第209話 王都での新たな出会い
翌朝。
俺たちは、セルヴァン王国の王都へ向かう乗合馬車に乗り込んでいた。
「いよいよ出発だね!」
フェリシアが嬉しそうに言った。
「うん。王都まで五日間かあ」
俺は馬車の窓から外を見た。
ミナリアの街並みが広がっている。
昨日、乗合馬車の乗り場で確認したところ、テリーとステフも一緒に乗せてもらえることになった。
「テリー、ステフ。馬車の中ではおとなしくしていてね」
「ワフ!」
「キュ!」
二匹が元気よく答えた。
「ふふ。いい子たちだね」
ルナがテリーの頭を撫でた。
やがて、御者が声を上げた。
「それでは、王都へ向けて出発します!」
ガラガラガラ。
馬車がゆっくりと動き始める。
こうして、俺たちの新しい旅が始まった。
◇
王都へ向かう街道は、思っていたより整備されていた。
途中には小さな町や宿場があり、商人の馬車とも何度もすれ違った。
ただ、道中ずっと平穏だったわけではない。
三日目の昼過ぎ。
森を抜けようとしたところで、突然、御者が馬車を止めた。
「……魔物だ!」
前方の木々の間から、灰色の毛皮に覆われた狼型の魔物が三体現れた。
馬が驚いて足踏みを始める。
「大丈夫です。俺たちが対応します!」
俺は御者に声をかけ、馬車を降りた。
ルナとフェリシアも続く。
「テリー、ステフ。お願いできる?」
「ワフ!」
「キュ!」
テリーが地面を蹴った。
シュンッ!
一瞬で魔物との距離を詰める。
狼型の魔物が飛びかかってきた。
しかし、テリーは横へ跳び、相手の攻撃をかわした。
そのまま首元へ噛みつく。
ドサッ!
一体目が倒れた。
さらにテリーは素早く方向を変え、二体目へ向かう。
魔物が牙をむき出しにした瞬間、その横をすり抜けた。
ドンッ!
体当たりを受けた魔物が地面を転がり、動かなくなる。
「テリー、いい動きだね!」
ルナが声をかけた。
その間に、ステフは上空へ飛び上がっていた。
三体目の魔物が逃げようとする。
しかし、ステフは空中から回り込んだ。
「キュウウッ!」
ボオッ!
短い炎が魔物を捉えた。
ステフはすぐに炎を止め、周囲を確認する。
魔物が倒れたのを見届けると、俺たちのところへ戻ってきた。
「よくできたね、ステフ!」
「キュ!」
二匹とも、前よりずっと落ち着いて戦えるようになったな。
「……おいおい、今のを見たか?」
馬車の乗客たちが驚いている。
「あんな小さな狼とドラゴンが、三体も倒したぞ……」
「すごい従魔だな!」
ルナが少し得意そうに笑った。
「この子たち、見た目以上に頼りになるんだよ」
「ワフ!」
「キュ!」
テリーとステフも嬉しそうだ。
やがて馬も落ち着き、馬車は再び走り始めた。
◇
五日目の午後。
「皆さん! 間もなく王都に到着します!」
御者の声が聞こえてきた。
「本当!?」
フェリシアが窓の外を覗いた。
俺も顔を向ける。
すると。
「……うわあ!」
思わず声が出た。
遠くに、巨大な城壁が見えたんだ。
その奥には、いくつもの塔を持つ大きな建物がそびえ立っている。
「あれが王宮なのかな?」
「たぶんそうだと思うよ」
フェリシアが答えた。
城壁へ近づくにつれて、王都の大きさがはっきりと分かってきた。
街の外にも建物が並び、荷物を積んだ馬車が次々と城門へ向かっている。
「……ずいぶん賑わってるね」
ルナが言った。
「うん。ミナリアとはまた違うね」
やがて、馬車が城門へ到着した。
衛兵による確認を済ませると、大きな門をくぐる。
その先に広がっていたのは、見たこともないほど賑やかな街並みだった。
幅の広い石畳の大通り。
両側には、何階建てもある石造りの建物が並んでいる。
色鮮やかな布を張った露店からは、商人たちの声が響いていた。
「焼きたてのパンはいかがですか!」
「北方から届いた上質な毛織物だよ!」
「新しい魔法道具も入荷しているよ!」
道行く人々の服装もさまざまだ。
立派な服を着た商人もいれば、鎧を身につけた冒険者もいる。
荷車が行き交い、大通りの向こうには大きな噴水まで見えた。
「……すごいね!」
フェリシアが目を輝かせた。
「お店もたくさんある!」
「王都だけあって、人も物も集まっているみたいだね」
ルナが周囲を見回した。
「武具店も何軒か見えるよ。あとで覗いてみたいな」
「俺も!」
せっかく王都まで来たんだ。
いろいろな場所を見て回りたいな。
でも、その前に。
「まずは宿を探そうか」
「そうだね。荷物も置きたいし」
フェリシアが頷いた。
乗合馬車を降りた俺たちは、王都の大通りを歩き始めた。
◇
しばらく歩いたところで、少し大きな宿を見つけた。
入口には馬車を停める場所もあり、建物の裏には庭があるらしい。
俺たちは宿の主人に、テリーとステフも一緒に泊まれるか確認した。
「小さな従魔でしたら問題ありませんよ。ただし、ほかのお客様に危害を加えないようにお願いします」
「ありがとうございます!」
よかった。
二匹も一緒に泊まれるみたいだ。
俺たちは広めの部屋を借りることにした。
そして、俺は宿の主人にもう一つお願いした。
「あの、建物の裏にある小さな倉庫も借りられませんか?」
「倉庫ですか?」
「はい。しばらくの間、個人的な荷物を保管しておきたくて」
主人は少し考えてから頷いた。
「今は使っていない倉庫がありますので、そちらでしたらお貸しできますよ」
「本当ですか?」
「ええ。長期間のご利用も可能です。鍵もお渡しします」
「ありがとうございます!」
案内された倉庫は、宿の裏庭の端にあった。
小さな建物だけど、中はきれいに片づけられている。
床もしっかりしていた。
「ここに魔力印を残すんだね?」
フェリシアが小声で尋ねた。
「うん。ここなら人が勝手に入ってくる心配も少ないからね」
俺は倉庫の中央に立った。
そして、足元へ魔力を集中させる。
自分の魔力を地面に流し、魔力印を残していく。
……よし。
しばらくすると、地面に魔力が固定された感覚があった。
「できた!」
「やったね!」
ルナが笑った。
俺は《魔力感知》を使ってみた。
足元から、自分の魔力を感じる。
そして、ずっと遠くにも、二つの反応があった。
ミナリアの街と、ミナリア西ダンジョンの入口近くだ。
「……うん。ちゃんと分かるよ!」
「これで王都からミナリアへも戻れるんだね!」
フェリシアが嬉しそうに言った。
「うん。ただ、この倉庫は借りている場所だから、これからも使うなら契約を続けないとね」
「そうだね」
ルナが頷いた。
王都にも転移先を確保できた。
これで、ずいぶん移動しやすくなったな。
◇
宿で少し休んだあと、俺たちは王都の冒険者ギルドへ向かった。
王都のギルドは、ミナリアのギルドよりもずっと大きかった。
石造りの立派な建物には、何枚もの旗が掲げられている。
入口からは冒険者たちが次々と出入りしていた。
「ここが王都のギルドかあ」
俺は建物を見上げた。
「大きいね!」
フェリシアも驚いている。
「王国中から冒険者が集まってくるんだろうね」
ルナが言った。
「そうだね。いろいろな依頼がありそうだな」
俺たちは中へ入った。
広い建物の中には、いくつもの受付が並んでいる。
壁には巨大な依頼掲示板。
その前では、多くの冒険者が依頼書を確認していた。
「まずは登録情報の確認をしておこうか」
「そうだね」
俺たちは空いている受付へ向かった。
「こんにちは。こちらのギルドを利用したいんですが」
「いらっしゃいませ。冒険者証を確認させていただけますか?」
「はい」
俺は冒険者証を差し出した。
フェリシアとルナも続く。
受付の女性は三枚の冒険者証を確認した。
そして。
「……あっ!」
何かに気づいたようだ。
「アレン様……Sクラスのアレン様ですね?」
「はい」
「ミナリア西ダンジョンの第五十階層を踏破された方でしょうか?」
「えっ? ご存じなんですか?」
「もちろんです!」
女性が嬉しそうに答えた。
「つい先日、ミナリア支部から報告が届いたばかりなんです」
「そうだったんですね」
「フェリシア様とルナ様も、ご一緒に踏破されたAクラス冒険者の方々ですね?」
「はい」
フェリシアが頷いた。
「王都までお越しいただけるとは思いませんでした。歓迎いたします!」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
王都のギルドにも、もう情報が届いているんだな。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「王都には初めて来たので、どんな依頼があるのか教えていただきたくて」
「承知しました。こちらには王都近郊の討伐依頼や護衛依頼、それに王国各地の高難度依頼の情報も集まっています」
「そうなんですね!」
いろいろありそうだな。
そのときだった。
「お願いします! もう一度、調べてください!」
少し離れた受付から、少年の声が聞こえてきた。
振り向くと、十二、三歳くらいの少年が受付の前に立っていた。
少し古びた服を着ている。
両手を握りしめ、必死な表情で職員に訴えていた。
「父さんは、まだ地下にいるかもしれないんです!」
「ハサ君。君の話は分かっているよ」
職員が困ったように答えた。
「こっちも捜索隊はすでに出しているんだから」
「い、いや、でも、探す場所が違うんです!」
「違う?」
「はい! 西側の古い水路から行けるはずなんです!」
職員は困った顔をした。
「そこは何十年も前に閉鎖された通路だ。もう入れないんだよ」
「でも、道があるんです!」
「それは君のスキルが示しているだけだろう? 実際には壁で塞がっているんだ」
「でも……!」
少年は唇を噛んだ。
……何だろう?
俺が気になっていると、ルナが小声で言った。
「……困ってるみたいだね」
「そうだね」
フェリシアも少年を見ている。
俺は受付の女性に尋ねた。
「あの子、どうしたんですか?」
「ああ……」
女性は少し声を落とした。
「実は、王都の地下水路で作業員の方が行方不明になっているんです」
「地下水路?」
「はい。古い水路の補修工事をしていた作業員たちが、数日前から戻ってこなくなりまして」
「そうなんですか……」
「すでに捜索が始まっているのですが、まだ見つかっていないんです」
なるほど。
それで、あの子は必死になっているのか。
「少し話を聞いてもいいですか?」
「ええ。もちろんです」
俺たちは少年のところへ向かった。
「あの……」
俺が声をかけると、少年が振り向いた。
「……何ですか?」
「俺はアレン。冒険者なんだ」
「冒険者さん……?」
「うん。さっき、君のお父さんが行方不明だって聞いたんだけど」
少年の顔が曇った。
「……はい」
「よかったら、詳しく聞かせてくれないかな?」
「……本当ですか?」
「うん」
少年は少し迷ってから、口を開いた。
「僕、ハサっていいます」
「ハサだね。よろしく」
「はい……」
ハサは小さく頭を下げた。
「父さんは、王都の地下水路を直す仕事をしているんです」
「そうなんだ」
「四日前、古い水路を調べに行ったきり、帰ってこなくなって……」
ハサの声が震えた。
「最初は、何か作業が長引いているだけだと思ったんです。でも、次の日になっても戻らなくて……」
「それで、ギルドに相談したんだね」
「はい。でも……」
ハサは俯いた。
「僕、父さんが向かった場所までの道を探せるんです」
「……道?」
「はい! 僕のスキルで!」
……スキル?
「どんなスキルなの?」
「《ナビ》っていうスキルです」
「《ナビ》?」
「はい。でも、僕も最初は何の意味なのか分からなくて……」
ナビかあ。
聞いたことがないな。
「それって、どんなことができるの?」
ハサは少し考えてから答えた。
「行きたい場所を思い浮かべると、道が見えるんです」
「道が見える?」
「はい。僕の目の前に、青く光る矢印が出てくるんです」
「矢印?」
「そうです。その矢印の方へ歩いていくと、目的の場所まで案内してくれるんです」
「へえ……!」
フェリシアが興味深そうに身を乗り出した。
「それって、初めて行く場所でも使えるの?」
「目的地がちゃんと分かっていれば、使えることがあります。でも、知らない場所の名前を言われただけだと、何も出てこないこともあって……」
「なるほど」
ルナが頷いた。
「行き先をはっきり思い浮かべる必要があるんだね」
「はい」
「それなら、知らない町で道に迷ったときなんか、便利そうだけど」
ルナが言うと、ハサは少し驚いたようだった。
「……そう思いますか?」
「うん。私はそう思うよ」
「でも……」
ハサが俯いた。
「みんな、役立たずだって言うんです」
「……え?」
「道なんて人に聞けば分かるし、地図を見ればいいって。魔物を倒せるわけでもないし、何の役にも立たないって……」
……そうか。
俺は少しだけ、昔の自分を思い出した。
《会員》というスキルを授かったとき。
俺も、何の役にも立たないスキルだと思われていた。
「でも、ハサ君」
「……はい?」
「それで、どうしてお父さんの行方が分かると思ったの?」
ハサは顔を上げた。
「父さんが向かったのは、旧第三水門という場所なんです」
「旧第三水門?」
「はい。王都の地下水路にある古い水門です」
ハサは続けた。
「父さんから何度も話を聞いていたので、どこにあるのかは知っていました」
「うん」
「それで、父さんが帰ってこなくなってから、《ナビ》を使って旧第三水門へ行こうとしたんです」
「なるほど」
「そしたら……」
ハサが拳を握りしめた。
「矢印が、西側の古い水路へ向かったんです!」
「西側の水路?」
「はい! でも、そこは大きな石の壁で塞がれていて……」
「……壁?」
「はい。何十年も前に閉鎖された場所だそうです」
ハサは悔しそうな表情になった。
「でも、僕には見えたんです。矢印は、壁の前で終わっていなかったんです!」
「……どういうこと?」
フェリシアが尋ねた。
「壁の向こうにも、道が続いているように見えたんです!」
……へえ。
それは不思議だな。
「それで、ギルドの人に伝えたんです。でも……」
ハサは俯いた。
「そんな場所に道があるはずがないって。僕のスキルが間違っているんだって……」
なるほど。
確かに、何十年も前に塞がれた壁なら、普通は道があるとは思わないだろう。
でも。
「……ねえ、アレン」
ルナが口を開いた。
「その壁、本当に完全に塞がっているのかな?」
「どういうこと?」
「だって、地下水路なんでしょ? 古い通路や、知られていない入口が残っている可能性もあるよね」
「……あっ」
確かに。
地下水路なら、地上からは分からない通路があってもおかしくない。
「それに、ハサ君の《ナビ》が何を基準に道を示しているのかも気になるね」
フェリシアが言った。
「今は通れない昔の道を示しているのかもしれないし、本当に別の通路があるのかもしれない」
「そうだね」
俺は頷いた。
ハサ君の《ナビ》が必ず正しいとは限らない。
でも、間違っていると決めつけるのも早い気がする。
「ハサ君」
「……はい」
「その場所、もう少し詳しく教えてくれる?」
「……え?」
「《ナビ》が示した道を、どこまで歩いたのか。それから、どんな壁だったのかも知りたいんだ」
ハサは驚いたように俺を見つめた。
「……信じてくれるんですか?」
「まだ、その道の先にお父さんがいるかどうかは分からないよ」
「……はい」
「でも、君が実際に見たものなら、確かめる価値はあると思うんだ」
ハサの目が大きくなった。
「君のスキルが役に立たないなんて、まだ決まってないからね」
「…………」
ハサはしばらく俺を見つめていた。
そして、小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
そのとき。
「アレン様」
受付の女性が、真剣な表情で声をかけてきた。
「実は、地下水路の件で、もう一つお伝えしておかなければならないことがあります」
「何でしょう?」
「作業員の捜索に向かったAクラスの冒険者たちも、昨夜の報告予定時刻を過ぎても戻ってきていないんです」
「……えっ?」
俺は思わず聞き返した。
Aクラスの冒険者たちまで?
「それで現在、追加の救助隊を編成しているところなんです」
「そうだったんですね……」
「ハサ君が言っている場所についても、改めて確認する必要があるかもしれません」
女性は少し考えてから、俺を見た。
「アレン様。もしよろしければ、ギルド本部の責任者とお話しいただけませんか?」
「責任者の方とですか?」
「はい。今回の地下水路の件で、Sクラス冒険者の力を必要としているんです」
俺はフェリシアとルナを見た。
二人とも頷いている。
「……分かりました」
俺は受付の女性へ答えた。
「まずは、詳しいお話を聞かせてください」
「ありがとうございます!」
女性が頭を下げた。
ハサも俺を見上げている。
「……冒険者さん」
「アレンでいいよ」
「……アレンさん。父さんを、助けてください」
俺はハサの顔を見た。
「うん。まずは何が起きているのか、一緒に調べてみよう」
「……はい!」
ハサが大きく頷いた。
王都に着いたばかりだけど、どうやら思いがけない事件に出会ってしまったみたいだ。
それにしても、《ナビ》か。
目的地までの道を教えてくれるスキルなんて、ずいぶん便利そうなのにな。
ただ、気になることもある。
どうして、何十年も前に塞がれた壁の向こうへ矢印が続いていたんだろう?
それに、作業員だけでなく、Aクラスの冒険者たちまで戻ってこないなんて。
いったい、地下水路で何が起きているんだろう?
【保有:53,320P】
【累計獲得P:1,110,530P】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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