を構える。
ガンッ!
三本の槍が同時に盾へぶつかった。
ボルクさんの足が土を削る。
それでも下がらない。
「ここは通さん!」
盾の陰から槍が伸びた。
「俺もいるぞ!」
ラウルさんだ。
一人の帝国兵の剣を槍の柄で受け、穂先を返す。
脇腹。
続いて足。
倒すことよりも、前へ進ませないことを優先している。
ボルクさんの盾を中心に、帝国兵の流れが止まった。
「後ろ!」
エナさんの声。
ラウルさんが振り返るより早く、短剣が飛ぶ。
「ぐっ!」
回り込もうとしていた兵士の肩へ刺さった。
その隙にラウルさんの槍が伸びる。
「助かった!」
「前見て」
「分かってる!」
さらに帝国兵が集まった。
「多いわね!」
リディアさんの杖へ炎が集まる。
「ボルク、下がって!」
「おう!」
大盾が一歩下がった。
押していた帝国兵が一斉に前へ出る。
そこへ。
「《火矢》!」
いくつもの炎が弧を描いて飛んだ。
地面へ。
盾へ。
兵士たちの足元へ。
赤い炎が横へ広がり、帝国兵の列が割れる。
「今よ!」
リディアが横を向いて言う。
「《魔弾》!」
白い光が炎の間を抜けた。
フェリシアだ。
一発目が兵士の剣を弾く。
二発目は弓を構えた男の腕。
三発目は、こちらへ杖を向けていた魔術師。
人と人の隙間を縫うように、白い光だけが正確に飛んでいく。
「魔術師を狙え!」
帝国兵の声。
矢が飛んだ。
「伏せろ!」
ボルクさんが盾を傾ける。
ガガガッ!
何本もの矢が大盾へ突き刺さった。
「ボルク!」
セシルさんが叫ぶ。
「まだ平気だ!」
「腕を見せて!」
「後だ!」
「駄目です!」
白い光がボルクさんの腕を包む。
盾の縁から流れていた血が止まっていく。
「三秒だけです!」
「十分だ!」
ボルクさんが再び前へ出る。
大盾が帝国兵を押し返した。
その光景を見て、改めて分かった。
俺とクロードさんが剣聖だけに集中できるのは、みんなが周囲を止めてくれているからだ。
俺たち二人だけで戦っているんじゃない。
「まだ余所を見るか!」
剣聖が目の前まで迫っていた。
また剣が来る。
今度は男の身体を見る。
右足。
肩。
腰。
剣が動く。
その少し前に踏み込んだ。
男の目が見開く。
炎牙剣を振る。
ガキンッ!
防がれる。
だが、体勢までは戻しきれていない。
押す。
「ぐっ!」
男が下がった。
今度は俺が追う。
剣聖も簡単には崩れない。
踏み込みをずらし、俺の横へ抜ける。
すぐに追う。
炎牙剣と相手の剣が何度もぶつかった。
火花が細い線を描いて空へ散る。
その時、右から轟音が響いた。
大剣の剣聖がクロードさんを押し込んでいる。
「クロードさん!」
大剣が振り下ろされた。
クロードさんが横へ逃れる。
地面が割れた。
しかし大剣は止まらない。
横薙ぎ。
クロードさんが剣を合わせる。
ガンッ!
身体が浮いた。
「くっ!」
数歩後ろへ着地する。
大剣の男が追う。
「終わりだ!」
大きく振りかぶった。
「クロード!」
エナさんの声が飛ぶ。
「左!」
クロードさんは迷わず動いた。
直後。
ボルクさんの大盾が横から割って入る。
「うおおおっ!」
ガァンッ!
大剣が盾へ直撃した。
盾の表面が大きくへこむ。
ボルクさんの身体が後ろへ押された。
「ぐっ……!」
それでも倒れない。
「貴様!」
大剣の剣聖がボルクさんへ向く。
「俺ばっか見るなよ!」
反対側からラウルさんの槍が伸びた。
剣聖が大剣を戻し、槍を弾く。
だが、その一瞬。
「《火矢》!」
リディアさんの炎が足元へ落ちた。
男が半歩下がる。
「《魔弾》!」
続いて白い光。
フェリシアの魔弾が、大剣を握る右手へ飛ぶ。
「ぬっ!」
男が腕を引いた。
ほんの一瞬。
クロードさんには、それで十分だった。
地面を蹴る。
共有された敏捷が、熟練の剣士の身体を一気に前へ運んだ。
炎と土煙の間を抜ける。
大剣の剣聖の懐へ入った。
「しまっ――」
剣が閃く。
肩口から胸へ。
クロードさんの刃が走った。
「ぐっ!」
大剣の男がよろめく。
それでも倒れない。
苦し紛れに大剣を振る。
クロードさんは身体を沈めた。
巨大な刃が頭上を通り過ぎる。
そのまま身体を回す。
もう一閃。
今度は足。
男の膝が落ちた。
「まだだ!」
大剣を支えに立とうとする。
だが、その首元にはすでにクロードさんの剣先があった。
「終わりだ」
「…………」
大剣の男がクロードさんを見る。
数秒後。
手から力が抜けた。
大剣が土の上へ落ちる。
ドンッ、と重い音が響いた。
「一人……!」
フェリシアの声が聞こえた。
だが。
「見るな!」
「!」
目の前の剣聖が一気に踏み込んできた。
剣。
身体を捻る。
かわしきれない。
刃が左肩へ食い込んだ。
「ぐっ!」
血が飛ぶ。
膝が落ちそうになる。
男は止まらない。
仲間の剣聖が敗れたことで、明らかに攻め方が変わった。
「貴様を倒して向こうへ行く!」
来る。
一撃目を受ける。
二撃目をかわす。
三撃目。
頬が裂けた。
「アレンさん!」
「来ないで!」
フェリシアを止める。
この距離に入れば危険だ。
俺が止めるしかない。
男の身体を見る。
肩。
腰。
足。
速い。
それでも、少しずつ分かってきた。
この男は俺より剣が上手い。
経験もある。
なら、剣技だけで上回ろうとする必要はない。
俺には、俺の強さがある。
力。
耐久。
速さ。
それだけじゃない。
今まで手に入れたものがある。
炎牙剣を見る。
この剣には魔石が入っている。
今までは、柄を握って魔石を起動し、必要な魔力を吸わせて炎を出していた。
でも今の俺には《魔力操作》がある。
「…………」
身体の中へ意識を向けた。
魔力。
いつもなら、魔石に任せて吸わせているだけだった。
今度は違う。
自分から流す。
右腕へ。
手のひらへ。
そして炎牙剣へ。
「何をしている?」
剣聖が眉を寄せる。
魔力を送り込む。
鍔に埋め込まれた赤い魔石が光った。
ボッ!
炎が刀身を包む。
いつもと同じ。
いや。
「まだだ」
さらに魔力を流す。
赤い炎が大きく膨らんだ。
刀身から離れようとするほど炎が揺れる。
熱が頬まで届いた。
「アレンさん?」
フェリシアの声。
このままじゃ駄目だ。
ただ魔力を増やしただけでは、炎が暴れている。
《魔力操作》。
魔力を素早く、正確に扱うためのスキル。
流れを意識し、無駄に広がる魔力を抑える。
炎牙剣の刀身へ。
刃の形に沿って。
細く。
濃く。
魔力を纏わせる。
「……!」
炎が変わった。
大きく揺れていた炎が刀身へ吸いつくように収束していく。
赤い光が刃をなぞった。
いつもの炎牙剣とは違う。
炎の内側に、もう一枚刃があるように見える。
剣聖の表情から初めて余裕が消えた。
「その剣……」
俺も分かる。
握った感覚が違う。
剣そのものが変わったわけじゃない。
でも、刀身の周りを流れる魔力が、刃の延長になっている。
「これなら……」
いける。
男が踏み込んだ。
速い!
それでも見える!
クロードさんの声を思い出す。
相手がどこへ行きたいのか見ろ。
この男はどこへ行きたい?
クロードさんの方だ。
仲間を助けたい。
ならば!
俺の右側を抜ける。
男が剣を振る。
俺は受けない。
一歩だけ下がった。
「!」
男が前へ出る。
身体が右へ流れた。
やっぱり。
「そこだ!」
先に入った。
男の目が大きくなる。
炎牙剣を振る。
ギィンッ!
相手の剣が受け止めた。
いや。
受け止めきれていない。
「なっ……!」
今までとは違った。
炎牙剣を覆う魔力と炎が、相手の剣へ押しつけられる。
金属が擦れる音。
火花。
赤い炎。
男の剣が震えている。
力を込める。
「ぐっ!」
男の腕が押し返される。
剣が外へ流れた。
胸が空いた瞬間、踏み込む。
男も必死に剣を戻す。
速い。
さすが《剣聖》。
二本の剣が再びぶつかる。
ガァンッ!
大きな火花が弾けた。
今度は男の剣が跳ね上がった。
「なっ!」
相手の手から剣が離れる。
宙を回った刃が陽光を反射し、地面へ突き刺さった。
俺はもう前へ出ている。
炎牙剣を振る。
男が身体を引く。
だが、逃げなかった。
「まだだ!」
腰から短剣を抜いた。
俺の腹へ突き出してくる。
「!」
最後まで戦うつもりだ。
なら!
炎牙剣を振り抜いた。
赤い炎が弧を描いた。
ザンッ!
「ぐっ……!」
刃が男の胴を深く斬り裂く。
短剣が手から落ちた。
男が一歩。
二歩。
後ろへ下がる。
それでも、しばらく俺を見ていた。
やがて、膝から崩れ動かなくなる。
炎牙剣へ流していた魔力を止める。
刀身を包んでいた濃い赤色の炎が静かに消えた。
その直後。
【人間討伐を確認しました】
【5,000P獲得】
「……え?」
思わず表示を見る。
【5,000P獲得】
「五千……?」
今まで倒した人間とは桁が違う。
それだけ強かったということか。
《剣聖》。
数年に一人しか現れないほどの固有スキル。
【保有:5,690P】
【累計獲得P:32,500P】
「…………」
五千。
固有スキルを一つ買えるほどのP。
だが、今は考えている場合じゃない。
「アレンさん!」
フェリシアの声。
顔を上げる。
少し離れた場所では、大剣を持ったもう一人の剣聖も地面に倒れていた。
クロードさんが剣を下ろす。
双剣聖。
二人とも倒れた。
そして。
それを見ていたのは俺たちだけじゃなかった。
「……双剣聖が」
近くにいた王国兵が呟いた。
その隣にいた兵士も見る。
「倒れた……?」
声が広がる。
「双剣聖がやられたぞ!」
誰かが叫んだ。
今度はもっと大きな声。
「双剣聖を討ち取った!」
「帝国の剣聖が二人とも死んだぞ!」
一瞬。
戦場の音が変わった。
さっきまで後退していた王国兵たちが足を止める。
帝国兵たちも動きを止めた。
双方の視線が、倒れた二人へ集まっていく。
そして。
「うおおおおおおっ!」
王国側から地鳴りのような声が上がった。
「いけるぞ!」
「押し返せ!」
「セイル大橋を取り戻せ!」
声が次々と重なる。
さっきまで疲れ切っていた兵士たちが前を向いた。
盾が上がる。
槍が揃う。
剣が抜かれる。
「前へ!」
王国側の騎士が剣を掲げた。
「双剣聖は討ち取った! 今度はこちらの番だ!」
「おおおおおおっ!」
王国軍が動いた。
「クロード!」
ボルクさんが叫ぶ。
「行けるぞ!」
「ああ!」
クロードさんが剣を上げる。
「第一班! ここから押し返す!」
「おう!」
「はい!」
俺も炎牙剣を握り直した。
「アレンさん!」
フェリシアが肩を見る。
「その傷で行くんですか!?」
「動けます!」
「そういう問題じゃ――」
「三秒だけ!」
セシルさんが俺の肩へ手を置いた。
白い光が傷口を包む。
熱が引いていく。
「完全には治せません! 無理はしないでください!」
「ありがとうございます!」
前を見る。
帝国兵たちが下がり始めていた。
双剣聖が倒れた。
それだけで、さっきまでの勢いが消えている。
「行きます!」
地面を蹴った。
すぐ前に帝国兵がいる。
「来るぞ!」
二人。
いや、三人。
一人目の剣を弾く。
炎牙剣を返した。
【人間討伐を確認しました】
【70P獲得】
二人目が槍を突き出してくる。
身体をずらす。
穂先の内側へ入った。
斬る。
【人間討伐を確認しました】
【95P獲得】
三人目。
「化け物が!」
剣を振り上げる。
遅い。
さっきまで剣聖を相手にしていた。
普通の兵士の動きが、今まで以上にはっきり見える。
踏み込む。
一閃。
【人間討伐を確認しました】
【60P獲得】
表示が次々に現れては消える。
数える余裕はない。
ただ前へ進む。
「アレンに続け!」
ラウルさんの声。
後ろから王国兵たちが来る。
「うおおおおっ!」
帝国側の前列が崩れた。
「下がるな!」
「陣形を維持しろ!」
帝国側の指揮官が叫ぶ。
だが、もう止まらない。
「ボルク!」
「任せろ!」
ボルクさんが大盾を前に出す。
帝国兵の盾列へぶつかった。
ドンッ!
一人。
二人。
盾ごと後ろへ押し込む。
「道ができたぞ!」
ラウルさんがその横から槍を突き出す。
盾の隙間。
脚。
肩。
連続して穂先が走る。
「リディア!」
「分かってる!」
帝国兵が密集した場所へ杖が向いた。
「《火矢》!」
炎が飛ぶ。
敵の前へ落ち、列を二つに分断した。
「今よ!」
「《魔弾》!」
フェリシアの白い光が飛ぶ。
火の向こうから弓を構えた兵士の手元へ。
続けて魔術師。
さらに指揮を取っていた男の肩。
次々に敵の攻撃を止めていく。
「左から回る!」
エナさんが走った。
帝国兵の視線が正面へ集中している。
その外側を抜ける。
一人の背後へ。
短剣が閃いた。
「ぐっ!」
「左が空いた!」
その声に王国兵が飛び込んでいく。
「押せ!」
「橋まで行け!」
戦線が一気に西へ動いた。
数分前。
俺たちはセイル大橋から遠ざかる方向へ押されていた。
今は逆だ。
帝国兵が一歩。
また一歩。
橋へ向かって後退していく。
「退くな!」
帝国軍の騎士が怒鳴った。
「ここを抜かせれば――」
その声の途中。
クロードさんが懐へ入った。
「遅い」
一閃。
騎士が倒れる。
「指揮官がやられた!」
帝国兵の列が揺れた。
「今だ!」
王国兵が盾を押す。
ガンッ!
帝国兵が橋の上へ押し戻された。
セイル大橋。
朝から何度も奪い合った場所。
石造りの橋の上には、折れた槍や盾が散乱している。
倒れた兵士も多い。
血に濡れた石の上を、両軍の兵士たちが踏み越えていく。
川から吹き上がる風が、血と煙の臭いを運んでくる。
それでも王国軍は止まらなかった。
「押せぇ!」
俺も走る。
前に四人。
「来るぞ!」
一人目。
剣を弾く。
斬る。
二人目。
槍をかわす。
懐へ入る。
三人目が横から来る。
踏み込みをずらし、その剣をかわす。
炎牙剣を返す。
【人間討伐を確認しました】
【人間討伐を確認しました】
【人間討伐を確認しました】
表示だけが次々に視界へ現れる。
後ろではクロードさんも進んでいた。
一人。
また一人。
今までならクロードさんの速さについていける兵士もいたかもしれない。
でも今は違う。
《共有》で強化された身体。
そこに元々の剣技がある。
帝国兵が剣を振った時には、クロードさんはもう横にいた。
剣が一度走る。
兵士が倒れる。
次の敵へ。
「なんだ、こいつら!」
「止まらないぞ!」
帝国兵の声に焦りが混じる。
「第一班! 前へ!」
「おお!」
ボルクさんの盾。
ラウルさんの槍。
リディアさんの炎。
フェリシアの魔弾。
エナさんの声。
後ろではセシルさんが負傷者を治療しながら、前線へ戻れる兵士を次々と送り出している。
第一班だけじゃない。
その周囲を何百人もの王国兵が進んでいた。
「双剣聖を倒した連中に続け!」
「橋を取り戻せ!」
「サハルから帝国兵を追い出せ!」
声が橋の上へ響く。
帝国兵が振り返った。
西岸。
まだ味方はいる。
だがその顔にはもう朝のような勢いはなかった。
前を見れば、王国軍が押し寄せてくる。
その先頭近くには双剣聖を倒した俺たちがいる。
「無理だ……」
一人の帝国兵が呟いた。
「剣聖様まで……」
「下がれ!」
別の声が上がった。
「西岸まで下がれ!」
それが最初だった。
一人が走る。
二人目が続く。
「待て!」
指揮官が止めるが、もう止まらない。
帝国兵たちが次々に橋を西へ走り始めた。
「逃げるぞ!」
「追え!」
王国兵がさらに勢いづく。
橋の中央。
そこを越え、さらに進む。
帝国兵は戦いながら下がることすらできなくなっていた。
西岸へ向かって走る帝国兵たちを俺たちは追う。
だが。
「アレン!」
クロードさんの声。
「はい!」
「深追いするな!」
「……はい!」
足を止める。
ここは敵国ではない。
目的は帝国兵を一人残らず斬ることじゃない。
セイル大橋を守ることだ。
帝国兵たちが西岸へ渡り切っていく。
最後の兵士が橋を離れた。
「止まれ!」
王国側の騎士の声が響く。
「橋を確保しろ!」
王国兵が橋の西側へ盾を並べる。
槍が前へ向く。
弓兵が後ろへ展開する。
セイル大橋。
完全に王国軍の手へ戻った。
「…………」
一瞬。
誰も声を上げなかった。
橋の上を風が吹き抜ける。
折れた槍。
砕けた盾。
倒れた兵士たち。
石畳に残った血。
戦いの跡が、橋の端から端まで続いている。
西岸へ退いた帝国兵たちも、こちらを見ていた。
自分たちが攻め込んだ橋。
そこに残った仲間たち。
そして倒れた双剣聖。
その惨状を見た帝国兵たちの間に、ざわめきが広がった。
やがて西の方から低い角笛が響いた。
ブオオオォ――。
一度。
少し間を置いて。
もう一度。
帝国兵たちが動き始め橋から離れていく。
「……撤退?」
フェリシアが呟く。
クロードさんが遠くを見る。
「ああ」
帝国軍の旗が一つずつ西へ向きを変えていく。
歩兵。
弓兵。
騎兵。
後方にいた部隊まで動き始めた。
「帝国軍が退いていく!」
王国兵の一人が叫んだ。
「撤退だ!」
「帝国軍が撤退するぞ!」
その瞬間だった。
「うおおおおおおおおっ!」
橋全体が揺れるほどの歓声が上がった。
「勝ったぞ!」
「セイル大橋を取り戻した!」
「帝国軍を追い返したぞ!」
剣が空へ突き上げられる。
槍が掲げられる。
盾を叩く音が次々に響いた。
カンッ!
ガンッ!
ドンッ!
その音が重なり、歓声と一緒になって橋の上を満たしていく。
「やったぞ!」
「生き残った!」
「橋を守った!」
兵士同士が肩を叩き合う。
抱き合っている者もいる。
その場へ座り込み、笑いながら泣いている兵士もいた。
「すげえな……」
ラウルさんが周囲を見る。
「さっきまで負けかけてたんだぞ」
「勝ったわけじゃない」
クロードさんが言った。
「また来るかもしれん」
「今くらい喜ばせろよ」
「あぁ、そうだな」
珍しくクロードさんが笑った。
「アレンさん!」
フェリシアが俺を見る。
嬉しそうに笑っている。
「取り戻しました!」
「はい」
俺も橋を見る。
王国の旗が運ばれてくる。
兵士たちが歓声を上げながら、それを橋の中央へ立てた。
風を受けて旗が大きく広がる。
その向こう。
帝国軍は少しずつ遠ざかっている。
「……守れた」
小さく言った。
「はい」
フェリシアにも聞こえたらしい。
俺の肩を見る。
「だから、もう治療してください」
「そうですね」
「本当にお願いします」
「はい」
その時。
「おい!」
ボルクさんの大きな声。
振り返る。
「今日の主役が何を端っこにいるんだ!」
「主役?」
「お前らだよ!」
ラウルさんも笑っている。
「双剣聖を倒した二人だぞ!」
近くにいた王国兵がこちらを見た。
「……あの少年か?」
「剣聖を倒したのは少年だったのか!」
「十五歳って言ってなかったか?」
「本当に?」
まずい。
視線が集まってきた。
「おい!」
一人の兵士が剣を上げる。
「双剣聖を討ち取った冒険者たちだ!」
「うおおおおおっ!」
また歓声が上がった。
「…………」
俺は思わずクロードさんを見る。
「どうすればいいですか?」
「知らん」
「クロードさんもですよ」
「俺もか?」
「そりゃそうでしょう」
ラウルさんが笑う。
兵士たちの歓声がさらに大きくなる。
「第一班!」
「第一班!」
「よくやった!」
ボルクさんが大盾を持ち上げた。
「おおおおおっ!」
歓声が返ってくる。
「ボルクさん、元気ですね」
「こういう時は乗っとくもんだ!」
リディアさんも笑っている。
エナさんはいつも通りの顔だったが、少しだけ口元が上がっていた。
セシルさんは呆れながら負傷者の治療を続けている。
フェリシアが俺の隣で笑った。
その声を聞きながら。
もう一度、西を見る。
帝国軍は撤退していく。
セイル大橋には王国の旗が翻っている。
俺たちはこの橋を守った。
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