第212話 王都の休日
翌朝。
「今日はどうしようか?」
宿の食堂で朝食を食べながら、俺は二人に尋ねた。
「せっかく王都に来たんだし、観光しようよ!」
フェリシアが嬉しそうに言った。
「私も賛成! 昨日は地下水路の事件があったから、ほとんど見て回れなかったしね」
ルナも頷いた。
「じゃあ、今日は依頼を受けずに街を楽しもうか」
「うん!」
「いいね!」
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフも嬉しそうだ。
◇
宿を出ると、王都の大通りはすでに大勢の人々で賑わっていた。
朝の光が石造りの建物を照らし、色とりどりの屋根が明るく輝いている。
荷車を引く商人。
鎧を身につけた冒険者。
買い物かごを持った女性たち。
そして、元気に走り回る子どもたち。
通りの両側には、さまざまな商店が並んでいた。
「焼きたてのパンはいかがですか!」
「南方から届いた香辛料だよ!」
「上質な布はいかがでしょう!」
あちこちから威勢のいい声が聞こえてくる。
「……すごいね!」
フェリシアが目を輝かせた。
「ミナリアも大きな街だったけど、王都はお店の種類が多いね!」
「そうだね。いろいろな国から商人が集まってるみたい」
ルナが周囲を見回す。
俺たちは中央広場へ向かった。
広場の中央には大きな噴水があり、その周囲には花壇が整備されていた。
噴水の近くでは楽器を演奏している人がいる。
少し離れた場所では、大道芸人が小さな玉を何個も空中に投げていた。
「わあ!」
フェリシアが足を止めた。
「見て! あの人、すごいよ!」
大道芸人は五つの玉を次々と投げ上げ、落とすことなく操っている。
「へえ。器用だね」
俺が感心していると、フェリシアが笑った。
「私もできるかな?」
「……フェリシアなら、もっとたくさんできそうだね」
ルナが言った。
「でも、魔法を使ったら反則じゃない?」
三人で笑った。
そのとき。
「ワフ!」
テリーが噴水の方へ走り出した。
「あっ、テリー!」
追いかけると、噴水のそばで小さな男の子がテリーを見つめていた。
「……わあ、かわいい!」
「ワフ!」
「触ってもいい?」
「うん。優しく撫でてあげてね」
ルナが伝えると、男の子がそっとテリーの頭を撫でる。
テリーは嬉しそうに尻尾を振った。
「ふわふわだ!」
「キュ!」
今度はステフが飛んできた。
「……えっ!?」
男の子が目を丸くする。
「ドラゴン!?」
「うん。まだ小さいけどね」
「すごい! 本物だ!」
男の子が大喜びしている。
周りにいた子どもたちも集まってきた。
「こっちの狼もかわいい!」
「ドラゴンって空を飛べるの?」
「キュ!」
ステフが小さく羽ばたいてみせた。
「わああっ!」
子どもたちから歓声が上がる。
テリーとステフも、ずいぶん人気者だな。
◇
中央広場を離れた俺たちは、商業地区へ向かった。
しばらく歩くと、いい匂いが漂ってきた。
「……何だろう?」
フェリシアが鼻を動かした。
「お肉を焼いてるのかな?」
「それだけじゃないみたいだね」
ルナが通りの向こうを指差した。
そこには、何軒もの飲食店が並んでいた。
焼いた肉を売る店。
温かいスープを出す店。
そして、見慣れない料理を並べた店もある。
「ねえ、あれ何だろう?」
フェリシアが一軒の食堂を指差した。
店先には、大きな鍋が置かれている。
その隣には、白い粒が山盛りになった器が並んでいた。
「……何だろう?」
俺も首を傾げた。
「ちょっと聞いてみようか」
俺たちは店へ近づいた。
「いらっしゃい!」
店主らしい中年の男性が笑顔で迎えてくれた。
「あの、この白いのは何ですか?」
俺が尋ねると、男性が答えた。
「おっ、米を知らないのかい?」
「米?」
「ああ。セルヴァン王国の一部地域で作られている穀物だよ」
「へえ……!」
フェリシアが興味深そうに覗き込んだ。
「小麦とは違うんですね」
「そうだね。こいつは水を加えて炊くんだ」
男性は湯気の立つ鍋を見せてくれた。
「パンとはまた違ったおいしさがあるよ」
「へえ! 食べてみたい!」
フェリシアが目を輝かせた。
「私も気になるな」
ルナも頷いた。
「じゃあ、ここでお昼にしようか」
「うん!」
俺たちは店の中へ入った。
◇
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
大きな皿には、こんがり焼かれた鶏肉と野菜。
その隣には、白く炊き上がった米が盛られている。
さらに、野菜の入った温かいスープもついていた。
「お待たせしました!」
「ありがとうございます!」
フェリシアが嬉しそうに答えた。
俺はまず、米を一口食べてみた。
「……あっ」
思っていたより柔らかい。
噛むと、ほんのり甘みが広がる。
「……おいしい!」
「本当!?」
フェリシアも口に運んだ。
「……うん! おいしい!」
ルナも食べてみる。
「へえ。これはいいね。お肉ともよく合う」
「そうだね!」
俺は鶏肉と一緒に米を食べた。
確かに相性がいいな。
「米って、セルヴァン王国ではよく食べられているんですか?」
俺が尋ねると、店主は首を横に振った。
「いや。小麦ほど一般的ではないね。育てられる場所も限られているし」
「そうなんですね」
「でも、昔から米を食べる習慣のある地域もあるんだよ」
「へえ……」
「特に、お祝いのときには、米を握って出すこともあるね」
「握るんですか?」
「ああ。手で持って食べられるようにするんだ」
……面白いな。
同じ国でも、地域によって食文化が違うんだ。
「それにしても、よく食べるねえ」
店主が笑った。
俺たちの皿を見る。
気づけば、ほとんど空になっていた。
「おかわりする?」
「する!」
ルナがすぐに答えた。
「私も!」
フェリシアも手を上げた。
「じゃあ、俺もお願いします!」
店主が大きく笑った。
「ははは! 気に入ってくれたようで嬉しいよ!」
◇
食事を終えた俺たちは、職人街へ向かった。
ここには武具店や魔法道具店、金属加工の工房などが集まっているらしい。
通りには金属を叩く音が響き、店先には剣や鎧が並んでいた。
「……おっ!」
ルナが足を止めた。
「いい弓があるね」
そこは弓を専門に扱う店だった。
大小さまざまな弓が壁に掛けられている。
店の奥には、矢や弦も並んでいた。
「いらっしゃい!」
店主が声をかけてきた。
「弓を探してるのかい?」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「ああ。もちろんだ」
ルナは何本かの弓を手に取り、重さや弦の張り具合を確かめた。
「……なるほど」
「どうだい?」
「この弓、いいね。軽いのに、しっかり張れる」
「おっ、分かるかい?」
店主が嬉しそうに笑った。
「腕のいい職人が作ったものなんだ」
「ちょっと試してもいい?」
「ああ。奥に試射場があるよ」
俺たちは店の奥へ向かった。
そこには細長い試射場があり、突き当たりに的が置かれていた。
ルナは弓を構えた。
ギリッ。
弦を引く。
そして。
ヒュンッ!
矢が飛んだ。
トスッ!
的の中央に命中する。
「おおっ!」
店主が声を上げた。
「いい腕だね!」
「ありがとう」
ルナは笑った。
そして、もう一本の矢をつがえる。
ヒュンッ!
トスッ!
二本目も中央。
さらに三本目。
ヒュンッ!
トスッ!
今度は、最初の矢のすぐ横に突き刺さった。
「……おいおい」
店主が目を丸くした。
「三本とも、同じ場所じゃないか!」
「うん。いい弓だね」
ルナが満足そうに頷いた。
「……いや、弓もいいが、あんたの腕がすごいんだよ!」
店主が笑った。
すると、試射場の入口から声がした。
「……まさか、あんたが噂の《針穴の射手》か?」
「……え?」
振り向くと、冒険者らしい男性が立っていた。
「サハルの戦争で、敵の急所を正確に射抜いた弓使いがいたって聞いてな」
「……私のこと?」
「名前は確か、ルナだったはずだ」
「うん。そうだけど」
「やっぱり!」
男性が嬉しそうに笑った。
「こんな腕の射手、そうそういないからな!」
「《針穴の射手》かあ……」
ルナは少し考えた。
そして、にっこり笑った。
「結構いい名前じゃない?」
「気に入ったの?」
俺が尋ねると、ルナが頷いた。
「うん。弓の腕を褒められるのは嬉しいしね!」
「さすがルナだね」
フェリシアも笑った。
「でも、針の穴を射抜けるかって言われたら、さすがに分からないけどね」
ルナはそう言って笑った。
◇
弓の店を出ると、今度はフェリシアが魔法道具店を見つけた。
「あっ! あのお店も見てみたい!」
「いいよ」
店内には、魔力を通すと光る石や、温度を一定に保つ小さな器具などが並んでいた。
「へえ……面白い!」
フェリシアが興味深そうに見ている。
俺も珍しい道具を眺めていた。
そのとき、店の奥で二人の冒険者が話している声が聞こえてきた。
「そういえば、ミナリアでとんでもない魔術師を見たって話、聞いたか?」
「何だそれ?」
「若い女の魔術師なんだが、魔法の威力が桁違いらしい」
「へえ」
「しかも、一度に何発もの魔力弾を撃てるそうだ」
「そんな魔術師がいるのか?」
「ああ。八つもの光が周りを飛び回って、魔物を一瞬で倒しちまうんだと」
……あれ?
俺はフェリシアを見た。
フェリシアも、こちらを見ている。
「……ねえ、アレン」
「……うん」
どう考えても、フェリシアのことだよね?
「それでな、ミナリアでは《爆砕の魔女》なんて呼ぶ奴もいるらしいぜ」
「爆砕の魔女!?」
フェリシアが思わず声を上げた。
二人の冒険者がこちらを見た。
「……何だ?」
「あっ、いえ! 何でもありません!」
フェリシアが慌てて首を振る。
俺たちは顔を見合わせた。
そして、そっと店を出た。
「……爆砕の魔女って……」
フェリシアが肩を落とした。
「そんなに物騒な名前じゃなくてもいいのに……」
「でも、すごく強そうだよ?」
ルナが笑った。
「強そうだけど! 私、何でも爆発させてるわけじゃないよ!」
「うん。昨日の地下水路でも、すごく正確に魔力弾を撃ってたもんね」
俺が言うと、フェリシアが頷いた。
「そうだよ! ちゃんと加減だってできるんだから!」
「まあ、前に魔物を粉々にしちゃったこともあったけどね」
ルナが笑った。
「……あれは、ちょっと加減を間違えただけ!」
三人で笑った。
でも。
「……それにしても、よく知ってる人がいるね」
フェリシアが呟いた。
「うん。ミナリアのダンジョンで誰かが見て話しているのかもしれないね」
俺が答えると、ルナが頷いた。
「まぁ、王都にはいろいろな場所から人が集まるし、噂も集まりやすいんだろうね」
なるほど。
そういうものなのかな。
◇
そのあとも、俺たちは王都のさまざまな場所を見て回った。
大きな布屋では、フェリシアとルナが服を選んだ。
色鮮やかな布や刺繍の施された服が並んでいて、二人とも楽しそうだ。
「アレン、これどう思う?」
フェリシアが青い上着を手に取った。
「似合うと思うよ」
「本当?」
「うん!」
「じゃあ、これにしようかな!」
今度はルナが緑色の上着を見せてきた。
「私はこっちがいいと思うんだけど」
「うん。ルナにも似合いそうだね」
「じゃあ、これにしよう!」
二人とも嬉しそうだ。
それから、香辛料の店や、珍しい果物を売る店も覗いた。
テリーとステフには、従魔用の食器を新しく買ってあげた。
「ワフ!」
「キュ!」
二匹とも嬉しそうだ。
しばらく歩くと、広場の近くに戻ってきた。
ちょうど夕方になり、商人たちが店を片づけ始めている。
そのとき。
「……おい、聞いたか?」
近くの露店で、数人の男性が話している声が聞こえてきた。
「何をだ?」
「サハル王国の戦争の話だよ」
「ドラン帝国が侵攻したやつか?」
「ああ。あの戦いで、とんでもない剣士がいたらしい」
……サハルの戦争?
俺は思わず足を止めた。
「たしか、バスク将軍を討ち取ったんだろ?」
「それだけじゃない。ドラン帝国の皇子で、《雷帝》と呼ばれていたジェリドまで倒したそうだ」
「……雷帝を?」
「ああ。それも、まだ若い剣士らしい」
男性たちは興奮した様子で話している。
「戦場では、一人で何人ものドラン兵を斬り伏せ、敵陣を突破したんだと」
「……すげえな」
「俺が聞いた話じゃ、敵の兵士たちは、その剣士が現れるだけで恐れたらしいぞ」
「そんなに強いのか?」
「ああ。だから、《戦場の死神》なんて呼ぶ奴もいるそうだ」
「戦場の死神……」
「恐ろしい名前だな」
……。
俺は何も言えなくなった。
バスク将軍。
雷帝ジェリド。
そして、あの戦場で斬った兵士たち。
……覚えている。
何人斬ったのか、正確にはもう分からない。
あのときは、戦わなければならなかった。
敵を止めなければ、もっと多くの人が死んでいたと思う。
でも。
だからといって、人を殺したことが消えるわけじゃない。
俺は自分の手を見た。
今は何もついていない。
でも、戦争が終わってから、何度もあのときのことを思い出した。
眠れない夜もあった。
……死神、か。
正直、そんな名前で呼ばれたくないな。
「……アレン」
フェリシアが小さな声で呼んだ。
「……あっ、何?」
「大丈夫?」
「うん」
そう答えたけど、フェリシアは心配そうに俺を見ている。
「……嫌だよね。そんな呼ばれ方」
「……うん」
俺は小さく頷いた。
「戦争でたくさんの人を殺したことを、格好いい異名みたいに言われるのは……嫌だな」
「……そうだね」
フェリシアが答えた。
ルナも静かに頷いた。
「でも、アレン」
「何?」
「その名前が嫌なら、無理に受け入れなくていいと思うよ」
「……うん」
「それに、昨日はハサ君のお父さんたちを助けたでしょ?」
「……うん」
「私は、そういうアレンのことも、ちゃんと知ってるから」
ルナが微笑んだ。
フェリシアも頷いた。
「私もだよ」
「……ありがとう」
俺は少し笑った。
そうだね。
戦争で人を殺したことは、これからも忘れちゃいけない。
でも、今は誰かを助けることもできる。
それは、素直に嬉しいことだと思う。
◇
夕方。
俺たちは、王都を見渡せる高台へ向かった。
そこには小さな公園があり、石造りの展望台が設けられていた。
展望台からは、王都の街並みが一望できた。
「……わあ!」
フェリシアが声を上げた。
「すごくきれい!」
夕日に照らされた王都。
赤茶色の屋根がどこまでも続き、遠くには巨大な王宮が見える。
街を囲む城壁の向こうには、畑や街道が広がっていた。
中央広場の噴水も、ここからなら小さく見える。
風が吹く。
遠くから、教会の鐘の音が聞こえてきた。
「……いい景色だね」
ルナが呟いた。
「うん」
俺も頷いた。
しばらく、三人で街を眺めていた。
すると、フェリシアが口を開いた。
「それにしても、今日は面白かったね!」
「うん! 米もおいしかったし、いろいろなお店も見られたし!」
ルナが笑った。
「それに、私たちの異名まで聞けちゃったしね」
「……それはちょっと恥ずかしかったけど」
フェリシアが苦笑した。
「《爆砕の魔女》かあ……」
「私は《針穴の射手》、結構気に入ってるけどね」
ルナが得意そうに笑った。
「いいなあ、ルナは!」
「ふふっ」
俺も笑った。
そういえば、アルスレイン王国では、俺たちのことを《掃除屋》なんて呼ぶ人たちもいたな。
魔物をどんどん倒してしまうかららしいけど。
あの名前も、いつか王都まで伝わってくるのかな?
「……でも、アレンは大変だね」
ルナが俺を見た。
「何が?」
「異名がたくさんあって」
「……そうかな?」
「だって、ドラゴンも倒してるでしょ? 雷帝も倒してるし、剣聖にも勝ってるんだよ?」
「……ああ」
確かに、いろいろあったな。
「でも、私たちは《掃除屋》って呼ばれてたくらいだしね」
フェリシアが笑った。
「そうだね」
俺も笑った。
いろいろな名前で呼ばれるようになったけど、別に何かが変わったわけじゃない。
俺は俺だ。
フェリシアも、ルナも。
テリーもステフも。
「ワフ!」
「キュ!」
二匹が俺たちの足元へやってきた。
「ふふっ。二匹も今日は楽しかった?」
「ワフ!」
「キュ!」
どうやら楽しかったみたいだ。
俺は二匹の頭を撫でた。
家を追い出されたあの日には、こんな生活を送るなんて想像もしていなかったな。
今では、仲間と一緒にいろいろな国を旅している。
ダンジョンを攻略して、魔物を倒して、時には誰かを助けて。
そして、こうして街を楽しむこともできる。
……本当に、いろいろあったな。
「ねえ、アレン」
フェリシアが声をかけた。
「何?」
「明日はどうする?」
「うーん……」
俺は少し考えた。
王都は十分楽しんだけど、まだ行ってみたい場所はたくさんある。
それに。
「そういえば、王都の近くにもダンジョンがあるんだよね?」
「そうみたいだね」
ルナが頷いた。
「王都の冒険者ギルドなら、詳しい情報があるんじゃないかな?」
「じゃあ、明日はギルドへ行ってみようか」
「うん!」
フェリシアが嬉しそうに答えた。
「新しいダンジョン、楽しみだね!」
「そうだね!」
ルナも笑った。
俺はもう一度、夕日に染まる王都を見渡した。
いろいろな場所を旅して、いろいろな人に出会う。
今は、そんな毎日がとても楽しい。
よし。
明日は、王都のダンジョンについて調べてみよう!
【保有:53,320P】
【累計獲得P:1,110,530P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
内容が良かったらリアクション、ブックマークと★★★★★をお願いします。
執筆の励みになります。




