第210話 役立たずじゃなかった
俺たちは受付の女性に案内され、冒険者ギルド本部の奥にある応接室へ向かった。
ハサも一緒だ。
部屋へ入ると、五十歳くらいの男性が待っていた。
「君がアレン君だね?」
「はい。アレンです」
「ミナリア西ダンジョンの第五十階層を踏破したと聞いているよ。私はこのギルド本部の責任者を務めている」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。フェリシア君とルナ君も、よく来てくれたね」
「よろしくお願いします」
「よろしく!」
男性は俺たちを椅子へ案内すると、机の上に大きな地図を広げた。
「早速だが、地下水路で起きている事件について説明しよう」
「はい」
「四日前、王都の地下水路を調査していた作業員三人が行方不明になった」
「三人ですか?」
「ああ。老朽化した水門の補修を行うため、現場を確認していたそうだ」
男性は地図の一か所を指差した。
「ここが旧第三水門だ」
……なるほど。
地下水路が何本も入り組んでいるな。
「作業員たちは、この水門を調査する予定だった。しかし、予定の時刻になっても戻ってこなかったんだ」
「それで捜索隊を出したんですね」
「そうだ。だが、最初の捜索では見つからなかった」
男性は少し険しい表情になった。
「そこで昨日、Aクラス冒険者含む四人で構成されたパーティーを派遣したんだが……」
「その人たちも戻ってこないんですよね?」
「ああ。昨夜の報告予定時刻を過ぎても、連絡がない」
それは心配だな。
「地下水路には魔物がいるんですか?」
「通常使われている区画では、ほとんど確認されていない。ただ、長年閉鎖されている古い区画については、十分な調査が行われていないんだ」
なるほど。
何か危険な魔物が棲みついている可能性もあるわけだ。
「それで、ハサ君が言っていた西側の古い水路なんですが……」
俺が尋ねると、男性は別の場所を指差した。
「ここだね」
地図には、途中で行き止まりになっている通路が描かれていた。
「この通路は何十年も前に石壁で閉鎖されている。旧第三水門につながっていたという古い記録はあるが、現在は通れないはずなんだ」
「そうなんですね」
「ただ、今となっては正確な構造が分からない部分もある」
男性はハサを見た。
「ハサ君。君は本当に、この先に道があると思うのかい?」
「は、はい!」
ハサが立ち上がった。
「僕の《ナビ》は、あの壁の向こうを指していたんです!」
「ふむ……」
男性は考え込んだ。
「アレン君。君はどう思う?」
「実際に調べてみたいです」
「調べる?」
「はい。ハサ君のスキルがどういうものか、まだ十分に分かっていませんから」
俺は続けた。
「本当に道があるのかもしれないし、昔の通路を示しているだけかもしれません。でも、確認する価値はあると思います」
「なるほど……」
「それに、捜索する場所が一つ増えるなら、悪いことじゃないですよね?」
男性は少し考えてから頷いた。
「確かにそうだ。では、君たちに救助依頼をお願いしたい」
「分かりました!」
「ただし、地下水路は危険な場所だ。状況によっては無理をせず、引き返してくれ」
「はい」
「それから、ハサ君を同行させるつもりかい?」
「閉鎖された通路までは、一緒に来てもらいたいです」
「……僕も行っていいんですか?」
ハサが驚いたように尋ねた。
「うん。《ナビ》が示した場所を、実際に案内してほしいんだ」
「はい!」
「でも、危険な場所には入れないよ」
「……分かりました!」
男性も頷いた。
「では、ギルドの職員も同行させよう。ハサ君の安全は、その職員に任せる」
「ありがとうございます」
こうして、俺たちは地下水路の救助依頼を引き受けることになった。
◇
ギルドを出る前に、俺たちは必要な準備を整えた。
地下水路は、長い間使われていない場所もあるらしい。
当然、暗いだろう。
「ランタンなら持ってるよ」
「私の《収納》にもあるよ」
フェリシアもランタンを取り出した。
「これだけあれば、十分そうだね」
ルナが頷いた。
俺たちはランタンを確認し、使えることを確かめた。
それから、ギルドの職員二人とともに、王都の西側へ向かった。
ハサも一緒だ。
「ねえ、ハサ君」
歩きながら、俺は声をかけた。
「《ナビ》を使ってみてもらえる?」
「はい!」
ハサが目を閉じた。
「旧第三水門……」
しばらくすると、目を開けた。
「あっ! 出ました!」
「矢印?」
「はい! 青い矢印です!」
「どっちに向かってるの?」
「あっちです!」
ハサが西の方を指差した。
なるほど。
俺たちには何も見えないけど、ハサには道が見えているんだな。
「じゃあ、案内してくれる?」
「はい!」
ハサは嬉しそうに歩き始めた。
◇
王都の西側には、古い建物が多く残っていた。
道幅も中心部より狭く、石畳がところどころ傷んでいる。
ハサは迷うことなく進んでいった。
途中、道が三つに分かれている場所に出た。
「こっちです!」
ハサは一番細い道を選んだ。
「……本当に迷わないんだね」
ルナが感心したように言った。
「はい。《ナビ》の矢印が教えてくれるので」
「便利だね。初めて来た街でも迷わず歩けそう」
「……そうですか?」
「うん。私は結構いいスキルだと思うよ」
ハサは少し嬉しそうに笑った。
やがて、古びた石造りの建物が見えてきた。
ギルドの職員が口を開く。
「ここが西側の地下水路入口です」
建物の奥には、地下へ続く石段があった。
「ここから先は暗くなります。足元に気をつけてください」
「はい」
俺たちはランタンに火を灯した。
そして、ゆっくりと石段を下りていった。
◇
地下水路は、思っていたより広かった。
石造りの通路が奥へ続き、床の中央には細い水路が設けられている。
ただし、あちこちの石が黒ずんでいて、長い間放置されていたことが分かる。
ランタンの光が届くのは、せいぜい数メートル先までだ。
その先は真っ暗だった。
「……暗いね」
フェリシアが小さく呟いた。
「うん。足元にも気をつけよう」
俺はランタンを少し高く掲げた。
テリーとステフも、俺たちの近くを歩いている。
「ワフ……」
「キュ……」
二匹も何かを警戒しているみたいだ。
ハサは先頭のギルド職員の隣を歩きながら、《ナビ》の矢印を確認していた。
「次は右です」
「右だね」
「はい!」
しばらく進むと、通路が二つに分かれた。
右側の通路は、左側よりもずっと古く見える。
壁にはひび割れがあり、天井からは水滴が落ちていた。
ポタッ。
ポタッ。
……ちょっと不気味だな。
「この先です!」
ハサが声を上げた。
さらに少し歩くと、大きな石の壁が現れた。
通路を完全に塞いでいる。
「ここです!」
ハサが壁を指差した。
「《ナビ》の矢印が、この向こうに続いているんです!」
「なるほど……」
俺はランタンを掲げ、壁を確認した。
確かに、通路はここで終わっている。
でも、周囲の壁とは少し違うな。
石の色も、積み方も違っている。
「ここは後から塞がれたんですね」
俺が尋ねると、ギルドの職員が頷いた。
「はい。昔はこの先にも水路が続いていたそうです」
「なるほど」
俺たちは壁の周囲を調べ始めた。
「ねえ、アレン」
しばらくすると、ルナが声をかけてきた。
「こっちに来て」
「どうしたの?」
「ここ、少し風が通ってるみたい」
「風?」
ルナが指差したのは、壁の左端だった。
近づいてみると、確かにかすかな空気の流れを感じる。
……おかしいな。
完全に塞がれているはずなのに。
「ちょっと待ってね」
フェリシアがランタンを近づけた。
すると。
「あっ!」
壁の端に、細い隙間が見えた。
「これ、何だろう?」
俺は隙間の周囲を確認した。
よく見ると、四角い石板のようなものが埋め込まれている。
しかも、その一部には鉄製の取っ手らしきものがあった。
「……もしかして、扉?」
ルナが言った。
「そうかもしれないね」
ギルドの職員も近づいてきた。
「これは……古い点検口かもしれません」
「点検口?」
「はい。昔の水路には、内部を点検するための小さな出入り口が設けられていたと聞いたことがあります」
なるほど!
「じゃあ、ここから入れるかもしれませんね」
「ええ。ただ、かなり古いものなので、注意が必要です」
俺たちは周囲の石が崩れないか確認した。
そのあと、取っ手を動かしてみる。
……うっ。
全然動かないな。
「錆びついてるみたいだね」
ルナが言った。
「そうだね」
俺は《収納》から工具を取り出した。
そして、取っ手の周囲に詰まった土や錆を少しずつ取り除いていく。
しばらくすると。
ギギギ……。
「あっ! 動いた!」
フェリシアが声を上げた。
俺たちは慎重に石板を開けた。
その向こうには。
「……道だ!」
狭い石造りの通路が続いていた。
ランタンの光が届かない奥は、真っ暗だ。
でも、確かに道がある。
「……本当にあったんだ!」
ハサが驚いたように呟いた。
「うん。ハサ君の言ったとおりだったね!」
俺が答えると、ハサは何度も頷いた。
「僕の《ナビ》……間違ってなかったんですね!」
「そうだね」
ルナも笑った。
「ハサ君が教えてくれなかったら、ここまで調べなかったかもしれないよ」
「……ありがとうございます!」
ハサの目に涙が浮かんだ。
……よかった。
これで、少なくともスキルが示した方向に道があることは分かった。
もちろん、この先にハサのお父さんがいるかどうかは、まだ分からない。
でも、大きな手掛かりになったことは間違いない。
「ハサ君」
「はい!」
「ここから先は、俺たちに任せてくれる?」
「……分かりました」
「危険かもしれないからね。職員さんたちと一緒に、地上で待っていてほしいんだ」
「はい。でも……」
ハサは俺の顔を見た。
「父さんを、お願いします」
「うん。できる限りのことをするよ」
ハサが大きく頷いた。
職員たちはハサを連れ、地上へ戻ることになった。
俺たちは点検口の位置を確認し、三人と二匹で奥へ進む準備をした。
◇
「……じゃあ、行こうか」
「うん」
「気をつけて進もう」
俺たちはランタンを手に、古い通路へ入った。
テリーとステフも続く。
通路の幅は、人が二人並んで歩ける程度だった。
天井は高い場所もあれば、少し低くなっている場所もある。
長年使われていなかったせいか、床には土や小石が積もっていた。
それにしても……。
「……静かだね」
フェリシアが呟いた。
「うん」
聞こえるのは、俺たちの足音と水滴の落ちる音くらいだ。
ランタンの炎が揺れるたび、壁に大きな影が映る。
「……アレン」
しばらくすると、ルナが声をかけた。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
「……あれ、見て」
ルナがランタンの光を向けた。
壁の隅に、白いものが付着している。
「……糸?」
俺は近づいて確認した。
細くて白い糸が、何本も絡み合っている。
しかも、かなり丈夫そうだ。
「蜘蛛の巣かな?」
フェリシアが言った。
「そうかもしれないね」
でも。
こんなに太い糸を出す蜘蛛なんて、普通いるのかな?
さらに進むと、天井にも同じような糸が張り巡らされていた。
「……ちょっと変だね」
ルナが弓を手に取った。
「うん。気をつけよう」
俺も竜爪剣に手をかけた。
テリーが低く唸る。
「……グルル」
ステフも翼を少し広げた。
「キュ……」
どうやら、二匹も何かを感じているみたいだ。
そのとき。
「……うっ……」
どこからか、小さな声が聞こえた。
「……え?」
俺は足を止めた。
「今、誰かの声がしなかった?」
「うん。聞こえた」
ルナが頷いた。
「奥の方だね」
俺たちは慎重に進んだ。
そして、通路が少し広くなった場所へ出た。
ランタンを向ける。
すると。
「……あっ!」
壁際に、人が倒れていた。
鎧を身につけた男性だ。
片足に白い糸が巻きつき、身動きが取れなくなっている。
「大丈夫ですか!?」
俺は駆け寄った。
「……だ、誰だ……?」
男性が弱々しく顔を上げた。
「冒険者です! 救助に来ました!」
「……冒険者……?」
「はい!」
俺は男性の状態を確認した。
足には傷があるけど、意識ははっきりしている。
「この糸を外しますね」
俺は竜爪剣を抜き、男性の足に触れないよう慎重に糸を切った。
……硬いな。
ただの蜘蛛の糸じゃないみたいだ。
何度か刃を動かし、ようやく糸が切れた。
「……助かった……」
男性が大きく息を吐いた。
「あなたは、捜索に向かったAクラス冒険者の方ですか?」
「……ああ」
……やっぱり!
「ほかの仲間はどこにいるんですか?」
俺が尋ねると、男性の表情が険しくなった。
「……奥だ」
「奥?」
「仲間たちは……奥へ連れていかれた……」
「連れていかれた?」
フェリシアが聞き返した。
男性が頷いた。
「……蜘蛛だ」
「蜘蛛?」
「……大きな、黒い蜘蛛が……何匹も……」
……えっ?
俺は思わず周囲を見回した。
暗い通路。
壁や天井に張り巡らされた白い糸。
……そうか。
この糸は、魔物が作ったものなのか!
「……お願いだ」
男性が俺の腕を掴んだ。
「仲間たちを助けてくれ……」
「分かりました。必ず助けに向かいます」
「でも……気をつけろ……」
「何にですか?」
男性が震える声で答えた。
「……上だ」
「上?」
「あいつらは……天井から来る……」
そのときだった。
ポタッ。
俺の肩に、何かが落ちてきた。
「……ん?」
指で触れてみる。
細くて、べたべたした糸だった。
「……アレン、動かないで」
ルナが小さな声で言った。
その声は、いつになく真剣だった。
俺はゆっくりと顔を上げた。
そして、ランタンを天井へ向けた。
「……えっ?」
そこには、真っ黒な巨大蜘蛛が張りついていた。
脚を広げると、人間よりも大きい。
しかも、一体だけじゃない。
ランタンの光が届かない暗闇の奥で、赤い目が次々と開いていく。
「……みんな、気をつけて!」
俺は竜爪剣を構えた。
ルナも弓を引き、フェリシアの周囲には八つのオービットが浮かび上がる。
「ワフッ!」
「キュッ!」
テリーとステフも戦闘態勢に入った。
……なるほど。
作業員やAクラス冒険者たちが戻ってこなかった理由が、少し分かった気がする。
でも。
俺たちは、ここで引き返すわけにはいかない。
まだ奥には、助けを待っている人たちがいるんだから。
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