第24話 遊撃隊
「これだけの人数を集めたのには、理由がある」
ベルガント伯爵が合図すると、騎士が大きな地図を広げた。
描かれているのは、サハル王国西部。
伯爵が地図の一点を示す。
「ここがベルガントだ」
そこから指を西へ動かす。
「そして、こちらがスコッティ公爵領」
さらに西。
「国境を越えた先が、ドラン帝国だ」
広間の空気が変わった。
「帝国……?」
誰かが小さく呟いた。
ドラン帝国。
名前は当然知っている。
ヴァルディス家で学んでいたころ、周辺国についても教えられていた。
サハル王国の西に国境を接する大国。
友好的な相手ではない。
「五日前、ドラン帝国軍が国境付近へ進出した」
ざわっ、と冒険者たちが騒ぎ始めた。
「軍って、どのくらいなんだ?」
「もう国境を越えたのか?」
声が飛ぶ。
伯爵は騒ぎが収まるのを待ってから続けた。
「すでに一部では、国境を越えた帝国兵との衝突が起きている。
現時点では小規模だ。しかし、帝国側ではさらに兵が集まっているという報告もある」
「本格的に攻めてくる可能性があるってことか」
「ああ」
伯爵は否定しなかった。
「国境の守りを担っているスコッティ公爵から、周辺領へ増援要請が出された」
地図を見る。
スコッティ公爵領が抜かれれば、その東にはベルガントがある。
王国西部でも有数の交易都市だ。
帝国軍が東へ進むなら、無視するとは思えない。
「ベルガントからも兵を送る」
伯爵が言った。
「だが、すべての兵を国境へ向かわせることはできない」
当然だ。
ベルガント自体の守りも必要になる。
国境とは別の場所から敵が侵入するかもしれない。
混乱に乗じて盗賊が増える可能性もある。
都市の兵を空にするわけにはいかない。
「そこで、諸君に集まってもらった」
伯爵が冒険者たちを見渡す。
「私は、正規兵とは別に動く遊撃隊を編成したいと考えている」
「遊撃隊?」
「諸君を兵士と同じように戦列へ並べるつもりはない。冒険者には、冒険者に適した戦い方がある」
偵察。
敵斥候の排除。
街道や補給路の警護。
少人数で侵入してきた帝国兵への対応。
状況によっては、敵の側面を突くこともあるらしい。
「スコッティ公爵軍と連携しながら、少人数単位で動いてもらう」
なるほど。
それなら冒険者でも動きやすい。
俺たちも普段から、少人数で森やダンジョンを動いている。
決められた隊列で戦うより、そちらの方が慣れている。
「参加するのは、ここにいる全員ですか?」
一人の冒険者が尋ねた。
「いや」
伯爵が首を振る。
「これは徴兵ではない」
広間が静かになる。
「参加するかどうかは、各自に任せる」
その言葉に、何人かの表情がわずかに緩んだ。
「当然ながら危険な仕事になる。魔物とは違い、相手は武器を持った人間だ。それも軍として訓練された兵士になる可能性がある」
人間。
その言葉が耳に残った。
これまで戦ってきた相手は、ほとんどが魔物だ。
カイルとの模擬戦はあったが、あれとは違う。
今度は本当の戦場だ。
剣を振れば、相手は死ぬかもしれない。
「報酬は?」
別の冒険者が聞いた。
「通常の依頼より高く設定する。危険手当も出す。詳しい金額は任務ごとに提示する予定だ」
「期間は?」
「現時点では決められない。帝国軍が撤退すれば終わる。逆に本格侵攻となれば、長期化する可能性もある」
何人かの冒険者が顔を見合わせた。
普通の依頼とは違う。
何日で終わるかも分からない。
命を落とす可能性も高い。
「王都には?」
前の方から声がした。
クロードだった。
「すでに急使を送っている」
「王国軍が来るまでの時間を稼ぐってことか」
「それも目的の一つだ」
クロードが小さく頷く。
伯爵は広間に集まった者たちを見渡した。
「今この場で答えを出す必要はない」
少し間を置く。
「参加する者は、明日の朝までに冒険者ギルドへ届け出てほしい」
そして最後に言った。
「危険を承知で頼む。力を貸してほしい」
◇
領主館を出たころには、空が暗くなり始めていた。
集まっていた冒険者たちが、それぞれ散っていく。
「俺はやめとく」
「俺もだ。帝国兵なんて冗談じゃない」
そんな声も聞こえた。
反対に、
「報酬次第だな」
「《銀狼》はどうするんだ?」
という声もある。
誰も簡単には決められない。
それだけ危険な依頼だ。
「アレンさん」
隣を歩いていたフェリシアが声をかけてきた。
「はい?」
「どうします?」
足を止めた。
すぐには答えなかった。
さっき見た地図を思い出す。
スコッティ公爵領。
その東にベルガント。
国境を守れなければ、この街まで戦火が届く可能性がある。
ベルガントへ来てから、俺の生活は大きく変わった。
《銀麦亭》で暮らし、毎日のようにフェリシアと依頼を受けた。
ギルドにも、武器屋にも顔馴染みができた。
いつの間にか、ここで暮らすことが当たり前になっている。
あのとき、屋敷を出ることを決めたのは俺じゃなかった。
でも、今は違う。
冒険者になることも。
ベルガントへ来ることも。
ここで生きることも、自分で選んだ。
自分の人生は、自分で決めたい。
だったら、ここを守るために戦うかどうかも俺が決める。
「行きます」
フェリシアが俺を見る。
「遊撃隊に?」
「はい」
もう迷いはなかった。
「帝国軍がここまで来たら、ベルガントも無事では済まないでしょうから」
「……そうですね」
「ここでの生活、気に入ってるんです」
自分で言って、少し笑った。
「だから、守れるなら守りたい」
フェリシアも小さく笑う。
「私も行きます」
「いいんですか?」
「はい」
「かなり危険ですよ」
「それはアレンさんも同じです」
「そうですけど」
フェリシアが少しだけ前へ出る。
「私も、ベルガントが好きですから」
「……分かりました」
二人で歩き出す。
明日の朝、ギルドへ参加を届け出る。
その先に待つのは、初めての戦場だ。
それでも――行く。
そう決めたのは、俺自身だった。
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