第29話 遊撃隊の切り札
村人たちを乗せた馬車が、次々と東へ向かっていく。
積めるだけの荷物を積んだ荷車。
家畜を引く男たち。
子供の手を握る母親。
この村に残っている人も、もうわずかだった。
「本当に……ありがとう」
村長が頭を下げた。
「あなたたちが来てくれなかったら、どうなっていたか……」
「まだ安全な場所まで着いたわけじゃない」
クロードさんが答える。
「集結拠点まで俺たちも同行する。礼は無事に着いてからにしてくれ」
「ああ……分かった」
村長が頷いた。
その視線が俺へ向く。
「それでも、あんたが先に来てくれなかったら、間に合わなかった」
「…………」
少しだけ答えに迷う。
「俺一人じゃありません」
「え?」
「フェリシアさんが助けてくれましたし、クロードさんたちも来てくれました」
第一班のみんなを見る。
「俺一人だったら、全部は守れませんでした」
クロードさんに言われたばかりだ。
一人で全部やる必要はない。
「そうか……」
村長が第一班全員へ頭を下げた。
「みんな、本当にありがとう」
◇
出発の準備をしている途中。
村の外へ視線を向けた。
「…………」
帝国兵の死体が並べられている。
俺が斬った人間もいる。
さっきまで戦っていた相手だ。
今は動かない。
できるなら、人なんて斬りたくない。
それでも、もし、さっきの場面にもう一度戻ったとしても。
「…………」
たぶん、俺は同じことをする。
斬らなければ、村人が殺されていたかもしれない。
それだけは分かっている。
「アレン」
「はい?」
声をかけられた。
クロードさんだった。
「そろそろ出るぞ」
「分かりました」
村へ背を向けた。
◇
村人たちと一緒に東へ向かう。
来た時より速度は遅い。
怪我人もいる。
老人もいる。
何度か休憩を挟みながら進んだ。
しばらく歩いたところで、クロードさんが隣へ来る。
「アレン」
「はい」
「人を斬ったの、初めてだったんだろ」
「……はい」
どうやら分かっていたらしい。
「今もきついか?」
「…………」
少し考える。
「はい…色々と考えちゃいますね…」
「そうか」
「魔物とは全然違いました…」
剣に残った感触を思い出す。
目。
声。
息遣い。
どれもゴブリンやオークとは違った。
「でも」
前を見る。
避難する村人たちが歩いている。
「あそこで戦わなかったら、この人たちが殺されていたかもしれません」
「ああ」
「だから……」
一度言葉を止めた。
「次も必要なら戦います」
クロードさんはしばらく何も言わなかった。
「……そうか」
それだけだった。
俺も何も言わなかった。
◇
集結拠点へ戻ったのは夕方だった。
陽は西へ大きく傾いている。
それでも、拠点の動きは止まっていなかった。
馬の汗と舞い上がる土埃。
炊き出しの煙。
そこへ薬と血の臭いが混じっている。
荷車が行き交い、騎馬の伝令が何度も門を出入りしていた。
「また増えてる……」
フェリシアが呟く。
負傷兵だ。
昨日より明らかに多い。
腕を吊った兵士。
脚に布を巻いた兵士。
担架で運ばれている者もいる。
「西で戦闘が増えてるんだろうな」
ラウルの声も低い。
昨日ここへ来た時より。
戦場が近づいている。
そんな気がした。
「クロード!」
拠点へ入ると、一人の兵士が走ってきた。
「ロイド副団長が第一班を呼んでいる」
「分かった」
村人たちをスコッティ公爵軍へ引き渡し、俺たちは司令用の天幕へ向かった。
◇
天幕の中央には、大きな地図が置かれていた。
ロイド副団長。
スコッティ公爵軍の騎士が三人。
俺たちが入ると、ロイド副団長が顔を上げた。
「戻ったか」
「ああ」
クロードさんが前へ出る。
「村人の避難は完了した。負傷者を含めて全員、拠点まで連れてきた」
「よくやった」
「それと、報告がある」
クロードさんがエナを見る。
エナが一枚の地図を机へ広げた。
「これは?」
「帝国兵が持っていた」
スコッティ軍の騎士たちが近づく。
クロードさんが今日のことを順に説明していった。
村へ入った帝国兵。
食料と馬の略奪。
焼かれた家。
殺された村人。
北へ向かった六人と、その後に現れた別働隊。
「二度目の部隊は何人だった?」
ロイド副団長が聞く。
「十三人」
「十三……」
ロイド副団長がこちらを見る。
「こちらの損害は?」
「ない」
「……一人も?」
「ああ」
スコッティ軍の騎士の一人が顔を上げた。
「十三人相手に損害なし?」
「俺たちが着くまで、ほとんどアレンが一人で食い止めていた」
「…………」
全員の視線が俺へ向いた。
「一人でか?」
ロイド副団長が聞く。
「はい」
「十三人を相手に?」
「全部を一人で倒したわけではありません」
慌てて答える。
「フェリシアさんやクロードさんたちにも助けてもらいました」
「そうか」
ロイド副団長がしばらく俺を見る。
「十三人を相手に、村人が逃げる時間を稼いだんだろう?」
「……はい」
「なるほどな」
それだけ言って、再び地図を見る。
大げさに褒められたわけじゃない。
でも、昨日までとは少しだけ俺を見る目が変わった気がした。
「もう一つある」
クロードさんが言う。
「アレンの足だ」
「足?」
「ああ。こいつは異常に速い。短い距離なら俺たちじゃ追いつけない」
「追いつけないどころじゃないですけどね」
ラウルが苦笑する。
「エナより速いんですよ、こいつ」
ロイド副団長がエナを見る。
「本当か?」
「うん。かなり速い」
「……そうか。それは使えるな」
ロイド副団長はすぐに地図へ視線を戻した。
「今回も、村へ先行させたから間に合った」
クロードさんが言う。
「うむ……」
エナが持ち帰った地図には、今いる村だけではなく、南西、西、北西の集落にも印がついている。
「帝国軍は、こちらが想定していたより広く散っている可能性が高い」
スコッティ軍の騎士が言った。
「先遣隊が千以上いるとは分かっていた。しかし、これだけ小さな部隊に分けて動かしているとなると……」
「全部の村へ兵を置くのは無理だ」
ロイド副団長が続ける。
「守ろうとすれば、こちらの戦力が分散する」
「それが狙いかもしれないな」
クロードさんが言った。
「本隊が来る前に周辺を荒らして、こちらを散らす」
「あり得る」
ロイド副団長が腕を組んだ。
しばらく地図を見たあと、第一班へ顔を向ける。
「第一班には、しばらく固定の巡回路を与えない」
「固定の巡回路?」
俺が聞く。
「ああ」
ロイド副団長が地図の上を指で動かす。
「救援が必要になった時、最初に動いてもらう」
「俺たちが?」
「そうだ」
スコッティ軍の騎士も頷いた。
「こちらとしても、その方が助かる。各地で何が起きるか分からない今、すぐ動ける戦力は貴重だ」
ロイド副団長が俺たちを見る。
「斥候がいて治癒術師もいる。前衛も後衛も揃っている。
そして緊急時には、アレンを先に走らせることもできる」
「なるほどな」
ボルクが頷く。
「救援向きってことか」
「そういうことだ」
つまり。
どこかで危険が起きれば、そこへ向かう。
本当の意味での遊撃隊だ。
「それなら」
スコッティ軍の別の騎士が俺を見る。
「アレンだけ先行させれば、さらに早く――」
「駄目だ」
クロードさんが即答した。
「…………」
騎士がクロードさんを見る。
「なぜだ?」
「速いが、戦場経験が足りない」
「…………」
何も言えない。
「アレンを先行させる必要があるなら、俺が判断する」
クロードさんが言った。
「速いからって、一人で何でもできるわけじゃない」
「分かった」
ロイド副団長も頷いた。
「班長の判断を優先する。それでいこう」
「助かる」
「第一班には今後、緊急救援を優先してもらう」
ロイド副団長が地図を畳む。
「今日はもう休め。次にいつ動くことになるか分からん」
「分かった」
「できるだけ身体を休めておけ」
俺たちは天幕を出た。
◇
夕食を済ませる。
今日は温かいスープとパン。
それから干し肉。
食べられるだけ食べた。
装備も確認する。
炎牙剣。
革鎧。
荷物。
問題はない。
そのあと、第一班に割り当てられた天幕へ入った。
「はぁ……」
横になる。
途端に身体が重く感じた。
「…………」
疲れた。
ベルガントを出て三日間移動し、今日は朝から村へ向かった。
森を走り、帝国兵と何度も戦い、最後は十三人を相手に動き回った。
傷はない。
それでも、脚にも肩にも疲れが残っている。
「寝れば少しは戻るかな……」
目を閉じた。
◇
次に目を開けた時。
天幕の外はまだ薄暗かった。
「……朝?」
身体を起こす。
「うっ……」
思わず声が出た。
脚が重い。
肩にも張りが残っている。
眠った分、昨夜よりは楽になった。
それでも完全には取れていない。
今日もいつ任務が来るか分からない。
この状態でも戦えないわけじゃない。
でも、万全ではない。
「…………」
《会員》
表示を開く。
【会員ランク:ゴールド】
【保有:1,205P】
《回復》へ意識を向ける。
【半回復 50P】
【全回復 100P】
ゴールド会員になった時、説明は確認している。
《半回復》なら負傷や疲労を半分ほど。
《全回復》なら完全に回復できる。
「百Pか……」
今の保有は千二百五P。
軽い疲れなら半回復でもいい。
だが、今日はいつ戦うことになるか分からない。
昨日のように救援へ急ぐことになれば、少しの疲れが判断や動きに影響するかもしれない。
「万全にしておこう」
怪我を治すためではない。
溜まった疲労を取るために《全回復》を使うのは初めてだ。
【全回復を使用しますか?】
【必要:100P】
【保有:1,205P】
「使う」
【100Pを使用しました】
【保有:1,105P】
その瞬間。
「……っ!」
脚の張りが消えた。
肩を回す。
さっきまで身体の奥に残っていた重さもない。
立ち上がって屈伸する。
「本当に全部取れた……」
説明で知ってはいた。
でも、実際に使ってみると想像以上だった。
連日戦うことになったとしても、Pを使えば身体だけは万全の状態へ戻せる。
「これは大きいな」
ただし、一回百P。
何も考えず何回も使うようなものでもない。
必要な時に使えばいい。
表示を消した。
その直後だった。
「第一班!」
外から声。
「第一班、起きているか!」
「……来た」
天幕を出る。
伝令の兵士が立っていた。
「ロイド副団長から招集だ!」
「分かりました!」
◇
司令天幕へ入る。
第一班の八人が揃っていた。
ロイド副団長が地図の前に立っている。
「朝早くから悪い」
「何かあったか?」
クロードさんが聞く。
「ああ」
ロイド副団長が地図の一点を指した。
「ここだ」
昨日、帝国兵から奪った地図にも印があった場所。
今いる拠点から南西にある村だ。
「夜明け前、狼煙が上がった」
「帝国兵ですか?」
フェリシアが聞く。
「まだ分からない」
ロイド副団長が首を横に振る。
「ただ、こちらの斥候からも近くで武装した集団を見たという報告が入っている」
「何人?」
エナが聞く。
「人数は不明だ」
クロードさんが地図を見る。
「第一班に行けってことだな」
「ああ」
ロイド副団長が俺たちを見る。
「昨日決めた通りだ。第一班に向かってもらう」
「分かった」
クロードさんが答える。
俺も頷いた。
身体は軽い。
昨日までの疲れは残っていない。
「行けるか?」
クロードさんが俺を見る。
「はい」
迷わず答えた。
するとロイド副団長が続ける。
「ただし、一つ気をつけろ」
「何だ?」
「村の近くで確認されたのは、歩兵だけじゃない」
地図の上に指を置く。
「帝国軍の騎馬兵も確認されている」
「騎馬兵……」
ラウルの表情が変わる。
「数は?」
「まだ分からん」
ロイド副団長が俺たちを見る。
「昨日までと同じ相手だと思うな」
天幕の空気が変わった。
クロードさんが立ち上がる。
「準備するぞ」
「はい」
俺も炎牙剣へ手を置いた。
次の任務が始まる。
累計獲得P=25,915P
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