第26話 人間討伐
翌朝。
集結拠点の中央にある大きな天幕へ、第一班の八人は集められていた。
中央の机には、大きな地図が広げられている。
ロイド副団長の隣には、スコッティ公爵軍の騎士が立っていた。
「昨夜伝えた通り、帝国軍の先遣隊が国境を越えた」
騎士が地図を指差す。
「確認できているだけで千以上。ただし、全員が一団で動いているわけではない」
地図の上を指が動く。
「本隊に先行して、斥候や小規模な部隊が周辺へ散っている。街道の確認、食料の確保、こちらの戦力の把握が目的だろう」
「食料の確保?」
ラウルが聞き返した。
「ああ。すでに国境近くの村では、家畜や食料を奪われたという報告がある」
天幕の空気が少し重くなった。
「第一班には、この村へ向かってもらう」
地図の一点を指す。
「ここから西へ半日ほどだ。まだ住民の避難が完了していない」
クロードが地図を見る。
「任務は?」
「住民を東へ避難させろ。それと、周辺に帝国兵が入り込んでいた場合は排除してほしい」
排除。
その言葉が耳に残った。
魔物なら、討伐。
でも今回は、人間だ。
「敵を探し回る必要はない」
騎士が続ける。
「住民の安全が最優先だ。ただし、帝国兵を見つけて放置すれば、避難民が襲われる可能性がある」
「分かった」
クロードが答えた。
天幕を出る。
「出発するぞ」
第一班の最初の任務が始まった。
◇
集結拠点を出て、俺たちは西へ進んだ。
昨日までとは歩き方が違う。
エナが一人、かなり前を進んでいる。
その後ろにクロード。
俺とラウルが続き、中央にリディアとフェリシア。
後方にはボルクとセシル。
クロードが決めた配置だ。
「エナさん、あんなに離れて大丈夫なんですか?」
俺が聞くと、ラウルが笑った。
「むしろ近いくらいだぞ」
「そうなんですか?」
「街道ならな。森に入ったら、姿が見えなくなることもある」
「へえ……」
「斥候ってのは、敵を見つけるのが仕事だからな。敵に見つかったら意味がない」
しばらく進む。
前を歩いていたエナが、突然しゃがんだ。
地面を見ている。
クロードが近づく。
「どうした?」
「馬」
俺たちも寄った。
土の上には、いくつもの蹄の跡がある。
「七頭」
エナが言う。
「西から来てる。ここで街道を外れて、北へ向かった」
「いつ頃だ?」
「今朝。そんなに時間は経ってない」
俺には、ただ馬が通った跡にしか見えない。
「七頭って分かるんですか?」
思わず聞いた。
エナが俺を見る。
「分かる」
「いつ通ったかも?」
「だいたいなら」
「すごいですね」
「斥候だから」
それだけ言うと立ち上がった。
「帝国兵か?」
ラウルが聞く。
「まだ分からない」
クロードが答えた。
「今は村を優先する。エナ、引き続き前を頼む」
「分かった」
エナが再び先へ進んでいく。
筋力なら俺の方が高い。
敏捷だって、おそらく俺の方が上だ。
でも、俺にはあの足跡から何も分からなかった。
強いだけで全部できるわけじゃない。
そんなことを考えながら歩いた。
◇
村が見えてきたのは、昼前だった。
最初に見えたのは煙。
「……火事?」
フェリシアが杖を握る。
「急ぐぞ!」
クロードの声を聞いた瞬間、地面を蹴った。
一歩。
二歩。
三歩。
一気に村が近づく。
風が耳元を流れていく。
「――は?」
後ろから何か聞こえた。
構わず走る。
数秒して、ふと違和感を覚えた。
隣に誰もいない。
「アレン!」
ずっと後ろからクロードの声が飛んできた。
「止まれ!」
「え?」
慌てて速度を落とす。
振り返った。
「…………」
第一班のみんなが、かなり後ろにいる。
やってしまった。
しばらくして、先頭を走っていたクロードとエナが追いついてきた。
その後からラウルたちも来る。
「お前……」
ラウルが俺を見ている。
「なんだよ、今の」
「すみません。急ぐって言われたので」
「いや、急ぐけどさ!」
ラウルが俺と後ろの道を見比べる。
「急ぐにも限度があるだろ!」
ボルクも目を丸くしていた。
「ここで全力出しすぎるとあとで疲れるぞ?」
「いえ。全力ではないです」
「…………」
「…………」
今度は何人かが黙った。
エナが俺を見る。
「私より速い」
「そうなんですか?」
「たぶん、かなり」
斥候のエナにそう言われると、さすがに自分でも速すぎたらしい。
「アレンさん、速いですから」
フェリシアだけは普通だった。
「知ってたのか?」
ラウルが聞く。
「一緒に冒険してますから」
「いや、先に教えといてくれよ……」
リディアも俺を見る。
「十五歳って聞いた時より驚いたんだけど」
「すみません」
「謝ることじゃないけど」
クロードだけは笑っていなかった。
「アレン」
「はい」
「お前が速いのは分かった」
「はい」
「だが、敵が残っているかもしれない場所へ一人で飛び込むな」
「……はい」
「いくら速くても、囲まれれば危険だ。罠があるかもしれない。人質を取られることもある」
昨日から何度も同じことを思い知らされる。
自分一人で戦っているわけじゃない。
「すみません」
「ただ」
クロードが村を見る。
「その足は使える」
「え?」
「使う時は指示する。その時は遠慮なく走れ」
「分かりました」
「よし」
クロードが剣へ手を掛けた。
「今度は全員で行くぞ」
「はい」
隊列を崩さず、村へ向かう。
数軒の家が黒く焼けていた。
柵は壊され、道には荷物が散乱している。
開け放たれた食料庫の前には、破れた袋から麦がこぼれていた。
「セシル!」
「はい!」
負傷者を見つけたセシルが、すぐに駆けていく。
頭から血を流した男。
腕を押さえて座り込んでいる老人。
足を引きずる若者もいる。
そして少し離れた場所。
地面に、一人の男が横たわっていた。
顔まで布が掛けられている。
「…………」
誰に聞かなくても分かった。
死んでいる。
「ぼ、冒険者か?」
年老いた男がこちらへ歩いてくる。
額に布を巻いていた。
「村長か?」
クロードが聞く。
「ううう…、あ、ああ」
「何があった?」
村長の顔が歪んだ。
「て、帝国兵だ」
拳を握る。
「朝早く…、十人ほど来た…。食料と馬を出せと言われた…」
「渡したのか?」
「逆らって皆殺しにされたくはなかった…。馬も、食料も出した…」
村長が焼けた家を見る。
「だが、それじゃ足りんと言われた。冬のために残していた麦まで全部…」
「それで揉めた?」
「ああ…」
布を掛けられた男を見る。
「あ、あいつが止めようとしたんだ!」
「…………」
「そしたら、その場で斬られた!」
フェリシアが俯く。
俺も何も言えなかった。
「家に火をつけたのも帝国兵か?」
「そ、そうだ。逆らえばこうなると…」
ラウルの顔から、いつもの笑いが消えていた。
「ふざけやがって」
「ラウル」
クロードが短く制した。
「今は避難が先だ」
「……分かってる」
クロードが村長を見る。
「全員、東へ避難してくれ。荷物は最低限だ。馬車を優先して使う」
「分かった」
「ボルク、セシル、ラウル。避難を手伝ってくれ」
「任せろ」
「はい」
「分かった」
そのとき。
「村長!」
一人の女性が駆けてきた。
「どうした…?」
「ゲイルさんとミーナが、まだ戻ってません!」
村長の顔色が変わる。
「なんだって!まだか?」
「はい!」
「誰だ?」
クロードが聞く。
「お、親子だ!朝、家畜を探しに村の北へ出ていった!」
「北……」
クロードが小さく呟く。
俺も同じことを思い出した。
「エナさんが見つけた馬の跡……」
「ああ」
クロードが頷く。
「北へ向かっていた」
すぐにエナを見る。
「案内できるか?」
「あぁ、できる…」
「行くぞ」
クロードが俺たちを見る。
「俺、アレン、フェリシア、リディア、エナで探す」
「気をつけろよ」
ボルクが言った。
「ああ」
俺たちは村を出た。
◇
エナを先頭に、街道を離れて北へ進む。
森に入ってからは、一気に速度を落とした。
エナは地面を見たり、折れた枝を触ったりしながら迷うことなく進んでいく。
しばらくすると、突然片手を上げた。
全員が止まった。
エナが戻ってくる。
「いる」
「何人?」
「六人」
「村人は?」
「二人いる。男と女の子」
見つけた。
クロードが剣へ手を掛ける。
「場所は?」
「少し先の開けたところ」
「見に行く」
身を低くして進む。
木の陰から向こうを見る。
帝国兵が六人。
二人が村人の近く。
二人がその後ろ。
残りの二人は馬と荷物のそばにいる。
奪ったものだろう。
食料の袋がいくつも積まれていた。
そして。
「お父さん!」
十代半ばくらいの少女が叫んだ。
地面には男が倒れている。
帝国兵の一人が、その男の腹を蹴った。
「馬はどこだ」
「もう……いない……」
「嘘をつくな!」
もう一度蹴る。
「やめて!」
少女が父親のところへ行こうとする。
だが、隣にいた別の帝国兵に腕を掴まれた。
「は、離してよ!」
「暴れるな」
「お父さん!」
俺の手に力が入った。
「クロードさん」
「待て」
「でも」
「今飛び出せば、人質を斬られる」
「…………」
クロードは落ち着いていた。
帝国兵を一人ずつ見ている。
「エナ」
「うん」
「右から回れ。逃げ道を潰してくれ」
エナが音もなく消える。
「リディア。奥の二人を頼む。殺せなくてもいい。動きを止めろ」
「分かった」
「フェリシア」
「はい」
「娘を掴んでいる男を狙えるか?」
フェリシアが木の陰から覗く。
「狙えます」
「俺が動いたら撃て。ただし、娘に当てるな」
「はい」
クロードが俺を見る。
「アレン」
「はい」
「俺が仕掛けたら、あの親子の前まで走れ」
「俺が?」
「その足なら、誰より早く入れる」
村へ向かう途中で言われたことを思い出す。
その足は使える。
「二人を守ればいいんですね」
「ああ」
クロードが剣を抜いた。
「勝手に敵を追うな。まず人質を守れ」
「分かりました」
「行くぞ」
次の瞬間。
クロードが木陰から飛び出した。
「誰だ!」
帝国兵が振り返る。
父親のそばにいた一人が、慌てて剣を抜いた。
クロードは止まらない。
帝国兵が剣を振り上げる。
その剣が下りるより先に。
クロードの剣が走った。
「がっ……!」
一人目が倒れる。
首元から血が流れた。
人間が。
目の前で死んだ。
「敵だ!」
馬の近くにいた兵士の一人が、槍を手にして走ってくる。
クロードへ突き出した。
クロードは半歩だけ動く。
穂先が服の横を抜ける。
そのまま槍の内側へ入り込んだ。
一閃。
二人目も地面へ崩れ落ちる。
「…………」
また一人。
速い!
いや、ただ速いんじゃない。
無駄がない。
相手が何をするのか分かっているみたいに、必要な分しか動いていない。
「アレン!」
クロードが叫んだ。
「今だ!」
「はい!」
地面を蹴る。
一気に加速した。
「《火矢》!」
後ろからリディアの声。
奥にいた二人へ炎の矢が飛ぶ。
「うわっ!」
二人が左右へ散った。
同時に。
「《魔弾》!」
フェリシアの杖の先から光が飛ぶ。
少女を掴んでいた帝国兵の手首に命中した。
「ぐっ!」
男が手を離した。
少女が父親のところへ走る。
その前へ俺が滑り込んだ。
「お父さん!」
「大丈夫。下がって」
振り返った帝国兵が俺を見る。
目を見開いた。
「……子供!?」
俺の顔を見て、本気で驚いている。
「サハルは子供まで戦場に出すのか!」
「…………」
やっぱり。
敵から見ても、そう見えるんだ。
男が落としかけた剣を握り直す。
「だが、武器を持ってるなら敵だ!」
斬りかかってきた。
遅い!
炎牙剣を抜く。
振り下ろされた剣を横から弾いた。
「なっ!」
帝国兵の腕が大きく流れる。
胴が空いた。
今なら斬れる。
「…………」
炎牙剣が止まった。
目の前にいるのは魔物じゃない!
汗をかいている!
息をしている!
俺を見ている!
人間だ!
「このっ!」
帝国兵がもう一度剣を振るう。
避ける。
俺には簡単だ!
相手の剣を横から強く打った。
剣が手から弾け飛ぶ。
「ぐっ!」
武器はなくなった。
これで戦えない。
殺す必要はない。
そう思った瞬間。
「動くな!」
別の声が飛んだ。
見る。
リディアの《火矢》から逃れた二人のうち、一人が木々の間を回り込んでいた。
少女のすぐそばまで来ている。
帝国兵が剣を振り上げた。
「こいつがどうなっても――」
その先は聞かなかった。
地面を蹴る。
さっき見せた速度。
今度は迷わず使った。
一瞬で間合いが消える。
帝国兵の目が見開かれる。
「な――」
炎牙剣を振った。
肉を斬る感触。
帝国兵の身体が崩れた。
「…………」
倒れた。
動かない。
俺の剣に、赤い血が付いている。
今度はクロードじゃない。
俺がやった。
さっきまで喋っていた人間を俺が斬った。
そのときだった。
【人間討伐を確認しました】
「……え?」
【70P獲得】
「……人間でも、Pが入るのか」
足元の男を見る。
嬉しいとは思わなかった。
「アレン!」
クロードの声が飛ぶ。
顔を上げる。
「止まるな!」
別の帝国兵が剣を握ってこちらへ走ってくる。
考えている時間はない。
後ろには村人がいる。
フェリシアもいる。
俺は炎牙剣を握り直した。
累計獲得P=25,370P
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも何かを感じて頂けたら評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




