第27話 先に行け
「止まるな!」
クロードの声が飛ぶ。
顔を上げる。
帝国兵が剣を握って、こちらへ走ってきていた。
【70P獲得】
まだ文字が頭に残っている。
人間を斬った。
それでもPが入った。
だが、今は考えている場合じゃない。
「くそっ!」
帝国兵が剣を振り下ろす。
半歩ずれる。
刃が目の前を通り過ぎた。
「なっ!」
遅い。
さっきの男よりも、はっきりそう感じる。
帝国兵がもう一度剣を振る。
避ける。
さらに一撃。
それも届かない。
「なんなんだ、お前は!」
「…………」
さっきまでは、人間を斬ることに身体が止まった。
今だって怖くないわけじゃない。
それでも、後ろにはゲイルさんとミーナがいる。
ここで俺が止まれば、誰かが傷つくかもしれない。
それだけは嫌だ。
帝国兵が踏み込む。
剣を横へ振った。
俺は身を沈める。
そのまま懐へ入った。
「っ!」
炎牙剣を振るう。
帝国兵の身体が崩れた。
「…………」
また、人を斬った。
胸の奥に重いものが残る。
その直後。
【人間討伐を確認しました】
【45P獲得】
「……45?」
目を見開く。
さっきは七十だった。
今度は四十五。
同じ帝国兵なのに。
「アレン!」
「っ!」
クロードの声で表示から目を離した。
まだ終わっていない。
◇
「退け!」
声が響いた。
残っている帝国兵の一人。
ほかの兵士より少し上等な鎧を着た男だった。
「これ以上は無理だ! 戻って報告する!」
隊長格だろうか。
男が馬の方へ走る。
もう一人。
俺が剣を弾き飛ばした帝国兵も、慌てて後を追おうとした。
「逃がすな!」
クロードが動いた。
隊長格が振り返る。
「邪魔だ!」
剣を抜いた。
速い。
さっきまでの帝国兵とは明らかに違う。
クロードへ斬りつける。
キンッ!
剣と剣がぶつかった。
一撃。
二撃。
三撃。
「…………」
クロードが防いでいる。
いや、違う。
押されているんじゃない。
相手の剣を受けるたび、ほんの少しずつ位置を変えている。
隊長格が踏み込む。
クロードが剣を流す。
男の身体がわずかに傾いた。
その瞬間、クロードが一歩入る。
「ぐっ!」
隊長格が大きく下がった。
やっぱり上手い。
速さだけじゃない。
相手が次にどう動くのか。
どこへ逃げるのか。
そこまで見えているようだった。
「ちっ!」
隊長格がクロードから離れ、そのまま馬へ向かう。
「アレン!」
「はい!」
「右を塞げ!」
地面を蹴った。
「なっ!?」
隊長格が振り向く。
一気に先へ回り込んだ。
男が足を止める。
「またあのガキか!」
剣を構えた。
「どけ!」
斬りかかってくる。
速い!
さっきまでの兵士とは違う。
それでも、俺の身体なら避けられる。
一撃目をかわす。
続く二撃目。
炎牙剣を合わせる。
ガキンッ!
腕に衝撃が走った。
男がすぐに剣を返す。
「っ!」
俺も炎牙剣を振るう。
だが、隊長格は受け止めなかった。
剣を斜めに当て、俺の一撃の軌道だけを外す。
「……!」
炎牙剣が男の横を抜けた。
力で止められたわけじゃない。
完全に技術でかわされた。
「速いだけか!」
隊長格が踏み込んでくる。
「くっ!」
避ける。
身体能力なら俺の方が上だ。
でも、剣の扱いは向こうの方が上手い。
「アレン!」
後ろからクロードの声。
「力で追うな!」
「!」
「相手がどこへ逃げたいのか見ろ!」
逃げたい場所。
馬。
そこへ行くためには、俺の右側を抜けるしかない。
隊長格が剣を振るう。
受けない。
一歩下がる。
男が前へ出た。
その身体が、右へ流れる。
「そこだ!」
先へ回る。
「なっ!」
炎牙剣を振るった。
隊長格が慌てて剣を上げる。
だが、今度は逸らされない。
そのまま押し切った。
「がっ……!」
剣が男の身体を捉えた。
膝をつき、そのまま草の上へ倒れる。
さっきまで響いていた剣戟が途切れた。
風が草を揺らす。
葉先に、男の血が一滴落ちた。
「…………」
また一人、俺が斬った。
その静けさとは関係なく、目の前に文字が浮かぶ。
【人間討伐を確認しました】
【180P獲得】
「百八十……」
45P。
70P。
180P。
全部違う。
そして、一番強かったこの男が、一番多い。
「……相手の強さで変わるのか?」
「何がだ?」
クロードがこちらを見る。
「あ……いえ」
表示はクロードには見えない。
まだ三人だけだ。
断言はできない。
それでも、この数字には何か理由があるはずだ。
「…………」
百八十。
数字だけ見れば大きい。
けれど、嬉しいとは思えなかった。
目の前に倒れているのは、魔物じゃない。
人間だ。
「動くな」
エナの声がした。
見る。
最後の帝国兵。
俺が武器を弾き飛ばした男の首元へ、エナが短剣を突きつけていた。
「くっ……」
「動いたら斬る」
男が両手を上げる。
クロードが近づいた。
「そいつは殺すな」
「うん」
「話を聞く」
全員を倒すだけが戦いじゃない。
クロードは、最初からそこまで考えていたのかもしれない。
「お父さん!」
ミーナの声。
振り返る。
ゲイルさんがゆっくり身体を起こしていた。
「ミーナ……」
「よかった……!」
フェリシアとリディアが二人のそばへ行く。
「歩けますか?」
フェリシアが聞く。
「あ、ああ……たぶん」
「無理しないでください」
二人とも生きている。
間に合った。
少しだけ肩の力が抜けた。
◇
クロードは捕まえた帝国兵を木の根元へ座らせた。
エナがその前に立っている。
「聞きたいことがある」
クロードが言った。
「…………」
男は答えない。
「村から食料や馬を奪ったのは、お前たちの判断か?」
「…………」
「答えろ」
「……知らん」
クロードの眉が少し動く。
そのとき。
「クロード」
エナが声をかけた。
隊長格の荷物を調べている。
「これ」
紙を一枚差し出した。
クロードが開く。
「……命令書か」
「!」
捕虜の男が顔を上げた。
クロードが紙へ視線を落とす。
「進軍路周辺の集落より、食料、馬、その他必要物資を確保せよ……」
読み上げていく。
俺の手に力が入る。
「抵抗する集落については、必要に応じて処断し、周辺集落への警告とせよ……」
「…………」
焼けた家を思い出した。
布を掛けられた村人。
冬のために残していた麦。
あれは、こいつらが勝手にやったことじゃない。
「帝国軍の命令……」
フェリシアの声が小さくなる。
「ああ」
クロードが命令書を畳む。
捕虜を見る。
「ほかの部隊は?」
「知らん」
「この紙を見る限り、お前たちだけじゃない」
「…………」
「どこにいる?」
「知らん!」
男が声を荒らげる。
「俺たちだって命令されただけだ!」
「…………」
「戦争なんだぞ! 食料が必要なのは当たり前だろ!」
「だから村人を殺すのか?」
クロードの声は低かった。
「それは……」
男が黙る。
「ほかの部隊はどこだ」
「…………」
「答えろ」
しばらく沈黙が続いた。
やがて男が口を開く。
「……南西だ」
「何人?」
「十二、三人……」
「別の部隊か?」
「ああ。今朝、俺たちと二手に分かれた」
「目的は?」
「同じだ。俺たちは北から。あいつらは南側から村や街道を探してる」
クロードの顔が変わった。
「この村の場所は知ってるのか?」
「……たぶん」
「まずいな」
クロードが立ち上がる。
「戻るぞ」
「でも、ゲイルさんが」
「私が支える」
リディアが答えた。
「エナ。捕虜を頼む」
「分かった」
「急ぐぞ」
今度は勝手に飛び出さない。
俺たちは村へ向かった。
◇
森を抜ける少し前だった。
カン。
カン。
カン。
「……?」
遠くから音が聞こえた。
エナが足を止める。
「鐘」
「鐘?」
俺が聞く。
「村の警鐘」
クロードの表情が変わった。
「走るぞ!」
森を抜ける。
少し高くなった場所から、村が見えた。
「…………!」
避難の準備をしている村人たち。
荷車。
馬車。
その向こうの村の西側から武装した人影が近づいている。
「帝国兵……」
フェリシアが息を呑んだ。
十人以上。
「早すぎる」
ラウルが言う。
「もう来やがったのか」
村まで距離がある。
俺たちが全員で走っても、帝国兵の方が先に着くかもしれない。
「クロードさん」
「…………」
クロードが村を見る。
そして俺を見た。
「アレン」
「はい」
「先に行け」
「……え?」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「一人で、ですか?」
「ああ」
「でも……」
「分かってる」
クロードが言う。
「今は俺が行けと言ってる」
「…………」
「敵を全部倒す必要はない」
クロードが村を指す。
「村人と帝国兵の間に入れ」
「はい」
「俺たちが着くまで、一人も通すな」
「…………」
クロードが俺の力を見て、俺に任せた。
「分かりました」
炎牙剣の柄を握る。
「行きます」
地面を蹴った。
◇
風が顔を叩いた。
一歩進むたび、木々が視界の端から後ろへ吹き飛んでいく。
さらに地面を蹴る。
土を蹴る音さえ、自分の後ろへ置き去りにしていくようだった。
森が途切れる。
一気に視界が開けた。
草原。
その先に村がある。
人が逃げている。
荷物を積んだ馬車が動いている。
その向こうから、帝国兵が迫っていた。
「……間に合え!」
もう一度、強く地面を蹴る。
距離が一気に縮まった。
「逃げろ!」
「早く馬車へ!」
「帝国兵だ!」
村人たちの声が聞こえてくる。
泣いている子供。
荷物を抱える老人。
逃げようとして転ぶ人。
そして、その向こう。
「いたぞ!」
「村だ!」
「逃がすな!」
先頭の帝国兵が剣を抜いた。
村人との距離が縮まる。
「っ!」
最後にもう一度、地面を蹴る。
身体が前へ飛んだ。
ドンッ!
村人と帝国兵の間へ滑り込む。
土煙が舞った。
「なっ!?」
帝国兵たちが一斉に足を止める。
「どこから……」
十数人。
それに対して、今ここにいるのは俺一人。
「…………」
炎牙剣を抜く。
人を斬ることを、何とも思わなくなったわけじゃない。
怖さも残っている。
それでも。
後ろを見る。
逃げる村人たち。
守るべき人がいる。
なら、今は迷わない。
帝国兵たちへ剣を向けた。
「ここから先には行かせない」
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